81:戻らなかった日常
「どういうことなんだ、これは?」
タイタナ星系を離れるまで残りわずかとなった頃、突如武装輸送商会宛に大量のメッセージが送られてきた。
その内容を一読すれば、どれも似たような内容であり、要約すれば「仕事をくれてやるからちょっと来い」である。
依頼は全てギルドを通してとの通達はどうなったのか?
そんな疑問に対してアイリスは俺の察しの悪さを嘆く。
「むしろこうなることは必然です」
俺がアルマ・ディーエの奉仕対象となったことは最早周知の事実となりつつある。
タイタナ星系での一件はそれを拡散させるには十分な事件であり、各種方面からの連絡をギルドになすりつけたまではよかったが、その肝心の流通ギルドが限界を迎えたというのがアイリスの見解である。
曰く「権力を使って我々と接触しようとする者など程度が知れます。そんな残念なお頭を持った連中がお行儀よくしているとでも?」とのことである。
つまり貴族を初めとする権力を持った連中からの圧力にギルドが耐えきれなくなり、直接の依頼を素通りさせることを余儀なくされたということだ。
そしてそんな無理を通すような人物を「碌でもない連中」と評するのも間違ってはいないだろう。
そもそも面会できたからと言って、アイリスが奉仕対象でもない相手にどのような態度を取るかなどわかりきっている。
アステリオ社のルーンムーラでも知らずに接触した。
内輪揉めに巻き込まれる形でのアイリスとの邂逅と考えれば、アルマ・ディーエがどのように扱われているかなど俺でもわかる。
そんな危険物に自ら手を伸ばす連中には幾つかのパターンがある。
一つはそんな危険があるとは知らない者――要するに都合よく考える脳みそしか持ち合わせていないか、ただの無知かという酷い二択。
もう一つは自分なら大丈夫だという根拠のない自信を持っている馬鹿――つまりただの阿呆だ。
そして最後に一発逆転を狙うギャンブラー。
俺自身がその経験があるのであまり言いたくはないが、立場が危うい者や後がなくなった者というのは逆転を狙ってとんでもないことを仕出かすと相場が決まっている。
無駄に立場のある奴が無理をしてでもこちらに接触してくるのだ。
それはもう俺の頭では考えつかないような無茶もしてくるだろう。
「予想されるのはどこぞの馬鹿な貴族かその子弟が御主人様に取って代わろうと直接自分を売り込みに来るケースです」
アイリスが補足してくれるとその光景が目に浮かぶ。
以前にも同じようなことを言われた記憶はあるが、前回よりも余裕があるお陰で立場だけの貴族が言いそうなセリフを頭の中で列挙すると吹き出しそうになった。
ともあれ、この大量のメッセージをどう対応したものかと考える。
前回同様に定型文での一斉返信でも構わないのだが、それをするとギルドが「最初からそうしろ」と愚痴を聞かされた挙句、馬鹿の直接的な行動を誘発する恐れがある。
逆に依頼を受ける際に流通ギルドを通さない場合、そこに違法性が認められた時に言い訳ができない。
そしてその「違法性」というものは力を持つ者であればでっち上げることも不可能ではない。
何かに理由を付けてアトラスを拘束することは間違いなく可能であり、言いがかりをつけられることを想定するならば、ギルドを通さない個人宛の依頼を受けるのは悪手である。
要するに何をしても面倒なことになる。
「いっそのこと無視するか」
ポンと手を叩いて解決にもならない選択をする。
ギルドには指名依頼は受けないと言いながら個人向けの依頼をしてくる連中には「ギルドを通せ」と言う矛盾。
なるほど、痺れを切らす連中が出てくるのも頷けるが、そんなことは知ったことではない。
「ではこれらのメッセージは全て放置致します」
アイリスが確認を取ると俺はそれに頷く。
まだまだ強化された肉体に順応できていない以上、今は余計なことに時間を割くつもりはない。
放っておけばそのうち向こうからやってくるはずだ。
それまでに体の制御を完璧にしておくことが先決である。
何かあると予想されるならば、俺は万全を期すことを優先する。
この選択にはアイリスも「どうせ面倒事に巻き込まれるならその前に準備をしておくという後ろ向きの発想は大変御主人様らしいと思います」と笑顔でポイントを加算してくれた。
どうやら選択肢としては不正解のようだが、正解は時に力で勝ち取るものでもある。
強化が完了した俺ならば、そう簡単には危険な状況に追い込まれるようなことはないはずだ。
多少強気に出ても問題ないだろうと判断し、俺はこの選択を変えることなく今日も今日とてトレーニングに励むことにした。
カルホーズ星系へと移動してから3日が経過した。
相も変わらずトレーニングを中心とした日常を送っているが、未だに強化された肉体を完全に制御できているとは言い切れず、感覚のズレを少しずつ修正しながら体を動かしている。
少なくとも日常生活を送る分にはサポーターやアイリスの手助けを必要とすることはなくなり、ストレスが大いに軽減されたことは間違いない。
代わりに満足に奉仕できなくなったアイリスが隙あらば俺を治療室送りしようとしてくるようになった。
曰く「訓練を実戦に近づけるためのものですので他意はありません」とのことだが、俺の要求とアイリスの欲求の折り合いがつくところが治療室送りとはどういうことか?
