第4話 「彼女の願い Bパート」
アニメを教えてくれ? え? 今、そう言ったの?
「ちょ、ちょっと待ってください。アニメを教えてくれってどういうことですか?」
「そのまんま、だよ……」
涼香先輩は俯きながらごにょごにょと小声になる。
もじもじと恥ずかしがってるところに悪いが、ちゃんと説明してもらわないと。
「そのまんまとは?」
「その、オタクにはならなくてもいいから……アニメの知識が知りたいの」
俺は停止していた思考を立ち直らせ、涼香先輩の言葉を理解しようと必死に努力した。
オタクにならなくてもいいからアニメの知識が知りたい? なんだそりゃ?
アニメについて教える、いわゆる布教ってやつか。でも、それとは違うような気もするんだよな。
「…………」
いやいやいや! ちょっと待て!
そもそも、なんでそんなことをわざわざ俺に聞くんだ? 涼香先輩の知り合いの中にもアニメを見ている人はいるだろうに。涼香先輩が優しく、「お・し・え・て♪」なんて囁けば誰でもコロッと教えてくれるに決まってる。
なんか怪しいな。
「それなら自分で調べればいいんじゃないですか?」
先輩とのアニメ講座は魅力的なお誘いだけど、ここは一度断りを入れておかないといけない。もしかしたら裏があるかもしれないからな。
具体的には罰ゲームとか。もしそうなら嫌々やってるから、一度断られればそれで良しとするはずだ。
「……ダメなの」
「え?」
涼香先輩はプイッとそっぽを向いた。
「パソコンもないし、携帯も持ってないの」
「そ、そうなんですか……」
パソコンはともかく、携帯を持ってないってすごいな。
だがこのご時勢、自分にネット環境が揃ってなくとも、ネットを利用できる。
「……じゃあ、学校のパソコンとか図書館のパソコンを使うというのは?」
「嫌っ! 公共の場所でアニメについて調べられるわけないでしょ!?」
そうか。アニメについて調べているのを見られるのがそんなに嫌なのか。
そんな先輩に朗報だ。
授業で使うパソコンで壁紙を堂々とアニメ絵にしてる奴がいてな……。
「ちなみに……アニメを見るのはダメなんですか?」
「だってあれ、深夜に放送してるんでしょ?」
「いえ、アニメは夕方にも放送してるじゃないですか。深夜に放送するのは深夜アニメと言って、なんというか……また別の物なんですよ」
「じゃあ私が知りたいのは深夜アニメの方だね」
なるほど、深夜アニメの知識が欲しいのか。
でも深夜アニメは深夜じゃなくても見られる。
「レコーダーは持ってないんですか?」
「レコーダーって何?」
あ、これ持ってない流れだ。
「番組を録画する機械ですよ」
「ふーん」
涼香先輩は興味なさそうに相づちを打った。
結局レコーダーを持ってるかどうかはわからなかった。
「アニメについて知りたいなら、やはりアニメを見るのが一番だと思うんですよ」
「でも、興味ないから」
「…………」
なんだかなー。
涼香先輩は本当に知識だけ知りたいって様子だった。
アニメを見るつもりはなく、アニメ知識だけが必要となる状況というのが俺には思いつかなかった。
「一つ聞きたいことがあるんですが……」
「なに?」
「どうしてアニメ知識が必要なんですか?」
「……うーん」
涼香先輩は顎に手を当てて深く考えた。
「その話をするならまず……君の答えを聞かせてくれない?」
「…………」
涼香先輩にアニメを教える。嫌なわけがない。
ただ、俺は恐れてるのかもしれない。
涼香先輩は噂通りアニメがあんまり好きではないようだ。涼香先輩自らご所望とはいえ、その知識を披露してしまえばキモオタ認定されるかもしれない。
オタクじゃないのに、だ。
「…………」
涼香先輩が俺の返答を静かに待っていた。その顔を見ていれば、答えは出た。
恐れても仕方ない。こんなチャンスは二度とないはずだ。
だったら、前に進むしかないだろう!
「……俺で良ければ」
勢いよく言うつもりが、とても小さい声になってしまった。思い通りに話せないもんだな。
「なら、決まりだね! ふふっ」
「っっ!!」
心臓がバクンッと脈打った。
涼香先輩の笑顔、初めて見た。
そもそも顔自体はっきり見たのは今回が初めてだが、遠目ではいつも平均的な笑顔なんだ。どこか貼り付けたような笑顔で周りに溶け込ませている。まるで、二年前の俺のように。
でも、今の涼香先輩は心からの笑顔だった。
顔が笑ってるんじゃない。心が笑っているんだ。
他にこの笑顔を見た男がどれぐらい、いるだろうか?
