82:彼の目的
ネージアン星系に繋がるハイパーレーンを目前にし、アトラスのブリッジでどうしたものかと頭を悩ませる。
未だ訓練でのデータから強化された肉体の制御の完成度は5割と言ったところであり、面倒事が目の前にある状況でこの数値は心許ない。
無重力区画であるブリッジ内を腕を組んで浮かびながら、待ち構えているであろう艦隊にどう対処するかを考える。
「アイリス。相手のデータは集まったか?」
「とっくに終わっております。モニターに出力しますか?」
口頭でもよかったが折角なので見てみよう。
ブリッジの天井を蹴って艦長席へと飛び、座席を掴んで姿勢を変えてそのまま座る。
モニターに映し出されたのは12隻からなる小規模な艦隊。
これがネージアン星系のハイパーレーンの間近で待機しているようだ。
「どう見ても軍用艦だよな」
俺の呟きにアイリスが「戦闘艦が11隻に輸送艦になります」とその内訳の補足をする。
内訳は駆逐7隻に巡洋艦が3隻と空母が1隻となっており、こちらと戦える編成であることを確認する。
大量の艦載機にまとわりつかれればこのアトラスとてただでは済まない。
というか、実弾兵装を売り払ったため、迎撃能力が従来のアトラスからほぼ半減しているので、小型機にまとわりつかれるのはかなり危険だ。
当然こちらから仕掛けるわけにはいかず、戦闘となるならば先制を許す形から始まるため厄介どころではない相手となるのは間違いない。
「戦闘になると思うか?」
「なりません」
俺の心配など的外れだと言わんばかりに断言するアイリス。
黙って頷いた俺は何事もなかったかのようにハイパードライブの起動準備を命じる。
「一応聞いておくが、相手が誰かはわかっているのか?」
「勿論です。旗艦である重巡洋艦にバウハウル家の紋章があります。予想されていた馬鹿な行動に出る輩としてはこの子爵は意外な相手です」
アイリスの評価ではバウハウル子爵とやらは俺と縁があるとは思えない相手らしく、大量に送られてきたメッセージの中にも彼らのものがなかったことからそれが窺える。
アイリスを目的として接触を図る連中が大勢いる中で、バウハウル子爵がそうとは限らず狙いが読めないようだ。
ハイパードライブが起動し、星の海を超光速でアトラスが渡る。
しばらく無言の時間が続き、ハイパードライブ航行から通常航行へと移行してネージアン星系へと到着すると同時にアイリスが「ああ、そういうことですか」と納得したように頷いた。
「何かわかったのか?」
「情報の更新を行ったところ相手側の目的の一つが判明しました」
いつも通りの無表情で報告をするアイリスに俺は続きを促す。
特に変化がないことから、どうやら面倒事としては小さいものなのだろうと安堵する。
「どうやら目的は私ではなく御主人様にあるようです」
「……え、俺?」
俺に取って代わるのであれば、用があるのは俺になるのか?
一瞬そのように考えたのだがどうも違うらしい。
「少なくとも一つは確実に御主人様宛となっております。順調に誤った情報が拡散されておりますね」
「ええ……その言い方不安になるんだけど?」
「ご安心ください。相手は間違いなく御主人様に友好的な人物です」
アイリスはそう断言したが、やはり不安なものは不安である。
ましてやアトラスのブリッジからはしっかりと軍用艦12隻からなる艦隊が見えているのだ。
向こう側もこちらのワープアウトを確認したのか動き出した。
「ああ、アトラス関係で俺に用があるのか」
色々考えた結果、最早それ以外にないと思って口にしたのだが、アイリスは容赦なく「目的は御主人様です」ときっぱりと否定。
俺としては全く心当たりがないのでただただ首を傾げるばかりである。
アイリスでもアトラスでも武装輸送商会でもなく、俺が目的ときた。
「御主人様。通信が来ておりますがいかがなさいますか?」
どうするか、と聞かれているが、同じ星系でセンサー範囲内のこの距離での通信要請を無視するなど「敵意があります」と言っているに等しい。
しかも相手は貴族なのでそれを理由に先制攻撃も可能となる。
「嫌な位置に陣取られたもんだ」と軽く息を吐いて要請を受諾。
だがその前に身嗜みを一応チェックする。
念のためにブリッジも見まわして問題がないことを確認した後、艦長席に座ってアイリスに頷いて合図を送る。
そして巨大モニターに映し出される銀髪のイケメン。
見た目爽やかな青年だが、貴族とあらばどのような企みを腹に抱えているかわかったものではない。
俺は全力で警戒しつつモニター越しにバウハウル家の人間と相対する。
「初めまして、武装輸送商会のソーヤ。私はアスター・バウハウル。子爵位の貴族と言っても三男の放蕩息子だ。気兼ねせず話してほしい」
好青年の爽やかイケメンスマイルに加えて「貴族であることは気にしなくていい」とまで言ってのけるこの気さくさに一瞬怯む俺。
「元傭兵のこちらを気遣ってくれて感謝する。武装輸送商会のソーヤだ。それで用件は?」
アイリスが向こうからは見えない位置にアスターの情報を表示しているが、家柄は大変よろしくお金持ちであることに加え、才色兼備とはこれ如何に?
