第六十三話 秘術
ヴイーヴルたちが活躍してくれたおかげで、殺人の容疑が晴れ俺は無事に解放された。解放してくれたことは嬉しいし、ヴイーヴルたちには感謝しているが手放しに喜べる状況とは言えないことも確かだ。
「まさか魔物が俺を罠にはめようだなんて」
今まで魔物は国や人間を対象にした侵略を仕掛けてくることが多かった。しかし今回は意図が違う。
「明らかにお主個人を狙っているの。おそらくお主を相手にするのは危険と見て、人間にお主に対する疑心を植え付けることで離間させて孤立させることが目的だったのじゃろうな。最悪の場合、お主は処刑されておったかもしれん。悪辣な手じゃが、十分効果的と言えよう」
魔物たちから余程目障りだと思われているようである。思い当たる節は十分あったがのっぴきならない事態になっているようだ。
「ヴイーヴル、ラファエルさんがいなければ濡れ衣を着せられたまま、ずっと部屋に軟禁されていたかも。本当にありがとう二人とも」
学校もあるしずっとこっちの世界に居続けることはできない。うん、早めに解決してよかったとほっと胸をなでおろした。
「オリバーとやらがいなければ危うかったがな。最後の最後でおいしいところを持っていかれた気分じゃの」
ヴイーヴルの表情はあまり納得できないといった感じだ。
事件の真相を解きスライムを追い詰めたのは彼女たちだが、王都に潜入したスライムを捕まえたのはなんとオリバーさんだったそうだ。彼の協力がなければスライムに逃げられてしまい、今もなお容疑が晴れずにずっと軟禁されていたかもしれない。
素直にお礼を言いたいが、それと同時に彼への疑惑がまた浮上してきたのが問題だ。
「オリバーさんは何を考えてヴイーヴルを監視していたんだろう?」
「正直わからぬ。結果的にはお主の無実を証明して見せた。とはいえこれで害意がないと判断するのは早計じゃ。もしかすると妾たちを監視していただけではなくて、ケイオスのことをずっと監視していたのかもしれん」
「俺のことを?」
まさかと思いヴイーヴルに聞き返す。彼女の表情は至極真面目だ。
「確信は持てぬ。だがこのところ感じていた視線がスライムだけだったとは断言もできん。むしろお主のことをずっと監視していて、関係の深い妾にも監視の手を広げたとも考えられる」
今もまだ俺のことを監視しているのかと怖くなって思わず辺りを見回した。けれど、この部屋には俺とヴイーヴルしかいない。こんな大事なことを他の人に話せるわけがなかった。
以前オリバーさんがこの世界の人間であり、ゲームの知識がないはずにもかかわらず、『AnotherWorld』の「転職」のシステムを利用しモンクに「転職」していた。もしかするとオリバーさんは現実世界の人間ではないか、と疑ったことがある。
結局オリバーさんの話から偶然「転職」してしまっただけだと判断していたが、それが真実かどうか証拠は一切つかめていない。本当のことに気づかれないようにでまかせに嘘をついたとも考えられる。
「やっぱりオリバーさんは現実世界の人間なのかな?」
この世界でコミューン連合国が吸血鬼に襲われていたころ、この世界と酷似したゲーム『AnotherWorld』のコミューン連合国では「邪神の侵攻」というイベントが起きていた。あまりにも似たイベントが起きたことや地名や魔法などの類似性を考えて、ゲームの運営がこの世界のことに何らかの形で関わっていると俺は考えている。
しかしそれならばオリバーさんが運営の関係者ならばゲームの管理者という立場を活かして、一般のプレイヤーよりも様々な方法が取れるはずだ。
『AnotherWorld』というゲームをする場合、プレイヤーはアカウントが必要になる。オリバーさんが俺のアカウントを剥奪してしまえば、俺はこの世界に来ることができなくなってしまうのだ。
アカウントの剥奪はプレイヤーの違反行為による処罰の中でもっとも重い部類の処分だ。だから違反行為もゲーム内で不正な行為をするなど悪質なものが対象となり、正当な理由が必要となる。
