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これが現実?私がソフィアなの?
信じられない。信じたくもない……。
嫌、私は平和に生きて行きたかっただけなのに。
「嫌よ!」
私は大声出しながら目覚めた。そして思い出して、顔が青白くなっていくのを感じる。
ここは前世の私がハマっていた乙女ゲーム「恋して♡〜乙女のドキドキ学園生活〜」の中だ。
最悪……。
自己紹介をしよう。
私の名前は桐谷莉樹、もといソフィア・レニアーナ。
前世は社畜OLで、23歳の時、元彼に恨まれて包丁で刺されて死にました。
現世では16歳の侯爵令嬢です。レニアーナ侯爵家は闇属性の魔法に優れており、「国王の番犬」と言われています。なぜか?
それは影で暗躍しているからです。国に背くものを消して行く……それが私の家の裏の仕事。
その為、剣術、体術、暗殺術など幼い頃からある程度仕込まれてきました。
だけど、もしそうだとしたらゲームの中では簡単に捕まったのはなぜかしら?
まあ、そんな事は後回しにしましょう。
私は頭を抱えながら今までどんな風に進んでいたかを思い出そうとしたが、頭が痛くなって全く思い出せなかった。
ああ、嫌よ。
だって記憶が戻ったのに……ルートの最終点がバッドエンド?
思い出せない以上最悪な状況として考えないと行けないわ。
確かバッドエンドは三択だったわね。自殺と幽閉に……殺害だったかしら。3つとも嫌ね。
どうにかしなくちゃ……。
私は周りを見てみる。どうやら保健室の様だ。窓の外を見ると夜になっていて、満月が輝いていた。
「……誰もいないわね。はあ、今は何処までルートが進んでいるのかしら……」
誰もこないと思い、そう独り言をつぶやいていると、二人の男が扉を開けて入ってきた。その二人とは
「……殿下にアルベルト!如何してこちらに……?」
一番予期しなかった攻略対象の二人が来た。
あー、本当に私は運がないわね。
私はベッドから出て最上級の礼をした。
「殿下、そしてアルベルト。私のために来て下さりありがとうございます。本日は忙しいでしょう?倒れてしまい、申し訳ございません」
「え、ええ……良いですよ。疲れていたんでしょう」
「そ、そうだよ。姉さん……無理は禁物だよ」
そう言って二人とも微笑んで来るが、私から見てみるとニタリと笑う悪魔の微笑みに見えてくる。
少し困惑しているのは呼び方の所為でしょう。ゲームの中での私は殿下をエドワード様、アルベルトを愚弟と呼んでいたからね。
今からでも連行されそうだわ……。
「しかし、今日はホールで舞踏会があります。それには必ず来てくださいね」
エドワードが心配する様に私の手を両手で覆う。だけど絶対に来いよ、と言っているのが顔で分かった。
舞踏会?ホールで?
私の頭が高速回転してパーツが組み合わさった。
多分私が断罪される場所だ。
「あ、はい。姉さん、これは僕と殿下からの贈り物だよ」
そう言って色気のある微笑みのきらきらを倍増させてから器用に私の手首に腕輪をつけた。私はそれを見た瞬間、驚愕で笑顔が引き攣りそうになった。
こ、これは私が断罪される時に付けていた腕輪!
二人は私が驚愕しているのを知ってか知らずか、「それじゃあ、また後で」と言いながら出て行った。
「嘘でしょ……これ、外れるかしら……」
私は何度も外そうと試みるが外れない。
「ま、魔法は?」
私は珍しく2属性持ちで闇と水の属性だった。ただ、水属性が使えるのを家がよく思っていなかったのでアルベルトにもエドワードにも知られてはいない。
これが私がアルベルトを虐めるようになった原因だ。
私は水属性の方が闇属性より強かったので、養子になった強力な闇属性の力を持つアルベルトが羨ましかったのだ。
魔法も試みたが使えなかった。
「記憶が戻ってからのバッドエンドとかごめんね。もしかしたら転生者の中で最短で私が殺されるのね」
私は自嘲気味に笑う。
でも、バッドエンドにはなりたくない。もう一度殺されるとかは嫌!
