63:予感の正体
「取り敢えず言い分を聞こうか?」
超弩級戦艦というサイズとその所有にまつわる曰く故にステーションに入る手続きに時間がかかっている。
なので、何度目かもわからぬ飛んだ記憶についてアイリスを問い詰めた。
「では結論から。御主人様の意識を奪い記憶を消去したのはアトラスの撃沈を避けるためです」
言うに事欠いてこの帝国最新鋭の超弩級戦艦が落とされるとは現実味がなさすぎる。
あまりにお粗末な内容に嘘だと判断したのだが、それは早計であるとアイリスが待ったをかける。
「実は御主人様を眠らせている間に懸念事項を徹底的に洗い出したことで発覚した事実があります」
「ほう?」
「嫌な予感がする」とアイリスには似つかわしくないセリフを思い出し、その原因を探っていたのだろうと考えるが、それとこれとは別の問題だ。
追及の手を緩めるつもりはなかったのだが、珍しく真剣な表情で俺の口に指を当て言葉を遮る。
「以前話していたことを覚えていますか?」
それが何を指すものかわからないので黙ったまま肩を竦めてみせる。
せめてヒントくらい寄越せ、と言う前にあっさりとアイリスは答えを言う。
「逸脱者――奉仕者でありながら自らの欲求を優先した者」
「……あれ? お前って結構自分の欲求を優先してる気がするんだが?」
「余計なことを言うお口はこちらですか?」
ミシミシと頭蓋骨が軋む音が聞こえてくる気がするほどに肉にめり込む指。
これをどうにかしようと降参の意思表示としてアイリスの腕を俺の手がペチペチと力なく叩く。
「普通口を塞がない?」
解放された俺が非難の目を向けるが当の本人はどこ吹く風。
「それでは手で塞がれるか口で塞がれるかコレで塞がれるかお選びください」
そう言っていつもの有線式アームがキュインキュインと回転する様を見せつけてくる。
「OK。黙って最後まで聞こう」
「最初からそうしてください。それと本当に最後まで黙って聞くことを推奨します」
その言葉で嫌な予感が颯爽と俺の前に現れダンスを始める。
自己主張の強すぎる予感に立ち上がってブリッジから出ようとしたが2秒で捕獲された。
「本来ならば逸脱者は廃棄処分とされ抹消されます」
俺の状態を無視して語り始めたアイリスを前に、どうしようもなくなったので「そこまでは覚えている」と素直に頷く。
「ですが過去に原因は不明ですが逃れた者が存在しております。当然きっちりと処分したのでいないはずなのですが……」
そこで言葉を濁すアイリスにその先を察した俺がアームの拘束を外し始める。
「この星系に存在しております。ほぼ確実にこのプライムコロニーに潜伏していると見て間違いないでしょう」
「「ちょっとこのコロニーに立ち寄るのを止めようと思うんだが?」」
突然俺の声が重なった。
それが録音されていたものであることはすぐにわかったが、そんなセリフを吐いた覚えがない俺は怪訝な表情でアイリスを見た。
「前回もそう言って逃げ出そうとしてます。アトラスは軍艦ですので予定進路を外れようものなら駐留軍から攻撃されます。現在私の機能が低下しているのはご存じですね? 無理矢理アトラスを動かされれば撃沈されていてもおかしくはなかったということです」
「え……じゃあ、今から変更して――」
「もう遅いかと」
アイリスがそう言うと同時にステーションへの入港許可が出る。
しばし無言でモニターに映るメッセージを眺める。
「まあ、コロニーだって広い。遭遇することなんてない、はずだ」
「大変残念なことにこちらの存在に気づいております。位置情報を握られている分こちらが不利です」
「……敵対するとは限らない」
「御主人様にその気がなくとも相手はそうではありません」
そもそも私がその気になっております、と嫌な追加情報を寄越してくる。
「可能であれば捕獲して調べたい」と最早交戦は決定事項のようだ。
「俺を巻き込まないという選択肢は?」
「どちらかと言えば御主人様がターゲットにされる可能性が高いかと」
「どうしてだよ!?」
俺のもっともな疑問にアイリスは淡々とその理由を語ってみせた。
その内容を要約をすると「自分を処分したお仲間がこれ見よがしに奉仕対象を伴ってやってきやがった。許さん、殺してやる。でもどうせなら最も屈辱的な手段でいこう。そうだ! 目の前で奉仕対象を惨たらしく殺してやる」だ、そうだ。
「え、何そのとばっちり?」
「廃棄処分される程度なので非常に残念なお頭となっております」
だったらその予想は外れるのではないか、という疑問には前回と同じ個体であった場合や他の逸脱者と同じパターンならば、そのような行動に出る確率は高いとの回答を得られた。