天は二物を与えずという諺を習った記憶はあるが、どうやらただのガセネタだったようだ。
義務教育すら未履修という俺でも知ってる帝国最高峰と名高い大学を主席で卒業している部分を強調して煽るアイリスを無視しつつ、今回の接触に関する情報はないかと視線を交互に動かす。
何をしているのかと勘ぐられたが、艦長としての仕事を真っ最中であったことを告げると「それは悪かった」と頭を下げられた。
そのイケメン度に心の中で舌打ちしつつ、用件は何かと再度聞く。
「幾つかあるんだが……よければ会って話さないか? 君とそちらのメイドには是非見てもらいたいものがある」
この提案は当然拒否する。
「すまないがうちの船は見ての通りでね。機密情報が多くて色々と制約があるんだ」
アトラスは軍事機密の塊である。
これを所有する際にはナールダル伯爵からは様々な取り決めをしており、それを破ることはできない。
心苦しいが俺としても伯爵との約束を破るわけにはいかない、とアトラスへと招き入れることを拒否。
同時にこちらには船員がおらず「アトラスを空にすることなどできない」という理由で俺が向こうの船に行くことも断る。
「ああ、それなら問題はない。バウハウル家にもアトラスはある。私は船の詳細を知っているのでその制約の範囲には入らないから安心したまえ」
加えて同行者を護衛のアンドロイドのみとするので問題ないとも言われ、拒否する理由がなくなってしまった。
「下手に策を弄するからこうなるのです」
俺にだけ聞こえる声でボソリとアイリスが呟く。
やれやれ、と身振り手振りで呆れた様子を表現しているが、その指が明らかにポイント加算しているときの動きであることを俺は見逃していない。
「それではお待ちしております」と俺は引きつった笑みを浮かべて通信を終了する。
再会を心待ちにしていると最後まで笑顔のままアスターがモニターから消えた。
「ふむ。私にも用がありましたか」
「むしろお前に用がなかったら何のために接触したのか知りたいよ」
「それは会った時のお楽しみとしましょう。私としては利益のあることではありませんが――もしかしたら御主人様にとってはよい出会いとなる可能性がございます」
アイリスの言葉に「マジで?」と思わず声が出る。
またアイリスはアスターの言っていた見せたいもの、に興味があるらしい。
予想はしているようだが、予想通りだったとしてもそれはそれで見てみたいとのことである。
つまり、貴族なんぞと会いたくないと反対しているのが俺一人の状態というわけだ。
「貴族が俺個人にいったい何の用があるってんだ?」
「それは会ってのお楽しみです」
溢す俺にアイリスがニチャリと笑う。
嫌な予感がヒシヒシと伝わって来る中、ブリッジから見える艦隊が大きくなっていく。
そして旗艦から発進した足の速い小型艇が真っ直ぐにこちらへと向かって来ているのをアトラスのセンサーが捉えた。
船体の情報と搭乗員の数が向こうから送られてくる。
「人間が一人なのはいいが……」
なんでアンドロイドが5体もいるのか?
護衛だとしてもそんなに必要はないはずである。
首を傾げる俺にアイリスが画面の一部を指差す。
どうやら詳細を見ることもできるらしく、そちらに手を伸ばして触れる。
すると出てくる出てくる護衛のはずのアンドロイドの詳細情報。
その内容に目を通した俺はようやくアスターの目的を理解した。
「え? あの間違った情報何処まで広がってんの?」
あまりにもあんまりな答えに俺はただただ頭を抱える。
これならまだアイリスの奉仕対象の座を巡って決闘でもした方がマシだったかもしれない。