せめて平和に、幸せに暮らして生きたい。
そう思った私はある事を決めた。
そうだ、逃げよう!
ここに居ても断罪の時を待つだけ。それなら逃げるに限るわ。エドワードはキャラ的に好きだったけど、悪役令嬢になった今、障害でしかないわね!
やると決めた日が吉日!
扉に近づき気配を探る。扉の向こうに二人いる様子。
私は意を決して扉を開ける。いきなり扉が開いた事で驚いて隙ができていた。なので、すかさず一人は首に手刀を食らわし、もう一人は足で顎を蹴り上げ、気絶させた。
うん、記憶はないけど知識と身体はしっかり覚えていたわ。よかった!
この人達は近衛騎士ね。余程私を逃したくないのだわ。ごめんなさい、近衛騎士さん。私が逃げるための生贄……じゃなくて礎となってね。
二人とも念の為、睡眠薬を嗅がせて一日起きないように、後はそこら辺にあった縄で口や手足を縛る。
身長が同じくらいの人を選び、その人と服を交換する。私の胸はサラシを巻いてつぶした。
近衛騎士は男だったので私は長い髪を肩まで切り、即席カツラを作って被せ、胸には布を詰め込ませてからベッドに寝かす。もう一人はベッドの下に隠しといて。
それから化粧で男前にして髪を茶色に染めてから、偽認証も準備した。
よし、準備完了!ふふ、「国王の番犬」の家の娘を舐めないでよね。いつでも仕事道具は隠し持っているし仕草、言葉の使い方、共に完璧よ!
私は堂々と学園の廊下を歩き、正門に向かっていく。
殿下や他の攻略対象にも出会ったが気付かれずに通ることが出来た。
私はやれる女よ!
正門まで辿り着いた。誰にも気付かれなかったのでラッキーだ。髪を切ったおかげかもしれない。
「ねえ、そこの近衛騎士さん」
そこで後ろから声を掛けられた。この人は……ヒロインのメアリーだった。そのふわふわとしたピンク色の髪と瞳を揺らしながら近づいて来た。
私は男の声を真似て笑顔で返す。
「何ですか?」
「いいえ、とても素敵な方だと思って声を思わず掛けてしまいました」
メアリーは恥ずかしそうに頬をピンクに染めながら恥ずかしそうにした。その様子を見て私は直ぐに直感的に思った。
この人、逆ハーレムを作る気だわ……。
一瞬呆れ返ったものの笑顔を取り繕った。
「ありがとうございます。可愛らしいお嬢様にそう言っていただけるのは男にとっては最高の歓びです」
「まあ、嬉しい!あの……良かったらお名前をお教え頂けませんか?私はメアリーと言います」
「申し訳ございませんが私は一介の近衛騎士。名乗るまでもありません。貴女の事は名前からして聞き及んでおります。殿下の新しい婚約者のメアリー様ですね?」
そう言うとメアリーは嬉しそうに、恥ずかしそうにしながら笑った。
「エドってば、近衛騎士にも話してたのね。はずかしい!」
とても気に触る……でも、もう会う事もないだろうし、最後くらいね。
「メアリー様は幸せですね。殿下が羨ましいです……それでは私は正門の外の周りを見回りしないと行けないので失礼致します」
そうよね。私の平穏な生活を奪ったもの。幸せなはずだわ。殿下は羨ましいではなく、恨めしいよね。
「ま、待って!」
私はそう言われたが無視して去った。正門には近衛騎士が数人いたが、同じ服を着ている事だけを確認し、外を見回ると言えば出してもらえた。
しっかりしなさいよ、近衛騎士!顔確認もしないの?折角化粧で男前にして、偽認証も作ったのに!
私のやった事は全くの無意味だったが出られた事には感謝した。
さて、どうしようかしら……取り敢えずこの国を出て、隣国とかで平和に暮らしましょう。隣国までは追って来ないでしょうしね。
そう思って私は光を照らしてくる満月の元、夜の闇に溶け込みながら姿を消した。