しかし管理者という立場ならばいくらでもでっちあげることが可能だ。
もしこの世界でオリバーさんが何かしようと企んでいるのなら、俺を排除するならこうした強硬手段をとってしまえば終わりである。
しかし排除せずに監視に留めているというのが腑に落ちない。
じゃあ何故オリバーさんは監視しているんだろうと頭を悩ませていると、ヴイーヴルがきょとんとした顔で口を挟んだ。
「いや、お主勘違いしておるぞ」
「えっ?」
「そもそもあやつはこの世界の人間じゃしな」
俺はぽかんとしてヴイーヴルに聞き返した。
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「お主、妾の鼻のことを忘れてはいまいか? いくら元の姿と違って鼻が利かぬといっても人間かどうか、生身の体かどうかぐらいの判別はつくぞ。お主たちの世界の人間ならば、生身の体ではなく仮初の体を使うんじゃろ? だが、あやつの体から仮初の体の臭いはしない。正真正銘生身の人間じゃぞ」
ヴイーヴルが少し呆れた口調で説明してくれた。
俺と同じ手段でこの世界に来ているのだとしたら、キャラクターを使っている可能性が高い。
けれどヴイーヴルの鼻によればオリバーさんの体はキャラクターではないそうだ。特にオリバーさんは魔物と戦うだけの力を持ち「転職」までしている。もし俺とは別の手段で生身の体でこの世界に来ていたとしても、向こうの世界の人間が生身で魔物と戦い超人的な力を発揮できるはずがない。
キャラクターではないのだとしたら、オリバーさんがこの世界の人間だと考えるのが自然だ。
「そうなると俺を危険人物だと思って監視しているのか。カスタル王国の貴族のように」
危険人物と思われるのは心外ではあるが、ヴイーヴルも否定しないところを見ると案外その評価は正しいのだろうか。
「そうとも限らん。この世界の人間かもしれないがその運営とやらと無関係とは断言できん。間接的に指示を受けているかもしれぬ。おそらくは組織で監視していたのではないじゃろうか、スライムを捕獲したときも、オリバーと似た服を着た奴らが一緒にいたぞ」
「オリバーさんと似た服? もしかして教会の人たちかな。それじゃオリバーさん個人の意志じゃなく、教会から命令されて俺を監視しているということか?」
あの人の性格上、むしろ教会から命令されて監視していると考えるとしっくりする。でも教会がなんで俺のことを監視するようにオリバーさんに命令したんだ?
関係あるとしたら教会が聖女と認定したアレクシア様と戦い、俺が勝利してしまったことで権威を失墜させそうになったことがあった。だがそのことはヴァイクセル帝国やコミューン連合国にとっても不都合であり、緘口令が敷かれ隠蔽されているはずだ。
まさかそのせいで教会が秘密を漏えいしないように俺を監視していたというのならば、そんなことを言いふらすつもりなんて俺にはないし、コミューン連合国やヴァイクセル帝国にもこのことを知っている人物は大勢いる。教会があえて俺を監視する理由にはならない。
「いずれにせよ、あやつは何らかの目的があってお主に接触したのだと思う。せいぜい気をつけるんじゃな」
彼らから見て異世界人である俺に対し、何らかの意図があって接触してきているのならば、教会がどういう意図か探る必要はあるな。
この世界に俺を飛ばした存在に対しても謎だらけだと言うのに、新たな謎が生まれてくる。厄介で一筋縄ではいかないことばかりだ。
そうしてお互いが持つ情報のすり合わせを行っていたところ、ノックの音が聞こえた。
俺たちは一瞬黙り込み、ドアへと視線を向ける。
「ケイオス殿、おられるかな?」
声の主はオリバーさんだった。疑惑の渦中にある人物が直接俺のところに赴いてきた。
「どうぞ」
