26)シャーロット様
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花咲く丘からシャーロット様のお屋敷まではそれほどかからなかった。昼を少し回った頃には領都の北側の小高い場所にある領城に着いた。
「母屋は義両親が住んでいて、私たちは別棟なのよ」
シャーロット様の指示により、シャルル様は母屋……城の中央部にて滞在される。私たちは、東南にある離れだ。作りが新しいので、シャーロット様たち若夫婦の居城として建てられたのだろう。
「少し潮風が強いけれど、日当たりもいいし一番いい場所よ。食事はサロンでいただきましょうね。マデレーナお待ちかねの、お魚よ」
南側に大きな窓のある、広い客間に案内してもらいながら、そんな嬉しいことを言われ、心が浮き立つ。
窓から見える景色は、奥にきれいな青が広がっている。空と、したの濃い青が海だろうか。
「海よ。マデレーナは運がいいわね。初めて見る海があんなにきれいな青だなんて」
「え?色が違うんですか?」
「ええ、お天気や季節で色が変わるのよ。それも楽しみのひとつよね」
シャーロット様の言葉に、毎日の楽しみが増えたな、と、ウキウキする。
隣の続き部屋にはルイーズが、少し離れた部屋にリュカが滞在することになった。
「お客様は久しぶりなの。嬉しいわ。遠いのによく来てくれたわね」
シャーロット様にそう言われると、嬉しい反面、その気持ちにつけこむようで、少しだけ罪悪感も覚える。
私は例のラペルピンの調査をしにここに来たのだから。
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「私の従兄弟がお魚好きでね、昔から王都に送ってもらっていたのよ。フューエルの先代がおじいさまのお知り合いでね。その、先の大戦の時の戦友だったとかで。そのご縁もあってこちらに来たの」
シャーロット様が、魚のムニエルを平たいスプーンとフォークを使って器用に召し上がる。
私は初めて見るカトラリーに、おっかなびっくりで落ち着かない。
「ナイフみたいに使って、ソースを一緒にすくうの。フォークで押さえて。そうそう、上手よ」
ムニエルをスプーンで切り分けると、さして力を入れずともほろりとその身が切り分けられる。
それを、フォークを支えに、スプーンへ乗せる。添えられているソースも一緒に。それをそのまま口の中へ。
クリーミーなソースが絡んだお魚は、口のなかで柔らかくほろほろと解れる。噛めば魚の身の甘味が口に広がり、その甘味とソースのまろやかさを引き締める、香草のかおりが鼻から抜ける。
「美味しいです、とても」
「よかったわ」
「私、川魚しか知らなかったので、こんな大きな切り身のお魚、初めてです」
私はほうっと、満ち足りて息を吐いた。
美味しい。ここまで我慢してよかった。最高のお魚料理だ。
「マデレーナはいつも淡々としている印象だったけれど、美味しいものに興奮する子だったのね、知らなかったわ」
「美味しいもの、好きですね。あと、新しいものを食べるのも好きです」
「あら、挑戦できるの?なら、こちらにいる間は、私が好きな海産物を色々とお出しするわ。ぜひ挑戦してみて」
「嬉しいです。ありがとうございます」
シャーロット様のお薦めの海産物、楽しみだ。
「夜のメインもお魚でいいかしら?リュカ様はお肉になさいますか?」
「私もお嬢様と同じものを」
「わぁっ!相変わらずねぇ、溺愛リュカ様は」
「溺愛……?」
何の事だろうか。
「あらやだ。マデレーナったら。うふふ。まだまだなのねぇ」
首を傾げた私を見て、シャーロット様は楽しそうに話す。リュカが珍しく顔を赤くしていたが、よくわからなかった。私の疑問を無視するかのように、ふいっと視線を逸らす。
こんなときに絶妙な助言をくれるルイーズは同席していない。控えの間で食事中だ。
食後のデザートとして供されたのは、ナッツとドライフルーツの素朴なケーキだった。
