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case6 死に至る病5 ―雨宮カナタ―

 敷き詰められた小石の上を進んでいくと、ジャリッと後ろで音が鳴り、慌てて背後を睨みつける。

 すると顔を青くして申し訳なさそうなユタカと目が合った。

 私が嘆息しながら(気をつけなさい)と唇を動かせば、彼はコクコクと首を縦に振っていた。


 ニューポートセンター駅の駅裏一帯に広がる再開発予定地。

 今はまだ建造物なども目立たないが、ゆくゆくは高層ビルやら高級マンションやらが立ち並ぶらしい。

 その一角に、フェンスで囲まれた場所がある。

 ここは商業施設でも作ろうとしているのか、敷地面積は広大だ。

 中にはすでに造り始めている場所もあり、見通しがあまり良いとは言えなかった。


 特に今日は雨が降り続いている。

 所々に水溜りも出来ているし、足場も最悪。

 魔物が俊敏であれば、せっかく見つけたのに逃げられてしまう可能性だってあるだろう。


 だから私達は細心の注意を払いつつ、気配を消して魔物を探していた。

 ジリジリと心が焦げるような感覚。

 ツーッと頬を伝った雫は、雨ばかりではない。

 ミスをすれば取り返しが付かないのだ。

 身内贔屓と思われるかもしれないけど、攫われているのは渡利嶋先輩。

 絶対に助けなければならない。


「(カナタさん)」


 極力声を潜め、ユタカが私の袖を引いた。

 そのまま目線で私の視線を誘導し、目的の場所へと導く。


 いた。


 四十メートルほど先にある資材置き場。

 そこに魔物がいたのだ。

 最近よく遭遇するゾンビ型のようで、動きそのものは鈍重。

 今もただ雨に打たれるがまま、奴はジッと木箱の上に腰を下ろしている。


 木箱と言っても、隙間の大きく開いたもの。

 どちらかというと柵に近いかもしれない。

 だからこの位置からでも、その中に人がいることを確認することは容易だった。


 白髪の多く混じった髪の毛。

 少しお腹が出ているけど、わりと筋肉質な身体。

 間違いない。

 あれは渡利嶋先輩だ。


 足の怪我は大丈夫だろうか?

 手当てもせず、こんな雨の中で晒されているのだ。

 重篤化することも考えられる。

 早く助けなければ。


 そう思い焦れるが、今は動けない。

 なにせその箱の上に魔物が座っているのだから。

 身動きひとつしないけど、まさか眠っているというわけじゃないわよね?

 下手に出ていって、苦し紛れに箱ごと先輩に手をかける。

 その懸念がある以上、今は耐えるべき時なのだ。


 ザーザーと雨は止む気配を見せない。

 服は中までぐっしょり濡れ、べったりと肌に張り付く感じが気持ち悪い。

 けど、そんな不快さの一切合財に目を瞑り、私はただその時を待ち続けた。


 五分。十分。三十分。


 身体が芯から冷えてしまい、血桜の柄に掛かった指先がガタガタと震えている。

 たぶん唇は紫色に変色し、顔も青ざめていることだろう。

 風邪はまぬがれないかな。

 そんな余計なことを考えながらも、視線は一時たりとも魔物からそらしていない。


 なのに魔物は動かない。

 本当に寝ているんじゃないか?


 そう思った時、ついに魔物が動いた。

 足を持ち上げ、重力に任せてぶらんと落とす。

 すると木箱がガタリと揺れて、中にいる先輩がグラッと揺れたのだ。


 口を塞がれでもしているのか、先輩は呻き声ひとつ上げない。

 けど僅かに体を揺らし、抵抗しているように見えた。

 しかしその動きも弱々しい。

 時間は余り残されていないのかもしれない。


「(仕方ない。強行するしかないわね)」


 後ろにいるユタカにもそう伝えると、彼は少し首を捻り


「(僕が囮になります。その間にカナタさんはあの人を)」


 そう提案してきたのだ。

 なるほど。それは助かる。

 私は今、一人ではなかったんだ。

 失念していたわけではないけど、誰かに頼るという発想が出てこなかった。


「(危ない役目だけど、お願い出来る?)」


 一応念を押すと、彼はコクリと強く頷いてくれた。

 頼もしい。

 本当に良い人に巡り会うことが出来た。

 それも先輩の助言あったればこそ。

 だから、必ず先輩は無事に助け出す。


 心に新たな決意を灯し、ユタカが準備を整え終わるのを見計らって鈍界を発動。

 作戦を決行に移した。


 反対側から回り込んだユタカが、わざとらしく魔物に驚き尻餅をつく。

 それを見た魔物は「敵ではない」「ただの餌」そう判断したのか、幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、ゆっくりとユタカの方へ向かって行った。

