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第六十四話 駐屯地

 厳冬が過ぎ、春を迎えた。イストピアと呼ばれるこの世界にはコミューン連合国という国がある。この国の北部に位置する地域は、本来であれば冬には雪が降り積もり、春にも所々に白銀の雪を残している。しかし今年は温暖だったせいか降雪が少なかったようで雪は残っていない。


 温暖だった冬が原因で本来冬眠をする魔物も例年に比べて活動する時期が早まった。冬眠明けの魔物たちは腹を空かせ、食料を探している。魔物の生活圏内で食料が見つかればいいが、必ずしも空腹を満たすほど十分に食料が取れるとは限らない。そうなると空腹の魔物は人里近くまで足を運ぶことも少なくなかった。そして近隣にある村人が運悪く被害に()うことも珍しくはない。


 だが今年はその魔物が食料を奪いに近隣の村々を襲う被害は起きなかった。

 何故なら近隣に村が存在しないからである。より正確に言えばほんの少し前まではこの地にも村はあった。

 この世界で魔物が組織的に侵略行為を行い、人が治める領土を脅かしている。脅威にさらされた人類は大国の一つであるカスタル王国が発起し、ヴァイクセル帝国とコミューン連合国の三国が同盟を結んだ。

 これまでの経緯から魔物は大陸の北部から侵略をしてくることが確認されている。各国の北部にある町や村は魔物の侵略によって最前線となりかねない。そのため各国は民衆に反発されることを承知の上で、魔物の被害を少なくするために北部の町や村の住人たちを安全な南へと避難させた。


 故郷を捨てる決断を迫られる仕打ちは現地人たちの反発も大きかった。避難民の数は多く、避難先で以前と同じ生活は保てない。故郷へいつ戻れるのかも決まっていないのだ。自分の人生をかけるなどよほどのことがない限り決断しようがない。


 しかし魔物の侵略の爪痕(つめあと)は各国にしかと刻まれていた。コミューン連合国では吸血鬼が国を乗っ取り、コミューン連合国の各地で吸血鬼の犠牲になったものは多い。最後は三国が協力し軍によって鎮圧されたものの、三国が軍を動かさなければ吸血鬼を鎮圧できなかったほどの規模である。さらには天を()くほどの巨大なゴーレム、マウンテンゴーレムが侵攻してきたことさえあるのだ。


 僻地(へきち)にあるような町や村では対抗できるほどの兵が集まるはずもなく、国が軍を派遣してすべての町や村を守るのは無尽蔵に兵でも持たない限り不可能だ。自分たちの町や村がいつ魔物の軍勢に襲われ、犠牲になるかわからないのである。いくら頭の固い連中でもその事実を無視することはできず、国の方針をしぶしぶ受け入れるしかなかった。


 そうした経緯で北部から民衆は姿を消したが、この地がまったくの無人になったわけではない。

 各国は民衆の避難と同時に、軍が駐留する駐屯地を新たに設けた。この場を中心として広域に渡り魔物の侵入を防ぐためである。魔物の脅威を防ぐために駐屯地には各国の精鋭が集まっていた。

 吸血鬼や巨大ゴーレムとの戦いで名を上げた黒髪の少年もその一人である。


「もう四か月か」


 黒髪の少年はぽつりとつぶやいた。

 黒髪の少年の名はケイオス。この世界で魔物相手に活躍し周囲からは英雄と目されている。彼はこのイストピアの人間ではない。異世界の住人だ。


 ケイオスは現実世界からVRMMORPG(ブイアールエムエムオーアールピージー)というジャンルのゲーム『Another World』をプレイすることによって、この世界へ転移することができる。


「あれ以来、魔物が大人しくしているのがかえって不気味だよな」


 四か月前、魔物たちはカスタル王国の要人を殺害し、ケイオスに無実の罪を着せたのだ。だが彼の仲間の活躍により真相が暴かれ、ケイオスにかけられた疑いは晴れた。


 人間を襲うために国を侵略する行動していたはずの魔物が、明確にケイオス個人を狙っている。これは魔物にとって目障りだったケイオスの犯行に見せかけることで彼を無力化するのが目的だと彼の仲間は確信した。


