前編 -side E-
初めての投稿です。温かく見守っていただければ幸いです。
あー、今日も疲れた。
ダンナは出張中だから、今日の晩ごはんはコンビニで済ませようと思ったのが失敗だったのかも。買い物をして店を出ようとしたとき、すごい勢いで車が突っ込んできた。最期のときって今までの人生がスローモーションのように巡るんだな~とか、非現実のような感覚だった。
でも、本当に死んじゃったわよっ!なんてこった!
まぁ、子供たちは2人とも独立しているし、ダンナも自分の生活くらい何とかするだろう。長くもないけど短くもない、特にこれといったこともないごく普通の穏やかな生活だったなぁ…。
……なんて感じの前世を思い出したのは、私が9歳のとき。弟が生まれて両親がそちらにかかりきりになり、構ってほしくて家出のつもりで庭で一晩過ごし、当然のことながら風邪をひいて高熱を出したときのことだった。今思えば、親を死ぬほど心配させてほんとにバカなことしたと思う。2週間近く寝込んで元気になった後は、わがままを言って皆を困らせることもなく、ちゃんと弟をかわいがったわ。実際かわいい子だったし。前世の記憶があったから、姉というより母親のような気分だったけどね。
そんなこんなで、今の私はエリー・ウォレス、14歳。一応子爵令嬢なんだけど、領地もない名ばかりの貧乏貴族だから、一生結婚しないで働くつもり。家は弟が継いでくれるからね。弟には貴族の子弟が通う学院できちんとした教育を受けさせたいんだけど、なんせ貧乏だから今から学費を稼がなくちゃ。王宮に出仕しているお父様のお給料だけじゃ、家族が生活するだけで精一杯。だから、お父様の上司の上司の方からの紹介で、近々公爵家のメイドとして働くことが決まっているの。大丈夫、前世のおかげで私は家事全般こなせるから!
……って、なんで私はアレクシス様のお世話係をやってるの???下働きじゃなかったんかい!!!
私が働いているシダール公爵家は、公爵様、公爵夫人と嫡男のライノルド様(15歳)、次男のアレクシス様(8歳)がいらっしゃる。私は最初お屋敷(と言ってもお城みたいに広い!)の掃除を担当していたのに、ある事件が起きてからアレクシス様のお世話係に一気に昇格してしまった。ちなみに、メイド仲間曰く、この場合の「昇格」は「ご愁傷さま」と同じ意味だそうだ。だって、前任者は伯爵家の出身できちんとマナーを身につけたお淑やかな女性だったそうだけど、アレクシス様の度重なるいたずらに耐えかねて1週間もたたないうちに辞めたらしい。
転機となった事件は、私に言わせれば全然大したことないものだった。メイド部屋に届いた箱からカエルが出てきただけだったから。(あとで聞いたけど、アレクシス様の定番のいたずらだったらしい。)
でもこれ、貴族の女性にはきついだろうなぁ。平民なら平気かもしれないけど。でも、公爵一家のすぐそばでお仕えするのに平民はあり得ない。この世界では厳格な身分の壁があるのだ。その点、私は子爵令嬢ではあるが、前世で息子2人を育てた経験から虫やカエル、その他諸々には耐性ができている。(地上最強生物Gは除く)ふたを開けたとたんにピョンと飛び出てきたカエルに取り乱すことなく素手で捕獲し、外に放してやった私の豪胆さ?に感動したらしいメイド仲間 → 侍女長 → 執事長 → 公爵様の順に話が伝わり、アレクシス様のあまりのやんちゃぶりに手を焼いていた公爵夫人直々の指名でお世話係になることになってしまっただけなのよ…。
あれから5年、私は19歳になり、あの手が付けられないほどのやんちゃ坊主だったアレクシス様は13歳になられて、今年学院に入学された。
現在の私の仕事は、朝 アレクシス様を起こすことから始まる。
「さっさと起きてください!学院に行く時間です!」
はっきり言って、アレクシス様は寝起きが非常に悪い。だから、いつも上掛けを引っぺがし、寝台から引きずり出すようにして、強制的に目覚めさせなければいけない。
あ、これ、ちゃんと公爵様の許可をいただいてるから!勝手にやってるわけじゃないからね!
