表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/60

case7 何の為に、誰の為に2

 ドンを見つけるのは、少しばかり手間だった。

 なにせ頭から足まで黒ずくめの男。特に闇の濃い冬の夜では、なかなか見つけられなかったのである。


 事務所を出てすぐに自動タクシーへ乗り込み、走らせること十五分。

 夜の闇と同化しそうなほど黒い男は、海に面した防風林の中で座り込んでいた。

 だらんと足を投げ出し、ぐったりと木に背中を預け。トレードマークともいえるサングラスは落としてしまったのか、不自然なほど白い眼球が、暗闇の中でギョロリと動いた。

 ようやくドンを発見した俺は、周りを警戒しながら彼の下へと歩み寄る


「おい、ドン」


 俺は、奴が死んでいると思った。

 それほどに、ドンの周りの地面は、夥しい血を吸っていたのだ。

 しかし声をかけると、僅かにその顔が俺を見上げようと動く。


「へ……へへ……。欲を出しすぎて……このザマでさぁ……」


 いつものように、彼は下卑た笑みを浮かべたつもりなのだろう。

 だが口角は上がらず、パリパリと乾いた血が少し剥がれ落ちただけだった。


 ドンの怪我は全身に及んでいる。

 頭部、腕、胸部、腹部、足。もう乾いてきているが、どこからも大量の血を流したことが窺える。

 よくこれで生きているものだと、関心せざるを得ない。

 もっとも、その灯も、消える寸前であることは間違いないが。


「何か言い残すことはないか?」


 もう助からない。

 ここで手当てしようと、病院へ担ぎ込もうと、ドンが助かる可能性はゼロだ。

 すぐにそう判断し、俺は膝を落として彼と視線を合わせようとした。

 しかしドンはこちらを見ない。いや、もう見えていないのか。

 彼の視線は、ただただ真っ暗な海を眺めていたのだ。


「……あの子は?」

「うちで保護した。あの子はなんだ?」


 訊ねてみたが、ヒューヒューと細く浅い呼吸を繰り返すだけで、ドンからの返答はない。

 ひょっとしたら、そろそろ耳も聞こえなくなってきたのかもしれない。

 彼の命は、今まさに消える寸前なのだ。


 ふと。

 まるで遺言のように、ドンが呟いた。


「旦那なら……出来やすよ……」


 なにがだ? とは聞かないでおいた。

 どうせ聞いても答えは返ってこないだろうし。

 ただ、ドンと同じ景色を眺めながら


「当然だ」


 俺はそう返したのだ。


「へへ……。あの世の情報でも……仕入れて……おき……やす……」

「あぁ、頼んだ。良い値段で買ってやるさ」


 それっきり。

 ドンが口を開くことは、二度となかった。


 このままにしておくのは可哀相だとも思ったが、ドンの怪我には銃創も見受けられる。

 下手に通報などすれば、厄介なことになるだろう。

 念のため、彼が何かマズイ物でも持ってないか検めさせてもらったが、マズイ物どころか葉巻一本出ては来なかった。


 有能な情報屋であり、葉巻仲間であり、友人だった胡散臭い男ドン・ベイパー。

 その最後に寂しさを感じながら、もう一度亡骸に手を合わせ、俺はその場を後にしたのであった。



 ……。



 事務所へと戻る俺の足取りは重い。

 寒さで筋肉が硬直している。それもあるだろうが


「くそ……」


 最近、俺の周りで人が死にすぎるのだ。

 宮園マイ、オッサン、そしてドン。

 こればっかりは慣れるものじゃないし、慣れたいとも思えない。

 奴の為に流してやる涙はなかったが、それでも気分は暗く沈みこんでいた。


 一体ドンはなぜ死んだのか。

 託された子供は、なんなのか。


 せめてそれくらい知りたいと、女児から事情を聞きだす覚悟を決め、俺は事務所の鉄扉を開く。

