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二話 ラストチャンスをください

本日三話目です。

今日は初日なので三話投稿しましたが、明日からは二話(朝と夜に一話ずつ)となります。

「お願いしゃあっす!」


 一部の無駄もない、よどみのない動作で、青太(あおた)は土下座を繰り出した。

 何気に彼の得意技だったりする。


 妻のみどりは基本的に大らかな性格をしているが、青太があまりにもアレなせいで機嫌を損ねてしまうことは、往々にしてある。

 そんな時は、土下座の出番だ。

 必殺技を繰り出した青太に、みどりは冷ややかな視線を向ける。


「半年ぶり十三回目、ってところかな」


 青太の土下座は、みどりにとっては見慣れた光景であるせいか、極めて冷静だ。


「それで、今度は何? 私に怒られるようなこと、何をしでかしたの?」


 セリフが母親と子供のようだが、間違えてはいけない。

 二人は夫婦だ。しかも、青太の方が八歳も年上。

 精神年齢は逆転していそうだが、それは気にしない方向で。

 みどりに呆れられても、青太は土下座をやめずに、自分の希望を伝える。


「チャンスを! 最後のチャンスをください!」

「ん? チャンスって?」

「次で最後にするんで、あと一回だけ、新人賞に投稿させてください!」

「……んん? 最後? あと一回? どういうこと?」


 みどりの言葉には、疑問符だらけだった。

 青太は、自分の思いを打ち明ける。


 小説を書くせいで、みどりに迷惑をかけている。

 反省したので、見切りをつけて小説を書くのをやめようと思う。

 ラノベ作家になる夢も諦める。

 自分の夢よりも、みどりとこれから産まれてくる子供を大切にしたい。


 気持ちの全てを包み隠さずに打ち明け、その上で頼み込む。

 未練を断ち切るために、あと一回だけ、投稿させて欲しい、と。


「嘘みたい。小説バカの青太が、小説を書くのをやめるって言い出すなんて、思いもしなかった。本気なの? ずっと続けてきたのに、今さらやめられるの?」

「やめる。きっぱりとやめてみせる」

「長年、書き続けてきたんでしょ? 夢を追い続けてきたんでしょ?」

「そうだな。書き始めた頃が懐かしい。小説のいろはもよく分からないまま、情熱だけで書いてたっけ」


 青太は、過去を懐かしむように遠い目をしていたが、すぐに真面目な表情に戻った。


「今でも情熱はあるけど、書き始めた当時ほどじゃない。純粋に楽しんで書くことができなくなった。だから、潮時なんだよ。未練があってズルズルと引き延ばしてきたけど、やめなきゃいけなかったんだ」