迷ったが、断るわけにもいかなかったのでオリバーさんの入室を許可した。入室してきたオリバーさんはややばつの悪そうな顔で入室してきた。
やはりまともにオリバーさんの姿を見られなくなってしまったのか俺と同じくヴイーヴルも自然と視線も厳しくなる。
渋い表情を見せるヴイーヴルにオリバーさんは苦笑した。
「いやはや随分と嫌われましたな」
「歓迎されるとでも思っておったのか?」
ヴィーヴルの皮肉にオリバーさんの顔が曇る。
「いいえ、小生も同じ立場なら相手に敵意を抱くとまでとはいかずとも嫌悪感は抱いたでしょうな」
オリバーさんが敵か味方かと言われるとまだ旗色がはっきりしないからどちらともいえない。やはりずっと監視してきた相手に嫌な気分はぬぐえない。
こうしてオリバーさんが申し訳なさそうにしていることと彼の人柄を知っている分、かろうじて悪感情が抑えられているが、それらがなければおそらく入室も拒否していただろう。
「それで何の用ですか?」
「ケイオス殿に話したいことがあるのです。一緒に来てもらえませんか?」
「ここで話すことはできないんですか?」
「ええ、できれば他者に、特に各国の重鎮にこのことは知られたくない。もちろんお二人もご一緒でも構いませんぞ」
ロズリーヌたちにも秘密にしなければならないこと? 国にも知られたくないなんていよいよ教会って怪しい秘密結社のように思えてきたぞ。
けれどこちらもオリバーさんが、いや教会が何を考えて監視をしていたのか知りたい。だからオリバーさんの提案を受け入れることにした。
オリバーさんに連れられて行った場所は彼らの総本山と言えるカスタル王国の大聖堂に隣接する建物だった。
「ここはいったい?」
王宮と遜色のないきらびやかな建物でおそらく身分の高い人がいそうな場所であることはわかる。おそらく教会の権力者なのだろうと予想はついていた。
「正統教会の最高位聖職者であらせられる教皇猊下が住まわれる宮殿ですな。ここならばカスタル王国の干渉もありません」
王宮と同等の豪華な宮殿から察するに、教会の権力や財力というものは国王と同レベルなのだろう。
オリバーさんに先導されて個室へと入る。個室には誰もいない。
「ケイオス氏、これから教皇猊下と面会していただきたい。教皇猊下はほどなくお見えになります。ここならば内密の話をしても誰にも聞かれる恐れはありません」
こんな場所まで連れてこられたので教会でも有力な権力者と会うのだとは予想はしていたが、いきなり最高権力者と面会するとは思わなかった。
「それだけ事は重大なのです。一般には知られてはいけないほどに」
なんか緊張するな。
「どうですかな、ケイオス殿。クレルモンの大聖堂とは雰囲気が違うのではありませんか?」
気分をほぐすようにオリバーさんが話題を変える。
窓から大聖堂が見える。隣接する宮殿から大聖堂を見る機会なんてそうそうない。宮殿は王宮並の警備が敷かれている。大聖堂にはおそらく信徒の方々らしき人たちが礼拝に向かっているようだがそちらとは違って、ここは一般人が気軽に入れるような雰囲気はない。
カスタル王国のときは大聖堂に用もなかったからマウクトの大聖堂をまじまじと見たこともなかった。クレルモンにあった大聖堂と同じく歴史的価値のある建造物なのだろうか、より装飾が豪華すぎると言った感じを受けた。外観だけでもそうなのだから大聖堂の内部はどうなっているんだ? 教会の総本山だからそこに集まる財も桁違いだとでもいうのだろうか。
教会の関係者に率直な感想を述べたらさすがにまずい。綺麗ですねと無味乾燥な感想で濁すにとどまった。そんな俺の雰囲気を察したのかオリバーさんは残念そうにそうですかと小さく返すだけだった。
すると年老いた一人の老人が入室してきた。おそらくこの人が教会の最高権力者である教皇なのだろう。
オリバーさんが頭を下げ、それに合わせて俺も頭を下げる。
「よい、面を上げよ」
