第五十一話 岩人形2
マウンテンゴーレムから逃走し、先に撤退していた軍と合流した後、マウンテンゴーレムから離れた場所に陣を構えた。被害こそ最小限にとどめたものの、事実上の敗北と言ってもいい結果に終わり、味方の士気は芳しくない。
「あの巨大ゴーレムの現在の動向はどうなっていますか」
「巨大ゴーレムは他のゴーレムとともにゆっくりと南下しております。他のゴーレムと同じで巨大ゴーレムも足が遅いようでした。おそらくこのまま進めば一週間ほどで近隣の町に到着するかと予想されます」
アレクシア様はマウンテンゴーレムを監視していた斥候から報告を受けていた。一週間の時間の余裕がある分、焦らずにこちらも対策が練れるがいかんせんどうしたらいいものか悩む。
いくらマウンテンゴーレムが遅いと言っても、マウンテンゴーレムの侵攻そのものを止められない。そしてアレクシア様、オリバーさん、俺の英雄と呼ばれる三人が束になっても敵わなかった魔物が侵攻してきているという事実が、思いのほか兵士たちの精神的な面で悪い方向に影響を及ぼしていた。
俺はまだどこかで英雄という存在を軽視していた。彼らにとって英雄は精神的な支柱だったのだ。
彼らが信じている英雄がマウンテンゴーレムに敗北したとなると、マウンテンゴーレムは誰にも敵わない相手じゃないかと周りが不安になる。
今になって思えば、ヴァイクセル帝国の皇帝が俺とアレクシア様との戦いを必死に隠そうとしたのは政治的な理由だけではないのかもしれない。
兵士が不安程度ですんでいるのは英雄と呼ばれた存在が誰一人として死んでいないし、負傷していないからだ。
英雄が健在ならばもう一度あのマウンテンゴーレムとの再戦できるチャンスがある。その希望にすがっているのだろう。今の彼らにはこの状況を打破できる英雄が必要なんだ。
もっともそれを実現できるかは微妙なところだ。どうすればマウンテンゴーレムを倒せるか作戦を考えてはいるものの具体的な案が出ないままなのだから。
ゴーレムと同じ外見で、ただ図体が大きくなるというマイナーチェンジしただけの魔物のくせに、その大きいということがこれほどまでに厄介だとは思わなかった。他のゲームでも程度の差はあれこうした巨大な敵は出てくるし簡単に蹴散らしている。そのゲームに出てくる主人公たちはどうやってこんな化け物を倒しているのだろう。
そしてゲームには存在しないマウンテンゴーレムについて、攻略情報がないと言うのも頭を悩ませる原因の一つである。もしマウンテンゴーレムの攻略情報が載っていれば、もっと楽な戦いができていたはずだ。
いかに自分が攻略情報に頼り切っていたかを思い知らされた。今までは魔物の情報を攻略サイトで行動パターンや弱点について知り尽くしていたよかったものの、それらがなければもっと苦戦していてもおかしくない。その情報だけで大きなアドバンテージになっていたのだ。
それがない以上、マウンテンゴーレムとは自力で攻略法を考えるしかない。
幸いマウンテンゴーレムは外見からゴーレムと同じタイプの魔物で弱点や攻撃パターンもほぼ似通っているから攻略法の類推は可能だ。
だが本当にゴーレムと同じ弱点なのかは不確かなものだし、理不尽なほどのサイズの大きさがネックである。不安要素は残ったままだ。
「アレクシア様、ヴァイクセル帝国の援軍は間に合いますかな?」
「すでに伝令は飛ばしていますが厳しいでしょう。近辺の兵を集めるぐらいであれば可能ですし、その手筈は整えています。ですが本国からの援軍は時間が足りません。コミューンにも協力は要請していますが、復興支援のために分散した兵を集結するとなると時間がかかります。援軍を待てば、いくつかの町や村を放棄して我々も後退するほかありません」
マウンテンゴーレムに敵わず、己の無力感で悔しさをにじませたアレクシア様は重い口調で告げた。