「島ケーキって言うのよ。この、ナッツやフルーツを海に浮かぶ島になぞらえていてね。この地域の伝統的なお菓子なのよ」
おしゃれで流行のお店や新しいものをよくご存じだったシャーロット様と、この素朴なお菓子とは少し不釣り合いにも思えた。
「桃色のマカロンはここにはないけれど、こういう、昔からのものもいいなぁって、ようやくわかったのよ」
私の心の中を読んだかのように言われ、思わず顔をあげた。
「昔、マデレーナがライン領のお菓子のことを話してくれたでしょ。お芋を練って焼いたお菓子」
「ええ、地味な」
「あれを思い出したわ。素朴だからこそ、懐かしくてたまらなくなるって言ってたでしょ」
言ったかな。言ったかも知れない。
領の女性の多くが作れると言っても過言ではない。ライン領にいた頃には飽きるほど食べた。
あの頃は飽きたと思っていたのに、食べなければ懐かしく、今でも時々、ルイーズに作ってもらう。
見た目も味も素朴な芋菓子だ。
島ケーキは、王都の有名店のケーキのようにしっとりシルクのようななめらかな口当たりではない。どちらかというとふんわりとした食感のケーキだ。
だが、ナッツや、スパイスが使われているのか、一口食べたときの複雑な香りがすごい。
甘さが控えめな分、ナッツやドライフルーツの食感や香りとスパイスの刺激が印象的だ。
「美味しいですね、これ」
そうよね、リュカならそう言うと思った。
「甘いものの苦手な方でも好まれそうな味ですよね。少しスパイシーで。素朴な見た目なのに複雑な味ですね」
私はもう少し甘い方が好みだな。例えば、表面に砂糖のグリースがかかっていたり、とか。
そう思いながら紅茶を飲んだ。
その紅茶には既に甘味をたされていて、それがこの、甘味をもう少し追加したいケーキとぴったり合う。
「マデレーナには、このケーキの甘さはもの足りないでしょ。私もそうなのよ。だから、お茶をいつもよりずっと甘くするの」
驚く私に対して、シャーロット様は満足そうに笑ってみせた。
「私のお祖父様……ドーソンの祖父もそれほど甘いものが得意ではなかったのだけれど、このケーキは気に入っていたわ。こちらに遊びに来てくれて……」
そう、シャーロット様が言うと、遠くでふにゃふにゃと赤ちゃんの泣く声が聞こえた。
「あぁ、起きたわね。会ってくれる?私の息子よ」
乳母だろうか。シャーロット様よりもやや年嵩の穏やかな雰囲気の女性が赤ちゃんを連れている。
「まだ歩かないけど、這ったり、つかまって立ったりとよく動くようになったの」
赤ちゃんをそっと受け取ったシャーロット様の側へと近寄り、腰を屈めて赤ちゃんの顔の位置に視線を揃える。
「失礼します」
「気楽にして。ミカエル、マデレーナ様よ」
「はじめまして、ミカエル様」
赤ちゃん──ミカエル様は、ニコニコしながらあー、と声をあげて、私の方へと手を伸ばしてきた。
「まぁ、ミカエルったら男の子ね。美人が好きなのね。マデレーナ、手を握ってあげて……リュカ様、赤ちゃん相手に妬かないでくださいな」
「そんなことは……私は少し出てきますね」
リュカがサロンから退出する様子を、シャーロット様がクスクスと笑いながら眺めていた。
「リュカ様は相変わらずねぇ」
シャーロット様の見ているリュカは、私に見えているリュカとは少し違うのだろうか。詳しく聞いてみたいところだ。だが、今は、目の前の愛らしさと向き合わねば。
「ミカエル様、仲良くしてくださいね」
私はミカエル様の小さな手に、そっと手を添えると、思いもよらない強い力で指を握られ、驚いた。
体温が高いのか、握られた指からほかほかとした温もりとその手の柔らかさが伝わってくる。
「ミカエル、強く握ってはダメよ、女の子には優しく、よ」
シャーロット様の声音が、ダメと言いながらも柔らかく優しく、お母さんの声なのだと感じた。
そして、シャーロット様、さすがにそれはまだミカエル様にはご理解いただけないかと……。
「こんなに力強いんですね」
