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case7 何の為に、誰の為に3

 ツァイナが落ち着くのを待ち、俺はゆっくりと彼女に事情を説明してもらった。

 拙くたどたどしい口調ではあったが、ツァイナの話を要約するとこうだ。


 ある日突然ゲートが現れ、気付くのが遅れてこの世界へとやって来てしまった。

 言語については異能(というか、ツァイナ曰く魔法らしい)の力でなんとでもなったが、右も左も分からぬ世界。

 彷徨い歩いていたところを警察に保護され、そして紆余曲折を経てあの施設へと送られることになったそうだ。


「あそこには、私のほかにもマシュラ族の人がいました。でもみんな血を抜かれたり、変な機械を付けられたり、実験されてるみたいでした」


 目の前で露骨に顔を歪めたミハネが、より一層ツァイナを抱きしめる腕に力を込めていた。

 俺もある程度の予想はしていたが、こうして目の当たりにしてしまえば気分の良い話ではない。

 人の道など説けるほど高尚な男ではないが、それでもそれが許されざる行為だというのは間違いないのだ。


「ドンはなぜあそこに行ったんだ? 何か聞いてないか?」


 ミハネの胸に埋もれて苦しそうにしていたツァイナが、抜け出すように顔を上げる。


「何か色々書き留めてました」


 書き留めて……?

 あぁ、そうか。ドンは情報屋だ。なら何かを調べていたのは当たり前じゃないか。

 しかしアイツは何を調べてたんだ?

 せめてどこかに書き留めた紙が残っていれば……。


 待てよ?