「町を放棄ですか。そうなると避難民の誘導をしなければなりませんな。あとはどこまで後退するかが問題になりますぞ」
「増援の合流を考えるとかなり後退すべきでしょう。おそらくはこの辺りですね」
アレクシア様は広げた地図の一点を指した。そこは以前寄ったことのある救援物資を受け取った町だ。しかしそこはコミューン北西部でも中央に位置する場所である。従ってそれ以北の町や村は放棄することになる。それはこの間アレクシア様たちと復興の支援に行った町も含んでいた。
オリバーさんは表情を歪めた。だがそれでも異を唱えないのはアレクシア様自身が苦渋の決断の末に発言したことがわかったからだ。アレクシア様のつらそうな表情は見るもの心を締め付けるような思いにさせられる。
できればどうにかしたい。なのにいいアイディアが浮かばない。
「先生」
アレクシア様は俺をじっと見た。
「先生のお力でどうにかなりませんか? あれならば巨大ゴーレムの胴体を破壊し核を露出させることができるのではないでしょうか」
アレクシア様が俺に何を求めているのかはわかる。以前アレクシア様には見せた、あの強力な極大魔法、『サンダーストーム』が使えないかと聞いているのだろう。
しかし今の俺では『サンダーストーム』は使えない。あれは二次職である『ウィザード』に転職しなければ使えないスキルだからだ。アレクシア様と一緒に冒険していたころは『ウィザード』に転職していたが、正式サービスを開始した際にアバターが初期化されてまたレベル1に戻ったため、職業もまた一次職である『マジシャン』に戻されている。
二次職になるにはまずレベルが足りない。レベルはエルフの集落で魔物を討伐していたこともあって、課金アイテムを使い取得する経験値を増加させれば短期間でレベルアップできて期間内に間に合うはずだ。
だが転職するのに必須アイテムのとある魔物の素材がない。わざわざヴァイクセル帝国まで行かなくともコミューンにその魔物は生息してはいるが、その特定の魔物からしか取れない。それを取りに行った上で教会に行かなければならないとなると、期間内にすべてを達成するのは困難だ。
そしてもう一点問題がある。
『サンダーストーム』は風属性の極大魔法だ。これがゴーレムとの相性が悪い。マウンテンゴーレムもゴーレムと同じ耐性を持つとすれば、この魔法は威力が半減してしまう可能性がある。
「ごめん。アレクシア様。あれはまだ使えないんだ。使えるようになるにはまた転職し直さなきゃいけない。それにゴーレムは風属性があまり通用しない。巨大ゴーレムにも通用しない可能性がある。別属性の極大魔法なら有効かもしれないけれど、これも転職しなければ使えないよ」
「……そう、ですか」
期待していたのかアレクシア様の落胆も大きい。
かと言って、嘘をついて下手に期待させても意味がない。
「ケイオス氏、その転職をすれば巨大ゴーレムを打倒できる方法でもあるのですか? 一週間でそれは間に合いそうですか?」
オリバーさんが知っていて問いかけているのかは判断つかなかった。ともかく事情が事情なのでかいつまんで話す。
「通用するかはわからないが、強力な魔法が使えるようになる。もっとも転職するには魔物の素材が必要だ。しかし、素材を取りに行く時間がない。俺もレベ、いや強さを取り戻さないといけないからその時間も必要だし。逆に素材を取りに行く時間がなければ間に合うと思うが」
「素材? 何か特殊なものが必要なのですかな? ものによっては小生が融通しますぞ」
「ブラッドスケルトンの骨とワーウルフの鬣。これらが必要になる。これがあればいいけれど、さすがに持っていないのでは」
「うむ、それならばありますぞ」
「やっぱり、ってええ?」
オリバーさん、なんでそんなものを持っているんだ?
もしかしてこの世界じゃ普通に流通しているものなのか?
