二十話 ごちゃまぜアニバーサリー
ついに四月になった。新しい年度の始まりだ。
カレンダーの都合で、四月は開始早々土日、つまりは休日だ。
青太は、土曜、日曜と休日二日間をフルに使い、とうとうやり遂げた。
「終わった……書き終わったんだ……」
噛みしめるように呟き、拳をそっと握り締める。
感情表現は穏やかだが、強い思いが込められたガッツポーズだった。
締め切りまで残り八日。
一時は間に合わないかと思われたが、ギリギリで書き終えた。
「時間は……うわ、もう十一時じゃないか」
朝ではなく、夜の十一時だ。よい子は寝る時間。
明日、仕事がある青太も、ぼちぼち寝なければいけない。
「青太、書き終わったの?」
「ああ、終わった。あとは見直しと修正を一週間で。もう一回、土日があるから、なんとかなるだろ。というか、なかったらキツイ」
一応、最後まで書き上げたものの、このまま投稿することはできない。
物語の盛り上がる場面でやけに興が乗り、プロットになかった話まで書いた結果、見事に応募規定枚数をオーバーしてしまった。
文字数にして五千文字程度を削らなければ、規定違反となってしまう。
その他、誤字脱字のチェックや細かな修正点もあるので、まだ気は抜けない。
「原稿のデータを、私のUSBメモリに入れておいてね。チェックするから」
「……なあ、みどり。チェックしてくれるのは非常にありがたいんだが、なんかこう、冷静過ぎやしないか? ようやく書き上げたんだし、『頑張ったわね! 凄い!』くらいの言葉は、あってもいいんじゃ?」
「完成したら言ってあげるわよ。まだ一通り書いたってだけで、完成したわけじゃないんでしょ? 頑張ったって言うのは、気が早いと思うわ」
「うん。理知的な意見だな。一分の隙もない正論だけどさ……」
「ああもう、いい歳した大人が、こんなことで落ち込まないでよ。はいはい、青太は頑張ったわ。よく書き上げた。凄いわ。偉い偉い」
面倒臭い青太に、律儀に付き合ってくれる、優しい妻だった。
「ねぎらってもらえると嬉しいし、疲労感も吹き飛ぶよな。いつもありがとう。俺のわがままに付き合ってくれて感謝してる。妊娠中で大変な時期なのにな」
みどりは、妊娠十二週目が終わりかけ、十三週目に入ろうとしている。妊娠四ヶ月目のスタートだ。
四ヶ月になると、人によってはつわりのピークが過ぎる場合もあるようだ。
みどりはまだ苦しんでいるが、本人曰く「なんか慣れてきた」らしい。
楽になったわけではなく、つわりの辛さとうまく付き合えるようになったとか。
つわりとは慣れるものなのかどうか、男の青太には理解不能だが、みどりが慣れたと言っているのだから信じよう。
実際に、以前ほど体調の悪さを訴えなくなり、復調の兆しが見えている。
また、妊娠四ヶ月は、お腹が少し膨らみ始める時期だ。
見た目ではほとんど変化が分からないが、お腹に触れるとふっくらしている感じがする。
これから、五ヶ月、六ヶ月となるにつれて、どんどん膨らんでいくわけだ。
なにかと変化が大きく大変な妊娠初期に、よくもまあ根気よく青太に付き合ってくれていると思う。心から感謝したい。
青太は精一杯の感謝の意を伝えた。
みどりの反応は、「はいはい」とおざなりなもの。
「お礼よりも、結果を出してくれる方が嬉しいかな。具体的には、プロデビューからのミリオンヒットで印税収入がっぽり?」
「無理だから。マンガと違って、ラノベはそんなに売れないんだよ」
「冗談よ。さて、私はもう寝るけど、青太はどうするの?」
「今日は、俺も寝るよ。原稿のデータを入れて渡すから、ちょっとだけ待って」
青太はみどりのUSBメモリに、書き上げたデータを入れて渡した。
明日から見直しと修正作業に入る。
あと一週間、最後まで気を抜かずに走り抜けよう。
