プロローグ ラノベ作家になる夢を
新作です。
二日前にも新作を投稿していますが、そちらをやめたわけではありません。
二作並行して投稿していきます。
まずはプロローグ。次話は一時間後に投稿予定です。
「また、ダメだったか」
白野雪は、意気消沈した声で呟いた。
彼は自室にあるパソコンを使い、とあるサイトにアクセスして、あるものの結果を確認した。
一風変わった名前がずらりと並んでいるそこに、「白野雪」の名前が掲載されていなかったことで、思わず呟いてしまったのが先の言葉だ。
「二次選考落ち。一次落ちだった前回よりはマシだけど……」
雪は、プロのラノベ作家を目指して、小説を書いている。
白野雪とは、本名ではなく、長年使用しているペンネームだ。
数ヶ月前にも、長編小説を一本書き上げて、白野雪名義で新人賞に投稿した。
その二次選考結果が本日発表されたのだが、残念ながら落選していた。
「自信あったのになあ……」
今回の作品は、自信があった。最高傑作を書き上げたと思っていた。
悪くても、過去の最高記録である三次選考を突破できる。
いやいや、それどころか入賞、しかも大賞受賞も夢ではない。
審査員から絶賛の言葉を浴びる姿が、目に浮かぶようだ。
雪は期待に胸を膨らませて、結果が発表されるのを楽しみに待っていた。
ところが、結果は無情にも、二次選考落選。自信があった分だけ落胆も大きい。
「はあ……やっぱり、才能がないのかな……」
これまで、数えるのも嫌になるほど、幾度となく考えた。
自分には才能がないのではないか、と。
雪が本格的に小説を書き始めたのは、大学一年生の時だ。
しばらくは習作のつもりで書き、自信がついたところで、初めて新人賞へ投稿した。無謀にも、数千もの作品が投稿されてくる、業界最大規模の新人賞に。
よく覚えている。大学三年生の春のことだった。
そして結果は、一次選考落選。
当然の帰結と言えよう。素人に毛が生えた程度の人間が、初めての投稿で、いきなり上に行けるはずがない。
落ちて当然、二次選考に進めていればそれだけで御の字だ。
分かり切っていた結果なのに、雪は自分でも驚くほど落ち込んだものだ。
心のどこかで、期待していたのかもしれない。
初めてとはいえ、自信があるからこそ投稿したわけで、だとすれば案外スムーズに事が運ぶのではないか。並み居るライバルたちを蹴散らし、二次選考、三次選考と順調に駒を進め、見事入賞とか。
受賞コメントで、「初めて投稿しました。まさか受賞するとは思いませんでした」とか嫌味な発言をして、何年も投稿している人の神経を逆なでするわけだ。
無論、都合のいい事態など起きるはずはなく、現実を突き付けられたが。
とにかく雪は落選して、相応に落ち込みもしたが、しかし諦めはしなかった。
むしろ、俄然やる気になった。今回はダメでも、次こそは。
結果は残念だったが、新人賞への投稿という一つのステップはクリアできた。
次は、一次選考突破を目標にしよう。
一次選考を突破できたら二次選考突破、三次選考突破と、段階を踏んでいく。
一度の新人賞に一作品しか投稿しないのは、効率が悪い。
複数の作品を書けるように、ペース配分を工夫しよう。
小説家にとって、執筆速度は重要な武器だ。
雪はへこたれずに、自分の将来を本気で考え始めた。
小説を書くのが好きという、素人特有の熱意だけでやっていたが、この時から真剣にラノベ作家を目指すようになった。
雪の生活は、執筆が中心になった。
勉強よりも、アルバイトよりも、友達付き合いよりも、執筆が優先。
恋人だっていない。雪には小説が全てだった。
あれから、早七年以上が過ぎた。
現在は、サラリーマンとして働きながら小説を書き続ける、二十七歳の男。
仕事以外の自由な時間は、ほぼ全て、執筆につぎ込んでいる。
大学生時代と同様、友達付き合いは最小限にし、恋人も作らずに。
大学生時代と違うのは、二十七歳にもなれば、ぼちぼち「結婚」の二文字が脳裏をよぎることだ。
結婚以前に、恋人すらいない現状に焦りもするが、努めて考えないようにしている。結婚してしまえば、自由に小説を書けなくなってしまうからだ。
親からせっつかれても、会社の同期が次々と結婚していっても。
雪は、どこまでも自分の信じる道をゆく。
ラノベ作家になる。その夢を叶えるための道を。
夢を叶えるために、小説を書いては投稿し、書いては投稿し。
何度、同じサイクルを繰り返しただろうか。
いろんなジャンルに手を出し、いろんな賞に投稿した。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、と言わんばかりに、手当たり次第に。
そのくせ、いまだに入賞はおろか、最終選考にも進めていない。
最高記録は三次選考。それも、一度だけだ。
一次選考落選の常連で、たまに二次選考に進むくらい。
これだけ成果が出ないと、自分の才能を疑いもする。
いい加減、プロになるのを諦めるべきかもしれないとも思う。