「小生、そのような珍しいものの収集が趣味でしてな。部屋に飾っておるのですよ。しかし他人から見ればごみにしか見えないそうで、汚部屋によく住めるなとよく変人扱いされておりましたぞ。ああ、話がずれましたな。小生、何しろこういった話は大好きでして話し出すと長くなるのです。いや、失敬失敬。特に気に入ったものは持ち歩いているのですよ。小生のお気に入りの品なので手放したくはありませんが、今は有事。背に腹は代えられませんな」
それで変人扱いされていたのか。感覚としてはフィギュアの収集癖があるマニアが近いのだろうか。いや剥製の収集家か近いのかもしれない。
こちらの世界では日常的に人間を襲ってくる敵の一部を部屋に飾っているのだから、オリバーさんの趣味に理解を示す人は少なそうだ。
うん、待てよ。いや、でもまさかな。
俺は思いついた疑問をオリバーさんにぶつけてみた。
「オリバーさん。教会の祭壇で収集した素材を捧げたりしなかった?」
以前オリバーさんは日課で教会に祈りに行くって言っていた。これはひょっとするとひょっとして。
「ええ、神への感謝として捧げておりますぞ。そう言えば一回だけ不思議な出来事がありましたな。祭壇に捧げものを置いたところ不思議な光を浴びたのです。あれから小生も新たな技をひらめくことができたのですぞ。もしやあれはアレクシア様と同じように神が小生に加護を与えてくださったのかもしれませんな」
まさか偶然で転職できたのかよ! そんなこと有り得るのか? あるとしても天文学的な数字だぞ!
しかし、オリバーさんは元凶ではないのか。普段の人柄を考えても、彼が悪だくみをしているようにも思えなかったからな。
彼の証言だけしかないので完全に疑いが晴れたわけじゃないが、ひとまずマウンテンゴーレムに集中しよう。
「しかし、ケイオスのあれならばマウンテンゴーレムにも通用するかもしれませんが、もし通用しなかった場合に備えたほうがよいのではありませんか」
イレーヌさんの言う通りだ。イレーヌさんやオリバーさんの一撃も相当の威力があったはずである。だがそれにも関わらずマウンテンゴーレムにはほとんど効いているようには見えなかった。
俺の予想ではマウンテンゴーレムは物理攻撃に対して耐性がありダメージが通らないと思う。単純なスキルの威力では二次職であるイレーヌさんが勝るはずなのに、俺の魔法はわずかにダメージが上回っているように見えたからだ。
だが極大魔法が通用しないという可能性もある。他の案も考えておいたほうがよさそうだ。
「でしたら、巨大ゴーレムの隙間から核を攻撃する案も検討せねばなりませんね。動きを止められれば実現できそうなのですが」
「城壁から巨大ゴーレムの隙間へと飛び移る……いやこれは無理ですな。城壁ではあの巨大ゴーレムの動きを止めることはできないでしょう。それに城壁から飛び移ろうとしても巨大ゴーレムの隙間まで距離がある。動いている巨大ゴーレムの体をよじ登るのはかなり難しいでしょうな。せめて一時的にでも巨大ゴーレムの動きを止められればいいのですが」
「罠にはめようとしても、ああも大きくちゃ罠だって相応の大きさにならなきゃいけないし、落とし穴なんて作れそうもない」
やはりマウンテンゴーレムの動きが止まらないことにはどうしようもないか。
あ、待てよ。あれは使えるんじゃないか?
「どこか罠に利用できそうな場所はないのか? 例えば、川とか崖とか」
以前吸血鬼に追いかけられていたときに渓谷で橋を壊して吸血鬼を落としたことがある。それと似たようなことができないだろうか。
「確認してみましたが、川はあってもさほど川底は深くないようです。この辺りはほとんど平原が多いですね。罠に利用できそうな場所は近隣にありません」
だめか。地図を見ても記されていない。あまり高低差はないようだ。もっと南に行けば条件に合いそうな地形がありそうだが、そこまでマウンテンゴーレムの侵攻を許すわけにもいかない。