「驚いたでしょ。子どもは強いわね。こんなに小さい身体で、出来ないことだらけなのに一生懸命に、必死に伝えてくるのよ」
シャーロット様は、私の知らない、とても穏やかな表情でミカエル様の様子を見守っていた。
私は、ミカエル様に指を握られたままだ。
メイドが椅子を用意してくれたので、シャーロット様の隣に腰かける。
だー、あー、と楽しそうに声をあげながらぶんぶん手を揺するミカエル様のなされるがまま、その可愛らしさに心が癒されるのを感じていた。
「私、生まれも育ちも王都で、こんなに王都から離れることはなかったのね。だから、結婚してフューエルに来るのはとても不安だったの」
私のように領と王都とを行き来して育つ者はあまりいない。
学園の間だけ王都に出てくるか、あるいは、シャーロット様のように生まれてからずっと王都で育つかだ。
シャーロット様は軍閥の家系なので、王都で育ったのだろう。
私は黙って頷き、シャーロット様の話を聞いていた。
「ミカエルが生まれてくれて、ようやく、私もフューエルに馴染めた気がするの」
ミカエル様のふくふくの頬をそっと指で撫でながら、シャーロット様は話を続けられる。
「フューエルは王都とは何もかも違うから。それに気づいたら、とても刺激的で。今はフューエルのことを知るのが楽しくて仕方ないの」
先程の島ケーキであったり、海産物であったり。再会した丘の春連れ花であったり。
フューエルにとっては当たり前なことを、一つ一つ、知っていっているのだろう。
ここを第二の故郷とするために。
きっと、お祖父様であるドーソン閣下に贈られた紅珊瑚のピンもそうなのだろう。
「お祖父様がね、ミカエルに会いに来てくれたことも、とても嬉しかったわ。ありがとう、マデレーナ」
私はミカエル様から視線を外し、シャーロット様の顔を見た。
今、なんで、私に感謝を?
「お祖父様に届いた手紙。あの字はあなたの手だわ。しっかり見たのは昔のことだったから、確信はなかったのだけれど、ここに来るのに手紙をくれたでしょ?」
驚いて言葉が出ない。
まさかシャーロット様があの手紙を見ていたとは。
「お祖父様がね、手紙の主を気に入っていらして。マルセルの……ドーソンの末の従兄弟のね、お嫁さんにしたいって言っていたの。それで、字に見覚えはないか?って聞かれて、ね」
私は知らずに震えていた。
心臓がキュッと縮こまるように痛い。
知られてしまった。
匿名の、名もなき者の戯れ言のはずだったのに。
私の不安が伝わってしまったのか、ミカエル様がふにゃふにゃと泣き出しそうだ。
「マデレーナ、大丈夫よ。心配しないで。誰にも、お祖父様にも言っていないわ」
ミカエル様を縦に抱き上げ、背中をトントンと軽くたたきながら、シャーロット様が私に告げてくる。
「お祖父様が来てくれて嬉しかったわ。あの手紙がなければ来ることはなかったって言ってらして。そうよね、きっと来年あたりには私が王都に出向くもの。その時に会えばいいって思っていたはずよ」
私は何も言えず、気づいたら涙が頬を伝っていた。
泣くのは私ではない。
この手紙にまつわることで泣く度に、いつもそう思うのに、いつだって涙が勝手にこぼれてしまう。
私よりずっと辛い思いをする人がいるのに。
そう、わかっているのに。
「マデレーナ。あなたの……賢者の欠片よね。随分と重たいものを背負わされているのね。リュカ様やエリオス様が過保護になるのもわかるわ」
「…………。その、兄とリュカの並び順は、相変わらずなんですね」
「ふふっ、そうね。リュカ様、エリオス様の順に変わりはないわ」
そう言いながら、シャーロット様は私の頬を柔らかな素材のハンカチで拭ってくれた。
ハンカチからは、赤ちゃんの甘い香りがした。
島ケーキは、浮島(和菓子)をイメージしていましたが、餡の存在で少し迷ってしまい、カステラ風の生地になりました。
浮島、あまり売っているのを見かけませんが好きです。
続きは、近日中に投稿できればと思います。
よろしくお願いします。




