62:壁の越え方
海賊多発地域であるネージアン星系を一切戦闘行為をすることなく抜け、カルホーズ星系に到着。
こちらも最短距離を真っ直ぐに進み、マーマレア連邦と隣接するサージス星系の手前となるタイタナ星系に通じるハイパーレーンが目前に迫る。
「ハイパードライブ起動準備。ハイパーレーンに到着次第起動。さっさと何もない宙域からは離脱するぞ」
本当にこのカルホーズ星系は何もない。
採掘ステーションすらない星系など帝国広しと言えどここくらいのものではないだろうか?
そんなわけで無事タイタナ星系に到着。
他国と接する星系の隣とあって、ここにはコロニーだけではなく居住可能惑星まで存在している。
またここに降ろす積荷もあるので久方振りの下船となる。
そろそろ補給もしておかなければならないので丁度良い。
ついでに空いたカーゴスペースに搭載できそうな依頼がないかも見ておこう。
色々と考えていたところに駐留軍からの御挨拶。
アトラスは軍用艦なので出入りする船をチェックしている軍からすれば、何事かと思われるのも仕方ない。
今後も同じことが起こるのだろうな、とアトラスを一度停止させて軍への対応に時間を費やす。
事情の説明を終え、プライムコロニーへの寄港を許可されたことでスラスターを起動。
ゆっくりと加速するアトラスのブリッジで小さく見える惑星を眺める。
「惑星フラム。人口は128億で主な産業は林業と農業……うわ、何この金持ち用と言わんばかりの星」
「実際に貴族と富豪向けの産業がメインとなっております。輸出するにも都合が良いのでしょう」
ホロディスプレイに映る情報を読んでいると、無意識に口出していた言葉を肯定するアイリス。
ちなみにこの手の高級資源の輸送にうちはかかわることはないとのこと。
生モノや生木を輸送するに適した環境を用意できないというのが表向きの理由で、実際は大手の企業が利権がらみで囲っているため新規参入はできないようだ。
「遠くに運べば良い値段にはなる」とアイリスは言っていたが、お勧めしないところから察するにあまり効率は良くないようだ。
「コロニーまでは誘導に従っても4日か」
意外とかかるな、と艦長席から立ち上がる。
訓練の時間なので運ばれる前に自分で歩こう。
そろそろ調子を取り戻したいのだが、中々思い通りにはいかないものである。
コロニーに到着するまでの僅か4日を長く感じるというのも珍しい。
訓練の成果は今一つパッとせず、授業の方も興味がない項目が多かったこともあり「身に付いた」という実感があまりない。
極めつけはこの空白のままの買い物リストだ。
「やべぇな。買いたいものがなさすぎるぞ」
コロニー到着が間近に迫り、補給やら買い物やらで大まかな金額を算出しておこうとしたものの、思った以上にこの星系は買える物が少ない。
いっそ大量に交易品を持ち込めば儲かるのではないかと思えるくらいには嗜好品が少ない。
「映画やゲームは前回買い込んだ分がまだ消化し切れていないから除外。となれば……何買えばいいんだ?」
「無理に買う必要はないのでは?」
アイリスは悩む俺にはっきりと物申すが、折角来たのだから何か買っておきたいのだ。
そんな俺の気まぐれに付き合ってくれるらしく、アイリスはホロディスプレイに手を伸ばし、表示されているページを変更する。
映し出されたはテーブルとベッド。
意外なことにアイリスのお勧めは家具だった。
「ああ、木製……じゃない?」
ふと産地のことを思い出し、その意図を察したつもりが木でできた高級品ではない。
それどころかクレジット払いの商品ですらなかった。
「おい。ここに来てまでクオリア製か?」
さらっとハッキングするんじゃねぇ、と文句を言うが当の本人はどこ吹く風。
「注意力散漫となっているわけではないようですね」
「事あるごとにクオリア製を勧めてくるが……営業ノルマでもあるのか?」
しばし見つめ合ったまま黙る二人。
「その通りです」
「嘘つけ」
それっぽいからそういうことにしておこうというやる気のない嘘などバレバレにも程がある。
「でしたらこういうものは如何でしょう?」
「そしてまたクオリア製。しかも強化スーツ一式とか買えねぇよ」
お勧めが家具から武装へと急な方向転換。
まさかこのところの訓練の不調からこれ以上の伸びしろがないとでも判断されたのか?