顔を上げて教皇の御尊顔をまじまじと拝見する形になったが、教皇はきりっと表情が引き締まり近寄りがたい厳格さを感じた。
教皇は何も言わずに俺のことを見つめた。
「直接会うのは初めてだな」
前置きはせずに教皇は淡々と話す。
「もうすでに察しているだろうが、お前がマウクトに滞在中、我らはずっとお前のことを監視していた」
教皇ははっきりと監視していたことを認めた。だが彼は悪びれる様子はみじんもない。罪悪感があるのは同席していたオリバーさんだけだろう。
ある意味教皇の徹底ぶりに俺は怒りというよりも感嘆してしまう。元々好意の欠片もないのはわかっていたが、ここまでとは思わなかった。
「俺を監視をしていたのは何故ですか」
「お前が危険な人物ではないかと警戒したからだ。魔物たちの異変が起きたと同時に都合よく現れた謎の魔導師。その上、各国の指導者から信用を得ているようであれば誰しも警戒ぐらいする。お前自身も覚えがあるのはないか」
教皇の指摘に俺は黙り込んだ。
「だが我々がもっとも恐れたのはお前が禁忌を犯そうとしているのはないかと考えたからだ。魔物たちと組んでな」
「魔物と? 有り得ないですよ」
「我らはそれが偽装ではないかと疑っていたのだ」
「魔物たちは俺に罪を擦り付けようとしていた。その前提が崩れ、教会が監視していることを知られてしまったから正体を明かしたというわけですか」
「人間に姿を変えるスライム。この存在を人類は知らなかった。つまりお前の無実の証明ができたのは偶然に過ぎない。そこの娘たちがいなければな。そのままであれば冤罪で裁かれてもおかしくはなかったのだ。ならばお前が魔物とつながっていないと間接的に証明するための偽装とは考えられん。我々はこの件でお前と魔物の間につながりはないと判断した」
皮肉なものだな、と思った。
魔物は俺のことを目障りになって殺人犯だとでっち上げようとしたけれど、それが裏目に出てしまい、俺を疑っていた教会をかえって信用させてしまう結果につながってしまったのだ。
「理由はわかりました。ところで禁忌とはいったい何なんですか?」
「少しばかり話が長くなる。これは教会にとっても、いや人類にとっても忌まわしい汚点だ。教会でもごく一部のものしか知らぬ。みだりに口にしてはならん」
教皇は一呼吸入れた。教皇の表情は今までと違って硬く、それはまるで懺悔の告白のようにも思えた。
「話は邪神がいた神話の時代にさかのぼる。邪神と魔物が邪神に対立する神々と我ら人類、そして他種族の連合軍の反撃を受け、北の大地に逃げたころ、神々と連合軍は戦争に終止符を打つために北の大地へと遠征した」
邪神を封印する決戦のときか。
「北の大地への行軍は厳しかった。北の大地に逃げ込んだ邪神や魔物もそこを攻められてはもう後がない。邪神と魔物の激しい抵抗を受け、魔物に与えた被害は甚大だったがそれ以上に連合軍の被害もおびただしいものになってしまった。もともと邪神と魔物たちとの連日の戦争で連合軍は疲弊していたのだ。敵地で補給もままならず、それでもどうにか北の大地へと魔物たちを追い込んだ。もし道中での被害が多ければ、連合軍が瓦解しても不思議ではなかったそうだ」
ヴイーヴルはどこか遠い目をしている。教皇の話に当時のことを思い出しているのだろうか。
「それまでの戦いは邪神と魔物が人間たちや他種族の治める土地へと一方的に攻めてきてばかりだったのだ。神々が立ち上がり人間と他種族が団結して邪神や魔物と立ち向かったことで、ようやく邪神と魔物を追い詰め、反撃の機会を得たといったところだな。ここで遠征をやめてしまっては再び邪神と魔物は勢力を盛り返し、再び人類は侵略に怯えなければならない。だからどうしても遠征を成功させなければならなかった。たとえ人道に反するような禁忌に触れるような行いをしたとしてもな」
緊張とは違う張り詰めた空気に包まれる。ヴイーヴルの機嫌がみるみるうちに下がっていた。よほど不快なことでも当時あったのか?