 木箱から離れる。

 五歩、十歩、十五歩……。

 やがて木箱からの距離が私と同じほどに離れたのを見計らい、ジャリッと音を鳴らせて大地を蹴った。

 その瞬間、ビクリと音に反応して魔物が振り返る。

 一目散に向かうのは私……ではなく木箱の方角。

 奴は私との戦闘を避け、また先輩をどこかへ連れ去ろうというのだ。


「させないっ!!」


 通常ならば、速度は私の方が上回っている筈。

 だけど足場が悪いし、雨をたっぷり吸った服が事のほか重い。


 くっ……!!


 僅かに分が悪いと悟り、私は血桜を抜刀。

 そして、その鞘を思い切り投げつけた。


 グルングルンと回転しながら、鞘はまっすぐ魔物の進行方向へ飛んでいく。

 タイミングはぴしゃり。上手いこと足元に絡めば、転倒はまぬがれない。

 仮に避けたとしても、その分こちらが先に辿り着ける。


 なのに、魔物は避けもしない。

 だから狙い通りに足元に当たった鞘で、奴は派手に転倒した。


 ――が。


「なによそれっ!!」


 転んだ勢いそのままに、不自然な動きで起き上がっていたのだ。

 まるで物理法則を無視したような、上から糸で吊るされたような。

 しかしとにかく、分が悪いのは私の方。


 あと十歩。


 心臓が跳ね、奥歯がギリリと鳴り、精一杯に手を伸ばす。

 鈍界の中で見えている魔物は、私に先んじて木箱へ到着する寸前。

 その手が振り上げられ、持ち去られるよりも最悪な未来が迫る。


 あと五歩。


 振り下ろされ始めた腕が、木箱に触れる。

 それは容易く箱を砕き、その中にいる先輩の体に食い込むだろう。

 間に合わない。


「んのぉっ!!」


 咄嗟の判断だった。

 血桜を、投擲のように魔物へ放ったのだ。


 ヒュンっと私の手から飛び出した刀は、真っ直ぐに魔物に吸い込まれていく。

 その刀身が奴の頭に突き刺さり、グラリと体勢が崩れた。


「やらせるわけないでしょっ!!」


 走ってきた勢いを殺さず、私は魔物に飛び掛る。

 奴に刺さった血桜の柄を握り、魔物の体を足蹴にしながらグイッと無理やり引き抜いた。

 さらにその反動で一回転し、横薙ぎに首を狙う。

 スパンッと小気味良い音が鳴ったかと思うと、魔物の首は、宙高く舞い上がっていたのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……んっ」


 荒い息を整え、溜まった唾を呑み込んで、地に倒れて泥塗れになった魔物の死骸を見る。


 間に合った。

 良かった。

 先輩を守れた。


 心に溢れるのは達成感と安堵感。

 それは温かく胸の内から全身へと広がり、雨に濡れた身体の冷たさも、走り回った疲労感も、全てを忘れさせてくれた。


「先輩。今助けますからね」


 先輩は何と言うだろうか。

『ありがとう、助かったぞ雨宮君』だろうか?

 いや、『遅いぞ雨宮君。こんなにずぶ濡れになっちまったじゃないか』かもしれない。

 まぁ多少のお小言は我慢しよう。

 遅くなってしまったのは本当なのだし。


 拾い戻した鞘を使い、梃子の原理で木箱をこじ開ける。

 中にはぐったりした先輩の姿。これは小言も言えない状態かもしれない。


「遅くなりました先輩」


 先に謝ってしまおう。

 そう苦笑しながら手を伸ばし、先輩の体を抱き起こす。


 ――コロン


 なにかが落ちた。

 なにかがコロリと落ちたのだ。


「……え?」


 なにが落ちたのか?

 分からない。なにも分からない。

 ただ視界がぐわんと歪み、浮遊しているのか落下しているのか分からない、眩暈を覚える。


「先……輩……?」


 答えない。答えられない。

 だって答えるべき先輩の口は、頭と共にコロリと落ちてしまったのだから。


「あ……」


 一拍遅れて理解した。

 理解してしまった。


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


 先輩の胴体と頭が離れ離れになってしまっていることを。


 落ちた。

 コロリと落ちたのは先輩の頭部。


 そして私の心。

 希望から絶望へと、深く深く堕ちたのだ。



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