「ううむ、やはり思いつきませんな。しかし巨大ゴーレムの侵攻が止まらない以上、良案を思いつくまで座しているわけにはまいりません。まずは一週間後、集めた兵とともに巨大ゴーレムを迎撃しましょう。もしそれでも敵わないならばアレクシア様が指定した場所で援軍と合流し、巨大ゴーレムを全軍で迎え撃つしかありませんな。ケイオス氏はその間に何としてもその魔法を覚えてくだされ」
作戦と呼べるものではなかった。期待が集中しているのがわかる。他の有効な対抗手段が見つからないのだ。周囲が期待をかけるのも不自然ではないのかもしれない。
このままマウンテンゴーレムを放置していたら、復興に手を貸したあの街も、クレルモンも、エルフの集落もマウンテンゴーレムによって破壊しつくされてしまう。
理不尽だ。
何故彼らが被害を受けなければならないのか。多分俺の胸中で渦巻いている感情をあえて表現するのならば怒りが最も近い。
それは酷く傲慢で自分勝手かもしれないが、それでも襲ってくる魔物をどうにかして倒したかった。
だから戦おう。この人たちと一緒に。
まずはレベル上げをしなくちゃ。獲得経験値を二倍にしてレベルアップを短縮する『祝福の書』はたくさんある。これを使えば大幅に時間が短縮できるだろう。
あとは魔物がたくさんいる場所か。多数の人間がいるせいか軍の近くに魔物は寄ってこない。となるとレベル上げはもっと別の場所でやらないといけない。さて、どこに行くべきか。
「ケイオス、あの巨大ゴーレムの対策は決まったっすか?」
リーアムが声をかけて来た。
「一応方針は決まった」
「そう、どうやってあの巨大ゴーレムを倒すの?」
「巨大ゴーレムを迎え撃つ。極大魔法、俺が知る限りでも一番威力のある魔法で倒す。そのためにしばらく修業する」
「ケイオス、それ本気か?」
ハボックが疑問の声を上げた。
「あのイレーヌって侍女は俺が過去に戦った中で一番強い奴だった。相手が手加減していたのもあるが、俺たちが協力してやっと勝ったぐらいの相手だぞ。そりゃもう化け物だって今でも思うぐらいだ。でもあの魔物はイレーヌの攻撃を歯牙にもかけなかった。オリバー様もイレーヌと同じぐらいの強さなんだと思う。だが、そんな二人がかりで戦ってもほとんど傷ついちゃいねえ。俺たちじゃ足手まといにしかならないって思い知ったさ。お前の実力を知らないわけじゃないけどよ。それでもあいつはとんでもない魔物だったぞ。いくらお前でもあれに勝てるのか」
真剣に問うハボック。リーアムたちも同じことを思っているのだろう。彼らは誰一人口を挟もうとはしない。みな一様に真顔になっている。その顔からは諦めを感じているのか、悔しく思っているのかさえわからなかった。
「正直に言えばわからない。未知の魔物だし、極大魔法ですら通用しないかもしれない」
予想では物理攻撃に耐性があるかもしれないとはいえ、二次職であるイレーヌさんの攻撃が通じない時点でマウンテンゴーレムは相当な防御力であることぐらいわかっている。自分の力じゃ通用しないかもしれない。
「それでも抗うことを止めたくなんかない」
抗うことを止めてしまえば、俺の知り合った人たちが傷ついてしまう。ラウルさんが守ろうとした、ロズリーヌが守ろうとしている国が荒らされてしまう。せっかく平和になろうとしているこの国がまた荒らされるのは許せなかった。
だから今は杖を持って抗うべきなんだ。
ハボックはしばらく俺の目を見つめたまま無言だった。自分がぼっちで口下手なのが悔やまれる。自分の感情がどれだけ相手に伝わったのだろう。
ハボックたちとはここでお別れになるのかな。彼らに俺の思いが伝わらないのは悲しいけれど、でもいまさらそれを変えるつもりはない。
静寂を破ったのは顔を伏せていたリーアムだ。
「ケイオスって、あれっすよね。時々馬鹿っすよね。もっと冷静な奴かと思ってたんすけど。いつも無茶ばかりやっているような気がするっすよ」
呆れたリーアムの声に苦笑する。まったくその通りだと思う。冷静で無茶な行動をしない人間であれば、死ぬかもしれないのにマウンテンゴーレムと戦おうなんて思わないだろう。
「でもなんとなくっすけど、ケイオスが英雄って呼ばれるのは実力だけじゃないって思ったっす。うっし、俺も協力するっすよ!」
