止まっている
「名探偵は多くを語らないのさ。お前にいい言葉をやろう。『正直者が馬鹿を見る』」
「聞いてみただけか? 聞いてみただけなのか? そして面白がったのか? さぞ面白かったんだろうな!」
「あははは。腐れ、お前は面白い奴だな。気に入った。お前を俺の玩具にしてやろう」
「最低だー。お前に謎が解けるもんかー」
「俺は彼らから逃げている。お前を最大限、利用させてもらうぜ」
響鬼野さんは僕をどう思っているんだろうか?
僕の事を腐れた馬鹿な男だとでも思っていたんだろうか。酷く気になった。
それに……鬼野はガルシア機関の関係者なのだろうか。
僕にはわからない。
現場検証は続く。
床に転がっているのは時計の置き物だ。
ウエイトレスは何度も頭を殴られている。頭を殴られナイフを刺され、口からは血を流し……ああ、気分が悪くなってきた。ひどく恨まれた死体だ。完全に。
「おかしいな。生活反応が少ないな。ナイフの傷に至っては生活反応がない」
鬼野は呟いた。
「生活反応が無いって、どういう意味だ?」
「生活反応は生きている人間が、自然に起こす現象の事だ。殴られればうっ血する。お前も頭をぶつけたらコブができたりするだろう? 青あざとか?」
「まあ、そうだけど……そうなんだろうけど」
響鬼野さんに取りついている鬼野は死体を平気で観察する。その神経が僕にはわからない。鬼野にも生活反応が無いんだろうか? 毒を舐めて平気だったしな……。
解らない。解らないけれど、
「つまり生活反応がないってことは、生活していないってことなのか?」
「そうだ。クラミジアより頭が良いんだな、感心したぜ!」
「なにと比べているんだ。もっと良いものと比べろ!」
「お前、アインシュタインやガリレオよりも頭が良いぜ!」
持ち上げすぎだ。
「鬼野、お前、性格が最悪だよ!」
「そっか? 昔、助けた奴に『鬼野はカッコいい』って褒められたけどな。くくく」
「そいつを一週間、病院で調べてやりたいよ」
「あはは。とっくに死んでいるからそれは無理だ」
作り物めいたその笑顔は僕をぞっとさせた。
「鬼野……?」
鬼野は上機嫌で、さらに調べを進めた。
「このナイフは背中に刺さっているが、血は吹き出していない」
僕は恐々と死体を見た。今にも動き出しそうなのに心臓は止まっている。
「周りに血は飛び散っていないよな……でもそんなもんじゃないのか? テレビだって……現場は綺麗なもんで……」
「あれは放送規制があるんだぜ。もっと血痕が飛び散るはずなんだ、生きていれば。ここも生活反応がない。つまり、殴られた後、毒殺ってことになるが……そのあとも殴られたのか」
「なんか、恐いな。そんなことまでわかるのか? 鑑識がいないのに」
「初動捜査が肝心なんだぜ。敵はここで何をするかわかったもんじゃねえ。こいつを詳しく調べておかねえ
とな」
「まさか……」
「まさかの話じゃないと思うぜ。なんせ、ここの客は、みんなが赤い招待状を受け取ってこの列車に乗ったんだ。招かれざる客は俺とお前と、このウエイトレスだけだ。招いた者の中に、犯人が殺したい奴がいるのさ。推測だがな」
「なんでそんな事が解る?」
「解るさ。波旗を問い詰めてみた。そうしたら、お前を調べるのにこの探偵を雇ったそうじゃないか。そして」
自称、女の子の鬼野はそこで言葉を区切った。
「このウエイトレス探偵は、昔お前が波旗を調べた時に使っていた探偵だという事も調べはついているんだぜ。こいつは何か知ってはいけない情報を握ったんだろうよ。それで殺されてちゃ世話あないがな」
鬼野はウエイトレスの持ち物を逆さにした。そこから、手帳が落ちてくる。
「探偵って人種はパソコンをあまり使わない。特に、重要なクライアントとの仕事の時は原始的な手段に頼る者なんだ。ここに領収書があった。お前の名前が書いてある。へええ」
鬼野はにやりと笑った。
「参上良って誰の事だ。小磯さんよお!」
「何を……言うんだ……」
「人に知られたくない秘密を握られているようじゃねえか。真実を教えろよ。この事件の犯人はお前じゃないのか?」
溜息を吐いた。
「昔に色々あってね。人に歴史ありさ」
「お前も立派な容疑者だぜ、腐れ!」
鬼野は鬼の首を取ったような顔をした。
「こういう話を知っているか? 妖精伝説のある村では不気味な因習が今でも残っているそうじゃないか? 裕福な家の子供を連れて来て、家に住まわせる。すると、その家は栄える。そうだな。お前はそんな風に扱われていた人間の子供だったんじゃないか。どうだ、俺の推理は合っているか?」
僕は目を見開いた。
「もしそんな事があったとして……それでも僕は人間だ……」
鬼野は僕の目をじっと見つめた。そして目をそらした。
「まあそんな事、俺にとっちゃどうでもいいのさ。俺は人間じゃない。だから、お前がどんな人間かなんてどうでもいい。だけどこれだけは気になるのさ。お前が何をしに来たかってことが気になるんだよ。そこははっきりさせておかねえとな」
「それはそうだろうね。本当の犯人を逃がすわけにはいかない。それに、僕もこのウエイトレスに調べ物を頼んでいたんだ……列車内では接触しないように気をつけていた。君には知り合いだってばれてしまったようだけれど……」
本当はそれだけではなかった。僕の心の底から、犯人への怒りや憎しみの気持ちが湧きあがっていた。鬼野はどこか事件をゲームのように扱う。
対して、僕はただ人を踏みにじる犯人が憎いだけだ。五反田さんの言い方を借りるなら愛してないだけだ。
鬼野は目を細めた。
「一つ聞いておきたいことがある。腐れのプロデュースしているバンド名は……なんて言うんだ?」
僕はついにこの質問が来たと思った。来るべき質問が来たと……。
「たいした名前じゃないよ。ブラインドネス。カッコいいからつけた名前だ。占い師なのも本当だけどね……僕のところには小銭が集まるんだ。なぜか」
僕は名刺を差し出した。