第3話 「彼女の願い Aパート」
「ふわぁ~あ」
俺はあくびをしながら机に突っ伏した。昨日は真夜中に起きたりしてちゃんと眠れてないからな。
授業が終わって昼休みになっても、俺は席に座ったままだった。
「眠そうね。またアニメ見てたの?」
「いや、昨日は早く寝たよ」
「ふーん」
「…………」
「…………」
紅葉が突然話しかけてきた。そして、会話が突然終わった。
紅葉と一対一で話すのは久しぶりだった。そのせいで話題がない。
アニメの話ならいくらでも出来るんだけどなぁ。
いつもなら間に雄介がいたから会話には困らなかった。
今思えば、雄介ってコミュ力高いな。
ああ、そうだ。あるじゃないか、話題。
「雄介、今日は休みみたいだな」
教壇の前の席、そこが雄介の席だ。授業中よく寝るからその席にされていたのだが、それでも堂々と寝ている。今日はその姿は見られない。
雄介は珍しく休みだった。
「そうみたいねー……何か知ってるの?」
「さぁ? 俺が知りたいぐらいだ」
一応スマートフォンを確認したが、特に変わりなかった。いつも通り誰からもメールは送られてない。
俺のスマートフォンは広告メールしか受信しない設定になってるのかもしれないな!
「じゃあ、あんた今日一人なの?」
「そういうことになるな」
「へー……それじゃあ私のところで食べる?」
紅葉は悪戯っぽい笑みでそう言った。
明らかに冗談だ。だから、俺はそれに乗った。
「へぇ、いいのか?」
「あんたがそれでいいならね」
紅葉はいつも屋上で食べている。一緒に食べるメンバーは増えたり減ったりするが、一人になることは絶対にない。紅葉はクラスの中心的存在だからな。
つまり、数人の女の子の中で食事をすることになる。当然男はいない。気まずい。気まずすぎる。
「……遠慮しておく」
「賢明な判断ね」
「日暮さん、行こーよー」
「あっ、ごめん。すぐ行く!」
紅葉は同じバトミントン部で同じクラスの子に呼ばれ、それに返事をした。
「それじゃあね」
「んー」と俺は投げやりに言った。
紅葉が行った後、俺の周りは再び寂しくなった。
クラスの女子が席をくっつけながら弁当箱を広げていた。そして、いつものように大きな声でガールズトークをしていた。いつもなら聞き流すが、話題が話題なだけに俺は聞き耳を立てていた。
「佐藤君が涼香先輩に告ったらしいよ」
「えぇ~! うそぉ!」
「でも、お似合いだよね」
「わかるぅ~」
「…………」
確かにお似合いかも、なんて思ってしまった。それと同時に胸が針で刺されたかのように痛んだ。
佐藤は成功したのだろうか。
俺は弁当を持って席を立った。
雄介がいなくても昼飯は体育館裏で取るつもりだ。今さら教室というのも居心地が悪い。
購買に向かう群れに紛れて俺は玄関まで向かった。涼香先輩の姿は見えなかった。
購買に向かう人と別れて、俺は下駄箱を開けた。
中には靴、それと手紙が入っていた。
「なんだ?」
思わず声に出していた。
俺は周りを確認したあと、その手紙を取り出して中身を読んだ。
〈今日の昼、体育館裏で待ってます〉
「…………」
今日の昼って今じゃん。
こんなの朝なかったよな?