「リーアム……」
「男って単純よね、まったく」
ネルが呆れ声でため息をついた。
「けど、あの巨大ゴーレムを倒さなきゃ私の故郷だってつぶされてしまうかもしれない。冗談なんかじゃないわ。あんな魔物に蹂躙される未来なんてお断りよ。なら、私もあんたに賭けるわ」
「ケイオス君の修業はきっと怪我もするでしょう。誰か怪我を治さなくちゃね」
「ネル、エミリア」
四対の目が一斉にハボックに向いた。ハボックは肩をすくめて答える。
「ああ、わかったよ。ったく、とんだ貧乏くじだ。けどよ。生きるためには精一杯あがくしかねえんだよな。そんな当たり前なことをお前に教えてもらうなんてな」
「違う、そうじゃないよ。ハボック。これは俺がみんなから教わったことなんだ」
イレーヌさんと戦いそうになったとき、俺は心が折れそうになったんだ。けど、ハボックたちは勇敢に戦ったじゃないか。あれで俺がどれほど奮い立たされたことか。困難なことだと思っていたけれど、何とかあの時は丸く収まった。
今回も同じだ。一度は敗北を喫したけれど、まだ俺たちにはそれに抗う機会がある。ならば諦めるにはまだ早い。
「俺たちも付き合うぜ。やるならとことんまでやってやろうじゃないか!」
手を打ってハボックは意気込んだ。
ソロでやるよりパーティーでやればたくさん魔物を倒せるのでレベル上げの効率はいい。彼らは俺とレベルが近いし、アレクシア様たちと同じならパーティー内で経験値が分配されるシステムがあるため、彼らのレベルも上がりやすいはずだ。そうなれば彼らが転職することも視野に入れることができる。
リーアムたちが転職できればマウンテンゴーレム戦も有利になるし、勝利が望めるかもしれない。オリバーさん、他の職が転職に必要な素材を持ってないかな。あとで聞いてみよう。
「急に黙り込んだぞ、おい」
「なんか、悪いこと企んでそうっすね」
みんな人聞きの悪いことを言う。これでもちゃんとマウンテンゴーレムを倒す対策を考えているのにな。
アレクシア様たちには修業のために軍からしばらく別行動することを伝えた。アレクシア様たちはこのまま軍を率いてマウンテンゴーレムの迎撃の準備を行うという。俺は一週間以内に転職するため、レベル上げを行うことになった。
「で、ケイオス。具体的に修行って何をやるつもりなんすか?」
「別れ際のイレーヌさんがものすごい憐憫の目で私たちを見送ったのが気になるんですけど」
リーアムは俺に疑問を投げかけ、エミリアは別れがけに話を聞いたイレーヌの最後の表情が忘れられずに怯えている。
ああ、そうだ。彼らにはレベル上げのことについては一言も伝えていなかった。きちんと誤解を生まないように話しておこう。
「まずパーティーを組んで、あとは魔物とひたすら戦うだけだよ」
そう言った途端、目の前にパネルが開いた。
『ハボックさん、エミリアさん、コーネリアさん、リーアムさんがパーティーに加わりました』
パーティーを結成したときに表示されるメッセージである。これでパーティーを組んでいないと彼らに経験値が分配されない。幸い彼らとはレベルが近似でありパーティーを組めば経験値が分配される。レベルを上げるにはパーティーを組む必要があった。
「それだけか? なんかもっと凄いことをやるんじゃないかと冷や冷やしていたんだが」
「経験にはなるだろうけど、それであの巨大ゴーレムを倒せるのかしら?」
ハボックは予想が外れきょとんとしており、ネルはやや不安そうな表情だ。まあレベルと言う概念がこの世界にない以上、不安になるのも当然か。でもそれを説明するのも難しい。実地で体感してもらうほかなかった。
魔物を見つけ、攻撃に入る。
「ケイオス?」
一瞬だけ攻撃をためらった俺にネルが声をかけた。いざ行動するとなると二の足を踏んでしまったようだ。ほんの少し首を振って、そのまま攻撃を継続する。あっさりと魔物は倒れた。
どろりとした黒い感情が胸に流れ込む。嫌悪感はぬぐいきれなかった。
だが、ここで手をこまねいてしまってはマウンテンゴーレムによる被害が拡大してしまう。大言を吐いた以上、転職できるまでレベルを上げなきゃならない。
