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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第七章 動き出す世界 小磯良
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救え

「おやおや、もういいのかい? もっと尋問してくれてもいいのに。寂しいなあ~」


 波旗さんは残念そうな顔をした。鬼野はビッと波旗さんを指さした。


「ミステリーオタクは出ていけ」


「頑張るんだよ~。小磯くん」


 波旗さんは励ますように小さな笑顔で手を振ってくれた。

入れ替わりに五反田さんがやってきた。


「私が部屋に帰ったのはいつかって? 笑顔の容疑者を交えての雑談なんて、嫌な感じしかしないけどな」


 五反田さんは溜息を吐いた。部屋には僕と鬼野とウエイトレスの死体しかいない。


「五反田さんと僕は八時半から十五分ほど、五反田さんの部屋で話し込んだけど……」


 鬼野は鼻を鳴らした。


「てめえ、この愛人にやらしいことされてねえだろうな」


「私はしたかったけどね。坊やが何かしたら舌を噛むって言うから……仕方なく」


 愛人は赤い舌を出した。僕は冷や汗とつばを飲み込んだ。僕を翻弄して遊んでいる。解っていてやっているのだ、五反田さんは、心臓に悪い。


「ところで小磯。響鬼野は感じが変わったな。どうしたのだ?」


「はい。五反田さん。雰囲気が変わっています」


 僕ははっきりと答え、鬼野は僕を怒鳴りつけた。


「良いか、俺の事情を説明するんじゃねえぞ。絶対信じて貰えねえんだからな」


「解っているって」


 僕とて頭がおかしな人だとは思われたくない。


「容疑者は尋問することなく死体と戯れていろ。腐れ」


 五反田さんは僕らの会話に溜息を吐いた。


「愛が足りないな。質問が無ければ帰るが?」


「五反田さん、俺にあんたの部屋を見せてくれよ」


 鬼野の言葉に五反田さんは頷いた。


「そう来ると思っていた。実は私の部屋の置時計が無くなっている」


「なんだって!」


 僕は足元を見た。足元には置時計が転がっている。裏には五のAと彫ってある。

 血のついた置時計が……五反田さんの物だったなんて。だったら犯人は……。


「早合点するな、少年。これは誰かに盗まれたものだ。車掌に聞いてみろ、昨日の午前中に被害届も出してある。高い物だったらいけないと思ってな。確認を取ってみろ」


 鬼野は笑った。


「随分準備周到だな。男に弁償させればいいんじゃねえのか? 愛人さんよお?」


 鬼野は随分失礼な口のきき方をしたと思う。でも五反田さんは怒らなかった。


「男には愛してもらうだけだ。余計な負担はかけないのさ。時には援助してもらうが、貰う物はプレゼントがほとんどだ。我が儘を言う女はとても可愛いからな。時々甘えるのさ。私みたいないい女は貴重だぞ」


「女って恐い」


 僕は息を吐いた。


「でも、五反田さん、あんたは物わかりのいい女って感じがするけどな」


 鬼野はそんな感想を漏らすと、


「次」


 と言った。

 金髪アフロの司法さんは寝ぼけ眼でそこに立っていた。


「よお」


「どうしたんですか、司法さん」


 司法さんの手には黒いカードが握られていた。鬼野は嬉しそうに目を見開いた。


「それは、物凄いお金持ちしか持てないという、ゴールドカードの上をいくブラックカードか。随分いいもんを持っているな。成り金、腐れ外道とは大違いだぜ」


 鬼野は興奮した口調でそう言った。僕は嫌な気持ちになった。


「確かに成り金だけど、もっと他に言いようがあるだろう、鬼野」


「お前をいじめるのは癖になる。というか、朝食前だ」


「そんなにたやすいのか、僕を翻弄するという事が! 僕はそんなに面白い人物ではない!」


 それに……言えなかった。僕のカードもそれなりだ。バンド仲間からは金銭に頓着しろと言われたりもするが、成り金なのでどうしていいかわからないのが現状だ。プチセレブ響鬼野さんはそんなカードなんか見ても動じなさそうだが、彼女にとり憑いている鬼野は凄いカードの登場に浮かれまくっていた。あのブラックカードを手に入れるのは万馬券を当てるよりもさらに上をいく凄い事だと知っているのだろう。知識が偏っているな……。僕も頓着してないとはいえ、物がもったいないという心はあるので、複雑だ。しかし、そんな凄いカードを持つ司法さんは浮かない顔をしていた。拾ったんだろうな。きっと、この列車に乗る老夫婦の持ち物だろう。返そうかどうしようか、葛藤でもしているんだろう。やめとけ、使えば犯罪だぞ。


「とにかく司法、それさえあれば相当の贅沢ができるぜ」


 鬼野は煽るようにそう言った。


「これって、そんなに凄いもんなのか?」


 司法さんは溜息を吐いた。


「拾ったのか?」


 僕の質問に司法さんは「だったらよかった」と言った。


「これは貰ったもので、俺の名義で……だから余計、困っている」


「なんで? 自分の名義なら、万馬券よりも凄い……」


 司法さんは呻いた。


「俺の親父が……不正で得たお金だそうだ」


 何の話だ?

 鬼野は僕を制した。


「どうしたんだよ、鬼野」


「事件に関係あるかもしれねえ、聞くぞ」


 そんな鬼野の眼は輝いていた。


「俺の親父は法律に携わる者だったが、長年、不正を行っていたらしい」


「つまり何か? あんたの親父さんが過去に悪行をやっていて、その黒い金を息子のあんたに残こしたって言う事か?」


「ああ、会社のオーナーにお金を預けて、このカードを俺に渡すように頼んでいたらしい。税金対策だったみたいだ。人に預けて、俺にこの列車に乗るように言ったんだ。だけど、このカードに詰まっているのは汚い金なのに、捨てられねえんだよ……。親父の血と汗の結晶のような気がして……」


 司法さんの招待状は、他の人の物は色が違っていた。真っ白だった。偽物の招待状。

彼も僕らと同じ、リドルにとって招かざる客だったのだ。司法さんは十歳年を取ったような顔で、椅子に座った。そして顔を上げた。


「俺はどうしたらいいと思う? 小磯先生」


 何も言えないと思った。もう人の人生に口を出す事が出来ないと思った。

僕の心は響鬼野さんを変えることもできなかったのに何が言えるだろう。


「小磯、何かアドバイスしてやれよ。ほれ、お前はなんかの占いの先生なんだろ?」


「占いは人生の補助だから、そんな面と向かって大人に偉そうなアドバイスなんて、僕にはもう出来ない……」


「何言ってんだ、腐れ!」


 鬼野は怒っていた。


「心が死んじまった人間を救うのもお前の仕事だろうが!」

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