そしてアレクシス様のお支度をお手伝いし、学院へ向かう馬車に乗せると一番の大仕事は終わる。あとは部屋の片づけをしたり、衣装のチェックをしたり、細々した用事を済ませているとアレクシス様が学院から帰っていらっしゃる時間になるからお茶の用意をする。あれほどひどかったアレクシス様のいたずらも、全然堪えた様子のない私におもしろくなくなったのかすっかり落ち着かれたご様子で、今では入学したばかりというのに学院のご令嬢方からの人気がすごいらしい。
最近は背もぐっと伸びて声も低くなって、どんどん成長していらっしゃる。うんうん、お母さんはうれしいよ!(実際にはお母さんじゃないけど。)
「お帰りなさいませ、アレクシス様。本日はいかがでしたか?」
「……」
あら、今ごろ反抗期?息子たちはもうちょっと早く来てたけど。
まぁいっか。
お、アレクシス様が学院の課題を始めてる。言われる前に自分からやるなんて、なんていい子なんでしょう!息子たちにはなかった行動だわー。
「あら、今日の課題は算術ですか?」
「……」
「その計算は、こっちから先に考えるとわかりやすいですよ。」
「……エリー、うるさい。」
うぅ、やってしまった。前世で言えば中学生くらいの数学の問題なんだけど、アレクシス様のやり方が見てられなくてつい口を出してしまった。こんな調子じゃ子供は自立できないよね、気をつけなくちゃ。
「申し訳ございません。」
「…もういい。」
それからは、アレクシス様がご自分で課題をこなせるように静かに見守った(つもり)。アレクシス様も夜遅くまで勉強したり、学院の教師に質問したりしてものすごく努力されているらしい(送迎馬車の御者情報)。ときどきご帰宅が遅かったのはそういうわけだったのね。
そうして、一年次が終わろうかという頃に大事件が起きた。アレクシス様が学院をやめて、騎士学校に入るとおっしゃったのだ。騎士学校への入学年齢制限はないけど、貴族であれば通常は学院を卒業し、成人してから騎士の道へ進む。まだ成長途中の体では、負担がかかることも多いだろうに……。
「アレクシス様!あれだけ学院でがんばっていらっしゃるのになぜ……。騎士学校での訓練はとても厳しいと聞いています。成人してからでも遅くないのではありませんか?」
「もう決めた。父上にも許可は得ている。」
「……」
「エリー、俺を信じてほしい。俺を見てくれるのはお前だけだからな。」
そう言って、アレクシス様は騎士学校に入られた。同じ王都内にある学校とはいえ、学院の頃のように家から通うのではなく、他の騎士見習いたちと一緒に寮生活をされている。心配だけど一介のメイドではそうそう面会できる機会もなく、アレクシス様にお会いできるのは年に2回の休暇だけとなった。
休暇のたびにお会いするアレクシス様はどんどんたくましくなられて、私にはまぶしいくらいの存在になられた。伝え聞くところによると、騎士学校での成績もトップクラスで、将来は最年少での騎士団長も夢ではないとか。まだ正式な騎士じゃないのに、あちこちの貴族からひっきりなしに縁談が持ち込まれているらしい。
我が子のようにお世話させていただいた方がそんなふうに高く評価されているのはとてもうれしい。でも、近い将来どこかのご令嬢と婚姻されることを考えるとちょっと寂しくなってくるよね…。
「エリー、お前にやる。」
休暇で帰ってこられると、アレクシス様はなぜかいつも私におみやげを下さる。王都で有名なお店のお菓子だったり、季節の花を束ねた小さなブーケだったり。長くおそばでお仕えしたからかな?