多分その瞬間に心に棚のようなものができたんだと思う。別の魔物を倒すときはそれほど嫌悪しなくなっていた。
四日間ひたすら魔物の討伐に費やした。そこでようやく全員のレベルが50を超えた。レベル上げの終わりを告げた瞬間、リーアムたちはばたりと倒れた。死屍累々(るいるい)といった感じである。
「リーアム、生きてる?」
「……何とか。ああ、イレーヌがあんなに俺たちを憐れんでいたかわかったっすよ」
仰向けになりながらネルが見向きもせずに聞き、うつ伏せになったリーアムが顔だけ横に向けて答えた。
エミリアはぺたんと地面に座っている。彼女自身は魔物と直接戦ってはいないものの、このメンバーでは唯一の回復役であり、怪我したみんなを回復し続けたからか言葉を発するだけの元気もなさそうだ。
メンバーの中では一番持ちこたえたハボックでさえ膝をつきぼやき始めた。
「確かに魔物とひたすら戦うだけだって聞いてはいたさ。だが、一日中魔物と戦うなんて有り得ねえぞ!」
「マジで死ぬかと思ったっす。けど本当に自分でも差がはっきりとわかるぐらい、めきめきと力が上がるなんてすげえ理不尽っすけど」
「そうね、何でなの。ケイオスに渡された妙なものが原因かしら」
全員に課金アイテムを渡して経験値取得の効率を上げた上、寝るとき以外はほとんど魔物と戦っていたから全員疲労一杯みたいだ。
「こんなに魔物と戦うことってないのか?」
「ないわよ。私たちを何だと思ってるの」
「だいたい一回討伐依頼をこなしたら何日は食っていけるっすからね。連日戦うことはそうないんじゃないっすか」
言われてみれば確かにそうだ。いくら冒険者でもお金が十分もらえるのならば、わざわざ危険な仕事を連日行う必要はないだろう。
ゲームだと当たり前だが、連日戦い続けていれば疲労だってあるし心も荒みそうだ。
やりすぎたか、という後悔はあるが、マウンテンゴーレムの件もあるため期間内に既定のレベルに到達できてよかった。これ以上レベルを上げるかどうかは悩みどころではあるが。
「しかし、強くなったとはいえやっぱり不安は残るな。その魔法自体か効くかどうかもあるが、あの分厚い岩に覆われているとそもそも攻撃が届かない可能性が高いからな」
そうだよな。いくら転職までレベルを上げたと言っても、二次職になっているイレーヌさんたちの攻撃が通用していない以上、俺の攻撃が通じるとは限らない。その不安は解消されたわけではないのだ。
せめてあと一つ。何か対抗策があればいいんだけど。
「せめてあの巨大ゴーレムの隙間の中で攻撃できりゃいいんだが」
「いっそのこと、飛び移るっすか?」
「馬鹿言え。あんな高いところにどうやって飛び移るんだよ」
「ほら、竜便で使うドラゴンに乗るとか」
「もう、リーアム。何言ってんの。竜便のドラゴンじゃ臆病だから巨大ゴーレムになんか近づかないだろうし、危なっかしいわ。ケイオスだって呆れているじゃない」
冗談を言うリーアムをネルがたしなめる。
ネル、違う。俺は呆れていたんじゃない。ただひらめいただけなんだ。
うまくいくだろうか。しかし多少時間をかけてもここは頼んでみよう。マウンテンゴーレムに対抗できる鍵になるかもしれないのだから。
俺が考えた案をみんなに打ち明けると全員から反対された。
理由は相手に断られるだろうというのと、下手をすれば相手の怒りを買うのではと言う恐れである。しかし、彼女の力を借りられればマウンテンゴーレムを倒すことができるのではないかという点ではみな一致していた。
緊急時と意見を押し切り、交渉に臨んだのだが。
「断る」
すげなく断られた。一刀両断である。リーアムたちはほら見たことかと言わんばかりだ。同時に怒りに触れなくてほっとしている様子である。
俺がリーアムの言葉からひらめいたこと、それはエルフの集落の近くに住むドラゴン、ヴイーヴルの力を借りられないかと思ったからだ。
本人曰く魔物から恐れられており、多数の魔物を相手にして勝てると豪語するほど、腕に自信がある。マウンテンゴーレムが現れるまでは、このヴイーヴルこそがもっとも大きい存在だった。