 その瞬間、ミハネのやかましい声が耳に届いた。


「トウマっ! ツァイナちゃんが凄いのっ!!」


 俯き加減だった俺は、何事かと顔を上げ、そして驚愕に目を見開いた。


「ツァイナちゃん? ……って何してんだそれっ!?」


 氷が浮いていた。

 いくつもの氷が、宙をふよふよ漂っていたのだ。


 それをしているのは、ツァイナと呼ばれた女児。

 ミハネがシャワーにでも入れたのか、ここを訪れた時に見られた疲れ顔は和らいでおり、纏っているものもボロいフードから小綺麗なセーターに変わっていた。

 もっともそのセーターはミハネの私物のようで、ダボダボと袖が泳いでいるが。


 ミハネに続いて俺の帰宅に気付いたツァイナは、弾かれたようにバッとこちらを見た。

 すると周りを漂っていた氷達が、糸が切れたように地へと落ちる。

 それに構わず、女児はパタパタとスリッパを鳴らせながら俺にしがみついてきたのだ。


「どうでした!? おじちゃんは!?」


 紅い瞳が、期待と不安を織り交ぜて俺を見上げてきていた。

 だが俺は、ドンの死を伝える前に、幼女を椅子に座らせることにした。

 ミハネは気を利かせたのか、すかさず甘いホットミルクが入ったカップをツァイナの前にコトリと置き、自分と俺の分のコーヒーも準備してくれる。

 それを啜り、ふぅっと一息吐いてから、女児の目を真っ直ぐ見つめなおした。


「ツァイナというのは君の名前か?」

「は、はい」

「そうか。……あのおじちゃん。名前はドンと言うんだが、彼とはどこで会った?」


 ドンとの出会いについて訊ねると、ツァイナはビクリと身を竦ませた。

 怯えている? 何かを怖がっているのか?

 どうやらミハネも同じ感想を抱いたらしく、そっとツァイナの肩を引き寄せて「大丈夫だから」と彼女を宥める。

 それでなんとか持ち直し、震える声で女児が答えた。


「分かりません……。人がたくさんいる白い場所でした……」

「白い場所……。あ、そうだ。さっきデバイスでドンの居場所を表示しただろ? あれで指し示せるか?」


 その方がてっとり早いと提案すると、ツァイナは少し首を傾げたが、なんのことか思い当たったようで、次の瞬間には再び俺と女児の前に地図が現れていた。


「ここです」


 そうして彼女が指差した建物に、俺の眉が無意識的に跳ね上がる。


「人口調整計画の施設……」


 考えてみれば、不自然な話じゃあない。

 この時分に小さな子供がいるのは、ほとんどあの施設なのだから。

 となるとドンはあの施設に侵入し、そこから育成中の子供を攫ってきたということか?


 ……いや、違う。

 先ほど見たツァイナの不思議な力。

 それにこの外見。

 ひょっとしたら……ひょっとしたらこの女児は。


「ツァイナはマシュラ族なのか?」

「――ッ!?」


 目に見えるほど狼狽し、ツァイナの目が見開かれる。

 それがなにより有言に、俺の推測を肯定していた。


「ちょっとトウマ? なんのことか分かんないけどツァイナちゃんが怯えてるじゃない!」

「あ、あぁ。悪い」


 ミハネに咎められ、俺はツァイナの頭に手を伸ばす。

 女児はビクッと体を硬直させたが、頭を撫でてやると、きょとんと俺を見上げてきた。


「大丈夫だ。何も心配するな」


 途端。

 ツァイナの紅い瞳から大粒の涙が溢れ出し、女児は顔をクシャクシャに歪めて泣き出してしまった。


「帰りたい……っ! お家に帰りたいよぉ……っ!!」


 ミハネに抱きしめられ、泣き続ける幼女を見ながら、俺はコーヒーを啜る。

 それはまた、少し苦く感じられたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