case6 死に至る病4 ―雨宮カナタ―
数日後。
私はユタカに御馳走してもらうことになった。
場所はニューポートセンター街から、遥か北にある高級レストラン。
普段なら絶対に一人で来ることはないし、私には縁のないと思っていたお店だ。
一つ年下だという彼は非常に紳士的で、常に私をエスコートしてくれたし、だからといって下心を出してくるようなこともない。
食事の合間には話題を提供し、退屈させないように気遣ってくれているのも感じていた。
だから、山城ユタカという青年は、とても良い人なんだろうなと思う。
どこかの馬鹿探偵にも見習って欲しいものね。
そしてその日から、仕事でもプライベートでも。
私と彼は行動を共にすることが増えていた。
もちろん私と彼の関係は友人止まりで、それ以上ということは決してない。
けれど最近では先輩以外と気安く話をすることのなかった私にとって、少なからず居心地の良さは感じていた。
「すいませんっ! 撃ち漏らしましたっ!」
「大丈夫」
彼の手をすり抜け、ゾンビ型の魔物が私目掛けて突っ込んでくる。
でも動きは単調。
この程度なら、鈍界を発動するまでもない。
「三の太刀――青桜ッ!」
一瞬のこと。
チンッ――と軽快な音を立てて血桜が鞘に納まった時には、すでに魔物は真っ二つになっていた。
「いつ見ても素晴らしい腕前ですねカナタさんっ!」
感嘆の声を漏らしながら、ユタカがとてとてと走り寄ってくる。
その姿は子犬を連想させ、耳と尻尾が見えるようだ。
「このくらい当然よ」
ふふん、と鼻を鳴らし、少しだけ胸を張る。
他の人間の前でそんなあからさまな態度を取ることはないけど、ユタカの前でなら多少の増長は許される。
私の中の線引きは、そう判断していた。
その後もいくつかの仕事でカチ合い、たまに彼から助太刀を頼まれたりもし。
そんな時間は、まだ私が未熟だった頃の、トウマとの日々を思い起こさせていたのだった。
……。
「カズオがっ! 夫が魔物に連れ去られてしまったのっ!」
穏やかだった日々に亀裂を走らせる連絡は、九月も終わりに差しかかろうかという、雨の降りしきる憂鬱な午後にやってきた。
悲痛な声で私にその連絡をもたらしたのは、渡利嶋サヨコさん。
つまりカズオという名の夫とは、私の良く知る先輩。渡利嶋カズオ警部補のことであった。
大至急で先輩の家へ向かうと、居間で泣き崩れるサヨコさんの姿。
そして、割られた窓ガラスと血痕。
室内には争った形跡もあり、襖や柱は鋭利な刃物で切り裂かれたようになっていた。
「サヨコさんっ! 連れ去られるところは見た!? どんな魔物!? どっちへ言ったの!?」
矢継ぎ早に質問を重ねるが、彼女からまともな返答は返ってこない。
あまりの人間らしい反応に忘れそうになったけど、それでも彼女はアンドロイドだ。
そのことを思い出し、私はサヨコさんに許可を貰う。
「少し見せてもらうわよ? いいわね?」
彼女は最初なんのことか分かっていない様子だったが、やがて私が何を求めているのか思い当たり、強い瞳でコクリと首肯してくれた。
それを確認してからサヨコさんの背後に回り、うなじ辺りにあるカバーを開ける。
そこからコードを引っ張りだし、自分のデバイスに繋げた。
すると起動したデバイスから映像が流れ出す。
これは、サヨコさんが見たものの記憶。データだ。
時間を巻き戻し、先輩が連れ去られたという少し前から再生し直す。
ガシャンとガラスが割れる音。
次いで『なんだぁっ!?』という先輩の怒号。
この時サヨコさんは台所に立っていたらしく、映像はまな板の上の野菜から、ふと振り返って居間の方へと視線を移す。
だがよく見えない。
『あなた?』
見えないながらもただならぬ様子を感じ取り、不安な声を漏らしながらサヨコさんは居間へと向かう。
その間も激しい物音が続き、そしてサヨコさんの瞳が連れ去られる先輩の姿を捕らえた。
しかし動揺からか、先輩に怪我がないか確認しようとしてか。
視線のピントがブレまくり、見ている位置も先輩の体を隅々までチェックするばかりで、魔物の姿が映らない。
そうこうしているうちに魔物は先輩を抱えたまま窓から飛び出し、どんどんとその姿は小さくなっていってしまう。