 俺は思い立ち、ツァイナが最初に俺へ渡してきた葉巻を取り出した。

 ドンは常々、死ぬ直前になったら美味い葉巻でも吸って死にたいと言っていた。

 だが死にゆくアイツは葉巻なんて持っていなかった。俺に渡したのだから。


 なぜ葉巻を俺に渡したのか。

 ただ単に、ツァイナを預けたのがドンだと分からせるため。

 それだけだと思っていたが、ひょっとして……。


「やっぱりだ」


 取り出した葉巻をしげしげと眺めた俺からは、知らず呟きが漏れていた。

 それを目ざとく見咎めたミハネが、首を傾げてこちらを見やる。


「何が?」

「あぁ。これだ」


 言いながら、俺は葉巻をミハネにも見える位置に掲げてやった。

 そして、クイッと先端を捻ってみせる。

 すると


「あ、開いた。なに? 煙草じゃなくてペンケースかなにかなの?」


 興味を持ったらしいミハネが、首を伸ばして覗き込もうとしてきた。

 それを手で押しやりながら、俺は開いた葉巻の先端から指を差し入れる。

 指で探りながら、中から慎重に入っていたものを取り出すと、入っていたのは小さく丸まった紙の束だった。


 これが、命を賭してドンが手に入れた情報。

 そこに素早く目を通し、それからツァイナを見た。

 なるほど。この子は生き証人というわけだ。


 何故ドンが自分の命を危険に晒してまで突っ込んでしまったのかは分からない。

 ここに書かれていることが真実なら、どちらにせよ同じと判断したのか。

 それとも突然知らない世界に放り出され、人体実験のようなことをされていたツァイナを不憫に思ったのか。


 だが奴があの施設に辿り着いたのは、恐らく俺の不用意な一言が原因だったのだろう。

 いつだったか、土間ゲンジロウについて報告を受けた後で『SOLT』という単語を口にしてしまったことを、ドンは覚えていたのだ。

 そこに金の臭いを嗅ぎつけ、その結果があの姿。

 ある意味では自業自得とも言えるのだが――


『旦那なら……出来やすよ……』


 奴が言い残した言葉は、俺にこれを白日の下へ晒せと、そう言いたかったのかもしれない。

 とびきりの特ダネを求めて忍び込んだ先で見たものは、ドンの琴線に触れるものだったのだろう。

 己の利益のみを追求していた男は、最後の最後で目覚めた正義感に殺されたのだ。


 この情報を公開し、ドンが命がけで手にした正義を行使する。

 もっとも、そうしたところで恐らく握りつぶされるのが関の山だろう。

 なにせ相手は大物代議士の土間ゲンジロウ。そして、ここに書いてあることが本当ならば、国そのものが関わっている筈なのだから。


 ――でも。

 だとしても、だ。


「ツァイナ。よく聞いてくれ」


 幼いながらも、彼女は強い心を持っているらしい。

 もう一度紅い瞳に視線を戻せば、金髪を揺らしてツァイナも真っ直ぐに見返してきたのだ。


「お前を連れ出したおじちゃんは、悪い奴等に殺されてしまった」


 そう告げると、大きな瞳は更に大きく見開かれる。

 だが、彼女もきっと分かっていたのだろう。手遅れだと。きっとドンは助からないと。

 だから、その表情が大きく崩れることはなかった。

 それを確認し、俺は話を続ける。


「俺は、そのおじちゃんから託されてしまった。お前と、真実を。だから俺は、託されたものをなんとしてでも有効に使ってやりたい。そして、ドンやお前や、他にも苦しめられている奴がいるなら、ついでに助けてやるつもりだ。ツァイナ。悪い奴等をやっつけるために、協力してくれないか?」


 はっきり伝えると、幼女は一度目を伏せた。

 さっきツァイナは『家に帰りたい』と泣いていたのだ。

 家とはゲートの向こうにある異界のことだろう。現時点で、その願いを叶えてやる方法を俺は知らない。


 彼女がホームシックにかかり、ドンが遺したものよりも異界への帰還を望んで泣き続けるならば、それはそれで仕方のないことである。

 もちろんだからといって見捨てることなどしないし、その方法が分かるまではミハネ共々面倒は見てやるつもりでいる。いずれリスラにでも相談すれば、良い方法が見つかるかもしれないしな。


 そして、ツァイナの協力が得られなかったとしても、俺の行動は揺るがない。

 もともと土間には会うつもりだったし、色々と聞かせて貰わなければならなかったのだ。

 だから、精々俺の拳が痛む回数が増える。その程度のことである。


 しかしツァイナは再び顔を上げた。

 紅い瞳には強い意志が込められており、少し涙目になっているものの、真っ直ぐに俺を見つめてきている。


「強い子だなお前は」


 胸に熱いものが滾り、ツァイナの頭を撫でる手に少し力が入ってしまったか。

 撫でられるがままに頭をぐわんぐわんと揺らした彼女は、しかし嫌がる素振りは見せず。

 ここに来てから、初めてニコリと笑ったのであった。



 ……。



「土間とアポイントが取れたよ」


 ミハネがそう言ってきたのは、ツァイナが家で居候をするようになってから一週間後のことだった。

 今ではすっかり仲の良い姉妹みたいになっている二人だが、ミハネの言葉の意味を察し、ツァイナが表情を硬くする。

 同様に、俺の鼓動も僅かに早まった。


 いよいよ黒幕とのご対面。

 全ての事情を聞きだし、最低でも二発はぶん殴る。

 話の内容次第では、もちろんそれだけで済ますつもりはない。


「本当に大丈夫なの?」


 張り詰めた空気に怯え、ミハネが恐る恐ると俺の袖を引っ張っていた。

 大丈夫かと言われたら、大丈夫だと言い切る自信はない。

 俺の推測では、自身の手を汚していないとしても、奴はすでに何人もの人間を殺させているのだから。

 今更俺一人殺すのに、躊躇などしよう筈もないだろう。


 しかし、そんなことはおくびにも出さず、俺は振り返った。


「あぁ、大丈夫だ。心配すんな」

「……そっか。なら早く帰ってきてよね。じゃないと――」

「待て。また肉を全部食おうってんじゃないだろうな? 許さんぞ?」


 コイツには前科があるからな。そこは釘を刺しておかねばならん。

 そう眉をひそめた俺の顔を、ミハネは両手で掴んでグッと顔を寄せてきた。


「だからさ。ちゃんと帰ってきて」


 ……あぁ、そうか。

 いつの間にか、俺はミハネにここまで心配をしてもらうほど、コイツと距離を縮めていたのか。

 当初はあれほど追い出したくて、何かと気安く何かと横暴だったコイツと。

 本当に、時間の流れって奴は色々な効果をもたらすもんだ。

 なぜなら俺も、心配されることを少し嬉しく思ってしまっているのだから。

 だから


「分かってる」


 俺は帰ってくる。

 今約束し、今覚悟を決めたから。


 時間は十九時。

 土間との待ち合わせは二十時だから、そろそろ出たほうが良いだろう。


 モッズコートに腕を通し、鉄扉を開いて俺は外へ出た。

 真冬の空は、すでに黒一色に染まっている。


「死にゃしねぇさ。あんまり早く逝ったらオッサンにどやされるし、ドンには呆れられちまうだろうしな」


 一人呟き、苦笑してから、俺は歩き出したのであった。


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