十一話 妻はデートをご所望です
青太はプロットを完成させることに集中した。
平日は仕事があるが、少しでもいいから作業する時間を確保した。
おかげで、目標通り三日で直してみせた。やればできるものだ。
完成後は、原稿用紙に印刷して、朝のうちにみどりに渡しておいた。
仕事から帰るのはみどりの方が早いので、帰宅後の時間を利用して読んでもらおうという狙いだ。
そして、みどりはすぐに読んでくれた。
後回しにせずに、すぐさま読んでくれるあたり、気が利く。
スケジュールが押していると、みどりも理解してくれているからこそだ。
青太が夜に帰宅し、感想を聞いたところ。
「増えてる」
というのが第一声だった。
何が増えているのか。キャラクターだ。当然、新キャラも珍名となっている。
紅椿緋紗というのが、新キャラの名前だ。
「緋紗は可愛い名前よね。それはいいわ。紅の椿って書いて、『べにつばき』でも『くれないつばき』でもなく『くれないわびすけ』って読ませるとか、正気とは思えない」
「うんうん。みどりのその反応が欲しいから、つい新キャラを出したくなったんだよな。ぶっちゃけると、こいつはいてもいなくても物語に影響しないチョイ役なんだけどさ、せっかくだし面白い名前を与えておこうかなって」
「そんな理由で増やさないでよ。しかも、登場シーンが唐突で不自然」
「みどりは、この前から非現実的とか不自然とか言うけど、ラノベってそんなもんだぞ。めっちゃ非現実的な人気作なんて、いくらでもある」
「そうなの?」
ラノベを読まないみどりに、どのように説明すれば理解してもらえるか。
ラノベの内容そのものではなく、例を出して説明する。
「核ミサイルの発射ボタンを、そこらにいる小中学生が持ってたら、どう思う? 自分の持つ物がどれほど危険かも認識してなくて、一歩間違えれば未熟な感情に振り回されてぽちっと押しかねない状況」
「あり得ないわね。とんでもなく危険よ」
「ラノベだと、こんな主人公は普通にいる。しかも、主人公の周囲の人間は、誰も危険だなんて言わない。強い力を持つ主人公を絶賛するだけだ。子供どころか、王様や貴族みたいな良識ある大人もな。現実なら、総理大臣や大統領になるか」
「……正気?」
「あるんだから仕方ない。それが面白くて受けるんだよ」
「……主人公は、よほど立派な人なの?」
「いや、そうでもない。言ったろ。自分の持つ物がどれほど危険かも認識してないって。非常識な真似を繰り返しても、『何かやっちゃった?』とか『こんなの普通だろ?』みたいな反応だ。んで、周囲は『凄い、凄い』ってな。非現実的だが、面白さが優先されるんだ」
「ライトノベルって、そうなのね……カルチャーショックだわ……」
「作者も分かってて書いてる。人気を得るために」
だから、青太の作品も、多少の不自然さには目をつぶってもらいたい。
物語の整合性よりも、面白さ優先。これが重要なのだ。
「紅椿緋紗の不自然さは無視してくれ。ラノベだからな」
「分かったけど……それにしたって、とは思うわよ。チョイ役なら、面白さに直結しないじゃない。おまけに、ただでさえ覚えにくい名前のキャラばっかりで頭が混乱するところを、余計に悪くなってる。これ、作者の青太と、何度も読んでる私ならまだいいけど、初見の人は絶対覚えられないわよ」
「実は、俺もいまだに混乱する」
「ダメじゃない。作者自身が混乱するものを、読者に読ませてどうするのよ」
ここらでもう一度、全キャラクターを整理しておこう。
重要そうな順に並び替えると、次のようになる。
栞木樹梨。ラノベ作家を目指すおっさん主人公。
清宮寺深世流。喫茶店の看板娘である女子高生。メインヒロイン。
四分校殿鳥居。深世流の親友。サブヒロイン。
化生茶屋亜麻音子。新米女教師。サブヒロイン。
清宮寺海世。喫茶店の店長で、深世流の父。サブキャラその一。
轟芦鬼。深世流のクラスメイトの男子でお邪魔虫。サブキャラその二。
星昴。深世流のクラスメイトの男子でお邪魔虫。サブキャラその三。
凩頭獅皇丸。樹梨の会社の後輩で嫌味な性格。サブキャラその四。
紅椿緋紗。役割なし。サブキャラその五。
「全部で九人か。もう一人増やせば、十人でキリが良くなるな」
「増やさないで。九人でも多いからね。私は、凩頭獅皇丸と紅椿緋紗がいらないと思うんだけど、削る気はない?」
