27)幹部会議は氷点下に冷えきる
ご覧いただき、ありがとうございます。
『ep.37 20)降格、昇格』 の一部を修正しました。
●師団長がエリオスに問いかける台詞の「四日前」を「三日前」に修正しました。
◎処分会議が開かれたのは、パトリックが無断で隊を休んで四日目(マデレーナ一行が旅を初めて四日目)です。
『ep.36 19)フューエルはまだ遠い2』 から、『ep.41 24)フューエル若夫人、シャーロットからの手紙』 までが、それぞれの時間は前後しますが同じ一日の出来事になります。
そして、この回も四日目の話です。
話は少しだけ遡る。
パトリック中隊長の降格と、サローン小隊長の昇格が告げられた処分会議の後、師団長の部屋には、四名の各連隊長とダン副師団長が残された。
「さて。お前らが残された理由はわかるか?」
師団長は、真っ直ぐ俺のことを見ている。
「カッタローナ、答えろ」
やっぱりか。
この人は見た目はおっかないが、根本的に人格者なので、部下の前ではあまり責め立てない。
先程の、モラン連隊長を責めに責めたのは珍しいことだ。あれは、モランが私怨でエリオスに難癖つけているだけだと誰の目にも明らかだったからな。
だから、俺が叱責されるのはこれからだ。
「はっ!報告を上げるのを止めておりました」
「二人からの報告はいつあった?」
「即座にありました。今しがた、止めるのを振り切って出ていったと。後はうまくやってくれ、と言われたと」
まるで見ているかのようにその様子がわかる。
ジョエルとエリオスならどうにかしてくれると、本気で思ったのだろう。
パトリックは『庇われる』ことに慣れすぎていて、それが当然のことだと思っている節がある。
「報告を受けて、今までの経緯を、時系列で話せ」
「丸一日、自分の元で留め、翌日午後の連隊長会で、全連隊長に共有しました」
「留めた理由は?」
「……戻ってくることを期待しました。そのまま飛び出したと報告を受けましたので、冷静になるかと。あるいは、宿に留まれないかも、と」
「なるほど。今は商隊が活発に移動している時期だから、いわゆる『いい宿』は埋まりやすいな」
師団長はふーっと息を吐き、椅子の背もたれにその身体を預けて背中を伸ばすようにして腕を組んだ。
椅子がギシッと音を立てる。
師団長の小さな舌打ちが聞こえる。
あの舌打ちは椅子が音を立てたせいにしておこう。俺の心の平穏のために。
「で?そこから今日まで何日あった?」
師団長が問いかけてくるが、あまりにその声が固く強くて、怖くて返事ができない。
師団長の射抜くような視線を避けるように、頭を下げる。
「カッタローナは日付を忘れたようだ。ロッシュ。お前が聞いてから俺に上げてくるまで何日あったか答えろ」
「…………。丸二日です。一昨日の午後に話を聞き、本日の午後一番で報告しました」
「だよな。二日あれば馬を駆れば追いつけるだろ?誰か秘密裏に派遣したのか?」
「それは、モランが……」
ロッシュ連隊長が言いにくそうにモランを見る。
「ロッシュ、言えぬか。モラン。お前、何かやったのか?」
「…………」
モランは黙っている。その様子を伺う余裕は俺にはないが、到底、言えないよな。連隊長会でモランが言ったこと。
「答えられないか。カッタローナも、モランも、ロッシュも答えられないらしい。お前は答えられるよな?ヴァスール。答えろ。お前のことは責めない」
師団長は、落ち着いた、しかし、先程よりもより強さのある声で問いただす。絶対に答えろと。そんな圧を感じる声だ。
可哀想に。俺が黙ってしまったせいで、人の善いヴァスール連隊長にお鉢が回ってしまった。
申し訳なさもあいまって頭を上げることができない。
ヴァスールの様子を知ることはできないが、師団長のあの声を聞いて平気な連隊長はいないだろう。
四人揃って頭を下げているはずだ。
「おっ、おっそれなっがらっ、もっしっあげまっすぅ!」
ヴァスールの声がひっくり返る。
剣の腕も、戦略も長けているのに押しが弱いヴァスールは、大きな声を出そうとすると、喉に力が入りすぎるのか声が裏返ってしまう。
普段は淡々と話すので何の支障もない。
だが、あんな師団長の声聞いたら、大きな声を出して心を奮い立たせなければ答えられないだろう。
「恐れなくていいから普通に話せ。あまりに聞きにくい」
師団長、さすがにそれは酷いと思います。
師団長を前に恐れないのは、奥方様くらいかと。
それを思うと、先程のジョエルもエリオスも、返事だけとはいえよく平然と返せたよな。声、震えてなかったし、冷静だった。懲罰なの、わかってるのに。
二人とも名門の出とはいえまだ二十代。エリオスなんて、学園生の予備隊期間を含めても五年経ってないだろ。度胸あるな。勇者の末裔って、そんなとこで活きてくるのか?
ジョエルなんかあれこれ自分の意見も言ってたよな。あれか、ドーソンの誇りか。あいつ、じーちゃん大好きだしな。
俺だってカッタローナだよ。前師団長の息子だっての!勇気!勇気よ出てこい!
