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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第一集
20/181

十九幕 疫病拠点攻防戦①



 (せい)(しゅう)(とう)(らい)(ぐん)

 海沿いのその場所は、物資輸送を目立たず行うのに都合がよく、(こう)(きん)もその地の利を理解して最重要拠点をこの地に設営していた。

 疫病拠点。

 石造りのその建物は空気が通るように無数の小さな穴が開いていたが、それ以外は完全に外界と遮断されていた。

 外からは見えないが、床もタールのようなもので塗り固められており、文字通り、ネズミ一匹の通り抜ける隙間はなかった。

 この中にいるのはネズミだ。

 伝染性の消化器におこる炎症。

 下痢と嘔吐が続き、脱水や栄養失調による衰弱で死に至る病。

 その病を感染させたネズミが、この石室に捕らえられていた。

 これが野に解き放たれれば、下水施設が完備されていないこの時代、容易に死都の作成すら行える生物兵器だった。

 そんな時代を先取りしすぎた拠点を、遂に(そん)(けん)は目の当たりにした。



 孫堅軍本陣。

 遠目にですらその数は暴力的だった。

 孫堅たちは小高い丘の上に布陣していたが、眼下には数万の軍勢がいた。

 孫堅は県丞の官職を与えられている。これは本来であれば軍権をもたない役職だ。

 そのため、孫堅は一度故郷に戻り復職する前に動く必要があった。その状態であれば孫家で養っている私兵を率いることに目を瞑ってもらえる。

 しかしそれでも孫堅が動員できる兵は千。

 そこで、有力な地元の豪族たちにも声をかけた。

 結果として、(しゅう)家からは二百、(しゅ)家からは(しゅ)()が四百の私兵を率いて参軍した。他にも様々な豪族に声をかけ、郡の治安を担う()()にも掛け合い、兵を出させた。

 それでようやく七千。

 対する敵軍は数万。

 孫堅軍に参加した将はその脅威を事前に知っていたが、いざ目にすると戦で死ぬ恐怖とは別の恐ろしさを感じた。

 「周嬢の言った通りだな」

 「だな」

 孫堅の言葉に息子の(そん)(さく)が頷く。

 「先鋒。前へ」

 孫堅の短い言葉に、配下の将、(こう)(がい)(かん)(とう)が進み出る。

 従軍している将は上記の二名に加え、(てい)()、孫策、(しゅう)()、朱治、そして(そん)(けん)

 加えて、(よう)(しゅう)の豪族たち。

 相手方は、二里(約八百m)ほど先に突如現れた軍勢に慌て、やっと隊列を組もうとしている。

 所詮は民兵。

 対する孫堅は二十歳にもならない内に、たった一人で河賊を壊滅させたこともある。

 配下の将も猛者ばかりだ。

 「では、第一陣。突、げ、き………」

 そんな勇将を率いる孫堅をもってしても、相手方が整え始めた部隊を見て、言葉から覇気を失った。



 黄巾軍『()(ちゅう)(ほう)

 「ぎゃひひひひ。おーおー。ビビってるな? 戦場はビビったら負けだぞぉ?」

 黄巾軍青州疫病拠点を守る三将の一人、(こう)()(じゅう)()()が一人、『卯』中方中(ちゅう)(ほう)(ちょう)(こう)(しょう)が『(にく)(へき)(じん)』を展開させていた。



 黄巾軍疫病拠点本陣。

 黄邵が陣を展開するより後方。本陣に位置する場所に黄徒十二志が一人、『()(ちゅう)(ほう)(ちゅう)(ほう)(ちょう)(りゅう)(へき)の中方がいた。他の二人には任せておけないため、劉辟がいつの間にか総指揮をとるようになっていた。