月曜日の夜。
「巨乳ネタ、減ってないじゃない」
「減らさないって言ったじゃないか。みどりも納得してくれただろ」
「……チッ」
「舌打ちした!? 巨乳への憎悪が深すぎるだろ!」
「あのね、自分の夫が『巨乳ハアハア! 巨乳バンザイ! 巨乳ヒャッホーイ!』って叫んでるのに、憎悪を抱かない妻はいないわよ」
「叫んでねえ! そんなこと一言も言ってねえよ! 捏造するな!」
「小説に巨乳ネタを書いてれば、同じようなものじゃない」
「前も話しただろ。巨乳だと受けがいいんだって。男は基本、巨乳好きだからな。あくまでも一般論で、俺の好みを言ってるわけじゃない」
「でも、好きなんでしょ? 大きなおっぱい、青太も好きなんでしょ?」
「……それは、悪魔の問いだと思うんだ。イエスとノー、どっちで答えても、俺が不利になる未来しか見えない。イエスなら巨乳好きの変態、ノーならロリコン」
「逃げたわね。男のくせに」
「男だからこそ逃げるんだが。てか、さっきから巨乳への突っ込みしかしてないじゃないか。もっと他の感想も欲しいんだけど」
「私、今日は疲れちゃった。また明日ね」
「みどりぃ……」
火曜日の夜。
「ここで、化生茶屋亜麻音子の胸の谷間が見える展開はちょっと」
「胸の話はもういいって。他の感想プリーズ」
「じゃあこの場面。キャラの行動が不可解。轟芦鬼と星昴の二人は、清宮寺深世流を好きなのよね? なのに、あっさりと引き下がってるように見える」
「説明してあるだろ。食い下がるとストーカー扱いされそうで怖いからって」
「元々、ストーカーっぽい行動してるじゃない」
「ストーカーっぽいか? どの辺がストーカー?」
「清宮寺深世流がバイトに入ってる時に限って、喫茶店に入り浸る辺りが。シフトをどうやって把握したのよ。ぶっちゃけキモい」
「そう言われれば、ストーカーみたいな気もするな。直した方がいいか。でも、この二人が積極的に行動してくれないと、後半につながらないし」
「いっそ、変態ストーカーコンビにしちゃえば? 変に真面目ぶらせずに、突き抜けさせた方が面白そうでしょ。もちろん、作品の空気を悪くしないように注意を払って、ギャグとしてだけど。そうすれば、私が指摘した部分も、二人が引き下がるんじゃなくて、女性側が気持ち悪がって突き放す展開にできると思う」
「なるほど、ありだな。変更箇所は、こことここと……うん、なんとかなる」
「次に、紅椿緋紗は結局消えてるけど、いいの?」
「いてもほとんど出番はないから、思い切って削った」
「凩頭獅皇丸が残ってるのは?」
「あ、そいつも消すよ。規定枚数をオーバーしてるから、シーンを削らないといけなくてさ。どこを削るかって考えると、凩頭獅皇丸のシーンがいらないって」
「了解。凩頭獅皇丸は消える、と」
「いやあ、消すとか削るとか、いい響きだな。凩頭獅皇丸のモデルになった菅田健二が消えるみたいで。はっはっはっ、ざまあみろ」
「小さい。相変わらず器が小さいわ」
水曜日の夜。
「主人公が、名もなき通行人の女性の胸に見惚れるシーンが……」
「お前は、一日に一度は胸の件に突っ込まないといられないのかよ」
「だって、気になるんだもの」
「男なら、道端ですれ違った女性の胸が大きければ視線が向くぞ。本能みたいなもんだ。で、ヒロインに気付かれて気まずい雰囲気になる。定番なネタだろ」
「私、見られたことなんてないけど」
「俺に言わせる気か? そんな残酷なことを」
「ふん。どうせ私は、見る価値もない大きさですよ」
「怒るなって。それより、胸以外の感想を。昨日も一昨日も同じこと言ったけど」