「いいえ。現在御主人様が壁にぶち当たっているのは事実ですが……まだ大丈夫です。多分」
「だから思考を読んで会話を成立させるな。あと、それがわかっているなら言ってくれ。最後に不安にさせる言葉を残すな」
「注文が多いですね」とわざとらしく呆れ顔になるアイリス。
その時、ふと思いついたことを口にする。
「アイリスなら何を買う? この特産品のページに限定するなら、の話だが」
参考程度にはなるかもしれないと聞いただけなのだが、思いの外アイリスは真剣に表示されている画像を切り替えては品定めをしている。
「私ならばこれですね」
そう言って指差した物は木彫りの……熊という生物らしい。
何でも「定番ですから」とのことだが、こんなものが8800Crもするとかさっぱり価値がわからない。
選出とその理由がわからない俺が首を捻っていると、突然アイリスが俺の顔を掴んで自分の方へと強引に向ける。
「御主人様。お薬のお時間です」
「……はあ? バイタル情報に何か異常でもあったのか?」
「健康状態には問題はありません」
また何か突拍子もないことを言い出したな、と俺はアイリスの手から抜け出し続きを促す。
聞かないという選択をした場合、脳に直接送られてくる可能性があるのでこうするしかないのだ。
「ご自分の立場を理解している御主人様にはご褒美を差し上げたいところではございますが……ここは本題に入るとしましょう。簡潔に言いますと薬物を使用して壁を越えましょう」
「それ絶対ヤバイ薬だろ?」
距離を取って断固拒否の構えを崩さぬ俺にアイリスは詳細を語る。
現在壁にぶち当たったことで成長が止まっている俺の現状を打破するために、一度「壁を越えた先を体感し、明確なイメージを頭と体に覚えさせる」という理由からの投薬なのだそうだ。
そう聞くと「なるほど、そういう手もあるのか」と納得してしまう自分がいる。
しかしこれを提案したのが、このダメ男大好きメイドである。
絶対に何か裏がある、と疑いの目を向ける俺にアイリスが放った言葉がこれだ。
「大丈夫、問題ありません。一般的に死亡リスクがあると言われておりますが脳さえ無事ならセーフです」
「はい、アウトー」
大丈夫ではない、大問題だ。
流石に成長の壁を超える手段として命を懸けるほどのリスクを背負う気にはなれない。
地道な努力が実を結ぶのだ、と締め括ろうとした俺に「だったらやる気を出せ」と最近の体たらくを突かれる。
これに関しては頷く外なく、調子の出ない俺に発破をかけるためにこんな茶番を演じたのか、とこれまでのやりとりに納得がいった。
「確かに少々気が緩んでいたかもしれないな」
俺の言葉にわかればよろしいとばかりに頷くアイリス。
「それはそうと疑似的に生命の危機を脳と肉体に与えることで生存本能を刺激。潜在能力を引き出す訓練などもございますが如何なさいますか?」
「そんなものがあったのか……」
どうして今まで言わなかった、という疑問はあるが、それは恐らく俺が伸び悩む時まで待っていたと思えば凡そ辻褄が合う。
それに疑似的とは言え生命の危機に瀕するものだ。
俺がここまで思い悩む状況でもなければその選択をすることはなかっただろう。
どうにもいい様に転がされている気はするが、今は自分の身を守るための強さがいる。
「わかった。ならその訓練を……いや、待て」
一瞬動いたアイリスがピタリと止まる。
俺の決断と同時に動こうとしたアイリス。
そして俺が躊躇した理由である何となく感じた嫌な予感。
この二つが合わさったことで俺は正解へと辿り着いた。
「……生命の危機を感じるレベルのご奉仕ならいらんぞ?」
「……勘のいい御主人様は嫌いですよ?」
やはりかと逃げ出す俺と追うアイリス。
しかしここはブリッジである。
入口を閉められて俺はあっけなく捕獲される。
「補足となりますが……このようなことをするには理由があります」
「いつも通りにも見えるんだが?」
ジャケットを剥ぎ取られ、ズボンのベルトで攻防戦を繰り広げている俺がアイリスを見上げて言う。
アイリスの手が止まっているので今が好機なのだが、相変わらず一度上のポジションを取られると覆すのが容易ではない。
どうにかしようともがいていると不意にアイリスが呟いた。
「嫌な予感がするのです」
それは明らかに今までにない口調。
茶化しているわけではない。
恐らくアイリスは本当に何かを感じ取っている。
「というわけで御主人様をさっさと強化しておきたいのです。わかりますね?」
「わかって堪るか」
虚をつくように再開された攻防で一気に形成が傾いた。
そして気づいた時にはコロニーが目前まで迫っていたので、また記憶が飛んだことは間違いない。
さて、この隣で涼しい顔をしているメイドにどうやって仕返しをするべきだろうか?