「一応、考えてはいたのね」


 考えるに決まっている。

 諦めなければ夢は叶う、なんてあり得ない。

 ラノベの中ではないのだ。現実では、努力が報われないなどいくらでもある。


「でも、やめる前に、ラストチャンスをもらいたい。次の作品に、俺の十七年間の全てをぶつける。それで最後にするから」

「私は全然構わないけど。ていうか、やめるなんて思ってなかったし、これからも懲りずに書き続けるとばかり。諦めてくれるなら、私に文句なんてないわよ」

「ありがとう、みどり! 愛してる!」


 感極まった青太は、みどりに抱きつき、顔中にキスの雨を降らせた。

 夫婦だからこそ許される行為だ。


「そ、それで、どの新人賞に応募するの? 今は二月だし、作品を書く期間を考えれば、夏か秋あたりが締め切りのやつ?」

「それじゃあ遅い。みどりの出産と被る」


 妊娠六週目なので、出産予定日は医者から教えてもらっていないが、一般的な妊娠期間で考えれば十月上旬から中旬になるのではないかと計算している。

 今にも子供が生まれようとしている状態で、呑気に小説を書く図々しさは、さすがの青太にもない。


 プロの小説家であり、仕事で書くなら問題ないが、青太の場合はプロを目指してはいても半分趣味のようなものだ。

 出産を控えた妻を放置して、趣味に没頭するほど青太は愚かではない。


 そもそも、集中できるとも思えない。

 それでは実力も十分に発揮できず、満足のいく出来にはならないだろう。

 最後なのだから、青太の全てをぶつけ、納得のいく作品に仕上げたいのだ。

 みどりのためにも青太自身のためにも、秋という選択肢はない。


 かといって、夏も微妙だ。

 何次選考まで進めるかにもよるが、出産前に結果が判明しない可能性が高い。

 できれば、みどりの出産時には、すっきりした気持ちで臨みたい。


 諸々考慮すると、春先が締め切りとなっている新人賞が候補に挙がる。

 そして、都合のいい新人賞がある。青太におあつらえ向きのやつが。


「今から約二ヶ月後、四月十日が締め切りの、サンダー小説大賞に投稿するつもりだ。一番投稿数の多い新人賞だし、最後を飾るにはちょうどいい」

「二ヶ月後? 青太の執筆ペースからすると、間に合わないように思うけど」


 夫婦なだけあり、みどりは青太のことを細かく把握していた。

 彼女の言い分は正しい。

 二十代の頃なら、二ヶ月もあれば、長編小説を一本書き上げられた。

 休日をフルに執筆に当て、平日も会社から帰宅後の時間を使えば、アイディアを出すところから始めても二ヶ月で一本は無茶なスケジュールではない。


 だが、今は違う。平日の帰宅は夜遅くなるので、ほとんど小説は書けない。

 休日だって、ずっと執筆というわけにはいかない。妊娠中のみどりに代わって、家事等をする必要がある。

 冷静に考えれば、青太の発言は無茶としか思えないだろう。


「大丈夫だ。俺だって、できないことは言わない」

「そうなの? いつも割と、できないことを言ってる気がするけど」

「こ、今回は大丈夫なんだよ。まず、小説のネタはあるんだ。プロットも多少書いてあるし、一からアイディアを出すのに比べれば時間を削減できる」


 人にもよるが、最も大変なのはアイディアを出す作業だ。

 登場人物は、世界観は、ストーリーは、作品に込めたテーマは。

 それらを考え、こういう内容の小説にしようと決めるまでが、時間がかかる。

 同時に、最も楽しい作業でもあるのだが、関係ないので置いておく。


 とにかく、一番時間がかかるはずの作業を、今回はある程度済ませてあるところからスタートできる。

 これは、大きなアドバンテージだ。


「予定だと、プロットを煮詰めるのに半月。残り一ヶ月半で書き上げる」

「相当ギリギリな気がするんだけど、できるの?」

「できる。だけど、一つ前提条件があって、俺一人の力じゃ難しいんだ。そこで、みどりにも協力して欲しい」

「協力って、何するの? 私、小説なんて書けないわよ」


 みどりは、青太のように小説を書きはしないし、読書家というわけでもない。

 人気作くらいは読むが、本よりもドラマや映画を好んでいる。また、みどりが読むのは一般小説であって、ラノベではない。

 だが、青太からすれば、その方がありがたいのだ。


「素人だからいいんだよ。作者寄りの指摘じゃなくて、読者寄りの指摘が欲しいんだ。俺の書いたプロットや実際の原稿を読んで、忌憚のない意見をくれればいい」


 小説の完成度を上げる一番の方法は、人に読んでもらって悪い部分を指摘してもらうことだ。

 人間、自分の作品には評価が甘くなりがちだし、悪い部分も気付きにくい。

 一人では限界があるので、人に助けてもらうのだ。

 青太の場合は、妻のみどりに協力してもらおうとしている。


「面倒なことを頼んでるって自覚はある。だけど、みどりにしか頼めないんだよ」

「まあ、青太がそこまで言うなら。けど、力になれなくても、文句は受け付けないから。あと、やるからには思ったことを言わせてもらうけど、怒らないでね」

「ビシビシ厳しくしてもらって構わない。覚悟はしておく」


 こうして、青太の最後の挑戦が始まった。

 妻と二人三脚で書き上げる、彼の最後の作品がどうなるかは、まだ誰にも分からない。

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