75:副業の収入
その展開を予想していなかったと言えば嘘になる。
ある意味では期待すらしていたのだから、こうも思い描いた可能性がそのままの形で実現すれば、笑う気も失せる。
場所はフリージア社の施術室。
肉体強化の予約を入れ、最上級のナノマシンを投与すべくフリージア社に訪れた俺は特に待ち時間もなく別室に案内される。
当然とばかりに付いてくるアイリスとそれを止めようとする受付。
この対応は間違ってはいない。
恐らくマニュアルでもそうなっているのだろうが、相手が悪かった。
案内を巻き込んで一悶着あったわけだが、結局はこちら側が折れるという形で俺が収めた。
その後、別室にて軽く検査を行い、施術室にてナノマシンを投与する段階となったところでアイリスが乱入。
つまりはそういうことだ。
「フリージア社は俺の敵――ってことでいいんだな?」
この一言で青褪める面々を見回し、サポーターを取り外した言うことの利かない体を起こす。
何せ一つの企業が俺を操るために危険を冒してくれたのだ。
その代償はしっかりと払ってもらうのが通すべき筋というものだろう。
俺……というよりアイリスを敵に回すか、それとも和解するかをその場で決断させ、裏で誰が手を回していたかもキッチリと吐かせる。
なお、全ての通信内容はアイリスが記録していたために、しらばっくれることさえできなかったのが……残念なことに単独犯だった。
いつか誰かがやっていたであろうことをここの支部長はやったにすぎない。
余計なことをする人間を減らすためにも、見せしめはいずれ必要となることはわかっていた。
だから俺はこの都合の良いシチュエーションを利用した。
その結果、施術室の一部の機材は破壊されたが、当然こんなものは不問となる。
やらかした問題に比べればその程度の被害など無きに等しい。
本来かかるべき費用もなしとなり、俺は帝国では最高レベルの肉体強化(12万Cr)を無料で受けることができる結果に終わった。
フリージア社のビルを背にサポーターを装着した俺は一息吐いて締め括る。
「人間欲を出せばこうなるってことだな」
「御主人様。鏡が必要ですか?」
俺は後ろで辛辣な言葉を吐くメイドに振り返り、流石に一緒にはされたくないと抗議する。
今後よからぬことを考える輩を減らすためには、フリージア社の犠牲は必要だったのだと力説する俺に対し、アイリスは冷ややかな目で一言。
「私が敢えて介入しなかった場合のことはお考えで?」
想像してみよう。
アイリスがわかっていて不介入を決め込み、フリージア社の思惑通りに余計な機能を搭載したナノマシンを投入されていたケースを……そしてその結果はどうなるか?
そもそも敢えて介入しない理由は何か?
アイリスは俺の安全よりも自らの奉仕欲求を優先する傾向にある。
そしてその「安全」の基準は帝国ではなく機械知性体のものだ。
つまりアイリスから見て大丈夫ならば、見て見ぬふりをされ、体内に取り入れたナノマシンの影響で特定の信号に対して脆弱となる。
これにより、いつでも都合が良い時に俺をイエスマンに仕立て上げることができたらしい。
では、その状況から抜け出すために俺がアイリスに支払う代償は何か?
またはナノマシンの制御を完全に奪われた場合に、俺が解放されるための条件は何か?
(なんてことだ。よりにもよって、俺がアイリスの危険性を考慮に入れていなかった!)
ようやく自分が危ない橋を渡っていたことを気づかされた。
「おわかりになられたところで私に一言あるのでは?」
謝罪か礼か?
選ぶは後者。
「うちのメイドが優秀なのはわかっていたからな。信じていたさ」
「3点」
親指を立てて礼を言ったところでこの点数。
なお百点満点での点数らしく、鼻で笑ったアイリスが「もっと精進しろ」とお小言を貰う。
言い訳をさせてもらえるのであれば、俺が見誤ったのはアイリスの安全基準が想定と違ったことである。
元々フリージア社の取った手段は違法であるが、それを大したことではないと言い切れるアルマ・ディーエの基準からすれば、この程度は安全圏であったということだ。
高い買い物ついでに悪意を持って接触してくる連中の牽制に使えると思ったが、思わぬところで借りを作ってしまった。
ステーションへと戻るためにタクシーを呼び、すぐ近くにあった車が俺の前で止まる。
乗車するとアンドロイドが目的地を聞き、ステーションへと向かわせる。
「良い案だと思ったんだがなぁ」
タクシーの窓から流れる景色を見ながら呟く。
「あのような手に引っかかるのは余程の馬鹿か切羽詰まった相手だけです」
隣に座るアイリス前を向いたまま現実を突き付けてくる。
フリージア社の支部長は後者。
なんでもとある違法な取引にかかわっており、それが潰れたことでその損失を埋めるための凶行だったようだ。
しかもその違法な取引というものが、ギャラクシーレース絡みで相当な金額が動いていたらしい。
「御主人様の負債に比べれば微々たるものです」
「わざわざ俺と比べる必要ある?」
また、この違法取引の件も含めて近々代表自ら連絡を寄越すとのことである。
信用問題もあるので肉体強化の第二段階を何処にするかで揺さぶるのも悪くない。
「御主人様は余計なことをしないようにお願いします」
どうやらあまり良い案ではなかったようだ。
さて、ステーションに到着してタクシーを降りたところで、俺の携帯端末に連絡が入る。
持ち込んだ品物に買い手がついたらしく、その金額を振り込んだ旨を伝えるものだった。
現在進行形で取引が成立しているものもあり、市場に出されるや否や買われたものまである。
「兵器関連はタイタナの駐屯軍向けに良い値になるのはわかるんだが……リカー星系ってブランドがやっぱり大きいのか?」
今回運んだ交易品は兵器関連が主である。
当然売買できる物に限られるが、それでも完売まで後僅かであり、その他の交易品も着実に買い手が付いている。
「それもありますが一番の理由はここがマーマレア連邦の玄関口であることです」
「技術流出……じゃないな。特産品扱いか?」
「連邦では帝国の銃器は良い値で取引されます。その理由は連邦の銃器類は制限が多く使用が面倒だからです」
アイリスの説明によれば、連邦は多数の種族がいるために各種武器の設定基準が複雑になっており、何も考えずにぶっ放せる帝国の銃器が人気なのだという。
民間レベルのものでもこうやって大量に購入し、本国に持ち帰って売りさばく者は少なからずおり、ここでリカー星系という帝国有数の工廠を抱える生産拠点のブランドが生きてくるのだそうだ。
連邦では帝国の銃を規制する動きもあるようだが、そうなる前に一儲けしようとする連中が現在ここサージス星系にて目を光らせているらしく、彼らを狙い撃ちにしたものだったというが今回の商品選択の理由のようだ。
「そういうのって、一般人でもわかるものなのか?」
「わかる者もいればわからない者もいます」
御主人様は後者ですね、と余計な一言を挟むアイリス。
時間的にこのような取引は今回限りということで、予想よりも利益を得た俺は少し残念な気分になる。
この度のリカー星系からサージス星系までの輸送で儲けた金額は依頼と合わせて158万クレジット。
内約は依頼で46万、交易で112万となっている。
当初の予定より値が上がっているが、それはこちらとコネを作ろうと仲介した業者が頑張ってくれたお陰である。
もっとも、その業者の目的がわかっているので今後の付き合いは控えるつもりだ。
さあ、最後の商品が売れたことを確認したところで、次の仕事を探すとしよう。