 「黄邵さんが方を展開しましたよ」

 「よーし。おれらも気合い入れるぞー」

 (しゅう)(そう)の報告を受けた劉辟も準備を始めた。



 孫堅軍先鋒部隊。

 異様な軍だった。

 突撃をしようとした黄蓋、韓当も戸惑ったように進軍の速度を緩めてしまった。

 まず、色が異様だった。

 肌色だ。

 次に、体格が異様だった。

 どの兵も小柄で髪は長く、体つきも丸みを帯びていた。

 見紛うこともない。

 前方には、裸体の女たちが力無く立っていたのだ。

 その手には武装もない。

 「―――な」

 誰とはなしに絶句した。

 ゆるゆるとした進軍によって、その顔までもが確認できた。

 できてしまった。

 どの女たちも、目の焦点があっておらず、半笑いの者もいた。

 中には、自分の股間を弄っている者もいる。

 「―――いったい」

 先鋒隊、三千の足が止まる。

 兵たちが眼前の女性たちを助けようと手を伸ばした。



 黄巾軍肉壁陣。

 「ぎゃひひひひ。戦場で悠長なことだなぁ。騎兵なんざ、止まっちまえば怖かねぇぜ!! 野郎ども、突撃だぁ!!」

 黄邵の合図とともに、『卯』中方の先鋒は、目隠しをするように一列に並ばされている、女たちの背後から、槍を突き出し、女たちごと孫堅軍に襲いかかった。



 孫堅軍先方部隊。

 「な!? づぁっ!?」

 黄蓋は信じられない気持ちでいっぱいだった。

 呆けている女たちの背後から歩兵が迫っているのが見え、武器を構えようとしたまでは良かった。

 しかし、敵兵は女が傷つくことに構うことなく、ともすれば女の体を貫いて槍を繰り出してきた。

 その事実に、黄蓋はなんとか槍を躱しながらも、唖然としてしまった。

 「クソ野郎が!!」

 激昂した黄蓋だが、その武器を振るえない。目の前の女はまだ生きている。

 左手で女を退かそうとしたが、目前の敵は女を踏み台にして飛び上がり、刀を上段に振り下ろしてきた。

 黄蓋の周りでも、味方の兵たちが突き飛ばされた女に邪魔をされて、満足に武器を振るえないままに刃を突き立てられている。

 前線は予想外の展開に浮き足立った。



 黄巾軍疫病拠点本陣。

 「そろそろだな」

 肉壁陣の後方。ネズミの培養施設のすぐ前に待機していた劉辟が、チラリと敵本陣を眺めた。

 敵陣の空気が変わった。

 「()()

 「ははははい! ごめんなさいごめんなさい」

 「謝らなくていい。お前はお前の仕事をしろ」



 孫堅軍本陣。

 「外道が!」

 陣内で孫堅が奥歯を噛み砕くほどの勢いで唸る。

 南方の異民族を討伐してきた孫堅ですら覚えのない戦い方だった。

 敵のあまりの非道に目眩がする。

 「ここまでですね」

 そんな孫堅に、幼い声がかかった。

 「本気なのか?」

 「私に任せてください。というより、このままやっても勝てはするでしょうが、被害が大きいです」

 「~~~っ! では、頼む」

 孫堅から指揮を受け取った者が指示を出す。

 「(とく)(ぼう)様、(てい)(じょ)(きゅう)(たい)全員で大声を出してください! (しゅ)(くん)()様、左翼より遊撃の準備を、機の判断はお任せします! (はく)()!」

 「待ちわびたぁっ!」

 「あの肉壁に、一切合切の躊躇無く、微塵の情け無く、欠片の容赦も無く、突撃して」

 「助けられねえのか?」

 「然るべき治療をして時間をかければ助かるかもね。でも、それは戦場で行うべきことでも、気にすることでもないわ。せめて今なら。正気のない今なら痛みもなく逝ける。辛いこと頼んでごめん」

 「あのなぁ。そんな顔してんなよ。任せろ。お前の筋書き、形にしてきてやるよ」

 孫策は目に涙を溜めた周瑜の頭をポンと叩くと、突撃を開始した。



 孫堅が(よう)(しゅう)から軍を発したのは、(ちょう)(かく)が各地に決起文をばらまいた後だった。

 周瑜が語った妄想話が現実になってしまったのだ。

 決起文をばらまかれる数日前。孫堅はしばらく姿を見なかった息子がいるのを見て、孫策と周瑜を自室に呼んだ。これからについて話し合おうとしたのだ。

 孫策が散歩と称してしばらく姿を消すのはよくあることだった。たいていは近所の悪ガキたちと遊びまわっているのだ。それを孫堅は良しとしていた。よい将軍とは、山野を知るものである、と思っているからだ。