諦めて、素直にサラリーマンとしての人生を送り、誰か素敵な女性と結婚する。
甘美な誘惑が、雪を襲う。
「……いやいや。俺は、ラノベ作家になるんだ。なるったらなる」
誘惑を振り払い、自らを鼓舞した。弱気は禁物だ。
気を取り直してパソコンに向かう。
「次の作品を仕上げなきゃ」
いつまでもくよくよしていても仕方ない。気持ちを切り替え、次を見据える。
今は、金曜の夜だ。つまり、明日と明後日は休日。
雪にとって休日とは、朝から晩まで小説を書ける貴重な日である。
「さてと、どれを書こうかな」
雪は、次の新人賞への投稿用に、現在三本の作品を執筆中であった。
三作とも、プロットは完成しており、あとは本編を書き上げるだけだが。
「……どうしよう。今さらだけど、どれも面白くなさそうに思えてきた」
小説の内容を思い返して、雪はそんなことを考えた。
小説を書いている人にはありがちな感情だ。
最初にネタを考えた時は、「これならいける!」と自信をたぎらせているのに、いざ書き始めると陳腐に思えてくる。
そのうち書く気が失せ、せっかくの作品が未完成なまま埋もれていってしまう。
よくない感情を払拭するには、あれが一番だ。
パソコンに保存してある、とあるファイルを開いた。
雪が中学生から高校生の時にかけて書いた小説だ。
本格的に小説を書き始めたのは大学生になってからだが、それ以前にもちょこちょこと書いてはいた。
誰に読ませるわけでもなく、もちろん新人賞への投稿など一切考えていなかった頃の作品は、雪の雪による雪のための小説である。
内容は、稚拙。その一言に尽きる。
小説を書きたいという熱意だけを糧に、思うままに大学ノートにペンを走らせ、好き勝手に書き綴った。
客観的に見て面白いかと言えば、全然面白くない。
プロと比べるべくもないのは当然で、趣味で書いている人の中でも最低レベルだ。他者に読ませる体をなしていない、ただの自己満足な作品である。
だが、それでもよかった。元より、他人に読ませる目的では書いていない。
自分のために書いているのだから、雪が楽しめればよかった。
駄作ではあるが、思い出の作品でもある。
だからこそ、ノートに書き殴ってあった物を、パソコンで清書して保存した。
そして、時々読み返しては、初心を思い出している。
小説を書く。ただそれだけなのに、この上なく楽しかったあの頃を。
「相変わらず、酷い文章だ。読み辛いし、理解するのも一苦労」
十万文字強の小説を、突っ込みを入れながら、じっくりと読み進める。
数時間かけて、全て読み終えた。
「はあ……つまらなかった」
一つの作品を読み終えておいて、感想が「つまらなかった」だ。
身も蓋もないが、事実なのだから他に言いようがない。
言葉を濁したところで、内容が面白くなるわけではないのだ。
それでも、やる気は出た。
失いかけていた執筆への情熱を取り戻し、創作意欲が湧いてくるのを感じる。
「決めた。次の作品は、原点に返ろう。最近、ちょっとひねくれ過ぎてた」
ラノベの新人賞には、オリジナリティが求められる。
だから雪は、オリジナリティを出すために、設定をひねっていた。
どれも頭を絞って考えたネタで、面白いと思っていたのだが、結果は惨敗。
次の投稿用の三作も、真っ当とは言えず、あれこれひねってある。
しかし、それにはもう飽きた。やはり、自分が書きたい物を書くのが一番だ。
「そうだよ。どうせ落ちるなら、好きな設定で好きなように書いてやる」
まず、主人公は才能のない少年とする。
才能がないながらも、夢に向かって頑張る努力家。
ヒロインは、心優しくて健気な性格の少女。ただし、容姿は平凡にする。
近頃の作品には、最初から最強の力を持っている主人公が多い気がする。
異世界に行ってチート能力を与えられるなどの話が典型で、他にも天才だったりエリートだったりと、初めから才能に恵まれている主人公ばかりなのだ。
これは、読者の好みに合わせているからだと思う。
努力型の主人公が、汗臭く努力するような内容は好まれない。
簡単に最強の力を手にして無双しまくって、女性にモテモテでハーレムを築き、金も地位も名誉も望むがまま手に入れる、という物語が好まれる。
雪が書く作品も、最近の傾向に合わせて、主人公最強ものが多かった。
「それはそれで面白いけどさ、努力型主人公を否定するのは違うだろ。だったら俺が、魅力的な努力型主人公を書いてやる。あとはヒロイン。たまには、平凡な容姿のヒロインがいて、主人公が内面を好きになるって展開があってもいい」
自分の好み全開の設定にすると、キーボードを叩く指が動くこと動くこと。
プロットを作る時間ももどかしく、いきなり本編を書き始める。
主人公の名前はセツ。いい名前が思い浮かばず、暫定でつけた。
名前など、あとからいくらでも変えられるし、今はセツでいい。
国の名前も、ブルー帝国やグリーン王国とする。
細かな点にこだわるよりも、今はとにかく、指が動くままに任せて書きたい。
雪は、時間も忘れて、明け方まで小説を書き続けるのだった。