「アンデッドは知っているな? あれは魔物に殺され、強い怨念を抱いた魂が自然の摂理に反して遺体に宿り、生前の記憶を失ってしまって生者である人間たちに襲い掛かるという魔物とされている。なぜそうなるのかは伝えられていない」
「人間たちの間ではそういうことになっているのか。当時のことを知らないものが聞けば危うく騙されるところじゃな。その口ぶりから察するにお主ら教会は真実を知っておるのであろう」
ヴイーヴルの目が冷たい。
「アンデッドが今までの話とどう関わるのですか? それに騙されるって何を騙されるっていうんですか?」
話の流れからアンデッドが生まれる秘密を知っているということになる。それに人道に反するような禁忌に触れるような行い? 魔物がしたのではなく人間が何かしたのか。
教皇は感情を押し殺した声で答えた。
「アンデッドは邪神が創りだしたものではない。とある秘術を用いて我ら人間が創り出した魔物よ。魔物に対抗するための戦力としてな」
自分の同胞を魔物に変えてしまう。それは間違いなく禁忌だ。いくら邪神と魔物の戦争で遠征を成功しなければならないと言う状況だとしても、倫理を投げ捨てた人道にもとるひどくおぞましい行為にしか思えない。
「でもアンデッドが人間に創り出された魔物だと言うのなら、何故人間を襲うんですか? これじゃ魔物に対抗するどころの話じゃありませんよ。かえって敵を増やしただけじゃないですか」
人間がアンデッドを創り出したのならば、アンデッドが何故人間に有害な存在になり果てているのか。それが理解できなかった。
「アンデッドに人間を襲わせるつもりはなかった。本来魔物に殺されても立ち上がる不死の軍隊を作り上げることが目的だったのだ。しかしこれを思いついたのが人間だったのがいけなかった。神やドラゴンとは違い、人間には魂を認知する術を持たない。魂を十分に理解できぬままに禁忌に触れたのだ」
教皇の話に俺はとある幽霊のことを思い出していた。
以前カスタル王国にいたころ、俺はエリザベスという少女の幽霊と出会った。彼女は屋敷に張られた結界のせいでずっと一人で屋敷に閉じ込められていたのだ。
それはエリザベスの父親である錬金術師が病弱な娘を失いたくない一心で、幽霊となった彼女をこの世に留めるために編み出した方法だった。だがすべてが彼の思い通りに進んだわけではなかった。
結界の中でエリザベスは一日の間に生まれ成長し、そして老い朽ち果てるという無間地獄に囚われたのだ。彼女の父親はその問題を解決しようとしたが力及ばず、寿命が尽きてしまった。
思えばこれも人間であるエリザベスの父親が、魂を不完全な知識で触れたために起きた悲劇である。
「魂の研究が不十分のまま、それでも秘術を使った。いわば目を閉じたまま目的地へ行くようなもの。知識もなしに成功するはずがない。その結果失敗し、魔物に殺されたものは出来損ないともいうべきアンデッドになり果て、敵味方見境なく襲った。連合軍だけでなく、魔物も混乱に陥ったのだ。魔物を北の大地に追い込み、邪神を封印することができたが魔物たちを完全に駆逐できず、連合軍は北の大地から引き上げるしかなかった。それ以降魔物が襲ってくることはなかった。魔物は邪神に率いられており、中心である邪神さえいなくなれば自然と消滅したものと考えられていた」
今まで自分たちが一緒に戦ってきた戦友がいきなりアンデッドに変えられたらたまったものではない。
研究がたとえ十分だとしても、そんな禁忌に触れるなんて正気ではない。それほど狂気に駆られなければいけないほど当時は追い込まれていたのだろうか。
「妾と共に戦った勇士たちの名誉にかけて誤解がないように言っておく。すべての人間がその件に関わっていたわけではない。人間の権力者の暴走じゃよ」
「ヴイーヴルは知っていたのか」
ヴイーヴルは頷いた。
「もちろん、その場にいたからな。初めは何が起きているのかわからなかった。最前線にいた妾たちは何も知らされていなかったのじゃから。邪神がなにかしでかしたのではないかと思ったぐらいじゃ。命を落とした味方がいきなり立ち上がり始めるのじゃぞ。阿鼻叫喚の坩堝じゃよ。北の大地での戦闘は連日行われたが、とある神が邪神を封印しにいき、それが成功しなければ軍の全滅も有り得たぐらいじゃ」
ヴイーヴルの怒りは収まらない。むしろ話を進めるとますます怒りで顔が歪んでいく。まだ何かあると言うのか。