 しかし今回の散歩は今までと違ったらしい。孫堅はまたしてもこの二人に驚かされることになる。

 なんと、青州の疫病拠点を突き止めたと言うのだ。

 呆れたことに孫策と周瑜は二人だけで青州に赴き、拠点を見つけただけでなく、そこを守備している将の一人に会い、話をしたらしい。

 その将は、上司たちを嫌っており、守備隊の三将軍についても教えてくれた。

 曰わく、人喰いの将と女喰いの将と金喰いの将だそうだ。

 それを聞き、三名の『食事』すら見せてきた。信じがたいが、疑いようのない事実だった。

 周瑜はあまりの壮絶な光景に、陣から離れた直後に気絶した程の地獄だった。

 しかし、敵を知った。

 その情報を持ち帰り、孫堅に報告した。

 しかし、孫堅もあまりの出鱈目さに、素直に信じきれなかった。密偵を放ち、その帰りを待っている間に、張角に動かれてしまった。

 決起文をばらまかれてしまったのだ。

 後手を取ったことに歯噛みをしながら疫病拠点攻略に乗り出した。

 布陣をする段階になっても、密偵は帰らず、まずは正攻法で攻めた。

 しかし、それが破られた。

 ならば。

 孫堅は隣に立ち青い顔をしている年若い参謀を見た。



 「敵方三将。最も警戒すべしは『金喰い』劉辟。そして、最も扱いやすいのが『女喰い』黄邵。最も読めないのが『人喰い』()()です。まずは、扱いやすい黄邵を釣ります」


 孫堅軍孫策後詰部隊。

 孫策は手勢二百を率いて右翼に回り、肉壁陣に接近した。

 肉壁陣は肉壁となる人間を一列に並ばせることで敵の突撃力を削ぎ、その勢いの弱った相手に槍を肉壁の向こうから突き出す、という戦法だ。

 馬防柵を置くよりも早い展開が可能な上、柵と違って肉壁の向こうに展開している軍の姿は見えにくく、無機物ではなく生きた人間なので排除が精神的に難しい。

 将が殺せたとして、兵がそれに追随できるとは限らない。

 (ならよ)

 孫策は肉壁の右端に来ると、まず、目の前にいた肉壁を殴った。

 孫策の着込む鎧は攻防一体の『(せん)(とう)』だ。棒立ちになっている、ろくに鍛えてもいない女を殴殺するのは容易だった。

 そうして目の前の肉壁を排除して開いた視界には、僅かばかりの空間があった。

 「(がく)重装部隊、展開しろ!!」

 「おうさっ!」

 孫策のかけ声で、肉壁の背後にできた空間に、大盾を持った一団が入り込み、孫策を守るように、敵槍部隊に応対した。

 (将が全部ぶっ飛ばせばいいんだろ!!)

 孫策はそのまま隣の肉壁に殴りかかる。その横を重装部隊が守るために併走した。


 「黄、韓二将軍が肉壁に止められた際に、敵は槍でもって突いてきてます。肉壁を貫くためにも助走が必要でしょう。肉壁の裏はそのための間隙があるはずです」


 周瑜の言の通りになったことに、孫策は内心喜びの声を上げる。

 しかし、まだ孫策の仕事は終わらない。視線は冷静に、黄蓋と韓当の姿を探していた。

 最初に韓当を見つけた。

 周囲の肉壁を排除しようと(せん)()を振るっている。

 「()(こう)さん! 参謀からの指示だ! 兵を纏めて一時離脱の後、右翼で待機!」

 「む。わかった」

 言葉少なに韓当が答えると動き出す。

 それを見て、孫策は走り続けた。

 もう何人殺したか。

 (思ったより、しんどいな)

