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公爵子息のお世話係  作者: 深町 透子
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後編 -side A-

アレクシス視点です。

 なんなんだ、こいつは???




 新しく来たメイドが恒例の歓迎行事(みんなはそう思っていなかったが)であるカエルのプレゼントを開けた瞬間、俺は目が点になった。うちで働く人間には平民もいるが、屋敷内で働くのはほぼ貴族出身だ。奴らは俺に媚を売るか、お小言をいうかのどちらかだ。みんな公爵子息としてしか俺を見ない。そのすました顔が気に入らなくて、嫌がらせをしてやっていたのに。




 ……カエルを素手でつかんで庭に放しやがった!しかも、両手でそっとだ!子爵家の出だって聞いたぞ?こいつは何でこんなに図太いんだ?




 疑問ばかり浮かんで呆然とその日を過ごしているうちに、母上の指示であっという間にそいつは俺付きの専属侍女になってしまった。




「エリー・ウォレスと申します。よろしくお願いいたします。」


 挨拶に来た奴……じゃなくてエリーは、見た目以上に落ちついてみえた。


「……お前、カエルが平気なのか?」


「ああ、慣れていますから。たいていのものは平気ですよ。」




 その言葉を確かめるように、俺は考えつくありとあらゆる生き物をエリーにプレゼントし続けた。本人の言葉を裏付けるように、エリーは平気な顔をしてそれらをつまんで庭に放していたが、黒光りのカサカサと動き回る虫(名前は知らない)だけは苦手だったようで、ものすごい悲鳴を上げて逃げ回っていた。


 その後、珍しく家にいた父上と母上と兄上と執事長と侍女長となぜか料理長と庭師長にもめちゃくちゃ怒られ、侍女たちには冷たい視線を向けられて俺への対応がしばらく雑になったことは、幼い頃のいやな思い出の一つだ。(もちろん、エリー自身にも長々と説教された。)




 予想に反して、エリーはいつまでたっても俺付きを外れず、逆に父上から許可を得ていると言って、俺がいたずらをしたり勉強をさぼったりすると容赦なく叱るようになった。野菜嫌いの俺の食事を、食べるようになるまで野菜のみにされたこともあったなぁ。育ち盛りだったのに、力が出なくて困ったよ。


 おかげで、好き嫌いなく何でも食べれらるようになったがな!(怒)




 何をやってもエリーに軽くあしらわれているうちに、俺の気持ちに変化が現れた。あれだけ追い出そうとしていた彼女に対して、俺自身を認めてもらいたいと思うようになったのだ。




 俺は公爵家に生まれた。父上は国の要職にあり、いつも忙しい。母上は優しいが、高位貴族の例に倣い、育児は基本的に乳母や教育係任せだ。兄上は年齢が離れているし、周りにいる人間も公爵家の子息としてしか接しようとしない。




 そう、俺はさびしかったのだ。




 そんなときにエリーが来て、公爵子息としてではなく俺自身を見てくれた。そんな奴は初めてだった。




 エリーに対して抱いた気持ちが恋へと変わるのに、それほど時間はかからなかった。




 しかし、問題は山積みだ。まずは、身分。俺が国の要職にあるような公爵の子息なのに対し、エリーは領地もないほぼ名ばかりの子爵令嬢だ。でもこれは、俺が次男であり、家を継ぐ可能性が低いことでクリアできるだろう。両親も高位貴族同士だったとはいえ、恋愛結婚だ。兄上にはある程度制約があるが、俺は好きにしてよいと言われている。エリーも両親に信頼されているし。




 俺は、学院に入ってすぐに両親に告げた。




「将来はエリーと結婚したいのです。お許しいただけますか?」


「…アレクシス、あなたは将来のことをどう考えているの?」


「卒業後ですか?体を動かすのが好きですし、騎士になろうと思っています。」


「学院を卒業するまで3年、それから騎士学校に入って騎士になるまでに最低2年です。そのときエリーが何歳になっていると思っているのです?」


「……」


「エリーはよい娘です。周りの人間にも好かれ、私たちも信頼しています。身分のことはどうとでもなりますが、あなたとエリーの年齢差を考えたら、エリーが結婚を了承してくれてもそんなに待たせるのは酷でしょう。」




 ……そう、エリーは俺の6歳上だ。俺は気にしないが、エリーはすでに19歳、とっくに結婚していてもおかしくない年齢だ。恋人はいないようだが、いつ縁談があるかわからない。貴族の結婚は、本人の気持ちより親の意向が優先される。家と家のつながりが重視されるからだ。




「まぁ、そんなに落ち込むな。方法がないわけではない。」


 黙り込んだ俺に、父上が明るく話しかけた。


「騎士になるにはどうしても最低2年かかるが、学院は卒業資格を満たせば無理に3年通わなくてもいいのは知っているか?人脈作りも兼ねているから、早く卒業しようとする者はほとんどいないがな。」


