十六話 妻はセンスがおありです
本日二話目です。
コーヒーを一口含んでから、青太は話を続ける。
「重要なのは中身だってのは、頭では分かっちゃいるんだ。でもみんな、ただの名前をやけに気にするんだよな。ラノベでもさ、作品のタイトルは凄く重要だって言われてる。例えば、俺が今書いてるやつ。タイトルは未定なんだけど、仮にみどりがつけるなら、どんなタイトルにする?」
青太の問いかけに、みどりは口をもぐもぐさせて、ミルフィーユを飲み込んでから答える。
「作品の内容から考えて、それを表すタイトルにすればいいんでしょ。私なら……『ライトノベル作家を目指して』、『見習い作家のドタバタ劇』とか?」
「あー……」
「何よ、その反応は」
「つまんなさそうって思った。俺が読者なら、絶対に手に取らない」
青太がダメ出しすれば、みどりはムキになった。
「いいわよ。じゃあ、青太をうならせるタイトルを考えるから」
少し拗ねているのに、ミルフィーユを頬張れば顔が幸せそうに緩む。
この単純さ、もとい、純粋さが青太には好ましい。
ブラックコーヒーを飲んでいるのに、大量の砂糖をぶち込んだかのように錯覚する。
マスター、このコーヒー、砂糖が入ってますよ。
とでも言ってやろうかと。もちろん、本当に言ったりしないが。
「ニヤニヤして……面白そうなタイトルなんて、私には思い浮かばないって考えてるでしょ」
「悔しいなら、俺をうならせてみせろ」
みどりに見惚れていたとは言えず、青太は憎まれ口を叩いた。
三十七歳にもなって幼稚だとは、自分でも思う。
みどりはムスッとしていたが、何か思いついたようで小さく「あ」と漏らした。
「ねえ、『ごちゃまぜアニバーサリー』はどう? 『GA』って略して、『GA~ごちゃまぜアニバーサリー~』みたいにしてもいいかも」
「ほ、ほほう……その心は?」
「様々な職業の、様々な人たちが入り混じって起こす、お祭り騒ぎのドタバタ劇、っていう意味を込めてみたわ」
これはまずい。
何がまずいって、青太よりもセンスがありそうなところだ。
いささか古い気はする。十数年前のラノベにでもありそうなタイトルというか。
少なくとも、昨今の売れ筋に沿ったタイトルではない。
しかし、ラノベを読まないみどりが売れ筋タイトルを知っているわけがなく、前提知識なしで一から考えたとすれば、かなりセンスのある方ではなかろうか。
「やっべ、みどりセンスある。俺よりもずっと」
「本当? やった!」
「略称は大人の事情で使えないけど、『ごちゃまぜアニバーサリー』は結構いいかも。パクらせてもらおうかな」
己のセンスのなさを嘆き、みどりの才能を羨んでしまう青太だった。
プロットの感想をもらっている時から思っていたことだが、みどりは青太よりも小説家としての才能やセンスに恵まれていると思う。
彼女が本気になって書こうとすれば、案外いい物ができあがるのではないか。
まあ、才能についてあれこれ言うのは、空しくなるだけなのでやめておこう。
「ちなみに、青太はどんなタイトルを考えてたの?」
「いくつか候補はあるが……『おっさんサラリーマンが美少女女子高生にモテモテになる話』とか、『おっさんがラノベを書いてたら、ラノベみたいな美少女ヒロインたちが現れてハーレムになりました』とか」
「青太……」
「そ、そんな目をするな! 今は、こういうのが人気なんだよ!」
みどりの悲しそうな視線が、心に痛い。
いっそ、罵倒するなり軽蔑するなりしてくれる方が、まだしも耐えられる。
何も言わず、残念な人を見る目をされると、心がえぐられるようだ。
ラノベを読まない人の反応なんて、こんなものかもしれない。
「いやその、分かりやすいだろ? タイトルを見るだけで、内容が一発で分かる。人気がある『おっさん』や『ハーレム』ってパワーワードも入ってるし」
「私、青太の世界には、ついて行けないわ……」
みどりは理解してくれない。
ならば、理解してもらえるよう説明を。
と思ったが、やめた。
今日は、みどりをもてなす日だ。青太の趣味を論じる場ではない。
気が付けばラノベの話題になっていたが、よくない傾向だ。
みどりは聞き上手なので、つい調子に乗ってしまった。
当初の予定では、映画の話題で盛り上がるはずだったのに。
今からでも遅くはない。青太は、気分を変えるためにケーキを数口食べてから、話題転換を図る。
「ラノベの話ばかりで、ごめん。こんな時まで、俺の趣味に付き合わせるつもりはなかったんだけど、みどりがしっかり聞いてくれるものだから、つい。話題を変えて、さっき見た映画の話でもしようか」
青太は提案したが、みどりはあまり乗り気ではなかった。
「映画って……あれ、ストーリー分かりにくくなかった? アクションシーンはよかったと思うけど、肝心のストーリーがさっぱり理解できなくて」
「やっぱり分かりにくかったか。だよなあ。ゲームが原作の映画だから、ゲームの内容を知ってることが前提になってる部分とかあったし」
「そうなんだ。映画を作った監督や役者の人たちには申し訳ないけど、私はあんまり面白いとは思わなかったわ。ゲームが好きな人なら楽しめるの?」
「人それぞれだろうけど、俺は好きだったな。でも、俺だけが楽しんでもなあ」
青太が危惧した通り、みどりはあまり映画を楽しめなかったらしい。
映画のチョイスは失敗と言えよう。
さらに、喫茶店に着いてからもラノベの話題ばかり。
みどりのためのデートプランとしては失格だ。
「最初から、青太が完璧なデートプランを立てられるなんて思ってないから気にしないわよ。私の好みを優先したいなら、私が行き先を決めてるし。今日は、青太の至らなさも含めてのデートなんだから、これでいいの。私は楽しんでるわ」