俺は、それを、見ている。
心臓が動く音が聞こえてくる。走った後のように体が落ち着かなかった。
「では、理由を聞いても?」と俺は訊ねた。
少し声が震えていた。落ち着けと自分に言い聞かせているが、なかなか言うことを聞いてくれない。
「……絶対に話さないって誓える?」
「はい。絶対に話しません」
間髪入れずにそう答える俺をじっと見る涼香先輩。
涼香先輩の青い目から注がれる視線に堪えられず、俺は顔を逸らした。
涼香先輩は肩の力を抜いて、ため息を吐いた。
そして、語りだした。
「最近ね……」
「はい」
「周りの友達が皆アニメを見るようになったの」
「……はあ」
なるほど、それでアニメ知識だけを、ってわけか。
「ドラマの話をしてもね、見てないの一点張りで……アニメの話ばっかりなの」
それは辛いな。俺も似たような経験がある。
皆がバラエティ番組の話をしている中、俺は昨日見たアニメの回想をする。
俺はバラエティを見てないから話に加われない。イコールぼっち。
泣いていい?
「そういうことでしたら、ぜひとも協力させてください」
「うん! お願いする!」
また笑顔だ。涼香先輩の笑顔は思考が飛ぶからやめてほしいね。
「また明日、ここでいいですか?」
「それはいいけど……今でも大丈夫だよ?」
「いえ、教えるにしても準備が必要ですから」
「本格的だね……」
趣味がだだ漏れになるのは避けたい。何を教えるかをきちんとまとめるためには一晩置く必要があった。
教える自信がなかったのだ。
だって俺はただアニメが好きなだけで、オタクと言えるほどの存在じゃないから。
野良猫が入り込んでくる時間、その少し前に、「それに、もう昼休みが終わる時間ですから」と俺は言った。先輩は「そうだね」とだけ言った。
アニメを見たことがあるのか聞きながら俺は涼香先輩と一緒に校舎まで戻った。
涼香先輩はアニメをほとんど見たことがないらしかった。
*
5時限目の授業が終わった休み時間、俺は物憂げな表情で窓の外を見ていた。
涼香先輩にアニメを教える、か。すごいことになっちゃったな。
考えすぎて、授業に全く身が入らなかった。こんなのアニメの最終回を見た後ぐらいなものだ。
「ふぅ……」
俺はトイレに行こうとして席を立った。結構限界が来てるから、迅速に行動だ。
すると、紅葉がこちらに向かってくるではないか。
俺とじゃれ合いたいのかい? ふっ、悪いが君に付き合ってる暇はないんだぜ。
「あんた、涼香先輩と付き合ったってホント!?」
「は?」
教室がざわついた。「あの噂本当だったの?」という声が聞こえてきた。
噂って何!? どうしてそんな話になってるんだ!?
落ち着け、状況を整理するんだ。
多分、噂になっているのは涼香先輩と歩いていたからだろう。あのときは大分注目されてたからな。
でも、それだけでこんな噂になるはずがない。
もしかして、体育館裏まで行ったのを見られたのか?
つまり俺は〈昼休みに涼香先輩と一緒に体育館裏まで行って一緒に帰ってきた男〉なのか。
「…………」
どう見ても告白して成功した図です。本当にありがとうございました。
だからか!
「付き合ってない。少し話があったらしくてさ」
「らしいって……あんたから告白したんじゃないの!?」
クラスがさらにざわついた。「あの涼香先輩から告白されたってこと!?」なんて声が聞こえてくる。
まずい、大事になってきてる! それに、もう漏れそうだ!
「だから告白じゃないって! 本当に話があっただけだ!」
「本当に?」
「本当に」
俺が念を押しても、紅葉はなおも疑いの目をしていた。
涼香先輩と付き合うなんて普通ありえないんだから、こんなに疑うことないと思うんだが。
紅葉はそうは思わないようで、ずいずいと俺に詰め寄ってくる。なんか顔近いな。
予鈴が鳴った。
おい、トイレまだ行ってないぞ!
「あのさ、俺トイレ行きたいんだけど……」
「そうやって逃げるつもり?」
「逃げるも何も予鈴鳴ってるし、そろそろやばい」
「絶対逃がさない!」
いや、逃がしてくれ! 本気でやばい!
結局トイレは行けなかった。
6時限目のギリギリの攻防はOVAに収録! なんてね。




