十九話 妻は巨乳ネタにご不満のようです
夜遅くまで執筆にいそしみ。
代休を取得した翌日は、普段通りに起床した。
仕事はないので寝ていてもいいのだが、小説を書かなければいけない。
睡眠時間は、四時間ちょっと。はっきり言って全然足りておらず、非常に眠い。
冷たい水で顔を洗って目を覚まし、朝食を食べる。
みどりが仕事に行くのを見送り、一人になった青太は、昨晩の続きから執筆を再開した。
みどりにもらったネタは変更済みで、さらに先へ進んでいる。
物語の一番盛り上がるところだ。作者としても書いていて楽しい部分。
青太は、時間がたつのを忘れるほど作業に没頭した。
一息ついた時は昼を過ぎていた。空腹を感じる間もなく集中していたようだ。
料理を作るのも面倒なので、昼食はカップラーメンで済ませる。
昼食後、続きを書こうと思ったが、気分転換もかねてある物を見ることにした。
既に書いた分をみどりにチェックしてもらったが、感想と指摘をまとめくれたらしいので読んでみる。
どのような感想を書いてくれたのか、楽しみだ。
手書きでは書くのが大変なので、パソコンのメモ帳を使って書いてくれた。
みどりから預かったUSBメモリをパソコンに挿し、中に入っているファイルを自分のパソコンにコピーする。
ファイルを開くと、真っ先に目に飛び込んできたのは一行目に書いてある文章。
「ぷっ、ぶははは! なんだよこれ!」
文を読んだ瞬間、青太は大笑いしてしまった。
そこには、こう書かれていた。
『そんなに巨乳が好きか? ああん?』と。
芸の細かいことに、二行目以降はしばらく空行となっている。
ファイルを開いても、『そんなに巨乳が好きか? ああん?』しか見えない。
「あいつ、ふざけてるだろ! なんだこりゃ!」
笑いながら文句を言い、下にスクロールしていく。
さすがに、感想がこの一文だけということはなく、下には色々と書いてあった。
『そんなに巨乳が好きか? ああん?』の真意もある。
みどり曰く、ヒロインの清宮寺深世流に対して、巨乳、巨乳と事あるごとに書いてあるため鼻につくと。
清宮寺深世流は、十五歳だが大人顔負けの美貌とスタイルを誇るという設定だ。
ラノベのヒロインたる者、美少女でスタイル抜群でなければならないという思いから、こういう設定にした。
スタイルを強調するために、作品内では巨乳ネタをそこかしこに仕込んである。
胸がたゆんたゆんと揺れる。
学校の制服がはち切れそうになっている。
四分校殿鳥居に鷲掴みにされて揉まれる。
このように、あの手この手で巨乳をアピールしている。
ヒロインが巨乳なのはいいとしても、いくらなんでも巨乳を主張し過ぎであるとみどりは言っており、場面を削るように指摘していた。
「みどりは小さいもんなあ。俺としちゃあ、それも可愛くていいと思うんだけど、本人にとってはコンプレックスなのかな」
巨乳ネタが多いという感想は、半分はみどりの嫉妬ではなかろうか。
みどりの言い分も一理あるといえばあるのだが、青太は別に多いとは感じないので、修正する必要はないように思う。
これは保留にして、他の指摘も読んでいく。
『セリフが回りくどい。誰がしゃべっているか分かりにくい』
『ヒロインが怒るのが唐突に感じる。この場面だけ短気なのはおかしい』
『化生茶屋亜麻音子は、教師のくせに、なんでヒロイン以上の爆乳なのよ。こんな色気ムンムンの教師がいるか』
『四分校殿鳥居のバストサイズが私と一緒なのはどういう了見だコラ!』
「あちゃあ、やっぱ気付かれたか。これは変えた方がいいな」
故意にやっていたのだが、みどりに気付かれてしまったので変えておく。
『ここのギャグは面白かった。不覚にも笑った』
『素敵な表現ね。詩的な感じがして、私は好き』
