76:早い再会
サージス星系のプライムコロニーに接続されたステーションは所謂「1型」と呼ばれる4つのコロニーが接続可能な最大の規格である。
それだけに内部は広く、歩いて移動するには時間がかかりすぎるために「ボード」と呼ばれる移動する床が各所に設置されている。
そのボードに乗って流通ギルドの窓口へ向かい依頼を物色。
転送されたデータを待機室で眺めつつ、送られてくる請求書に目を通す。
「やっぱでかいだけあって停泊料金の桁が違うな」
マーマレア連邦からも船が来るのでこのステーションはいつもドックが満席らしい。
場所とってすまんね。
俺の船を見た連邦の方々からは色々と連絡が来ているそうだが、全て流通ギルドで止まっている。
何と言っているかは存ぜぬが、面倒事が少なくなっているのは良いことだ。
お返しではないが、滞っている依頼をしっかり消化してやろう。
「御主人様。チェックが完了しました」
そう言って俺が手にする携帯端末に表示された依頼が赤く光っている。
全部で8つ――その全てが俺が受注しようとした依頼である。
「どうして御主人様はこうも問題のある依頼を引き当てるのでしょうか?」
「俺が聞きたいよ」とアイリスを一瞥することもなく、赤く光る問題のある依頼をもう一度チェックする。
その内容におかしな点はどう見てもない。
何が問題かと問えば3件が違法薬物の運搬、更に3件が依頼内容が虚偽の密輸、残る2件は依頼主がダメなのだと言う。
「それ、最後以外わかるものなのか?」
「品物を受け取った後に調べればわかります。よくもまあこれだけある依頼の中から引けるものです」
千を優に超える依頼の中から奇麗に問題のある依頼を抜いたらしく、アイリスがパチパチとやる気のない拍手で称賛するが、そんなことよりここのチェック体制の方が気になる。
「中央から離れればこんなものです」とアイリスは何でもないことのように流す。
取り敢えず、この8件の依頼は除外して新たに受注するものを選ぶ。
しかしながら条件に見合う依頼は既になく、大小合わせて計18件の受注に留まった。
「積載量にまだかなり余裕があるな」
都合の良い依頼がなかったので今回も交易が主流の儲けとなりそうである。
というわけで早速アイリスの力を頼ったのだが……意外な答えが返ってきた。
「今回はあまり大きな儲けを出せるものはありません。いっそ荷物を最小限にして改修のためにリカー星系に急ぐのも良いでしょう」
残念ながら利益が出る連邦からの品は既に買い手が付いた後だったようだ。
長期間この星系に滞在するつもりはないので、これは時期が悪かったと納得せざるを得ない。
ここを離れる前に新たに入って来るならよいが、記録を見る限りうちが入港する二日前に商品が入ってきており、次が入って来るのは早くとも20日後の予定となっていた。
ここまで時期が悪いと今回は縁がなかったと思うしかない。
しかし折角ここまで来たのだから、とギルドの依頼一覧とにらめっこを継続。
「御主人様。流通ギルドから御主人様宛に指名依頼が来ております」
画面を見て唸る俺にアイリスが報告。
直後、確かにギルドから指名依頼が飛び込んできた。
すぐに画面を消して依頼を確認するも、内容は直接会ってからというものだった。
「んー、秘密裏の依頼か?」
だとしたら考えてしまう。
何せ初の秘密裏の依頼は無報酬という形で終わり、その埋め合わせとして色々と融通を利かせてもらったが、労力に見合っていたかと言えばそうでもない。
実入り自体は良かったが、それは依頼外の収入であり、上手く立ち回った結果のものである。
色々考えた結果、またしても唸る俺はアイリスに助言を求めたところ、意外なことに否定的な意見が返ってきた。
「正直なところ気が進みません」
「何か問題があるのか?」
アイリスならば何が起こっても平気だと思うのだが、どうやら懸念事項がある模様。
それを何かと問うてみたところ、依頼そのものが不自然だと言う。
「ギルドのデータベースを参照したところ該当するものがありません。何かの企みがあると見るのが自然でしょう」
アイリスの違法アクセスは今に始まったことではないので流すとして、また陰謀に巻き込まれるのかと辟易する。
しかしこの場合、目的は俺ではなくアイリスではないだろうか?
その疑問をぶつけたところ、可能性は俺――つまりアトラスかアイリスのどちらかであるのはほぼ確実と返ってくる。
「しかしそうなると敵がわからないな」
可能性が高いのはギルドの支部長。
該当するデータが一切存在しないということは、依頼が本当だとすると直接会って話をして決めたものだということになる。
「紙でやり取りでもしてたのか?」と現実味のないことを口にしたところ、可能性はゼロではないとアイリスが感心したかのように頷いた。
アルマ・ディーエを警戒するならば確かにそれくらいは必要か、と原始的な手法も使い方次第と一つ賢くなった気分になる。
ともあれ、この指名依頼をどうするか?
