第1話 「お昼時の猫」
俺の名前は高岡雅樹。
アニメがちょっと好きなだけの普通の高校生だ。
俺はつい先日、二年生に進級した。
二年生というのはいいものである。
なぜなら、後輩、同級生、先輩の三つが同時に揃う最高の学年だからだ。
最高だ。
俺は今、人生を楽しんでいた。
「おい、昨日見たよな」
「ああ。もちろん、リアルタイムでなぁぁぁっっ……うぇい!」
やっぱりアニメはリアルタイムが一番だ。録画だと乗り遅れてる感じがしてならない。
「だよなー。やっぱ、リアルタイムだよなぁぁぁっっ……うぇい!」
俺は体育館の裏で親友の高木雄介とアニメの話をしていた。
昼休み、この体育館裏でアニメについて語るのが俺達の日課だ。今日も登場人物の口癖を真似しながらアニメの感想を言い合っている。
教室で女の子とおしゃべりなんてことは俺達に限って絶対にありえない。
つまり、後輩、同級生、先輩が揃おうが俺達には関わりがないし、貴重な青春の時間は全てアニメに費やされていた。悲しい二年生だった。
「やっぱ、ユーミンいいわ~」
雄介はどこか遠くを見るような目をしていた。ユーミンが最高。それは俺も同意だ。
だが、もっと最高のキャラを忘れてるぜ?
「ああ、最高だよ。妹のセリア・デル・アータ・イリス・ウォルデンシア・エルフォード・オルタナも最高だ!」
「フルネームとかっ。どんだけ好きなんだよ。さすがにガチロリは俺も引くぞ」
「そんなんじゃないって」
俺はセリアのことを性の対象として見てない。あくまで愛すべき存在としてだ。小学生に触れてはいけないんだ!
「まっ、俺もセリアはいいと思うけどな」
「だよなっっ!!」
さすがに必死すぎた。
セリアはユーミンの妹であり、十歳の女の子だ。姉よりも名前が長いのは特別な事情がある。それについてはまだ明かされてないが、ユーミンの過去の鍵を握る人物だ。多分これからこの子を中心にバシバシ伏線が張られることになるだろう。これだけ大きな役割を担うこの子は作者もかなり気合を入れて作りこんでおり、その愛くるしさには思わず心を鷲づかみされた。それまでユーミン一筋だった俺は一発でセリア推しになってしまった。いや、なるべくしてなったというところだろう。人気投票で1位になると俺は信じている。セリアはユーミンと顔が似ていない。しかし、その綺麗な銀髪だけは同じなのだ。実の姉妹ではないという可能性はある。髪を同じにしたということは「姉妹じゃないけど何かしらの共通点があるよ」というメッセージに思えてならない。まだ三話までしか放送されてないがよく考えられた良いアニメだと思う。今期最高のアニメだ。このアニメはユーミンが森で目覚めるところから始まる。ユーミンは記憶喪失なのだが、それに気づくのはなんと三話にして、セリア初登場のシーンである。記憶を取り戻す物語なのにそもそも記憶喪失に気づくのが三話というところが―ー
「こんなところで、なーに話してんのよ! あんたら!」
背中を思いっきり叩かれた。
俺の感想を邪魔するのはどこのどいつだ、と俺は振り返った。
というか、ここ体育館裏なんですけど?