問題点の指摘だけではなく、いい部分を褒めてくれるあたり、みどりは優しい。
悪い点を指摘してもらって直さなければいけないのは確かだが、それはそれとして、人は褒めてもらいたいものだ。
ここがいい。面白い。
たったそれだけの、短い褒め言葉で構わない。
認めてもらえればモチベーションが上がり、よりよい作品を書けるようになる。
子供の教育方針で、褒めて伸ばすやり方があるが、大人にも同じことは言える。
仕事をしていて常々思っているのは、日本の社会人は褒めなさ過ぎないかということだ。
社会人なのだから、仕事なのだから、やって当たり前、できて当たり前。
そういう風潮があるせいか、悪い部分は声を荒らげて指摘するくせに、よい部分はスルーする傾向にある。
そうすると、やる気も出なくなるというものだ。
もっと褒めればいいのにと思う。
「あ、これ書こうかな。主人公は、ヒロインたちから褒められて、やる気を出していく。いや、子供におだてられて調子に乗る大人も格好悪いかな」
新しく浮かんだ案は頭の片隅に置き、みどりの感想を読み進める。
誤字脱字などの軽い指摘はすぐに直し、手間がかかりそうなものは後回し。
全体のバランスも考慮しなければならないので、修正は最後まで書き上げてからだ。
大量にある指摘と感想を最後まで読むと、変な空行があった。
なんだろうと思い、下にスクロールしていくと、最後の行にこんな一文が。
『そんなに巨乳が好きか? ああん? を私の嫉妬だと思ったでしょ。違うからね。客観的に見て、巨乳ネタが多いって言ってるの』
どうやら、青太の考えなどお見通しのようだ。さすがは妻なだけある。
「てか、みどりのこの書き方が、完全にネタじゃないか。これはあれか? 俺に小説のネタとして使えって言ってるのか? でも、勝手に使うとまた怒られそうだし、みどりの許可を取ってからにしておくか」
何度も怒られているので、青太も学習する。
小説のネタにするのは、みどりの許可を得てからだ。
「さて、続きを書こうかな。いやあ、みどりのおかげで、笑った笑った」
いい気分転換になったし、面白い話が書けそうだ。
青太は、午前中の続きを書いていく。完成までもう一息だ。
今日中の完成は無理だが、次の土曜日か日曜日には完成する。頑張ろう。
午後もずっと作業に集中し、みどりが仕事から帰宅したところで切り上げた。
なお、みどりに感想の件について聞いてみると、次のような会話になった。
「みどり。ヒロインの巨乳ネタが多いって指摘だけどさ」
「多いでしょ。もっと減らすべきよ」
「読者は男が多いからさ、巨乳ネタは受けがいいんだよ。減らすのはちょっと」
「貧乳には生きる価値がないとでも?」
「そうは言ってない。小さいのもありだし、実際に四分校殿鳥居は小さいだろ」
「清宮寺深世流は大きいじゃない。化生茶屋亜麻音子はさらに大きいわよね」
「大小ある方が、多様な好みに対応できるからな。化生茶屋亜麻音子は、いわゆるお色気担当だ。顔の綺麗さは清宮寺深世流に劣るし、可愛らしさでは四分校殿鳥居に劣るけど、胸の大きさは誰よりも上。それが彼女の武器なわけだし」
「ええ、どうせ私には、女の武器はありませんよ。悪かったわね」
「誰もそんなことは言ってないんだが」
「小学生の頃から成長してない私なんか、お呼びじゃないのよね。それとも、ロリコンの青太は嬉しいの? 実質小学生に手を出したような……」
「ストップ! その発言は色々と危ない!」
エトセトラ、エトセトラ。
青太は巨乳ネタを減らすつもりはないと言って譲らず、みどりは多いので減らせと言って譲らず、お互いに一歩も引かない。
最終的に、作者である青太の意見が通ったが、みどりは拗ねてしまった。
青太は、妻の機嫌を取るのに苦労するのだった。