 その陰謀も阻止され失敗に終わったが魔物が新たな策を練り、再びケイオスを直接狙ってくる可能性は十分に考えられる。それ以来、ケイオスとその仲間たちはいつ魔物が狙ってくるのかと気が気ではなかった。


 しかし四か月の間、彼らの予想に反して魔物は何もしかけてこず、静寂を保っていた。絶え間なく各地で行われていた大規模な侵略行為も今のところ確認されていない。暗躍しているのかもしれないが束の間の平穏が訪れていた。


「こんなに平穏なのも嵐の前の静けさというか。もしかして秘術はとっくに発動しているのかな?」

「どうじゃろう? 教会は何も言ってきてはおらぬからのう」


 ケイオスに話しかけたのは黒髪の赤目の少女だった。

 彼女の名前はヴイーヴル。人の姿はあくまで仮初の姿であり、正体は巨大なドラゴンである。ケイオスの仲間の中では唯一彼が異世界の人間であることを知っており、それを知って以降、彼女は知恵を貸し協力してくれている。


 魔物の目的は秘術の完成である。ケイオスたちにそう教えたのが正統教会と呼ばれる組織だった。正統教会――通称・教会はこの世界を創造した神々を信奉する組織だが、裏では秘術の悪用を防ぐために秘匿(ひとく)を目的とした組織だったのである。


 そもそも教会が秘匿(ひとく)する秘術とは、邪神が封印された時代に人間が生み出した禁忌の術だった。人間の魂を使い世の理を()じ曲げて新たな理を創り出すという、自然の摂理に反するものである。魔物が国を侵略したのも、人間の魂を多く集めるためではないかと教会は考えていた。


 秘術の代償となる魂を多く集めるということは、それだけ世の理に影響を及ぼしてしまう。たとえば人間が魔物に殺されてしまうとアンデッドになる現象は、その秘術によって生み出されたものだ。


「教会も秘術が発動されないように目を光らせておるからのう。何かあれば妾たちにも連絡をよこすとは思うぞ」


 ヴイーヴルの言葉にケイオスは首を傾げる。


「なんじゃ? そんなにおかしいか?」

「いやヴイーヴルは教会を信用していないと思っていたからさ。だって教会には俺たちが異世界の人間であることを打ち明けないように助言したじゃないか」


 教会はケイオスが魔物と繋がり、秘術を発動させようとしているのではないかと疑っていたこともあった。しかし先の事件でその疑いが晴れてから、魔物の秘術の発動を阻止に向け情報を提供し、互いの敵と共闘する協力関係にある。


「連中のことを信頼はできんな。秘術が悪用されぬよう、真相を隠蔽(いんぺい)するという理屈はわかる。じゃが、一部の人間の(よこしま)な欲望がアンデッドを生み出してしまったあの悲劇の真相を邪神の行いであると改ざんしてしまうのは納得できぬ。その罪は秘術を生み出した連中のものだろうに。あの場にいたものとしてやり切れんものがある」


 彼女が言う悲劇は初めて秘術が使われたときだ。秘術は邪神の討伐中に発動された。魂を理解しきれていない人間では到底制御できず、不完全なものだった。そのため戦闘中に死体がアンデッドになって立ち上がり、戦場は大混乱に陥ったのだという。


 ヴイーヴルは邪神の討伐に参戦しており、秘術が使われたときに居合わせていた。戦友が無残な姿になり果て一転して敵となる。その場にいたものならば悪夢としか言いようがない。

 彼女が理屈よりも感情的になるのも仕方がないか、とケイオスは思った。


「教会の行動方針は秘術の悪用を防ぐことじゃ。その芽を摘むためには連中はどんな手でも使ってこよう。特にあの教皇という輩はな。妾たちと手を組んだのも妾たちと敵対するよりもむしろ利用するほうが得策と考えた。故に秘術の悪用よりも妾たちの存在が危険だと教会が判断すれば、敵に回る可能性は高い。ケイオスたちが異世界人であることを連中がどう判断するかわからぬからな。不用意に打ち明けないほうが良い」