「紅葉、お前何やってんだよ……」
「あんたらこそ何やってのよ……」
こいつは俺の幼馴染、日暮紅葉。
茶色のショートヘアを可愛らしい猫のヘアピンで留めた明るい女の子である。運動系、といったところだ。実際バトミントン部に入ってるしな。
誰とも分け隔てなく接する社交的な子だから皆から慕われている。
俺も昔は好きになったりもした。いい思い出だ。
「あの頃は楽しかったよ」
「突然なに言ってんのよ」
大人になったら結婚しようなんて話もあったような、なかったような。いや、なかったわ。
「くれはぁ~、こいつどうにかしてくれよ」
「どうかしたの?」
「十歳の女の子が好きなんだってよ」
ふっ……無駄だよ、雄介。
そんなの嘘だってすぐにわかる。伊達に幼馴染やってるわけじゃない。
それぐらいの信頼はある。
「うわっ…………」
すみません、ガチ引きでした。俺の信頼を返せ。
「なんだよ、その反応!」
「だってぇ、あんたってオタクでしょ? ついにそこまで来たかー、ってね」
「俺はオタクじゃない!」
俺は全力で否定した。いたって普通の高校生だからだ。
だいたい、本物のオタクはやばいんだ。フィギュアを何体も持っていて毎日それを愛でているんだ。部屋にはポスターをベタベタ貼ってるし、抱き枕は当然のごとくベッドに転がってる。
それと比べてみろ。俺なんか足元にも及ばないだろ。
「ところで紅葉、こんなところにいていいのか?」
「そう言うあんたらも教室に戻りなさいよ」
紅葉がここに来たのも俺達を教室に連れ戻すためだ。
教室ではアニメの話は出来ないというのに……。
時間はあるのだから、まだここにいたかった。少し意地悪をしてやろう。
「いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味よ」
「うーん……」
俺は考えるふりをした。携帯で時間を確認すると12時59分だった。
ちょうどいい時間に俺は内心ほくそ笑んだ。
紅葉が「ほら、何もないじゃない。いいから戻るよ」と言う寸前に俺は話す。
「ここさー……よく猫が通るんだよねぇ」
「へ?」
見事な間抜け面だった。
そして、1時ジャストにあいつは来る。
茂みから茶色い毛並みをした野生の猫がのそりと姿を現した。
「ほら、噂をすれば……」
「う、うそっ! いや! 来ないでぇぇぇ!」
頭を抱え込んでうずくまる紅葉。
猫のヘアピンをしてるくせに、リアルの猫は苦手なのだ。
「はいはい。そこまでにしとけよ」
雄介がひょいっと猫を抱え込んだ。
もうちょっと楽しんでいたい気もしたが、まあいいか。
「そろそろ克服した方がいいじゃないか?」
「だって絵の猫はこんっっっなに! 可愛いのに……リアルの猫ってなんか気持ち悪くない?」
「全国の猫好きに謝れよ……」
「もぉ! こんなところにはいられない! ほら、二人とも。戻るよ!」
「…………」
「なんで俺達も教室に戻らなきゃいけないんだ?」と雄介に不満を漏らすと、「まぁまぁ」と雄介は俺をなだめていた。
教室に戻るまでは色んな話をしていたと思う。
雄介は楽しそうにしていた。俺と話すときよりも饒舌だった。俺も、まあまあ楽しんでいた。
だけど、俺はアニメの話がしたかった。
俺達は外にいたから、教室に戻るなら靴を履き替えるために玄関を通る必要があった。
三年の教室は一階にある。
だから、玄関を通って二階に行くとき、必ず三年生の姿を見ることになる。
そこで俺は見たのだ。
廊下を歩く、涼香先輩の姿を。
腰まで伸びたさらりとした髪は白に近く、だが透明感のある輝きを放つ銀色をしていた。
顔のパーツは位置も大きさも完璧で、これ以上可愛い子はいないというぐらい周りを魅了していた。
先輩はこのままアニメの中に入っても問題ないぐらい現実の理想を貫いていた。
「なに急に黙ってんの~? んふふっ」
「え? あ、いや……」
「まぁ、先輩ってすごいもんな。アニメの住人かっ! てな」
「それは……そうだな」
俺が雄介の言葉に同意すると、紅葉が一層弾んだ声でからかってきた。
「ふーん、やっぱりそうなんだぁ~」
「…………」
「なんかー、聞いた話によるとぉ……涼香先輩ってオタク嫌いみたいよ? やめときなって」
変な勘違いをしている紅葉に俺は再び言ってやった。
「……だから、オタクじゃないって」