騎士学校での2年間は相当厳しかったようで、卒業し晴れて騎士となられたアレクシス様は黒い騎士服が似合う堂々たる美丈夫となって公爵家に帰ってこられた。出迎えられる公爵様も公爵夫人もアレクシス様の成長した姿に感無量のご様子だ。私もご立派なお姿を見て隠れて涙した。
来月、アレクシス様は16歳の誕生日を迎え、成人される。そうなると婚約者選びも本格的になり、近いうちにお世話係という私の仕事も完全に終わるだろう。もう十分にお金はたまったし、仕事を辞めて実家で家族と過ごすのもいいかもしれない。そう思って、退職したい旨を侍女長に伝えておいた。
そして、成長を喜びつつも我が子が手元を離れて巣立っていくような寂しさを抱えたまま、私はその日を迎えた。
今はもう私がいなくても、アレクシス様は朝ちゃんと起きていらっしゃる。私は最後のお勤めのつもりでお部屋を訪ねた。
「失礼いたします。アレクシス様、お誕生日おめでとうございます。」
「……あぁ。」
「本日の夜会の衣装を合わせに参りましたが、どちらにいたしましょうか?」
グレーの衣装と濃青色の衣装を出して、アレクシス様の意見を聞いてみた。個人的には濃青色の方が似合うだろうなぁ…と思っていると、
「……エリーの好きな方でいい。」
うん?緊張していらっしゃるのかな?私は、アレクシス様に似合うと思った濃青色の衣装をそのままおすすめしてみた。
「……エリー、ちょっと話があ「はい。夜会の準備を手伝ってまいります。」
アレクシス様が何か言いかけていたのを遮り、忙しさを言い訳にして私はお部屋を離れた。自分で辞めると決めたけど、もうおそばで成長を見守ることができないのがつらくて、アレクシス様をまともに見ることができない。お支度は誰か他の人に頼んでおこう。オトメゴコロは複雑なのよ、思いっきり嫁き遅れの年齢だけど。
会場準備を手伝おうと廊下を小走りで移動していると、公爵夫人付きの侍女の方から呼ばれ、そのまま公爵夫人のお部屋に連れていかれた。
……最近は何もやらかしてないけど?退職じゃなくて、もしかしてクビ?
お部屋には、公爵夫人以外にもなぜか侍女の方々がずらりと勢揃いしている。なになに~、すごく怖いよ~!
「さあ、時間がないわ。すぐに始めてちょうだい!」
公爵夫人のナゾの掛け声で、侍女の方々が一斉に動いた。フリーズしていた私は一歩も動けず、皆さんに囲まれ、腕をがっつりホールドされて浴室へ連行された。
……そこでの苦行は筆舌に尽くしがたい。貴族のご婦人、ご令嬢の皆様の日々の努力は、最上級の尊敬に値すると心から思ったわ……。
ヘロヘロになった私に追い打ちをかけるように、次の地獄が待っていた。名ばかりの貴族令嬢にコルセットなんか必要ないし!ぎゅうぎゅうに締め上げられ、今まで着たこともない豪華なドレスを着せられ、複雑に結い上げられた髪、上品に施された化粧……。
コレハダレデスカ?ワタシデマチガイナイデスヨネー?
鏡に映った自分自身を見て、前世を含めて今までの人生で一番びっくりした。しかし、なんでドレスのサイズがピッタリなんだろう…?
「あの、奥方様、これはいったい…?」
満足そうな公爵夫人は何も答えてくださらないまま、「さあ、行きましょう。」とだけおっしゃった。
連れていかれた先は、まさかの夜会会場。公爵様、嫡男のライノルド様と奥様のセリーナ様が笑みを浮かべていらっしゃいます。私、わけがわからないんですけど…。
公爵夫人に手を引かれ、連れていかれた先にいらっしゃったのは、まさかまさかのアレクシス様だった。手を取られ、何年振りかで見たアレクシス様の全開の笑顔に、自分が置かれている状況をつい忘れて見惚れていると、とんでもない爆弾発言が飛び出した。
「紹介します。私の婚約者、エリー・ウォレス嬢です!」
……はぁぁぁぁぁ?なんだってぇ?????




