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第16話 最期のとき、母は台所にいた

第16話 最期のとき、母は台所にいた


十月の午後、志乃が働く支援団体では、介護者家族の交流会が開かれていた。市民会館の窓辺には赤と白の秋桜が飾られ、丸い机には温かいほうじ茶と栗饅頭が並んでいる。志乃は薄い小豆色のカーディガンを羽織り、参加者の名札を一枚ずつ確認していた。


その日のテーマは、親族との役割分担だった。介護されている人の兄弟姉妹が訪ねてくると、普段介護している家族には来客の接待まで加わる。お茶を出し、食事を作り、帰ったあとの湯飲みを洗ううちに、介護者だけが本人のそばにいられなくなることもあった。


参加者の一人である六十代の女性が、姉たちの訪問について話した。母親の介護には手を出さないのに、月に一度来ると、昼食の献立へ細かく注文をつけるという。女性が握るハンカチには、黄色い小花の刺繍が入っていた。


「姉たちは、母の好物を持ってきたと言うんです。でも、持ってくるのは生の魚や野菜ばかりで、調理するのは私です」


「お姉様たちは、台所を手伝われますか」


志乃が尋ねると、女性は首を横に振った。姉たちは母親のベッドを囲み、昔話をしながら笑っている。その間、女性は台所で魚を焼き、味噌汁を作り、人数分の茶碗を並べているという。


「帰るときには、『お母さんをよろしくね』と言われます。私は毎日よろしくされているのに、誰からもよろしくとは言われません」


女性は笑おうとしたが、ハンカチの端を何度も折った。机に置かれた栗饅頭には手をつけず、冷め始めたほうじ茶だけを一口飲んだ。ほかの参加者たちも、自分の家に似た場面があるのか、小さくうなずいていた。


志乃は、窓辺の秋桜へ目を向けた。白い花びらを見ていると、幼いころに暮らしていた家の台所を思い出した。古い記憶には、煮物の醤油の匂いと、何度洗っても乾かなかった白いシーツが残っている。


「私の母も、五年間、寝たきりの祖母を自宅で介護していました」


志乃が話し始めると、参加者たちは顔を上げた。志乃はこれまで、静江の介護については何度も話してきた。しかし、自分の母親と祖母のことを交流会で話すのは初めてだった。


当時、志乃はまだ中学生だった。祖母は脳梗塞のあと遺症が残り、家の奥にある六畳間で寝たきりになった。介護保険制度もなく、今のようにケアマネジャーへ相談することもできなかった。


母は夜明け前に起き、祖母の身体を拭き、汚れた寝巻きとシーツを洗った。冬には洗濯物が乾かず、茶の間の鴨居へ何枚も掛けていた。石油ストーブの匂いと湿った布の匂いが混じり、窓ガラスには朝から水滴がついていた。


「お母さん、またシーツなの?」


中学生だった志乃が尋ねると、母は祖母には聞こえないよう小さな声で答えた。


「夜中に二回、汚れたのよ。学校へ行く前に、物干し竿の端を持ってくれる?」


母は祖母の世話だけでなく、家族の食事、掃除、買い物もしていた。親戚が見舞いに来る日には、普段より早く起き、煮物や天ぷらを何人分も作った。祖母の娘である叔母たちは、菓子箱を一つ持ってきて枕元へ座った。


叔母たちは、祖母の手を握り、昔の話をして帰っていく。母はその間、台所で急須へ湯を注ぎ、人数分の料理を皿へ盛っていた。祖母の隣へ座れるのは、叔母たちが帰ったあとだった。


「おばさんたちも、おばあちゃんの娘でしょう。どうしてお母さんだけがご飯を作るの?」


ある日、志乃が尋ねたことがある。母は里芋の皮をむきながら、遠くから来てくれたお客様だからと答えた。包丁を持つ指にはひび割れがあり、親指へ白い絆創膏が巻かれていた。


「お客様なら、自分のお母さんの介護をしなくていいの?」


「志乃は、そんなことを言わなくていいの。お皿を並べてちょうだい」


母は志乃を叱らなかったが、その質問には答えなかった。志乃も、それ以上は聞かなかった。家にいる女性が祖母を介護し、訪ねてくる親族の食事を用意するのは、どこの家でも同じなのだと思うようになった。


祖母の身体が弱り、医師から長くはないと言われた日、遠方の叔母たちが家へ集まった。叔母たちは祖母の枕元を囲み、手を握り、名前を呼んだ。母は朝から台所に立ち、叔母たちのために炊き込みご飯と鶏肉の煮物を作っていた。


大きな鍋では、ゴボウとニンジンが醤油色の汁で煮えていた。炊飯器からは炊き込みご飯の湯気が上がり、流しには使ったボウルと包丁が積まれている。母は薄茶色の割烹着を着て、叔母たちに出す漬物を切っていた。


志乃は玄関と台所を行き来し、座布団や湯飲みを運んでいた。祖母の部屋へ入ろうとすると、叔母から廊下にいる子どもたちを静かにさせるよう頼まれた。誰も母へ、祖母の呼吸が変わったことを知らせなかった。


やがて祖母の部屋から、叔母たちの泣き声が聞こえた。母は包丁をまな板へ置き、濡れた手を割烹着で拭いた。急いで廊下を走ったが、部屋へ入ったときには、祖母はもう目を閉じていた。


「どうして呼んでくれなかったの」


母は畳へ座り、祖母の手を握った。叔母の一人は、台所で忙しそうだったから邪魔をしてはいけないと思ったと答えた。別の叔母は、母ならいつでも祖母のそばにいられたのだから、自分たちが最後に話してもよいだろうと言った。