かろうじて分かったのは方角。
駅の方向。いや、そのもっと先か。
「ふぅ……。ありがとう」
コードを戻し、カバーを付け直してからサヨコさんにお礼を述べる。
確認した範囲では、先輩は足を怪我した程度で、命に関わるようなものではない。
だが連れ去られてしまった今、その命は風前の灯と言えるだろう。
もっとも先輩が魔物を恐れるなんてことは考えられないから、その猶予はまだあるとは思うけれど。
「お願い。お願い雨宮さんっ! あの人をっ!」
普段先輩がいる前では比較的無口なサヨコさんが、縋りつくように懇願してきた。
その肩を叩き、大丈夫ですからと伝えて、私は先輩の家を飛び出す。
一人では厳しいかもしれない。
探すにしても、捜索範囲が広すぎるのだ。
すぐさま署に応援要請を入れる。
なんといっても連れ去られたのは身内なのだ。
対策課ではない人でも、捜索くらいは手を回してくれるだろう。
警察という組織は、良くも悪くも身内に甘いのだから。
でもそれだけでは心許ない。
もっと人手が欲しい。出来るなら、魔物の相手に慣れている人間。
頭に真っ先に浮かんだのは、やはりあの男。
龍ヶ崎トウマである。
彼を頼るのは躊躇いがある。
長く姿を見せなかったのに、こんな時にだけと思われるかもしれない。
けど、攫われたのは先輩だ。
トウマにとっても、慕うべき人間なのだ。
なら、私の私情で避けるべきではないだろう。
ないだろう……なんてことは、ちゃんと理解している。
でも、いざニューポートセンター街まで足を伸ばし、彼の事務所へ向かおうとして。
私の足は、はたと止まってしまった。
「あれは……法ヶ院ミハネ……さん?」
事務所がある裏路地へと向かう前に、彼の姿を発見したのだ。
パリッとしたジャケットを羽織っているにも関わらず、だらしなく着こなした横着な態度。
なんだか眠そうにしている目なのに、どこか油断が感じられない視線。
間違いなく、記憶の中にある龍ヶ崎トウマの姿だ。
けどその横に、ぴったりと美しい女性が寄り添っている。
いや寄り添っているというのは少し語弊があるかもしれないけど、少なくとも私にはそう見えた。
二人は買い物帰りなのか、トウマの手にはビニール袋が握られており、そこからネギがひょっこり顔をのぞかせている。
隣を歩くミハネさんはそんなトウマの袖を引き、なにやら指差している。
あぁ、あそこは最近新しく出来たというカフェか。
なんでもモンブランが美味しいらしい。
トウマは面倒臭そうな顔をしつつ、それでも引っぺがすようなことはしない。
渋々とだが、ミハネさんと一緒にカフェの中へと消えていったのだ。
……はっ。
私はなにをしているのだろう。
この一大事に、まるで出歯亀みたいな真似を……。
こんなことをしている場合じゃない。
トウマに会い、事情を説明し、先輩を探す協力をしてもらわなければ……。
もらわなければ、いけないのに……。
意志に反し、私の爪先は反転してしまっていた。
何故だろう。
理由は自分でもよく分からない。
けど、トウマに協力を仰ごうとは思えなくなり、私はデバイスを操作していた。
するとすぐさま応答がある。
彼は、私からの連絡で三コール以上待たせたことはないのだ。
「どうしましたカナタさん?」
子犬のように従順な声で、なんだか私はホッとしてしまう。
少しだけ余裕を取り戻し、それでも緊急であることを言外に込める。
「知り合いが魔物に攫われてしまったわ。助力を頼めるかしら?」
突然の要請にも関わらず、山城ユタカは二つ返事で了承してくれた。
その後は署で捜索している人達と連絡を取り合い、私自身も街中を駆けずり回る。
そして日がとっぷりと暮れ、頭から足先まで雨でぐっしょり濡れてしまい、傘がなんの役にも立たなくなった頃。
ようやく欲しかった情報がもたらされる。
「魔物が人を連れ去ったという目撃情報がありましたっ! 場所は駅裏の再開発予定地ですっ! 僕も今から向かいますので、現地で合流しましょうっ!」
こうして私と山城ユタカは現場で合流し、工事中と書いてあるフェンスを乗り越えるのであった。