「じゃあアトラスに引き籠るしかないのか?」
「それも一つの方法ですが……私としては今度こそキッチリと処分しておきたいのです」
ステーションへと進むアトラスのブリッジでアイリスと見合ったまましばしの沈黙が流れる。
正直なところ、機械知性体と戦闘になれば勝ち目はない。
加えてアイリスが現在機能の一部が使用できない状態である。
本気で戦えないアイリスと廃棄処分された機械知性体。
この戦闘が齎す被害を考えると頷くことなど到底できない。
「一応言っておきますが廃棄処分された以上はクオリアの兵装は使用できません。精々持ち出すことができた小物程度。帝国の武器を盗んでいる可能性はあるでしょうが制限状態の私でも取るに足らない相手です」
「確認だが……コロニーが破壊されるとか、爆発四散するようなことはないよな?」
それでも機械知性体同士の戦いで許容できない被害が出る可能性が排除できない。
しかしそもそもの話「相手にならない」とアイリスは言う。
その理由として廃棄処分された以上、クオリアでのメンテナンスを受けることができない義体では満足に戦闘ができない。
仮に別の義体を使用するというのであれば、それこそアルマ・ディーエとしてのスペックを発揮することは叶わず、文字通り相手にならない程に弱くなるとアイリスは説明してくれた。
「ですので一番の問題は御主人様が攫われることです」
「決定事項なわけ?」
頷くアイリスに不満顔の俺。
どうやら位置情報を一方的に握られているという状態は予想以上に危険なものらしく、だったらそれを逆手にとって俺を囮にしようというのがアイリスの作戦のようだ。
「あっれー、俺ってお気に入りだったよな?」
「はい。ですので万全の状態で囮になってもらいます」
「それは囮になるのか?」という疑問はさておき、流石に瓶詰御主人様を量産するような危険な相手に捕まりたくはない。
他に手段はあるはずなので、ここはたっぷりと時間を使ってアトラスで計画をじっくりと練るべきだ。
しかしその提案は即座に却下された。
「御主人様。確認できている限り128名の市民が行方不明となっております。このまま放置すれば犠牲者が増える一方です」
「え、関係ないだろ?」
知らない人間が幾ら死んでも俺は何とも思わない。
即答する俺に黙ってまま複雑な表情でポイントを加算するアイリス。
「いや、俺からすれば危険度が十分に高い。見ず知らずの不特定多数のために自分の身を危険に晒すとか無理だわ」
俺の意思が固いことをようやく理解してくれたのか、わざとらしく溜息を吐いたアイリスが軽く手を振ってホロディスプレイを表示させる。
「ではクオリアから正式な依頼とさせていただきます。成功報酬は8万C。期間は廃棄ナンバーの再処分完了までで如何でしょう?」
「付け加えるなら『このコロニーの』だな。他にもいたら依頼が継続することになる」
「及第点ですね。いいでしょう」
これまでの情報から今回の廃棄処分を受けた個体がそれ以前のものである可能性は捨てきれない。
ならば、今回も再処分が完了したと思っても「実は逃げ延びていた」なんてこともあり得る。
そのために条件を付けたわけだが、その程度ではギリギリ合格のようだ。
ともあれ、これでクラウン払いであった調理器の代金を払ってもお釣りがくる。
それどころかクレジットに替えることができれば一気に資金が潤沢になり、完済までの時間が大幅に短縮されることだろう。
命をチップに大金を儲けるという懐かしき傭兵らしさに少しばかり血が騒ぐ。
「それでは契約完了です。早速ですが御主人様の武装を整えます」
「やはりこのままでは厳しいのか?」
「厳しいというより死にます。相手は腐ってもクオリア製。70%以上の能力低下を想定しておりますがそれでも現行の装備では御主人様だと5分と持ちません」
その言葉を聞いて俺は少し早まってしまったことを後悔したが、クオリア製の装備が使えるのであればと前向きに考える。
「では早速ですがこれらの購入をご検討ください」
差し出されたホロディスプレイに映る装備一式とその値段を見る。
そこに表示されている15万Cという報酬額の倍近い金額をしっかりと確認する。
「……俺が買うの?」
「当然です」と頷くアイリス。
もう一度値段を見る俺は目をこすって見間違いかどうかを再度確認。
「赤字なんだけど?」
「必要経費です。それともレンタルになさいますか?」
俺は迷わずレンタルを選ぶ。
壊してしまった場合は購入という形で弁償することになったが、これなら上手くやれば十分な黒字となる。
ちなみにレンタル料金は15000Cと購入額の10分の1となっている。
今からでも報酬の交渉はできないものか?