「紅椿緋紗は削ってもいいな。みどりの反応を見れて、目的は果たした。凩頭獅皇丸は、嫌味なキャラも一人くらい欲しいから入れてみたんだけど、小説の趣旨にそぐわないかもって思ってる。でも、あんまり削りたくないなあ」
「どうして?」
「こいつ、俺の会社の後輩がモデルなんだよ。菅田健二って奴」
「名前に一切共通点がないじゃない。その菅田って人、嫌味なの?」
「いや、全然。いい奴だよ。いい奴なんだけど、だからこそムカつく。高学歴、高身長、高収入で、イケメンで性格もいい完璧超人とか、ラノベのキャラじゃねえんだぞ、おい」
青太は理不尽極まりない発言をした。
逆恨みにもほどがある。
「仕事ができて、出世も早い。俺より年下なのに、今の階級に昇進したのは俺より早かった。俺も遅れて昇進したけど、同格とは言えないな。菅田の方が仕事できるし、次の昇進もすぐって言われてる」
有能なら有能らしく、周囲を見下す嫌味な性格をしていろ。
これが、青太の偽らざる気持ちだ。
ラノベのやられ役のように、傲慢だったり独善的だったりする方が望ましい。
嫌味なら堂々と嫌えるのに、なまじいい奴だから困る。
おまけに、だ。
「元ファッションモデルの美人な嫁さんがいて、娘も産まれたとかいう人生勝ち組な奴だ。性格じゃなくて、存在自体が嫌味なんだよ。せめて小説の中でくらいは、当て馬として扱って、負けさせてやりたい。ささやかな復讐だ」
「……青太。私、今日ほどあなたを軽蔑したことはないわ。なんて器の小さい。人として問題があるんじゃない? 考えが幼稚過ぎるわよ。しかも、そんなくだらない理由で削りたくないとか」
「だって、羨ましいだろ。元ファッションモデルの美人な嫁さんだぞ」
「……へえ。ふうん。ほっほう」
「あ……」
口を滑らせてしまった青太は、まずいと思った。
みどりの声のトーンが低くなっている。これは、かなり怒っている証左だ。
立場を逆にしてみれば、みどりが怒るのも当然だと思える。
仮に、みどりが青太以外の男性に対して、「あの人格好いい! 奥さんが羨ましい!」と言ったら、青太はどう感じるか。
いい気分ではない。きっと拗ねて、みどりに文句を言うはずだ。
相手が男性アイドルや俳優であれば、住む世界が違うので気にならない。
しかし、青太と同じような立場の男性、例えばくだんの菅田健二を褒めちぎられるのは嫌だ。
「美人な嫁も悪くないけど、俺にとってはみどりが一番だ。愛してるよ、みどり」
青太がフォローするが、白々しく聞こえる。
みどりは機嫌を直してくれない。どうやら、相当ご立腹らしい。
これは、ちょっとやそっとでは、機嫌を直してもらえそうにない。
「青太って、『愛してる』って言えば、全部許されるとか思ってない?」
「思ってないって。調子に乗り過ぎたのは反省してるし、みどりを愛してるってのも本気だ。俺にできることならなんでもするから、機嫌直してくれよ」
下手に出て、みどりの機嫌を取ろうとする。
青太の「なんでも」という言葉を聞いて、みどりは考え込んでいた。
無茶な要求はしないと思うが、何を言われるのか少し不安だ。
「じゃあ、デート。最近、全然デートできてないじゃない。久しぶりに、二人で出かけたい」
悪い想像をしていただけに、随分とささやかな願いに拍子抜けしてしまった。
デートしたいと言ってもらえるのは、青太としても嬉しい。
みどりの可愛らしい願いを、ぜひとも叶えてあげたくなる。
「デートだけでいいのか? プレゼントとかは?」
「プレゼントはいらないけど、デートだけって、言うほど簡単じゃないわよ。青太がデートプランを考えるのよ。私を満足させてくれるプランを」
「うっ、確かにそれは、地味にハードルが高いかも」
中高生のデートではないのだから、ファーストフード店で食事をしてからカラオケやゲームセンターで遊ぶ、というわけにはいかない。
大人でもそういうデートをするのはありだが、時と場合による。
今回求められているのは、中高生のデートではなく、社会人らしいデートだ。
美術館や博物館にするか。
しかし、青太もみどりも興味がないのでは、意味がない。
みどりが妊婦であることも忘れてはいけない。お腹に障るデートは却下だ。
これは難しい。救いなのは、考える時間があることか。
奥様にご満足いただけるデートプランを、一生懸命考えよう。




