プロローグ
深夜零時を過ぎた頃、四季狐大社の社務所に短い警告音が響いた。
机に伏せていた少女が顔を上げる。金色の髪の間で丸い狸耳が揺れ、端末の方へ向いた。
幼い外見に似合わぬ神主装束の袖で、眠い目をこする。
「……今度は、どこじゃ」
手をかざすと、空中に半透明の画面が開いた。
『前日二十三時四十分、関東東部において魑魅魍魎一体の出現を確認。
陰陽連盟所属神機《朧》一機が出動し、すでに討伐を完了しています』
続く報告へ目を走らせる。
人的被害なし。一般社会には、野生動物による設備事故として処理される予定。
四季狐大社の神主は、ひとまず息をついた。
「これで今月、十二件目か」
過去の記録を呼び出し、今月のものと並べる。
例年、この時期に確認される魑魅魍魎は、ひと月に二、三件。
それが今月は、十二件も日本各地で報告されていた。
同じ地域に集中しているわけでも、同じ種類ばかり現れているわけでもない。
これまでほとんど報告のなかった土地にも、出現を示す印がついている。
眠たげだった狸耳が、ぴんと立った。
魑魅魍魎は、人の恐れや土地に澱んだ妖気から生まれる。
多くは知性に乏しく、単独で人や町へ害を及ぼす怪異だった。
通常なら、各地に置かれた陰陽連盟の部隊で対処できる。
霊的適性を持つ者が神機《朧》へ搭乗し、今回も一機で討伐を終えていた。
現れた個体の強さや性質に、目立った変化はない。
増えているのは、出現件数だった。
『陰陽連盟は、魑魅魍魎の出現件数増加を受け、各地の警戒段階を一級引き上げます。
原因については現在調査中です』
「眠気の覚める知らせじゃのう……」
机の脇から湯呑みを取る。
一口飲んで、顔をしかめた。茶はすっかり冷えている。
湯呑みを戻しても、地図から目を離せなかった。
今は、どの個体も討伐できている。
だが、この先も増え続けたらどうなる。
「ただの活動期ならよいが……」
端末を閉じ、椅子から降りた。
◇
社務所の奥にある祭壇で、御神鏡へ指先を触れる。
短い祝詞を唱えると、鏡面に青白い文字が浮かんだ。
床の一部が音もなく開き、地下へ続く階段が現れる。
冷たい空気が足元へ流れ込んできた。
周囲に誰もいないことを確かめ、階段を下りる。
石造りの壁は、奥へ進むにつれて黒い金属へ切り替わった。
注連縄や護符の間を縫い、青白い霊力の筋が先へ続いている。
突き当たりの巨大な扉へ手をかざした。
刻まれた術式が順に灯り、重い音とともに扉が開く。
誘導灯に照らされた格納庫の中央で、巨大な人型の機体が膝をついていた。
淡い青色の装甲。
狐を思わせる鋭い輪郭。
背後には、閉じた花弁のような五基の遠隔防御ユニット。
四神の一柱、青龍のコアを宿す神機《徒桜》。
その胸の奥は、今夜も静まり返っていた。
「青龍だけは見つけた。器も完成した。あとはお主が誰かを選ぶだけなんじゃがな」
足元へ歩み寄り、はるか上の頭部を見上げる。
「お主一柱を探すより、搭乗者を探す方が難しいとはのう」
返事はない。
朱雀、白虎、玄武。残る三つのコアは、何年も捜索を続けながら、所在すら掴めていなかった。
ようやく手に入れた青龍も、誰を連れてきたところで反応を示さない。
陰陽連盟の巫女も、名家の陰陽師も、優秀な《朧》の搭乗者も引き合わせた。
それでも、《徒桜》を起動できた者は一人もいなかった。
どれほど霊力が強くても、青龍に認められなければ操れない。
装甲へ手を当てる。
ひんやりとした感触だけが返ってきた。
「気に入らんのなら、せめて理由くらい教えてくれんか。次も同じような者を連れてきてしまうぞ」
しばらく待った。
格納庫を満たす低い機械音しか聞こえない。
「……そうか。そこも、こちらで考えろというわけじゃな」
いつもなら、そのまま手を離していた。
今夜は、装甲に当てた指へ力が入った。
「怪異は増えておる。いつまでも、誰も選ばんままでは困るんじゃ」
声を強めても、青龍は応じない。
このまま出現が増えれば、《朧》でも手が足りなくなるかもしれない。今より強い怪異が現れた時、動かない《徒桜》をここに置いておいても、人々を守る助けにはならなかった。
手を離し、息を吐く。
急かしたところで、従わせられる相手ではない。
まだ会わせていない者はいなかったか。
これまで調べた家系や、適合者候補の顔を思い返すうちに、ある名が浮かんだ。
「……そういえば、九條の娘がおったな」
東雲神社を守る九條家は、古くから優れた巫女と陰陽師を輩出してきた。
その次代を担う九條藤花は、学園で生徒会長を務めている。
霊力も術式の精度も高く、冷静で責任感の強い娘だった。
青龍が気に入るかどうかは分からない。
だが、まだ会わせていないのなら、一度連れてきてもよさそうだ。
《徒桜》の胸元へ目を向ける。
「九條の娘にも会ってみるか? 霊力も技量も、申し分ないぞ」
光は灯らない。
「反対はない、ということにしておくぞ」
腕を組み、頷いた。
「まずは九條家へ聞いてみるかの」
《徒桜》へ背を向け、格納庫を出る。
誘導灯が順に消え、巨大な扉が閉じた。
青い機体は、再び暗闇に沈んだ。
◇
地上へ戻ると、冬の風が境内の木々を揺らしていた。
社務所へ入り、机に便箋を広げる。
宛先は、東雲神社の九條家。
藤花を《徒桜》と引き合わせたい旨を書き、四季狐大社を訪ねることができるか尋ねた。
文面を確かめ、手紙を封筒へ収める。
その脇で端末を開いた。新しい報告は届いていない。
地図には、十二の印が残っていた。
今夜の討伐が済んでも、出現が増えている原因は分からないままだ。
「せめて、青龍の巫女だけでも見つけねばな……」
封をした手紙を机の手前へ置いた。
九條家から返事が届くまでに、ほかにも会わせられる者がいないか。
神主は端末を切り替え、適合者候補の記録を開いた。