ならばマウンテンゴーレムと対峙しても引けを取らないのでないかと考えたのだ。身もふたもないことを言えば、ボスにボスを戦わせるという普通では有り得ない行為である。しかしこれはゲームではない。友好的なヴイーヴルならば交渉次第でいけるかもしれないと思ったんだけど。
「お主らに思うことは無いし、奴らは敵じゃ。じゃから妾としてもこの森が襲われるなら戦ってもいいんじゃがの」
ヴイーヴルは低い声で言った。
「じゃが、それ以上に人間の国と関わるのはごめんじゃ。人間とは個人的に付き合うならば別じゃが、国が関わると大概面倒なことになるからの。また戦争に利用されそうになっては敵わん。エルフの集落との仲を取り持ってくれたお主らのことは気に入ってはいるが、そこまでする義理は妾にはない。妾は言うことを聞く家畜ではないのじゃ。流石にただではやるわけにはいかんな」
正論である。戦争に利用されそうになったと語ったヴイーヴルが人間にただで協力してくれるとは思えない。いくらなんでも人間にとって都合のいい話でしかない。
「じゃあ、対価があれば力を貸してくれるのか?」
元々これはみんなと話したときにも言われたことだ。ドラゴンの協力を得るには何かしらの対価が必要ではないかと。問題は彼女の働きに見合うだけの対価が何なのか思いつかなかった。
ヴイーヴルは人間とは価値観が違う。彼女が欲するものが人間の趣向と一致するかはわからない。取りあえず彼女が欲しがるものを知るべきだ。
「そうじゃの。お主ならば用意できるかもな」
「俺なら用意できる?」
意味深な発言だ。何故俺限定なのかわからず、おうむ返しに聞き返した。
「妾は人間のように宝石や金など必要ない。地位や名誉とかもいらんの。所詮は人の世でしか通用せんしな。ドラゴンの妾には関係ない。妾が欲するもの。強いて言えば、知識じゃな」
「知識?」
「そうじゃの。こう長く生きていると大抵のことは知っているし、目新しいことなどなかなか見つからぬものじゃ。そうなると刺激がなくて退屈になるのじゃよ。じゃから妾も知らないような未知を知りたい。これだけのことを頼むのじゃ。当然対価も大きくなる。この世界でも誰も知らないような話を知りたいのう」
だったら、ゲームの設定関係で何か話せばいいだろうか。ヴイーヴルの目が鋭く光る。
「お主が隠している秘密を教えろ。それが対価じゃ」
背筋が凍った。
動揺が周囲に伝わっただろうか。
今はヴイーヴルの瞳に射すくめられ、身動きが取れない。リーアムたちがどんな反応をしているか見ることはできなかった。
どうする?
話す?
秘密を?
彼らがいる前で?
目まぐるしく頭の中で言葉が焦りを伴って駆け抜ける。
でもヴイーヴルの協力は得たい。ただリーアムたちには聞かれたくはなかった。
「打ち明けたら協力してくれるのか?」
「ああ、約束しよう」
「できれば、リーアムたちは席をはずしてほしい」
「でも」
「頼む」
「……わかった」
リーアムたちは素直に言葉に従ってくれた。
「やはり仲間にも教えとらんのか。よほど打ち明けにくい秘密のようじゃの」
「知っていたのか?」
「前に言ったじゃろう? お主の器は人に似せて作られた精巧なゴーレムのようじゃと。妾の鼻がおかしくなったかと思っていたが、やはり他の人間とお主の匂いは違う。何かしら理由があるとは思っていたんじゃがの」
「そうだな。おそらくそれはこれから話すことに関係する。ただ、これは誰にも話さないでほしい」
「まあ、よかろう。妾の誇りに誓って秘密は守ろう」
一呼吸入れて俺はヴイーヴルに打ち明けた。
「俺はこの世界の人間じゃない。異世界の人間だ」
ヴイーヴルの瞳が忙しなく動く。瞳の動きが激しい反面、彼女はまったくの無言を貫いた。
「……あー、うん。またこれは予想だにしなかった正体じゃのう」
どうやらヴイーヴルは驚いていたようである。
「何か証明できるものはあるのか? さすがに鵜呑みにすることはできんぞ」
異世界人である証明か。ううん、どう証明していいものやら
そうだ、インベントリを使ったアイテムの出し入れを見せたらどうだろうか? あれはこの世界の住人にはできなさそうだし。