「清宮寺海世が栞木樹梨を信用する理由が、いまいち納得できない。最後の方で、栞木樹梨にお店を任せるシーンがあるじゃない。一時的とはいえ、なんで赤の他人に大事なお店をゆだねるのよ。二人の仲がいいのは作品内から読み取れるけど、お店の命運を預けるほどなの?」
「こうしないと物語が進展しないから……なんだけど、理由をつけないといけないか。ヒロインが主人公を信じてるからって理由がいいかな。主人公を信じたってよりは、主人公を信じる娘を信じたって方が、辻褄は合う」
「考えておいてね。あとは、清宮寺海世に任されたから、栞木樹梨と清宮寺深世流が喫茶店を切り盛りして、それを四分校殿鳥居と化生茶屋亜麻音子が手伝うって流れじゃない。途中から轟芦鬼と星昴も加わって、一騒動起きるって」
「そうだな。一番盛り上がるシーンだ」
「そのシーンに水を差すようであれだけどさ、栞木樹梨は副業してもいいの?」
「……いいんじゃないか? 副業を禁止されてない会社もあるだろうし」
「化生茶屋亜麻音子は? 教師って公務員だし、副業の規制が厳しいわよ」
「大丈夫……なはず。主人公もそうだけど、きちんとした雇用関係を結んだわけじゃなくて、人助けの意味合いが強いから。大目に見てもらえる……といいな」
「高校生は気が回らなくても仕方ないけど、大人はちゃんと気にしようよ。仮にも自分のことなんだし。一言でいいから、何かしらのフォローを入れておかないと、考えが足りないバカな奴らだって思われるわよ」
「分かった。付け加えておく」
木曜日の夜。
青太、黙々と修正中。
「また巨乳ネタを書いてるの?」
「ええい、胸の話はいいんだよ!」
「一日に一回は胸のことに突っ込まないと、っていう使命感が。青太も期待してるみたいだし」
「期待してない! 捨てちまえ、そんな使命感!」
金曜日の夜。
「どうだ。昨日までに言われた指摘は、全部直したぞ。第二稿の完成だ」
「よくそんな時間があったわね。土日に勝負をかけるのかと思ってたのに」
「推敲は一度じゃ足りないからな。みどりには申し訳ないが、第二稿のチェックを頼む。俺も自分で見直すけど、やっぱりみどりにも見てもらいたいんだ」
「明日は休みだし、いいわよ。じゃあ、さっそく読ませ……って、これ」
「ああ、タイトルか? ずっと考えてたんだけど、みどりのやつを採用させてもらった。タイトルは、『ごちゃまぜアニバーサリー』だ。略称はなしにしたけど」
「GAって何がいけないの?」
「大人の事情でな。同業他社っていうか。俺は昔、サンダー小説大賞に『不死身文豪列伝』とかいうタイトルの作品を送ったから、言えた義理じゃないんだけどさ」
「よく分からないけど、GAがまずいってことだけは理解したわ。それなのに、タイトルは使うのね。あの場で適当に考えたタイトルなのに、いいの?」
「いいどころか、考えれば考えるほど一番しっくりくるんだよ。このタイトルでなきゃダメだと思ってるんだ。事後承諾になったけど、使ってもいいか?」
「構わないわよ」
「ありがとう! いやあ、助かるよ。タイトルって、何気に重要だからさ。どうしようかってずっと悩んでたんだ」
「重要なのに、素人の意見を採用するのね。大胆っていうか、適当っていうか」
「俺のネーミングセンス、知ってるだろ。みどりの方が上だよ」
「そうね。四分校殿とか化生茶屋とかいう、意味不明な名前にする人だものね」
「そっちはむしろ、俺にしてはよくできたと思ってるんだが」
「なるほど。青太のセンスが、根本的に一般人とかけ離れてるってことなのね。理解したわ」
「え? 俺が変? なあ、みどり?」
「さて、第二稿を読ませてもらおうかしら」
「ちょっと、みどり? みどりぃ!」
「一日一胸突っ込みのノルマも達成しないといけないから、頑張ろ」
「語呂悪っ! 一日一胸突っ込みってなんだよ! って、そうじゃなくて、俺が変なのかどうか、教えてくれよ!」




