第二十一話 決着、生モツ
それは俺の罪だ。罰だ。──そして今、武器でもある。
人間には、恒常的に魔力を取り込み、身体能力に変換する力が備わっている。それによって戦士は自らの肉体を変革し、魔術師は敢えてそれを押さえつけることで、魔術の行使に利用できる魔力を増やす。
だが、もっぱら成長期が完全に終わり切れば、魔力による身体能力の強化や体内魔力の蓄積も終了する。そして、そこから身体能力は少しずつ衰え始める。人間の全盛期は、技術的なことも考えたら二十五歳から三十歳までだ。
──だが、俺はそのルールから外れている。
俺の能力──"食人"は、魔力による肉体の変革を拒絶する。代わりに、所有者に猛烈な飢餓感と、食事によって肉体を変革する力を齎す。
それはつまり、俺の身体能力は魔力に頼らないことを意味する。
「オオオオッ!」
ゴブリンキングの二の腕を駆け抜ける。
指が落ち、痛むはずの左手で俺を押さえつけようとするが、その左手はクルトが剣を投げつけて一瞬静止した。
その隙をスライディングで潜り抜けて、俺はゴブリンキングの肩に到着した。
両手の鉈を、力強く握りしめる。
恐怖に慄いた表情をして、左手で俺をはたき落とそうとする。結構なことだ。
だが、もはや通用しない。
「ギギュギグッ」
左手が再び迫る。しかし、聖銀騎士団の団員が膝裏から突進をかますことで、キングの体勢が崩れた。
膝から崩れ落ちる高さの変化を利用し、俺は跳躍することで左手の攻撃を避ける。
そして──真上をとった。
空中から、ゴブリンキングのヘルメットに、右手の破砕鉈を振り下ろす。
「最初から腹ァ括ればよかったんだ」
ヘルメットが割れ、人体の弱点とも言えるうなじが露わになる。
自分に呆れながら、二撃目。
切断鉈は、ゴブリンキングの首筋に刃を立てた。
「チッ!」
だがこれでも、骨の切断には至らない。
魔力を持たない相手にはただの鉈だ。俺の技術では、コイツのような巨大なモンスターの硬い頸の骨は落とせない。
ゴブリンキングは深く裂けた首の肉を押さえ、子供のようにもがき出した。
俺は思わずゴブリンキングの首筋から振り下ろされるが、同時に、二つの魔力の極光がゴブリンキングを貫いた。
フローリアの純粋魔術。
それに、イデアスの鉱石魔術──ラスタード。
金属の煌めく切断魔力と、純粋暴力の魔力に耐えられず、ゴブリンキングの首の前半分の肉が落ちる。そうしてゴブリンキングは、遂に沈んだ。
「終わったのか……?」
「ギギャギャ……? ギギャギャギャァっ!」
その様子を見ていた周りのゴブリンは一斉に逃げ出した。空洞の入り口に向かって、一目散に向かい始める。
「逃すなッ!」
俺が言うと、クルトとヨシュアは空洞の入り口に構えた。
フローリアはそれを見て、二人を守るための障壁を展開。同時に、フローリアは純粋魔術を周囲に展開した。
ゴブリン達が、その魔力に耐えられずに消えていく。ゴブリンはそれでも下からも続々と現れるが、この場に最初からいてゴブリンと戦ってくれていた冒険者達や聖銀騎士団達が全て迎え撃つ。
ゴブリンキングの亡骸の隣に倒れる俺の背を、キングから溢れてくる血が浸していく。
──衝動が、あった。
ドクンと、心臓が強く脈打つ。
大地に広がる"それ"を飲め、遺体から溢れる新鮮な血を啜れと、本能が叫ぶ。
俺はなんとか体を起こし──。それでも衝動を満たすには足りず、力尽きた。
「ソロさん!」
「ソロさんっ!」
最近、随分と聞き覚えのある声が耳に響く。
「なんだ……ふろーりあ」
「よかったですっ! 死んじゃったかと」
視界に映る、変なことを言う阿呆に、俺はため息をついた。
実際、相当な戦闘だったはずだ。体はボロボロだし、動かすのもキツい。特に、蹴られた腹が、キリキリと痛む。
「魔力……が……」
頭がガンガンとする。
痛みに、臓腑が訴える。
俺の魔力は身体能力には使われないが、幾つかの使い道がある。"食人"能力の発動、そして、"食人"によって得た能力の発動だ。
自動回復能力を持っているから、魔力を勝手に消費して回復していく。ありがたいが、傷が大きいと消費する魔力も桁違いで、耐え切れないことも多い。
「はい、ゴブリンキングのナマモツですっ」
「──くそ、おぼえ、てろ」
こいつ本当は俺のこと嫌いなんじゃないだろうか。そう思いながら、真上から差し出されるゴブリンキングの内蔵を口に入れた。
「うっ……まっず……」
これがせめて、オークのものであったなら、と思わずにはいられない。
豚の内臓なら、まだ心理的にマシだ。
というか本当に不味い。情けなさやら何やら、色んな感情が押し寄せて、ちょっと涙が出るくらいには不味い。
「他の奴らは……」
体内回復に充てられ、消費していた魔力を補充できたからだろう。思考が段々とハッキリしてきた。
周りを見渡せば、他のやつらはほとんどいない。せいぜい、ゴブリンキングを運び出そうとする運搬冒険者くらいだ。
そして、自分の状況もハッキリした。
寝そべった状態で、フローリアの顔が視界にある。貧相な肉体は、その顔も首も、何も阻むことなく俺の視界に映していた。
「…‥膝枕?」
「そうですよっ。感謝してくださいねっ」
なんて残念な膝枕だ、なんて言えない。
「ああ、ありがとうよ。……そうだ、イデアスは」
戦いの最後に見た、『ラスタード』の輝き。イデアスの技だったはず、と言うことは生きているのだろう。
「イデアスさんは──」
「……まさか」
この国で五本の指に入る、最強に程近い英雄だぞ。そんなわけがあるまい。
だが、あの状況では死んでもおかしくなかったのも事実だ。
鉱石魔術を最後に放って力尽きた、なんてことになっていたら──。
「もう上に運び出されましたよ」
「なんの間だったんだよ」
言いながら、俺は起き上がった。
フローリアの嫌な気遣いによってだが、最低限魔力も回復できた。まだフラつきや頭の痛みはあるが、余計な衝動も抑え込めた。
──また罪が増えたな、とぼんやりと思った。
「フローリアは?」
「私はもちろん、ソロさんが心配だったからです」
「ふーん」
「あちょ、なんですかっ」
フローリアの言葉をスルーすると、フローリアは拗ねるように言って、そして、笑った。
──死んだ人間もいるだろう。
けれど、ヴァルトの町を、森を、守れたのだ。
俺が大事だと言えるものは、無傷とは言えないまでも生き残ったのだ。
今はそれでよしとしよう。
帰り始めてから、まだフラついていた俺を見かねて、フローリアは浮遊魔術で俺を持ち上げた。頭と足が下で、腰から持ち上げられる。
……この運び方はなんか嫌だなあ。
──ところで、どうして俺はイデアスと同時に運ばれなかったのだろう。やっぱ嫌われてるのだろうか、なんてぼんやりと思いながら、俺はフローリアの浮遊にぷかぷかと身を任せた。