「師団長!本件、自分より報告させていただく許可を頂戴したく存じます!」
ガタリと椅子を鳴らしながら立ち上がり、そう宣言して師団長を見れば、随分と悪い顔で腕を組んだままニヤリと笑っている。なんて顔だ。鬼だな。鬼が笑ってるよ。
これは、嵌められたか。
「カッタローナ。許す。ヴァスール、補足があれば後から頼む」
「はっ、はっ!」
ヴァスールは消えそうな声で返事をする。何かの折には補足頼みますよ。
「まずは、パトリックが向かった先はフューエルです。ラインバッハの妹が馬車で先行しておりますが、三日目あたりで追い付いたかと思います」
「順当ならば、な」
「四日目の今日あたりは、マルゴー領に泊まることになると推察されます」
「妥当だろう。マルゴー。なるほど。ダンに上げたか?」
師団長のとなりで大きな身体を全然小さくならないのに丸めている、可哀想なダン副師団長は、一言も発することなく、ひたすら、机の上で組んだ手を見つめていた。まるで、どこか祈るようにも見える。
誠実な、いい人なんだけどな。巡り合わせの不運、と言い捨てるには惜しいと思うのだが。
「はじめはそれも検討しました。馬を駆り、マルゴーまで先回りして、ダン副師団長の協力の元、マルゴーで保護する案もありました」
「保護……捕獲……まぁいいか。で?」
捕獲は言ってない。それは師団長、あなたの心の声だ。
「しかし、ダン副師団長にも上げませんでした」
「なぜだ?」
「モラン連隊長が、マルゴーまでの道中はパトリックにとっても慣れたものだろうから、ラインバッハの妹と合流すればさほど問題はないだろう、と」
外戚のマルゴー伯領へはパトリックが子どもの頃から訪れる機会も多かっただろう。それはわかる。
ラインバッハの妹と合流する、となれば、リュカ・ラインセスもいる。よほどの心配はないし、何かあれば連絡も入るだろう。
そういう意味ならば、不安要素は少ない。
報告なしの無断であることさえ除けば。
だが、今回はそこが問題になっているわけだ。
本当はその先についても言いたいけれども、当事者と発言主を前にしてでは言いにくすぎる。
俺は真一文字にきつく口を結んだ。
「……カッタローナ。自慢じゃないが俺は気が長い方じゃない。他の奴にわざわざ話させたいのか?そうでないなら今すぐ話せ」
師団長は、ぐっと背もたれに身体を預け、更に少し上体を伸ばすようにして威圧してかる。
うっわー。その、短い沈黙までもがこえーよ、おっさん!って、俺もおっさんだけれどもが。
さすがの迫力と洞察力だよな。あと十年で自分が身に付けられるとはちょっと思えない。
だが、師団長の迫力に負けた、という言い逃れが利くのも事実か。
「十日も王族が所在不明になれば、師団長の管理責任は必ず問われる。ダン副師団長も終わりだ。そして、お前も。もしカッタローナ隊が動けばどんな名目をたてても処分する。そう言われましたっ!」
最後は息を吐ききるように強くそう告げた。
こんなこと、誰が言いたいか。
言った奴の気が知れない。まぁ、モランだ、といえば彼らしいのかもしれないが。
「なるほど。へぇ。お前、なかなか野心家だったのだな」
部屋全体がキンと冷えきるかのような、冷たい声音だった。
寒気を感じたのは俺だけじゃない。
頭を下げている連隊長は皆、一様にぶるりと身震いした。
いや、違う。ただ一人。モランだけはまさに凍りついたようにガタガタと震えている。
おっかなすぎる師団長は、既に俺を見ていない。
本当は全部全部知っていて、ただ、本人の前で第三者である俺に言わせるためだけの、仕組まれた茶番だったんじゃないかと思えるほどに。
驚く程に感情のない、冷淡な顔でモランを見ている。
モランの顔からは血の気が引いて真っ白だ。
「モラン、弁解は後で聞く。もし、あれば。だが」
弁解、余地ないと思うのだが。言い訳を言えるだけまし、なのだろうか。
「ロッシュとヴァスール、二人でモランを向かいの小会議室で見ておけ。間違っても、一瞬たりとも一人で監視するな。モランとて曲がりなりにも連隊長だ。師団長を狙うくらいには野心もある。心してかかれ。しくじったらお前たちの先も消えるぞ」
「「はっ!」」
名指しで呼ばれた二人の声が重なる。
「わかっているだろうが、これは懲罰のための取り調べ準備だ。まずは、規則通りに下着姿にしろ。ただし、役職者の矜持を重んじて拘束はなし。あと、寄り道もなし」
あー。これは……。
はっきりと『懲罰のため』て言われてるし。
「カッタローナは残れ。以上」
呆然自失のモランは、二人に両側を抱えられ部屋を出ていく。
もう歩く気力もないのか、両足をずるずる引きずられている。大きなおっさん二人が大きなおっさんを引きずる図だ。
悲哀しかない。
おっさんとはいえ、騎士団では相応の立場で、まぁ悪くない、程度には昇進しているのに。
策に溺れて全てを失ったモランと、自分の責ではないことで正当な評価をされずとも何年も重ねるダン副師団長。
結局は人間性なんだよな、と、身体を丸めているダン副師団長の、あまりに悲しそうな表情を見て、切なくなる。
まぁ、今日の呼び出しはロッシュとヴァスールが密告してくれたからで、つまりは最初から結末は決まっていたのだろう。
師団長とモランの年齢差は二つ。他と比べても年若い師団長が辞める気配は更々ない。となれば、モランのこれ以上の昇格は難しく感じたのかもしれない。
「お前、他人のことをとやかく考える余裕はないぞ、これからが本番だ」
師団長に見抜かれたのか、釘を刺された。
そうだ。叱責されると覚悟を決めたのに、まだなにも始まっていないことを忘れていた。
師団長の圧が!圧が凄すぎて、時間の流れか重すぎるのが悪いんだ!決して俺が調子づいてるわけではない!断じて!
続きは、明日の朝7時30分頃に投稿できればと思います。
よろしくお願いします。