証明代わりにインベントリのアイテムの出し入れを見せたところ、ヴィーヴルは非常に驚いていた。
「これは不思議な現象じゃな。マナを用いて物質を転送しているのではない。未知の力を用いているようじゃな。これは妾にも原理がわからんぞ。お主どうやってこんなことをしてのけたのじゃ? そもそもどうやって異世界からこの世界に来たのじゃ?」
「それがまったくわからないんだ」
「わからない? それはどういうことじゃ?」
不思議そうな声色をするヴイーヴルに、かいつまんで事情を話す。
「つまり、お主の意志でこの世界に来たのではなく、そのゲームをしているうちにこの世界に来たと? しかも自由に行き来できる? 何ともけったいな話じゃのう」
「だから俺には原因がわからない。できればその理由も知りたいんだけどなかなか真相がつかめないままだ」
「ふむ、それが本当ならばそのゲームとやらを作った者が怪しいな。全容は現時点では把握しきれぬが、今お主の体は疑似的な器で構成されておる。その器の中に魂を吹き込んでいるような状態なのじゃろう。おそらくそのゲームを作った者がその仕組みを作ったとしか考えられん。かなり体系化されておるから、偶然とは考えにくい。理由はわからないがの」
偶然ではない、か。となるとやはり俺がこの世界を行き来できるのも誰かの仕業の可能性が一気に高まった。
ゲームの製作者が怪しいのは以前からわかっていたことだが、しかし何でこんなことをしているんだろう。
「しかし、異世界を行き来できるか。どういう技術か知らぬがひどく興味がそそられる。妾も行きたいものじゃ」
「ヴイーヴルのようなドラゴンは俺の世界じゃ架空の存在だからな。みんなびっくりするどころじゃないぞ」
「世界を隔てても人間の反応は変わらないものじゃの」
ヴイーヴルはけらけらと笑った。
「できればその仕組みを直接教えてほしかったのじゃが、あてが外れたの。まあよい。お主から解析すればいいじゃろう。約束は約束じゃ。お主に力を貸そう」
「ありがとう、ヴイーヴル」
「それで今すぐ行くのか? 妾に乗ればその場所まで一っ跳びじゃぞ」
「いや、ヴイーヴルだけに戦わせるつもりはない。俺たちも戦うつもりだ。ただその前に転職しなくちゃならないからどこか教会のある街に寄らないといけない」
「転職? なんじゃ? 敵と戦う前に必要なのか、それは?」
ヴイーヴルは不思議そうに首を傾げた。確かに敵と戦う前に職業を変えるなんて言い出したら意味がわからない。
「転職はゲームで利用できる仕組みの一つだよ。レベル……一定の強さを持った人が、教会で特定のものを捧げることで神の加護を得てより強い力を得るというシステムなんだ。もっとも神の加護に関してはあくまでゲームを盛り上げるための設定だから本当に神の加護を得ているわけじゃないけど」
噛み砕いて説明をしてみたが、ヴイーヴルは理解できていないようでうなっている。こうしたゲームの話は説明が難しい。
「リーアムたちも転職しなきゃいけないから一緒に連れて行かないと」
「うん、ちょっと待て。その転職とやらはお主だけではなくこの世界の住人も利用できるのか?」
「ああ、既に三人ほどこの世界の住人でも転職できることは確認しているぞ」
「おかしいではないか。お主のような異世界人がその転職とやらを利用できるのはいい。おそらくお主は異世界とのつながりを完全に断たれておらんから、それを利用できるのかもしれん。器に何か仕込まれているかもしれないからの。だから原理はわからなくとも説明がつけようはある。じゃが、異世界と無関係なこの世界の住人がどうして転職を利用できるのじゃ?」
そう、本来おかしいのだ。
当たり前のように一部のゲームのシステムが利用できている。
そもそもこの世界はゲームと似ている異世界だとしても、ゲームとは違う世界なのだから本来そのゲームシステムを利用できることこそがおかしいのだ。
「その転職とやら調べてみる必要があるな」
ヴイーヴルの言葉は謎だらけのこの現象に大きな波紋を投げかけた。




