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悪魔界の中でも常に黒い霧で覆われているフラグメントと呼ばれる魔界は最初から息がしづらかった。

遅れるな。 黙るな。 聞き返すな。 役に立て。

捨てられたくないなら、先に動け。

そういう言葉にならない圧が、壁にも床にも染みついていた。

六人がそこへ入れられた時、誰一人として喋ることはなかった。

リーダー的存在であるゼロは何も言わずに周囲を見ていた。 入口の鉄扉、角に立つ監視役、床に残る古い擦り傷、通路の先へ吸い込まれていく足音の数。

見れば役に立つかもしれないものを、先に拾っていた。というより、そうしていないと落ち着かなかった。


アルマは、視線を上げることを避けた。

視線を上げれば何かを見てしまう気がしたから。

見たものに意味が付いてしまったら辛くなる。だから最初から見る範囲を最小限に抑えていた。


ノエルは自分の呼吸が浅い事がばれないようにしていた。吸えば震え吐けば苦しい。

だからなるべく、呼吸を小さくして意識を保とうとした。


ゾーイはここがどういう場所かを早く分類したかった。

危険か、いやもっと危険か。 喋るべきなのか黙るべきかなのか。今必要なのは判断で感情じゃないと、自分に言い聞かせていた。


イグニスは表情を殺すのに必死だった。

怖い顔をしても駄目だし、怯えた顔をしてももっと駄目だ。

何も表さない顔が一番ましだと経験で知っていた。


プリシラは最初から存在を薄くしていた。

薄くなることを覚える前なのに、もう気配を削っていた。

視線を引かないこと、それが最優先だと本能で分かっていた。


「今日からお前達をここで使うことになった。」


監督役はそう言った。

預かるでもなく、保護するでもなく、置くでもなく使う。


フラグメントの魔王に拾われた六人はその一言でこの魔界がどういう場所なのかを理解した、いや理解させられた。


ゼロはその時、右隣のノエルの指先が小さく震えたのを見た。 左側ではイグニスが一瞬だけ奥歯を噛んだ。

プリシラはもう存在を薄め始めていて、アルマの視線は明らかに揺れていた。

ゾーイだけは動かなかったが、動かないこと自体が珍しい。

ゼロはその状況全てが見えてしまった。


見えてしまったからゼロは条件反射で一歩だけ前に出た。無意識だった。庇ったつもりもその時はまだなかった。

ゼロは半歩分だけ後ろの五人の前に自分の背中が来るように立った。監督役の目がゼロに止まる。


「前に出るのが早いな」


声は平坦だった。褒めてもいない。

ただ、状況を観察しているだけだった。

ゼロは下手な返事をしないように、一拍置いてから言った。


「遅いよりはいいかと」


その返答が正しかったのかどうかは分からない。

だが監督役はそれ以上何も言わず書類を閉じた。

それから静かに言葉を発する。


「ここでは判断が遅いのは要らない。役に立つなら残す。役に立たないなら減らす。それだけだ。」


残すか減らす。

その声に温度はなかった。


アルマはその言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが冷えた。 役に立つなら残る。 役に立たないなら減る。

なら、ただの刃でいるしかないのだとその時点で半分理解してしまった。


ノエルは残すという言葉に少しだけ救われそうになった。しかし残るために【何か】であり続けなければならないならそれは救いではない。


イグニスは【減らす】の一語に妙に腹が立った。

腹が立ったのに、その感情を表に出せないことがもっと腹立たしかった。


ゾーイはこの場所のルールが単純明快なことだけを拾った。残る条件と減る条件がある。

なら最低限、そのラインを先に覚えるしかない。


プリシラは何も考えないようにしていた。

考えると自分がここにいる輪郭が濃くなる。

濃くなると目立つ。

目立つと終わる。だから何も考えないようにした。


その日、六人は同じ部屋に入れられた。

広くはなく冷たい床と硬い寝台、それから薄い布。

そして、誰も「ここで休め」とは言わなかった。


休んでいいのか、何か役目があるのか、いつ呼ばれるのか。

何一つ確定しないまま、ただ「ここにいろ」とだけ言われた。


誰も座ることはしなかった。

先に座るのが怖かった。

先に力を抜くのが怖かった。

先に“少し楽になっていい”と思ってしまうのが怖かった。

沈黙の中で、最初に口を開いたのはゾーイだった。


「……立ってても意味ない」


声は低く平坦な声音だった。


誰もそれに対して言葉を返さない。

でもその一言で、アルマが壁際に寄り、イグニスが舌打ちを飲み込み、ノエルがようやく小さく息を吸った。

プリシラは部屋の隅へ行き、ゼロは全員が視界に入る位置を選んで立った。


その時点で、もうこのメンバーの形ができ始めていたのだと、六人はずっと後になってから知ることになる。


最初に状況を見る者。

最初に全員の前に出る者。

その後ろで、息を繋ぐ者たち。


フラグメントでの生活はそういう状態から始まった。


一つの共通点、魔王に【拾われた】という恩を持った六人は、知らないうちに一つの部屋へ押し込まれた【駒】になっていた。

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