「じゃあオリバーさんとも敵になる可能性があるのか」


 オリバーはこの世界でも屈指の強者である。負けることはないが苦戦が強いられることは有り得るかもしれない相手だ。


「それにこの大陸をまたぐ巨大な組織のようじゃからのう、教会は。妾たちが連中を敵に回すわけにはいかぬ。おまけにケイオスは魔物から狙われている立場にある。こっちの事情からしても新たに敵を作るわけにはいかんじゃろ。教会の要請は断りにくい。あえて秘匿(ひとく)していた秘術のことを妾たちに打ち明けたのも要請を断られないという確信があった。何もかも計算づくということじゃろう。妾たちの力を利用したいから協力関係を持ちかけたのもあるが、おそらく妾たちの行動の監視も含んでいる。魔物の仲間ではないと判断しても、枷はつけておきたかったのじゃろうよ。向こうもこちらがそれに気づくことぐらい織り込み済みじゃろう」

「それじゃ教皇と会った時点で俺たちに選択の余地はなかったんだな」


 ケイオスは肩を落とした。ケイオスはこの世界では凄腕の魔導師で英雄だとしても、現実世界では一般人でしかない。こうした裏のある駆け引きは慣れてはいなかった。その点では世界屈指の巨大な組織である教会を束ねる教皇に軍配があがる。魔物の企みを阻止したい思いが変わるわけではないが、教皇の都合のいいように翻弄(ほんろう)されているようでケイオスは釈然としないものを感じた。


「しかし教会の協力は必要じゃ。妾たちだけでは限界があるからの。もっとも教会の言うことを鵜呑(うの)みはできんがな。あやつらが事実をすべて語っているとは限らんし、誤った情報があるかもしれんからな。だがそれよりも気になるのは魔物の動向じゃ。そして肝心の秘術を発動させた魔物はどんな理を創り出すつもりなのか皆目見当がつかん」


 もっともその理はろくなものではないじゃろうがな、とヴイーヴルは付け足した。


「それに妾は『転職』は秘術とは異なる力によってできたのではないかと考えておる」

「異なる力?」

「『転職』は確かに新たな理を創り出したものに違いない。しかし妾には秘術から創り出された理ではなく、まったく別の力によって創り出されているようにしか感じられん。むしろお主たちのキャラクターに使われている力に近い」

「キャラクターに?」


 本来キャラクターは『Another World』のゲームの内で動くための仮初の身体に過ぎない。だがこの仮初にすぎない身体は何故かこの世界でも使えてしまう。余談ではあるがヴイーヴルの人間の身体も、ケイオスのアバターを解析して、魔法によって再現されたものだ。


「だからこそゲームを生み出した連中が怪しい」

「そうじゃな。それに疑問は他にもある。秘術は人間が創り出したもの。教会はずっとそれを秘匿(ひとく)しておったのじゃぞ。それなのにどうやって魔物は秘術のことを知ったのか。誰かが魔物に秘術のことを教えなければ説明がつかん。今になって活発に魔物が活動しだしたのも、秘術のことを知ったからかもしれんな。しかし秘術を知る人間はほとんどいないようじゃし、教会も秘術を知る人間は徹底して管理下に置いているそうじゃ。だからこそ教会はまったく正体のつかめなかったケイオスが遠方に逃げ延びた秘術の伝承者と思い、魔物に味方したと疑ったのじゃろう。教会が管理している以上、そう簡単に魔物に秘術が伝わるはずがない」

「他に、人間以外に秘術を知っていそうな存在はないのか?」

「妾のようなドラゴンならば秘術が発動する前か発動したときならば術式を解析できたかもしれんが、何しろ魔物との戦いの最中じゃったからの。おそらく解析できたものはおるまい。秘術を知っていたのは当時秘術を発動させた人間ぐらいか、妾たちドラゴン以上に理に精通する神ぐらいなものじゃろうな」