「……どういうことです?」


「お前は今13歳、成人まであと3年だ。それまでに学院を卒業し騎士になることができれば、誰もがお前の努力を認めるだろう。やってみるか?」


「もちろんです!!」




 そうして俺は、その日から死に物狂いで勉強し(しかし、手間取っていた算術の課題をエリーにあっさり解かれたときには、ものすごく落ち込んだ。それからさらに勉学に励んだわけだが)、学院の一年次が終わる頃には卒業資格を満たすことができた。もちろん、勉強の合間に体を鍛え、騎士学校での訓練に備えることも忘れない。短い学院生活だったが、親友と呼べる人物もでき(こいつとは結局その後の人生ずっと付き合う仲となった)、とても充実した1年だったと思う。




 学院を辞めて騎士学校に入ると伝えたとき、エリーは真っ先に俺の体のことを心配してくれた。やっぱり俺のエリーだ。そんな彼女に、俺はついに告げた。




 俺を信じてほしい、と。




 言外に俺が成人して婚約ができるようになるまで待っていてほしいとの意味を込めて、俺は騎士学校に入った。




 騎士学校での訓練は、噂通り厳しいものだった。1ヶ月もたたないうちに2割ほどの訓練生が脱落した。訓練が終わった後は食事を味わう暇もなく流し込むように食べ、部屋に帰って簡単に身支度を整えると夢を見ることもなく眠りにつく。時には寝台までもたず、床で寝ていたこともあるくらいだ。今までの恵まれた生活からは想像もできない。しかし、慣れとは怖いもので、3ヶ月たつ頃には同期の訓練生たちと会話をしながら食事をし、その日の訓練を振り返りながらきちんと寝台で寝ることができるようになっていた。




 騎士学校には、年2回の休暇がある。そのときにエリーに会えるのを心の支えとして、日頃の訓練に耐えていたといっても過言ではない。休暇になるとすぐに、姉妹や婚約者がいる同期に聞いて調べていた王都で人気の菓子店や花屋でエリーにみやげを買い、屋敷へ帰った。。


 ……みやげを渡すと、首をかしげてなぜか疑問形で礼を言ってくるエリーを見て内心悶絶していたのは内緒だ。




 あぁ、早く騎士になって、俺の瞳の色のドレスをエリーに贈りたい!




 騎士学校修了まであと少しという時期になったある日のこと、母上から急ぎの手紙が届いた。父上か兄上に何かあったかと焦りながら開封すると、2人のことなんかどうでもいいと思うほどの衝撃の内容だった。




 エリーが辞めるだと???




 まて、これは好機なのでは?エリーは今、我が家の使用人という立場だが、辞めるとただの子爵令嬢だ。多少の身分差はあるが、主家の子息と使用人という関係よりは絶対にいい。……いや、その前になんで辞めるんだ?まさか縁談が決まってしまったのか?




 俺は母上に問い合わせの手紙を出し、その返事が来るまではうわの空で訓練にも身が入らず、教官にめちゃくちゃ怒られる羽目になった。




 その後、母上から「エリーは家族と過ごしたいそうよ。」という返事をもらい、とりあえず安心したが、早くしないとエリーが俺以外の男と婚約してしまう可能性も否定できない。




 俺は、成人の日の夜会でエリーに気持ちを伝えることにし、その日のエリーの支度など諸々のことを両親や執事長、侍女長に協力してくれるよう頼んだ。




 そして夜会当日、エリーに話をしようとしたら、「準備がある」と部屋から出ていってしまった。俺を避けているように感じて地味にへこむ。嫌われているわけではないと思いたい……。




 時間が迫り、エリーを探しながら会場の方へ向かっていると、そばの小部屋から兄上と義姉上が手招きして俺を呼んでいた。


「アレクシス、エリーにはもう話はしたのかい?」


「……いえ、まだです。避けられているような気さえしています。」


「アレクシス様、彼女にははっきり言わないと通じません。好意は持ってくれているようですから、押して押して押しまくれ!ですわ!!」




 ……兄上との仲は良いようだが、俺は義姉上のことが少々苦手だ…。




 結局エリーと話すことができないまま、夜会の時間が来てしまった。もうぶっつけ本番、当たって砕けろ!だ。




 招待客から祝いの言葉を受けながら、俺はずっとエリーを探していた。そこへ母上が遅れて入場してきたので目を向けると、その横には上品に着飾ったエリーの姿があった。




 なんてかわいいんだ!この世のものとは思えない!




 招待客そっちのけでエリーを迎えに行くと、彼女が驚いたように俺を見つめている。そこで初めて自分が笑顔だったことに気がついた。自分で言うのもなんだが、久しぶりに笑ったような気がする。エリーの驚いた表情もかわいい。あぁ誰にも見せたくない、俺だけのものだ。




 エリーの手をとり、招待客の方を向いて、俺はついに言った。






「紹介します。私の婚約者、エリー・ウォレス嬢です!」

自分の瞳の色のドレスを女性に贈ることが、男性からの婚約の証という設定です。

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