 孫策は武器を使わない。その身一つだ。その方が動きやすいからだが、十何人目かの頭蓋を砕き、その感触を直に味わい続け、そう感じた。

 それでも走るのを止めない。

 黄蓋の部隊が見えてきた。

 「(こう)(ふく)さん! あんたは左翼だ!」

 「若! すまねぇ。周嬢の言った通りだった!」

 黄蓋は目の端で韓当が引いたのを見ていた。故に多くを語らずとも孫策の言うことを察した。

 最後に『(てつ)(べん)』を振るい、数人の肉壁を排除してから、戦線を離脱した。



 孫堅軍本陣。

 周瑜は黄蓋が兵を纏めて引き終わるのを確認すると、次の指示を行う。

 「徳謀様! 徳謀様の部隊だけで、(とき)の声を上げてください!」

 そう伝えながら、周瑜も程普の部隊に入る。

 「いいいぃぃぃぃやぁぁぁぁっ!!」

 男のものではない、甲高い鬨の声が、戦場にこだました。



 黄巾軍肉壁陣。

 つまらない戦だった。

 黄邵はやる気のなさを隠そうともしない。こんな戦をやるよりも、近くの村を襲って女を略奪したかった。

 敵兵は少ない。

 この場にある中方一つの半数もいない。楽な仕事だった。

 そんな中、黄邵の下へ伝令の兵が走ってきた。肉壁が左翼から順に壊されている旨を伝える伝令だった。

 しかしちょうどその時、

 「いいいぃぃぃぃやぁぁぁぁっ!!」

 と、甲高い鬨の声が戦場に響いた。

 黄邵の耳には敵右翼から聞こえてきたことまで判別できた。黄邵たちから見て左翼の方向だ。

 伝令の内容は聞こえない。

 「『卯』中方。突撃だぁ! 犯し嬲り蹂躙するぞぉ! ぎゃひひひひひひ!」

 暴徒と化した男の進軍が始まった。



 黄巾軍疫病拠点本陣。

 戦場に響いた鬨の声は、もちろんここにも届いた。

 「あ、ああぁぁぁぁ」

 玖等がその事実に怯える。

 「玖等」

 「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 劉辟の声かけに玖等が弾かれたように土下座をし、劉辟の足元に縋りよった。

 「いや。これはお前の責任じゃないだろう。事前に言い含めていたとしてもあいつは聞かないだろうしな」

 そう言いながら、劉辟は笑う。

 どこかの軍の斥候かは知らないが、この拠点を見つけだした者がいると聞き、周倉に拠点内を案内させてみた。

 今相対しているのは、十中八九、その斥候の所属する軍だろう。

 各将の特徴を聞いてどう動くのか。

 その答えがこの鬨の声だった。

 ではこちらも動こうか。

 「玖等」

 「ははははい! ごめんなさい」

 「もういい。それよりも動け」

 その言葉に、玖等は怯えを消した。

 有用な内は見捨てない。

 劉辟は玖等にそう言い含めている。

 ならば指示が出ている内は、自分は大丈夫。そう信じているから、玖等は指示を出せばその顔から怯えの色を消し、安堵の表情を浮かべながら動く。

 「はい。何儀様に向かわせます」

 その口調からもどもりが消え、彼女本来の聡明そうな口調が顔を見せる。

 それに対して、劉辟は満足そうに頷いた。



 孫堅軍本陣。

 「て、て、敵兵が突出してきました!」

 伝令が孫堅に、そんな見ればわかりそうなことを言ってくる。

 黄邵の軍三万は、一丸となって、孫堅軍本陣を目指して猛進していた。

 「本陣の位置を下げる! 丘下に急行せよ!」

 孫堅たちが後退を開始する直前、左右に退いていた黄蓋、韓当の一団が動き出したのが孫堅の目に見えた。



 孫堅軍黄蓋先鋒部隊。

 黄蓋が動き出した敵を呆れたように見た。

 いくら賊軍だったとしても、女を追いかける将というのはどうかと思う。

 しかし、現にそれが存在し、釣られている。とはいえさすがに、数万の軍が追いすがれば、孫堅軍もひとたまりもないだろう。その前に何とかする必要がある。

 黄蓋が動き出すと、韓当も動いているのが目に入った。そのまま、細く棒のように伸びた黄邵軍の後端を二将で挟み、そのまま、じわりじわりと削っていく。

 挟まれた敵兵は左右から来る攻撃に対処ができず、なす術なく討たれていく。

 しかし、両軍の距離は二里ほどだった。敵は武装している上に歩兵。それを加味してものんびりしている時間はない。

 焦る自分を律しながら、黄蓋は丁寧に敵兵を削り続けた。


いくつか後にネタにするミスがあります。

孫堅が司馬。

これはネタにしてるというよりサイレントで直しました。キリがないので、書籍化するようなことがあれば修正します。


青州東海郡。

ミスです。整修にあるのは東萊郡。東海郡があるのは徐州。これはネタにするからそのままで。


章番号修正(2024年9月25日)。

蒸気のミス、誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月30日)。

表記ゆれの修正を行いました(2024年10月2日)。

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