「いつでもそばにいたから、最後だけいなくていいの?」


母は祖母の手を握ったまま、何度も同じことを尋ねた。割烹着の裾には、煮物の汁が丸い染みを作っていた。台所では鍋が弱火にかけられたままで、焦げた醤油の匂いが廊下まで流れてきた。


その日の夜、親族は母が作った炊き込みご飯と煮物を食べた。誰も食事を作った人の名前を口にせず、祖母との思い出を話し続けた。母はほとんど箸をつけず、冷めた味噌汁の椀を両手で持っていた。


交流会の机へ戻ってきた志乃は、自分の手がほうじ茶の椀を握っていることに気づいた。湯気はもう上がっていなかった。小林が黙って新しいお茶を注ぎ足すと、香ばしい匂いが再び広がった。


「母は、そのあと何度も言いました。自分は五年間そばにいたのに、最後に母親から呼ばれたとき、誰も知らせてくれなかったと」


「お母様は、お祖母様のご姉妹の食事を作っていたのですか」


参加者の女性が尋ねた。志乃は、叔母たちは祖母の娘であり、自分の母にとっては夫の姉妹だったと説明した。祖母を介護していたのも、娘たちではなく、家へ嫁いできた母だった。


「叔母たちは、祖母の最期に立ち会った娘として泣きました。母は、その叔母たちの食事を作る嫁として、台所にいました」


「誰か一人くらい、代わってあげればよかったのに」


「誰も、母が祖母のそばへ行きたいと思っていることに気づかなかったのでしょう。介護する人は、いつでもそこにいると思われていましたから」


志乃は五年間、祖母の介護で家族がどこにも出かけられなかったことも話した。夏休みに海へ行く予定を立てても、祖母を一人にできず中止になった。買い物へ出た母は時計ばかり見て、必要な物だけを籠へ入れ、急いで帰ってきた。


それでも、親戚の前で「祖母を大切にしている家」として語られたのは、家長だった父である。父は仕事があると言い、祖母のオムツを一度も交換しなかった。見舞い客へは、自分が母親を家で看取ると決めたのだと話していた。


「介護をしたのは母です。でも、親孝行な息子と呼ばれたのは父でした」


志乃が言うと、栗饅頭の袋を開ける音が一つ聞こえた。参加者の女性は饅頭を半分に割り、小さな一口を食べた。甘い栗餡の匂いが机の上へ広がった。


「私の夫も、親戚には自分が母を引き取ったと言います。お風呂に入れたことも、オムツを替えたこともないのに」


「家へ連れてきた人と、毎日介護した人が違っていても、外からは同じ家族に見えます」


「それで、夫だけが親孝行だと言われます」


「介護した人の名前が、家族という言葉の中へ隠されてしまうんです」


交流会が終わったあとも、その女性は席に残った。来週、遠方の姉たちが母親の見舞いに来るため、昼食を何にするか考えていたという。刺身を買い、天ぷらを揚げ、母親の好物だった赤飯も炊くよう頼まれていた。


「今年も全部、あなたが作るのですか」


「姉たちは遠くから来ますから」


「お母様と過ごすために来るのでしょう。あなたも同じ娘ではありませんか」


「私は毎日、母と一緒にいます」


「毎日一緒にいる人は、大事な日に台所へいなければならないのでしょうか」


女性は黄色い小花のハンカチを畳み直した。志乃の母と同じように、いつでも母親のそばにいるから、訪問の日くらい姉たちへ譲らなければならないと思っていた。しかし、料理をしている間は、姉たちと母親が何を話したのか聞くこともできない。


女性はその場で姉へ電話をかけた。昼食は各自で用意してほしいこと、自分も母親のそばで一緒に話したいことを伝えた。電話の向こうから不満そうな声が聞こえたが、女性は今度は天ぷらを揚げないと繰り返した。


「近くのお弁当屋さんを教えるから、食べたい人が注文して。私はお母さんの隣に座ります」


電話を切ると、女性は肩から息を吐いた。小林が、次回から交流会にも昼食を持参せず、そのまま食べられるパンを用意しようと提案した。誰か一人が台所へ立ち続けないためだった。


志乃は帰宅後、青い片手鍋で大根と油揚げの味噌汁を作った。商店街で買ったアジの開きを焼き、庭先の無人販売で見つけたサツマイモも蒸した。窓辺には赤い秋桜を一輪だけ飾った。


食卓へ座ると、母が冷めた味噌汁を持っていた夜の姿を思い出した。自分も静江を介護するようになってから、何度も冷めた食事を口へ運んだ。母の暮らしを見て育ち、それが嫁の役目だと覚えてしまったのだと、今になって分かった。


「お母さん、あのとき、誰かが呼んでくれたらよかったね」


志乃は窓辺の秋桜へ向かって言った。過ぎた時間を取り戻すことはできない。しかし、次に同じような家族が現れたとき、介護者を台所へ残さないための言葉なら伝えられる。


翌週、交流会の女性から志乃へ写真が届いた。母親のベッドの横に三人の姉妹が並び、それぞれコンビニのおにぎりを食べている。机には紙コップの味噌汁が置かれ、誰も台所には立っていなかった。


写真に添えられた文章には、「初めて、姉たちと一緒に母の昔話を聞けました」と書かれていた。志乃はその写真を小林にも見せ、次の交流会の記録へ挟んだ。介護した人が、大切な時間から締め出されない家族を一つずつ増やすことが、志乃にできる仕事だった。


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