「それは、褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだ?」
コーヒーの苦みとは別で、青太は苦い顔つきになった。
ケーキの甘さで中和しようとするが、気分的なものもあり、木苺が酸っぱく感じた。
コーヒーで無理矢理流し込み、気持ちを落ち着ける。
せっかくのおいしいケーキがもったいない。
「褒めてるのよ。映画の内容も、デート中の会話も重要だけど、それより青太が一生懸命に考えて、私を気遣ってくれたことの方が嬉しいの」
青太とは対照的に、おいしそうにケーキを食べつつ話すみどりがいた。
不甲斐ない夫をフォローしてくれる、優しい妻なのだが。
「俺への期待値が低い……次のデートは、もっと楽しませてやるかなら」
「楽しみにしてるわ。差し当たって、今日のところは、青太の好きな話をしましょうか。要はライトノベルのこと」
ラノベの話題でよければ、青太はいくらでも話せる。
人間、趣味に関しては饒舌になるものだ。
「つっても、いざとなると、何を話せばいいものやら」
「最近は、執筆は順調? 締め切りまで、残り一ヶ月くらいでしょ?」
みどりが話題を振ってくれたので、青太は現状を説明する。
「まあまあ順調だぞ。今のペースなら、今月中には書き終わる。そこから見直しと修正をして、締め切り直前に投稿。理想は、見直しと修正の時間をもっと確保したいけど、ないものねだりしても仕方ない。限られた時間でなんとかするしかないな。みどりにも、できた原稿をその都度渡すから、チェックしてくれないか?」
「チェックはいいけど、どうやればいいの? チェックの観点は?」
「まずは誤字脱字。基本的なとこだな。慣用句の間違いとか文法の間違いとかも、見つけられれば見つけてもらいたい。あとは、分かりやすいか分かりにくいか。このセリフは誰が話してるのか分からないとか、昼の話だと思って読み進めてたら夜だったとか、室内にいると思ってたら外だったとか。読者が混乱するのは、作者の説明不足が原因だ。みどりがよく分からないって思えば、それは俺が悪い」
「結構あるのね。ちょっと覚え切れないから、原稿と一緒に、チェックの観点をまとめた物をもらえない? 今、青太が教えてくれたことを、文章にして」
「分かった、まとめておく。なんか、会社の仕事みたいだな」
「小説を書くことを仕事にしている人もいるんだし、なあなあでやるのはダメでしょ。このくらいやって当然よ。青太が落ち続けた理由って、やるべきことをやってなかったからじゃないの? 誰かに読ませて、意見をもらったことある?」
「……ない。だって、誰に読ませるんだよ。友達に見せるのは恥ずかしいし、親じゃラノベってものを理解してもらえない。みどりがいてくれなきゃ、今回だって俺一人で書いて投稿してたさ」
みどりに頼むのも、これまでは避けてきた。
自分の妄想だだ漏れの作品を読ませるのは気恥ずかしく、軽蔑されたらどうしようという不安があった。
最後の投稿という追い込まれた状況だからこそ、なりふり構っていられずにみどりに頼んだが、こんなことならもっと早く頼むべきだったと後悔している。
「今さらだけど、手伝ってくれてありがとう。残り一ヶ月、面白い作品にするために、力を貸して欲しい」
「私にできる範囲ならね。過剰な期待はしないでよ」
「いいや、期待させてもらう。今日まで手伝ってもらった中で、みどりが有能だってことは分かったんだ。頼らない手はない。というわけなんで、今のうちに賄賂を。さささ、みどり様」
青太は、自分のケーキをフォークですくって、みどりの口元に差し出した。
いわゆる「あーん」だ。うらやまけしからん行為だ。
「喜んでいいんだかどうなんだか」
みどりは苦笑して、青太が差し出したケーキを頬張った。
「うん。こっちもおいしいわ。青太もミルフィーユ食べる?」
「俺はいいよ。それより、追加注文はいらないか? 今日のデートは俺の奢りだから、遠慮しなくていいぞ」
「魅力的な提案だけど、食べ過ぎはよくないから、これだけで十分よ」
みどりは、ミルフィーユの最後の一切れを口に入れて、味わうように咀嚼した。
青太もほぼ同時に食べ終えて、あとは飲み物を飲みつつまったりとする。
ラノベであったり、映画であったり、仕事であったりと。あちこちに発散する会話は、いつまでも終わらずに、気が付けば結構な時間が過ぎていた。
「さすがに長居し過ぎたかな。もう出ようか」
「そうね。ああ、楽しい休日も終わりか。明日からまた仕事かと思うと、気が滅入るわ」
「俺も会社行きたくない。ずっと小説を書いて過ごしたい」
ずっと小説を書いているのは、それはそれで苦労があるだろう。
仕事にするのであれば、なおさら。
それでも、願わずにはいられなかった。
だって、会社の仕事はつまらない。
生活のためにお金が必要だからこそ働いているが、そうでなければ辞めている。
「万が一、青太が売れっ子作家になったら、印税で左団扇の暮らしができたりする? 私は仕事を辞めて、子育てに専念してもいい?」
「理想だよなあ。現実はそんなに甘くなくて、プロになるのも大変だけど、そこから売れっ子になるのは輪をかけて大変らしいけどな。印税でウハウハなんて作家はほんの一握りで、大半は会社員の給料ほども稼げずに苦しいみたいだぞ」
「世の中、そんなに甘くないってことね」
最後に世知辛い話題になってしまったが、とりあえずこれでデートは終わるのだった。