「人間の所業であることは決戦中に調べがついていた。一部の人間の権力者が魔物の被害を減らすため、かねてより研究していた外法が失敗したのだとな。が、真実は違った。それがわかったのは決戦から数か月後のことじゃ。外法の真の目的は不老不死の手段を手に入れること。つまりアンデッド化はあくまで研究の一環に過ぎなかったのじゃ。初め聞いたときは耳を疑ったぞ。自らの欲のためにここまで冷酷に同胞の命を弄ぶことができるのかとな。共に戦ってきた誇りが汚されるような思いじゃった」
目的を共にしてきた仲間を実験の材料にしてしまう。ヴイーヴルたちからしてみれば手酷い裏切りのように思えただろう。
「真相が発覚したとき、他種族だけではなく真実を知らなかった人間も憤慨した。その外法に関わっていたのはごく一部の人間だけじゃったからの。そのものたちはみな処刑されたはずじゃ」
しみじみと語るヴイーヴルに教皇が言葉を続けた。
「真実を知った人間の指導者たちは、このような悲劇を二度と繰り返さぬように国をまたぎ抑止するための組織を設立した。それが我ら正統教会だ。表向きはこの世界を創世し邪神と共に戦った神々の信仰する組織にすぎないが、本来の目的は秘術の痕跡を歴史から隠蔽すること。人々が禁忌に触れないよう監視し、悪用を未然に防ぐことだったのだ。秘中の秘ゆえにこのことを知るのは教会内部でもごくわずか。当時存在した国もすべて滅び、この秘密を知るのは我ら教会のみだ」
教会は秘術の悪用を防ぐための組織でもあったのか。冒険者ギルドのように各国に支部があるのもあらゆる地域で監視の目を光らせているからなのだろう。
設立理由を聞いて納得するとともに疑問を抱いた。
「ちょっと待ってください。じゃあ俺が監視されていたのはその秘術を使う可能性があったからということですか? 俺は誰かをアンデッドにするような物騒なことはしていませんよ?」
教会はその非道な秘術に近づく人物を監視する。ならば俺がその秘術を悪用しようとしていると疑っていたから監視していたことになる。
しかし俺がその秘術を悪用することは有り得ない。秘術自体たった今聞かされたばかりで存在すら知らなかったのだ。教会はそのことに気がついていない可能性はあるが、はるか昔から禁忌に触れぬようにひっそりと暗躍してきた組織だ。俺を監視するだけの根拠があったとも取れる。
「いや違う。どうやら秘術と知らなかったようだが、お前はすでにその秘術を利用しているのだ」
秘術をすでに利用している? アンデッドに関連する出来事に思い当たることがないが、利用という言葉が引っかかった。
ぴんとこないので考え込む俺に教皇が教えてくれた。
「神の加護。お前たちが言う『転職』のことだ」
「『転職』?」
予想外の回答に思わず声が上ずった。『転職』がアンデッドと同じ秘術? 何か魔物に変貌するならばともかく職業を変えるだけの現象と一緒? とてもではないが秘術のような悪いイメージと結びつかない。
「秘術は『魔物に殺されればアンデッドに生まれ変わる』という代物ではない。秘術とは『新たな理を創り出す』。すなわち『魔物に殺されればアンデッドとして生まれ変わる』という歪で恒久的な理を生み出してしまったのだ」
そこでようやくヴイーヴルに『転職』を見せたときの言葉を思い出した。
ヴイーヴルによると『転職』は未知の力を使いこの世界の理を書き換えているのだそうだ。確かにそのとき、ヴイーヴルは過去にも新しい理を創り出した例があると言っていた。その手段が外法であり話したくはないとも。それがこのことだったのか。
でも、それが本当だとしたら。
「そんなの悪用し放題じゃないか……!」
汎用性が高すぎる。これではどんな願いも叶えてしまうのではないだろうか。
「どんな理も簡単に創り出せるわけではない。現に秘術が生み出されたとき、失敗したからこそアンデッドが生まれたのだからな。何より秘術を扱うにはそれに伴う代償が必要になってくる。魔法を扱うのにマナが必要になるようにな」
「代償?」
「それは魂だ」
教皇は深刻そうな顔つきで答えた。
「魂は力の塊でもある。魂を集め、その力を利用することで秘術を使用することができるのだ。新たな理が大きければ大きいほど、その代償も大きくなる。つまりそれだけ魂を集めなければならないがな」
「秘術を使うためには人から魂を奪う必要がある。つまり人の命を奪うと言うことですか?」
「そうすることもできるな。人は死ぬと肉体から魂が離れる。肉体から離れた魂は死後の世界に行くと言われている。だが肉体から離れた魂は死後の世界に行くわずかな間現世にとどまっているのだ。その状態の魂を集め、秘術に利用することができる。秘術が初めて使われたときもそれまで魔物の被害を受けた際に命を落としたものたちの魂を利用したらしい。わざわざ魂を奪うために人を殺さずとも、いくらでも魂を集めることができたようだ」
