第二十話 vsゴブリンキング
「倒せないか……! だが弱ってる!」
ギリ、と奥歯を噛みながら、イデアスはゴブリンキングに突撃した。
錫杖を失い、純粋魔術の光を浴びて全身真っ黒こげになったゴブリンキングは、それでもまだ継戦能力を維持していた。
ヒョロ長い、黒焦げた巨人の、鞭のようにしなる腕が迫る。
武器などなくても、全身を火傷していても、そもそも五メートルもある巨大な人型生命体。ただそれだけで、人間からしたら圧倒的な脅威に他ならない。
「任せる!」
鞭のように迫る右腕を、聖銀騎士団の一人が受け止め、そのまま逃すまいとガッチリと拘束する。
周りでは、フローリアの砲撃から漏れたゴブリン達に対して、元々いた冒険者達が対処していた。
俺も、イデアスや他のやつらに任せっぱなしではいられない。両鉈を抜き、キングの首を目指して走り出した。
イデアスは正面から、俺は右側面からやつを狙う。二方面からの同時攻撃。
キングはそれを見て、右足で力強く大地を踏む。
それだけ。たったそれだけで、大地が裂けた。
裂けた大地の割れ目から、大量の岩が飛来する。
イデアスはその一つにうまく着地し、むしろ足場として跳躍すると、ゴブリンキングの目に向かってレイピアを突き出す。
俺は一方で、岩に着地しながら、キングの次の動きに備えていた。
ゴブリンキングは、その巨体に似つかわしくない身体能力を持つ。レイピアを避けることだってやってのけるだろう。
ゴブリンキングは左腕で、迫るイデアスをハエ叩きのように撃ち落とした。だが、やつの左側面が空いた今は、その方向にいる俺の攻撃チャンスだ。
ゴブリンキングの太ももに向けて、二振りの鉈を俺は同時に振り抜いた。
キングはそれを、膝を上げて脛で受ける。だがそこは人体にとってもかなりの弱点。ダメージは大きいはずだ。
脛を押さえるゴブリンキングの向かってくる頭に向かって、着地と同時に俺は跳躍した。
狙うはキングの顔。ヘルメットを割れるとは言わないが、守っていない部分に切り傷くらいはつけてやる。
キングは迫る俺を認めた瞬間に、首を上にのけぞらせた。右の鉈がその皮膚一枚を切る。
切り傷はついたが、弱点を突いているとは言えない。──が、敵の動きを食い止めるくらいはできただろう。
戦線復帰したイデアスが次の一撃を狙うも、キングは自分の右手を押さえていた聖銀騎士を捕まえ、逆にイデアスに向けて放り投げる。
イデアスがそれを抱き止める間に、キングは俺を蹴り飛ばした。
「アグッ」
強い衝撃に、体の中の空気が抜ける。
思わず口から血を吐いたが、むしろ唾と一緒に吐き捨て、俺は無理やり立ち上がった。
「オオオオッ!」
フローリアの盾になってくれていたもう一人の聖銀騎士が、キングに向かって太い槍を構え、突進する。フローリアの強化がかかっているのだろう、結構な威力だ。
それを狙って、周囲のゴブリンメイジが無数の魔弾を展開。あわや着弾かと思われたが、彼はフローリアの障壁魔術に守られた。
「なんと……なんと強力な援護かッ」
聖銀騎士は感嘆の声を上げながら、ゴブリンキングの注意を引き寄せるべく、一人で立ち向かう。
だが、あのゴブリンメイジ達をどうにかしなければ、こっちも集中して戦えない!
魔術の発射点は、空洞の中で切り立った崖に作られた高台。
「メイリ! あの高台のゴブリンを狙え!」
クルトのパーティの弓使いに指示を出しながら、俺は斬り落とした錫杖の頭を持ち上げた。
「おっも……!」
推定二百キロはあるかという重量。俺はそれを力の限り持ち上げた。
降り注ぐ矢に、高台のゴブリンメイジ達は近場の岩に隠れた。──こっちに警戒が向いていない今がチャンスだ。
俺は錫杖の頭を、思いっきり高台に向けてぶん投げた。
その光景に、ゴブリンキングの注意が向く。
錫杖は高台が崩落し、ゴブリンメイジ達が悲鳴をあげて潰れたり、崖から落ちたりしていく。
「見えたッ! 『ブルー・ラスタード』!」
──それは、キングにとって致命的な隙だった。或いは、ここまで見てこなかった未知の遠距離攻撃に対する油断だった。
イデアスが剣に乗せた、サファイアの青い煌めき。
それはキングが知覚した時にはすでに、キングの命に迫っていた。
ただ、想定外があったとすれば。
それは、キングの奥の手をこちらも見ていなかったということだろう。
イデアスによって放たれた、サファイアの煌めく氷の斬撃。しかしそれは辛くも、ゴブリンキングが左手のひらで受け止めると同時に霧散した。
「なに!?」
それを押さえ込んだのは、キングの奥の手だろう。
──俺たちが予想していた、探査魔術を偽装するほどに卓越した魔力操作。それは他の誰でもない、キング自身のものだったのだ。
さっきとは違い、キングの左手は赤く染まっている。この光がある時は、魔力による攻撃は無駄なのか……!
「イデアスッ!」
「くっ……!」
イデアスはそれに抗するために、キングに対してレイピアで突きを放つ。だが、キングはそれを自らの肉体で受け止めた──。
「な……!?」
「くそっ……しくじった!」
──というよりは、イデアスの攻撃に威力が乗っていなかったように見える。
おそらく、キングの魔術の影響だろう。確かにイデアスの力が魔力によるものなら、ひょろりとした弱々しい体格で発しているはずが、絶大な威力を持つ攻撃にも納得がいく。
キングはギヒヒと、牙を剥き出して醜悪な笑みを浮かべると、イデアスを捕まえ、壁に向かって全力で投げつけた。
イデアスは壁に力強く打ち付けられる。
金属がぶつかるような音がして、壁にクレーターが生まれた。
「──くそっ!」
ここで攻撃の手を緩めれば、無駄になるのはイデアスの献身だ。
俺が近づいてきていることを察知し、ゴブリンは両手で俺を捕まえようとする──。
「ギヒッ!」
「ソロさんっ!」
疲労しているだろうに、それでもフローリアはこちらを心配して叫んだ。
土煙が上がる。キングは勝利を確信し、醜悪な笑みを浮かべた、その時。
俺の両手の鉈は、ゴブリンキングの左右の手の、人差し指と中指を力強く切り裂いた。
人間の足の大きさはあろうかという、ゴブリンキングの指が落ちる。それを横目に、俺は生まれた隙間をよじ登る。
「ギヤァッ」
叫ぶゴブリンキング。
俺はそんなものを気にせず、ゴブリンキングの長い手を駆け上がる。
「どうして──魔力が使えないのに」
イデアスが俺を見て、つぶやいた。
ああ、疑問だろう。
冒険者や騎士達の並外れた身体能力。通常の物理法則では再現不可能なそれは、魔力によって成り立っている。
──ただ一人、俺を除いて。