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五條ロクオミ1

 

『人類は絶滅しました』


 モニターに表記されたこの文字を見るのも、これで2,317,065回目。

 もう怒りも、悔しさも、絶望も、なんの感情も沸いてはこなかった。

 あぁ、やっぱりな。

 ただそう思うだけだ。


「やはり駄目かね?」


 聞きなれた声に振り向けば、いつの間にか先生がいらっしゃっていたようだ。

 最近はあまり姿を見せられなかったが、いつもと変わらぬ教師然とした眼差しが、私を後ろから見守ってくれていた。


「そんなことはないですよ先生。現に今回は、あと一歩というところまできていたと、私はそう手応えを感じております」


 そう。そうだ。

 私は人類が滅びる様を、無駄に2,317,065回も繰り返し見てきたわけじゃない。

 何か方法がある筈だと、様々な条件を与えてシミュレートしてきたのだ。


 高度未来予測システム『AVENIR』

 一般的には天気予報だとか、経済予測だとかにしか使っていない為、そういうものだと思っている者がほとんどだろう。


 しかし本当は違う。

 コイツの真価は、訪れる現実と寸分違わぬ未来をシミュレート出来ることにあるのだ。


 ――初めはただの株価予想システムだった。

 だが市場原理、群集心理。そういうものを完璧に予測することは難しく、ならば未来ごと予測してやろうと思い立って作ったのがこれである。

 いわゆるラプラスの悪魔と呼ばれる存在になったとは思わないが、しかしそれに比肩するものが出来たと知った時は、心の底から震えたものだ。


 エンジニアとしての到達点に立ったことに。

 そして、恐怖に。


 そう。恐怖だった。

 試しに稼動してみた時、その精度の高さに私は恐怖したのだ。

 なにせ十秒後に交わされる何気ない会話。それすらも、正確にコイツはシミュレートしてしまっていたのだから。


 ――しかし、真の恐怖はその後だった。


 未来がどうなるのか。

 人類はどう進化を遂げていくのか。

 科学者として知りたい欲求を抑えられず、とりあえず百年後の未来までシミュレートしようとした結果、得られたのはまったく予期していない事態だった。


『人類は滅亡しました』


 僅か三十六年後にあたる2079年。人類が滅んでしまったのだ。


 ただちに原因を調査した。

 それこそ『AVENIR』のコードから全てを見直した。

 小さなバグ一つも見逃すまいと、必死にソースを洗いなおした。


 ――結論は間違っていなかった。

 異界からやって来た何かが、確実に人類を滅ぼしてしまうのだ。


 異界。

 そんなものがあるということを、我々は初めてここで認知する。


 どうしたら良いのか。

 様々な条件を与え、何度もシミュレートした。


 例えば大国の協力を得て、圧倒的な軍事力で異界からの侵略者を殲滅しようとしたこともある。

 こちらから異界へ渡り、先に殺してしまおうと試みたこともある。

 ゲート出現場所を、地中深くに埋めてしまったこともある。


 だが結果は変わらなかった。

 何をしても、侵略者を止める手段がなかったのだ。


 次に試したのは侵略者ではなくゲート自体の破壊。

 半ば諦めつつの試行だったが、これが思わぬ功を奏した。

 あのゲートは空間を歪曲させることで不安定化し、侵略者が渡って来るのを防ぐことが出来たのだ。


 歓喜した。

 思わぬ世界の破滅を知ったが、それを防ぐことが出来ると知り、幸運に感謝した。


 しかし、そんな我々を嘲笑うかのごとく。

 さらに三十四年後の2113年。人類は、またも滅亡してしまっていた。

 今度は原因不明の病だそうだ。

 致死率100%の、見たことも聞いたこともない謎の奇病。人類は一人残らずそれに罹患し、一人残らず死に絶えた。


 ――そこから、長い長いシミュレートの開始である。


 まずはゲートを破壊し、謎の病を治す為のシミュレートを繰り返した。

 その回数実に百万回。

 俗に三十万分の一以下の確率というのは、統計学上は0%として扱われる。

 だがそんなものは無視し、様々な条件を与えてとにかくシミュレートを繰り返した。


 結果は、一度として好転しなかった。

 なんら変化することはなく、確実に人類は滅んでしまったのだ。


 だが、その過程でひとつだけ分かったことがある。

 その病の原因が、どうやら異界の物質によるものだということが。

 最後のシミュレートとして、試しに異界に渡る方法を確立した状態でどうなるのかやってみた。


 結果は生存。

 人類は、窮地を脱することが出来るようになっていた。


 しかし喜ぶことが出来ない。