今日まで続く呪いのような秘術であるから当然それに伴う代償もかなり大きなものだ。当時は魔物に攻め込まれていたのだからその犠牲者も相当な数にのぼるだろう。その秘術に使われた魂の数など考えたくもない。
「人道から外れる秘術の存在は秘匿してきた。しかし今秘術を利用しようと画策しているものたちがいる」
秘術によってこの世界に『転職』というゲームシステムが再現されたのだとしたら、秘術の存在を知っていることになる。
そしてそれは現実世界とこの世界の両方を知っている存在だ。
「近年魔物の活動が活発化し被害にあうものたちは多いが、魔物に殺され現れるはずのアンデッドの数は予想よりも少ない。特にコミューン連合国で吸血鬼の被害によって発生するはずのアンデッドの数は不自然なほど少なすぎる」
「アンデッドには魂が必要じゃ。魔物に殺された人間の遺体に魂が宿らずアンデッドにならないというのならば、その魂はどこに行ったかが問題になる。つまり魂は秘術に利用されている可能性があるということじゃな?」
「それってもしかして魔物の一連の騒動は、秘術を使うために魔物が仕組んでいるってことか?」
「有り得るのう」
ここ最近の魔物の行動は不可解な点も多い。以前ラファエルさんとロズリーヌと一緒にコミューンで話したときにも疑問点が出た。魔物たちの人間の領土への侵攻は散発だった。もし本当に人間たちを滅ぼす気ならば、各地を襲った戦力を一か所へ集中させたほうが確実に一国を滅ぼしていたはずだ。
もしかすると魔物たちの目的は人間を攻め滅ぼすことではなく、別の目的があって人間を襲っているのではないか。教会が言っていることが本当ならば魔物たちは本気で襲っているのではなく人間たちの魂の収拾を優先していて、収集する魂の量を調整しているのかもしれない。
「ちょっと待ってください。コミューン連合国での被害を受けた人たちの魂が秘術に利用されているんですよね? 秘術が『転職』に利用されたのだとしたらおかしいですよ。だって吸血鬼の事件が起きる前にもヴィアクセル帝国で『転職』を行っているんです。秘術が行われる前に『転職』できるはずありませんよ」
この世界で『転職』は二度行っている。コミューン連合国よりも前にアレクシア様やイレーヌさんと一緒にヴァイクセル帝国で『転職』を行っていたのだ。
吸血鬼がコミューン連合国に潜伏し暗躍していたころと俺がヴァイクセル帝国で活動していた時期はほぼ同時期になる。
コミューン連合国を襲って魂を集め、秘術を使って『転職』という新たな理を創り出すのが目的ならば、少なくともヴァイクセル帝国で『転職』したときには目的は達成している。そのままコミューン連合国に留まる理由はほとんど必要ないのだ。
すると今まで黙っていたオリバーさんが口を開いた。
「ケイオス氏、『転職』はずっと以前より確認されておりましたぞ。およそ一年前になりますな。以前もお話しした通り、小生が『転職』したのは偶然の出来事。しかしその場面に猊下が居合わせたのです。『転職』の光景はあまりにも神々しく、教会という場所で行われるため、何も知らないものが見たら『神の加護』と見間違えても不思議ではありません。小生も初めはそうだと思ったぐらいですから。猊下がいなければ小生は真実を知らぬままでいたことでしょう」
オリバーさんの言っていたことは本当だったのか。しかし一年も前に『転職』ができていたとなれば話が変わってくる。
「それじゃあコミューンで吸血鬼が魂を集めていたのは、『転職』とは別の新しい理を創り出そうとしているんですか?」
「そうなりますな。吸血鬼がコミューンを襲ったあとにも巨大ゴーレムを差し向け、未だ人間の領土への侵攻をやめる気配はありません。おそらく魔物たちはまだ秘術を完成させていない。魔物が人間を襲う真の目的は秘術を行うための魂の収集。秘術の生贄を欲しているのでしょう」
だとすると魔物たちの行動は、秘術が完成するまで終わらない。止めるには元を断つ必要がある。
「魔物がどのような理を創り出そうとしているのか、それはわからぬ。おそらくはろくなことではあるまい。魔物たちは人間を襲い、秘術を使おうと目論んでいる。これは何としても阻止せねばならん」
教皇は改まって俺たちの顔を眺めると頭を下げた。
「その方たちをこの場に呼び、秘密を打ち明けたのは他でもない。人界の英雄よ。そして古のドラゴンよ。我ら教会に力を貸してほしい。新たな理を創り出そうとしている魔物の野望の阻止に協力してほしいのだ」