あくまでも訓練中の不慮の事故であることが重要らしく、俺が求めるトレーニングの範疇に収まる形で怪我をしてもらうことが重要だとアイリスは語る。
「というわけで一本くらいならぼきっと折ってもいいかと思いまして」
「思いまして、じゃねぇよ」
奉仕なら普通にするだけでいいだろうが、と今日も今日とて思った通りに動かせない体でアイリスとの攻防を無事終えることができた。
「ちっ……時間です。お疲れさまでした」
「露骨な舌打ちは止めよう」
トレーニングの時間が終了し、1時間ほどの休憩となる。
この時間に食事を摂り、少しの自由時間の後に艦長としての業務がある。
汗を流すためにシャワー室へと向かい、その間にアイリスが食事を用意してくれる。
さて、今日はどんな料理が待っているのかと楽しみにしながら熱いシャワーを堪能。
さっぱりして食堂へとそこにはメイド要素が少なくなったアイリスが料理を並べて待っていた。
俺は思わず後ろに後ずさる。
「……その恰好は?」
「裸エプロンメイドです。お気になさらずに」
気にするなと言うが気にならない方がおかしい。
いつものエプロンドレスからドレス部分がなくなった格好なので肌色面積が大きい。
今は正面から見ているが別方向からならば色々と見えるのではないだろうか?
ともあれ、椅子を引いて「どうぞ」と言われれば進むしかない。
そして席に着く際にアイリスの手が腕に触れた瞬間、反射的に身を引いてしまう。
「あー、まだ訓練の感覚が残っているみたいだ」
「……そのようですね」
視界の端に肌色の曲線を捉えているので身を少し乗り出して目の前に料理に集中。
行儀が悪いと背もたれに背中を預けるとアイリスはいつものメイド服に戻っていた。
無意識に安堵の息を漏らすとアイリスが突然俺の顔を両手で掴んだ。
「……何だ?」
「確認です」
そう言って俺の顔をむにむにと動かす。
本当に何なのか、と首を傾げると今度は俺の腕を取る。
そしてそのまま自分の胸に押し付けると再びむにむにとする。
「飯を食いたいんだが?」
「……なるほど」
どうやら確認が終わったようなので手を放すアイリス。
相変わらずいい乳だが今は飯だ。
酷使した体が栄養を求めている。
「やりすぎたか」という呟きが聞こえてきた気がしたが、今は飯だ。
今日も美味い飯に舌鼓を打ちつつ、料理の説明を聞いたり食材に関する豆知識に相槌を打ちながら食事の時間を楽しむ。
その時、不意にアイリスが「おや?」と声を上げた。
俺はナイフで切ったチキンステーキを口に運ぶ手を止め、何かあったのかとアイリスに尋ねる。
「ネージアン星系に船が集まりつつあります。間違いなくこのアトラスを待ち構えておりますね」
やはり面倒事は向こうからやってくるのか、と俺は止めていた手を動かしチキンステーキを口に入れる。
ああ、たまには落ち着いた日々を送りたい。