受けた場合と断った場合のメリットとデメリットを考える。
(見ようによってはアイリスに尻尾を掴ませない黒幕、か……)
どう考えてもかかわりたくはない。
しかしそれ以上に無視することが危険と感じる。
しばしの沈黙がブリッジに訪れ、俺が出した結論は――
「依頼を受ける」
「よろしいので?」
意外そうな声で確認を取るアイリス。
結局、俺は敵が見えないという一点を無視することはできなかった。
「折角のお呼ばれだ。堂々と相手の面を拝んでやるとしようじゃないか」
そう言って不敵な笑みを浮かべる俺に、アイリスは黙ってポイントを加算した。
翌日、指定された流通ギルドの一室にて依頼主を待つ。
サポーターの調整で体を動かす分には不自由のない程度に収まった強化中の肉体だが、相も変わらず感覚だけはバグったままだ。
思いの外座り心地の良いソファーと各種設備が整った部屋なので待機は苦にならない。
用意された茶葉を使い紅茶を入れるアイリスが様になっている。
天然ものが備品であることから、どうやら相手は相当な大物と見てよいだろう。
「んー、香りも味も何か違うような?」
よくわからんな、と呟きながら紅茶を啜るように飲んでいると俺の耳が廊下の会話を拾った。
同時に舌打ちをするアイリス。
これで好ましい相手ではないことは確定した。
覚悟を決めて扉に視線を固定すると、入ってきたのは見覚えのある人物。
「やあやあソーヤ君。久しぶりってほどでもないね、元気だったかな?」
そこにはギルドの支部長を伴って現れたアッカフの姿があった。
「どうしてお前がここにいる?」
出会いたくない相手を前に、俺は隠すことなく不機嫌を態度に出す。
その態度も当然だとばかりに頷くアッカフ。
「では私はこれで。良い商談を」
そう言ってアッカフを残して立ち去る支部長。
扉が閉まると同時に俺の前に差し出された携帯端末の画面――その事実を前に俺は大きく目を見開く。
「帝国の市民ID……」
「この度、ワタクシ帝国の臣民として正式に迎え入れられましたー!」
既にアッカフは棄民ではない。
それが意味することは一つ。
「いやー、なんかそっちのメイドさんが怖くてね。これなら無茶を通しにくいでしょ?」
アッカフが棄民のままであったなら、たとえ俺が凶行に走ったとしてもどうとでもなる。
だが、帝国市民となれば話は違う。
殺せば殺人罪――この当たり前が適応される。
それはアイリスにも言える話であり、これでアッカフを物理的に排除するということに明確なデメリットが生まれた。
「その表情……やっぱり俺の能力を知ってるかー」
溜息を吐いて頭を掻くアッカフに「だったら?」と俺は表情を崩さぬようにソファーにもたれる。
隣に視線を送るとアイリスは無表情のまま何処かを見ている。
「そう警戒しないでくれ。今回指名依頼という形で君らと接触したには訳がある。あ、ここの支部長にはちょっと貸しがあってね。それで今回返してもらうことになったわけだ。彼は無関係だから安心して」
今回の件は自分一人であることをフライングキャットの二人がいないことでもアピールするアッカフ。
しかしそんな話など聞く耳持たずというように、アイリスが「帰りましょう」と俺を立たせる。
「待った待った! 今回の件は俺もそうだけど、君らの生死にもかかわる話なんだ!」
立ち去ろうとする俺を止めようとするアッカフだが、幾らなんでもその理由はない。
反則染みた機械知性体であるアイリス諸共生命の危機など説得する気があるのだろうか?
そのままアッカフを無視して扉まで進んだところで「これだけでもいいから見ろ!」と小さな手で俺を引くと立体映像を表示する。
何を出してくるのかとそちらを振り返ると、お世辞にも上手いとは言えない素人目にも下手くそとわかる白と黒の斑模様の何か。
「これは何だ?」と聞く前に、俺の記憶が何処かで見たものであると囁いている。
僅かな逡巡――しかしその答えは思いがけない方向から聞こえてきた。
「アトモス」
その呟きが隣から聞こえ、反射的にそちらを見るとアイリスが絶句している姿を確認する。
アイリスの呟きと反応で俺も思い出す。
以前聞いた宇宙の恐ろしい話――アルマ・ディーエを生み出したディーエ・レネンス管理機構の力を以てしても「対処不能」と言い切らせた銀河を渡る宇宙怪獣の存在。
その出現を、予知能力者は予言した。