封の裏を見ても宛名は書いてなかった。これは危険な匂いがするぞ。
中学の頃だったか、モテない男に嘘のラブレターを送ってバカにするというのが流行っていた。俺が対象になったことはないが、ひどいものだ。
おそらく、体育館裏に行っても誰もいないだろう。
今日はやめにして、教室で一人静かに食べることにした。
*
翌日の昼休み。
「高岡君って子はいるかな?」
いきなり教室に来た涼香先輩はそう言った。
「高岡は俺ですけど」
「ちょっといいかな?」
「いい、ですけど……」
涼香先輩とは面識がない。
俺はわけもわからず、涼香先輩にホイホイついていった。
ときどき、「あいつ誰だ?」という声が聞こえてきた。誰だと言われるぐらい知名度が低い俺を先輩は指定した。それがますます気になった。
涼香先輩は下駄箱の前に立って、俺に言った。
「履き替えて」
どうやら、外に出るらしい。マジでどこにつれてかれるんだ。
俺と涼香先輩はしばらく並んで歩いた。その道のりはいつもの昼と同じだった。
「ここは……」
やはり、つれてかれた場所は体育館裏。
涼香先輩、なんの用だろう? 若い男女が体育館裏で二人っきり……告白かな? ないな。
俺と涼香先輩が交わることは一生ない。ここまで生きているとわかるんだ。手が届きそうな女の子と絶対に届かない女の子がいる。
確かに突然呼び出されて、期待もした。
しかし、頭がお花畑になることはない。理性がそんなのありえないと頭に訴えてくるのだ。
どうせなんてこともない用件のはずだ、と。
涼香先輩はちょうどいい場所でくるっと振り返った。顔からして怒っていた。
なんでそんな怒ってんだ?
「なんで昨日来なかったの?」
「え……昨日、ですか?」
涼香先輩に呼び出されてたっけ?
あ、まさか昨日の手紙か!?
「す、すみません。宛名がなかったので……」
「あれ? 名前書いてなかった?」
「ええ。今持ってませんので見せることはできませんが」
一応捨てずに鞄の中に入れてあるが、さすがにこの場には持ってきていない。
「そうなんだ……でも、普通行かない?」
「行かないですよ。いたずらの可能性の方が高いですから」
「ふーん」
涼香先輩、なんの用だろう?
そろそろ、聞いていくか。
「俺、会ったことないですよね?」
「うん、会ったことないね」
「じゃあ、なぜ?」
俺が再度質問すると、涼香先輩は左に望める絶景に顔を向けた。
「学校で一番アニメに詳しい人は誰って聞いたら、君の名前が出たの」
「…………えぇぇぇ!?」
アニメが好きなことは隠していないとはいえ、開けっぴろげにもしていない。
なのに、なんでそんな……。
というか、一番詳しいってどういうことだ!
「誰がそんなことを?」
「言っても知らないと思うけど……美咲って子」
本当に誰だ、知らんぞ。
多分、先輩のクラスメイトだろうけど。
「ま、まぁ、俺が一番詳しいかは置いといてですね……」
「置いとかないでよ。そこは重要なところだよ?」
重要なところがそこって……嫌な予感がする。風が背中の中にするりと入ってきた。
「俺に何か用ですか?」
「あっ、実は頼みたいことがあってね」
頼みたいこと?
そういえば、佐藤とかいう男が告白したとかなんとか。それ関係か?
そうだとしたら断りたいな。
でも、アニメが詳しいことに繋がらないな。本当に何なんだ?
そんなに言いづらいことなのか、涼香先輩はもったいぶるかのように話を止めていた。
涼香先輩は北風でなびく銀髪を手で押さえた。アニメの中でよく見るポーズだった。帽子とワンピースがあったらなおグッド。
「わ、私に……」
涼香先輩が口を開く。俺は一言一句漏らさぬよう、意識を集中させた。
「私にアニメを教えてくれない?」
「…………」
冷たい風にスカートがはためいた。風はめくれるほどの力はなく、体が身震いしてしまうほどの温度を持っていた。
涼香先輩の顔は恥ずかしそうに上気していた。
俺はぽかんと口を開いていた。
昼休みの体育館裏、他に誰もいない。
皆が憧れる、涼香先輩と二人っきりというシチュエーション。
「……え?」
告白は告白でも、とんでもない告白をされたものだ。