 なぜなら異界に渡る方法を無理やり与えただけで、現実的にはその方法がないのだから。

 それで人類が助かったとしても、それは机上の空論でしかないのだ。


 導き出された結論は一つ。

 ゲートは破壊しない。そして異界との行き来を可能とすることで、病から人類を救う、である。


 となれば、次に考えるべきは決まっている。

 異界から来る侵略者。その攻略方法だ。

 だが先のシミュレートにより、どれだけ強大な軍事力を持ってしても奴を倒すことが出来ないと結論が出ている。

 まさに八方塞。初めから答えの用意されていない問題かにみえた。


 が、その攻略の糸口は、思わぬところからもたらされた。


『異界か……。親戚筋に退魔師の一族がいるのだが、鬼というのも案外異界からの珍客なのかもしれん』


 異界という言葉から、先生がそのようなことを仰ったのである。

 そして、全ての計画はここから始まった。


 まず、異界からの侵略者。

 これが鬼と呼ばれるものと同じなのかを判定。

 結果はTrue。固体差はあるものの、奴等は同じ世界から来ているものであると判明した。


 同時に、その討伐方法も判明。

 遥か昔にこちらの世界に渡った異界者。

 その遺伝子を受け継いだ一族の血が、鬼に有効だと分かった。


 だが、便宜上『大鬼門』と呼称したゲートから現れる鬼は、あまりにも強大だった。現代に残る退魔師では、どうしたって太刀打ち不可能なのだ。


『造るか……』


 この頃になると、先生は『AVENIR』を使った株価予測により、巨万の富を得ていた。

 それが道義的に許される行為か否かという問題はあるが、我々には大義名分がある。この世界を救うという大義名分が。


 先生は、得た大金を惜しげもなく使い、『AVENIR』を稼動させるマシンを増強。さらには企業を立ち上げ、いつの間にか政財界に大きな影響力を持つようになっていた。もちろんこれも、世界の危機を知らせるために必要なことである。


 そうして地盤を固め、『AVENIR』の存在を隠しながら未来を教え、かなり強引ではあったが、ある政策を実行させた。

『国家人口調整計画』

 国民には、世代間の人口格差を無くすためだったり、出産や子育てからの解放と言い繕ったが実際は違う。

 こちらに迷い込んでしまった異界者を捕まえ、彼等の細胞から退魔の血を持つ子供を造ることが目的なのだ。


 ただ、環境の問題なのかなんなのか。

 全ての子供が退魔の血を持って生まれてくるわけではなかった。

 そして、退魔の血を受け継いだ子供には、ある特徴が備わることも分かった。


 異能。

 恐らく異界の者達が使えるという『魔法』の力が発現したのだろう。

 およそ科学的ではない力を、その子供達は持っていたのである。


 だがそれでも、『AVENIR』の未来予測は覆ってくれない。

 異能力を持つ子供を量産し、鍛え、集め、それをぶつけても、強大な鬼を倒すには至らなかったのだ。


 現実世界では、鬼を討伐するためのプロジェクトが着々と進んでいた。

 異能の遺伝子を付与した兵士。

 Exceptional talent、Gene、Giving、Soldier。EGGS計画とは良く言ったものである。

 しかし未来を知る私と先生は、それが徒労に終ると知っている。


 焦った。

『人類は絶滅しました』という文字を繰り返し見せられながら、日々胸の中を絶望が侵食していった。

 そんな焦燥感がどこからか漏れたのか、113派などというものまで現れているらしいと、先生が憤っていたのを思い出す。

『AVENIR』の真の力は隠していたため、彼等は三十四年という歳月に可能性を見出したのだろう。

 かといって『AVENIR』を見せるわけにもいかない。これは野心を持つものにとって、非常に危険な代物だという自覚があったから。


 説き伏せることが叶わないジレンマ。

 一向に光明を見出すことが出来ない未来。


 私と先生の精神は、もはやギリギリのところにきていた。


 なんでも良い。誰でも良い。

 あの鬼を倒してくれ。


 藁にも縋る想いから、私はあり得ないことまでシミュレート条件に加え始めていた。

 つまり、本来ならばその日までに死んでしまうような異能者を無理やり生存させ、総動員で鬼に対峙させたのだ。

 正直、あまり合理的な判断だったとは思えない。

 出口の無い迷路に疲れ、正常な判断能力を失っていたのだろう。


 ――だが。


「……え?」


 可能性はそこにこそあった。

 龍ヶ崎トウマ。

 その名前を意識したのは、この時が初めてだった。



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