「神様はもうこの世界にはいないんだよな」

「その通りじゃ。お主や人間には感じられぬかもしれぬが、妾のようなドラゴンの感覚があればどこであろうと神の気配を感じられる。一柱は邪神との封印の際に落命し、そして他の神々は邪神を倒してからしばらくして姿を消した。じゃからこの世界に神がいるはずもない」

「この間襲ってきたゴーレムは邪神が創造した魔物だろう。なら邪神が造ったんじゃなくて別人が作ったっていうのか?」

「ううむ、そのはずなんじゃがな。じゃが邪神の気配が感じられぬ以上、邪神以外の誰かが新たに造ったと考えるほかあるまい」


 一体誰が、とケイオスは考えた。疑わしいのは『Another World』の運営の関係者だった。もっとも確信ではなく、彼の知る限りでもっとも怪しいとされる相手がそれ以外思いつかなかっただけである。


 というのも、『Another World』はまるでこの世界を元に創られたと言ってもいいぐらい地名や出来事、世界観などが一致しているのである。偶然と切り捨てるにはあまりにも似通い過ぎていた。この世界に精通している知識はまさに異常である。もしかするとその中に秘術も含まれているのではないか。


 そして地名や世界観の一致だけに限らず、ゲームのイベントと同時期に同じ場所で魔物の侵攻が発生している。運営の関係者が魔物と何かしら関係があっても不思議ではない。

 だがそれでも疑問は残る。運営の関係者が魔物に秘術を教えて何をさせようとしているのか。


 秘術は理を()じ曲げて新たな理を創り出すものである。まるであらゆる願望を叶えてしまうように思われるが、教会によればどんな願いでも叶えられるほど汎用性の高いものではないらしい。


 それでも神話時代に創られた理が現在に至るまで未だに機能していることを考えれば、汎用性はなくても願望を実現する術の一つと言えるだろう。逆に言えば術式にさえ則ればあらゆる可能性を秘めているのだから。秘術はケイオスたちが住む現実世界の理にさえ干渉できるのかはわからないが、もし可能ならば運営の関係者が現実世界で秘術を悪用しようと考えても不思議ではない。


 しかし魔物が無償で力を貸すわけがない。国を侵攻するにあたって人間に多大な被害をもたらしているが魔物にも少なくない犠牲が出ている。中には侵攻してきた魔物が全滅しているぐらいだ。


 秘術の情報を対価にしたとしても、秘術を使用しない限りその情報が正しいか信用できるはずもなく、不確かな情報で近年まで大人しかった魔物がここまで大胆な行動を取れるだろうか。そしてこの世界の人間の敵である魔物がいくら別世界だとしても人間相手に協力するはずもない。


 もし魔物が協力しているのであれば、そこには何か理由がある。


「やっぱり魔物が何の目的で動いているのか調べる必要があるな」

「そうだな。教会や国も魔物の動向を調べているようだが」


 教会だけではなく各国も魔物への危機感を募らせて、本格的に魔物の調査に乗り出した。魔物の拠点があると目される北の大地――そこへ兵を送り込み、魔物の拠点の探索を開始したのである。


「大丈夫かな、見つかるといいんだが」


 魔物の拠点は未だどこにあるかわからず謎に包まれている。そもそも北の大地は邪神との戦い以来、人類が足を踏み入れてはいない。北の大地を阻むように生い茂る森林地帯は魔物の巣窟だ。


 危険な場所に足を踏み入れる兵士たち。味方の支援すらない状況で、ケイオスたちは彼らの無事を祈るしかない。


「妾が飛んで探せば手っ取り早いかもしれぬがのう」

「リスクも大きい。ヴイーヴルが空から探せば見つかるかもしれないけど目立ちすぎる。それに俺を魔物が狙っている以上、うかつに動くのはまずいってロズリーヌには必死に止められたからさ。兵士たちが魔物の拠点を見つけるまで待つしかないよ」


 ケイオスは自分を納得させるように言った。

 魔物の侵攻が起きていないのならば秘術の生贄(いけにえ)となる犠牲者が増えることはない。しかし一刻も早く秘術の阻止をしなければならない。


 ケイオスたちは焦れる心を抑えながら、じっと北をにらむのだった。



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