第五十話 岩人形1
オリバーさんのことが気になって仕方がない。
もやもやしたものを抱えながら仕事をこなしている。
はあ、オリバーさんって何者なんだろう。
ゲームだと課金アイテムである「身代わりの人形」を使えば、死亡している相手を蘇生できるが、この世界では蘇生できない。
だから、ゲームの仕様のすべてが正しいとは限らない。
しかし、逆に言えばアレクシア様が使うスキルはゲームと同じ効果だし、スキルを覚える順番も変わりなかった。
これがオリバーさんだけ違うとなると何故違うのか理由がわからない。異世界特有のものなのか、単に俺が知らないだけなのかこちらのゲームの常識が必ずしも通用するとは限らないのが難点だ。
スキルはツリー構造になっていて、特定の下位のスキルを覚えなければ、上位のスキルを覚えられない仕組みになっている。
だがそれ以前に二次職のスキルと一次職のスキルは別のツリーになっているので、極端な話一次職のスキルを全く覚えなくても二次職のスキルを覚えることはできる。しかし、それはあくまで転職して二次職になっていればの話だ。
何故二次職の「モンク」のスキルをオリバーさんが使えるのか。
本人に直接聞けばいいのかもしれないが、オリバーさんが何者なのかわからないために、馬鹿正直に聞くわけにもいかなかった。
オリバーさんがこちらの世界の住人で偶然にも二次職と同じスキルが使えるだけならば問題ない。しかし、オリバーさんがプレイヤー、あるいは俺がこの世界に飛ばされる原因であるとなると話が変わってくる。
オリバーさんがプレイヤーで俺と同じようにこの世界が異世界であることを知らなかっただけなら、教えたほうがいいのかもしれない。
異世界人であるだけならば、今まで通りの付き合いになるだろう。
だが、もし元凶であるとするならば、何かしら思惑があって近づいたとしか考えられない。どんな目的なのかわからない今、相手が素知らぬ顔で近づいてきている。
ここでうかつに気づいていることを知られたら、どんなことになるのかリスクが大きすぎる。ならば、こちらが気づいていることを相手に知られたくないと思ったからだ。
もっともオリバーさんが元凶の可能性は低いと考えている。
異世界人かプレイヤーかではまだ判断材料が少なすぎるため断言できないが、俺にばれないように近づいてきたのならわざわざ二次職のスキルを使い目立つ必要なんてないはずだ。
疑いがわずかでもあるのは事実であり、できれば明らかにしたい。
まずはオリバーさんがプレイヤーなのか異世界人なのかはっきりさせよう。
『Another World』はつい最近正式サービスが始まったばかりである。俺が参加したβテストを含めても一般的なプレイヤーがゲームに参加できるのは約半年の期間ぐらいだろう。
オリバーさんがプレイヤーならば、この世界で生活しているわけではないため、当然この世界での過去の経歴などあるはずがない。
つまりオリバーさんの過去を調べれば、プレイヤーかどうかはっきりできるかもしれないのだ。
彼の過去を知っていそうな人に聞くか。オリバーさんと一緒に来た教会の関係者の人が知っていそうだけど、知り合いがいないからな。
ここはまずアレクシア様やイレーヌさんにまた聞いてみよう。ロズリーヌと一緒にコミューン北東部に行ったアレクシア様なら共闘していたから、俺よりもオリバーさんのことをもっと詳しく知っているはずだろう。
アレクシア様はちょうどいいことに手が空いているようで、宿を借りて休んでいる。さっそく訪ねてみた。
「アレクシア様、少し話があるんだがいいかな」
「どうぞ、お入りください」
部屋の中に入ると、アレクシア様とイレーヌさん。そして。
「ケイオス氏もアレクシア様に何か御用ですかな?」
よりによって今一番遭遇すべきではない人と遭遇してしまった。どうしてオリバーさんがここにいるんだ?
「小生のことはお気になさらず、ケイオス氏の用件を済ませてくだされ」
どうやら自然と懐疑的な視線を送っていたようだ。そのことを恥じつつ、アレクシア様に視線を合わせる。
「アレクシア様、少し聞きたいことがある。済まないけど、人払いして欲しいんだ」
「人払い? どうされたのです?」
「ちょっと、誰かがいると話しにくいことなんだ」
首をかしげるアレクシア様から視線を外して、オリバーさんを見る。
イレーヌさんが俺に出そうとしたお茶をこぼした。オリバーさんは、ほうと一言つぶやく。
「わかりました。オリバー様。申し訳ありませんが、少し席をはずしていただけますか?」
「そうですな。小生は邪魔にならぬように退散いたしますぞ」
オリバーさんと一緒にイレーヌさんも部屋から出ようとする。それを俺は引き留めた。
「あ、イレーヌさんにも聞きたいことがあるから残ってほしい」
「わ、私もか⁉」
「うん、イレーヌさんがいないと困る」
イレーヌさんはアレクシア様の後ろに侍る。ただ少し身を縮めて居心地は悪そうな気まずい顔をしている。
イレーヌさんの反応におやっと思うが、ひとまず聞きたいことを優先しよう。オリバーさんが部屋から出ていったのを確認した後、ゆっくりと彼女たちのほうへ向き直した。
「それで、アレクシア様に聞きたいことはオリバーさんのことなんだ」
露骨にがっかりするイレーヌさんを尻目にアレクシア様に尋ねる。
「オリバー様のことですか? しかしそれは以前先生にはお話ししたと思いますけれど」
「いや、オリバーさんの経歴を詳しく知りたいんだ。教会の騎士団に所属しているということは聞いたんだけど、何時ごろからかとかもう少し詳しく知りたい」
「すみません、私もそこまで詳しくは……。イレーヌは何か聞いているかしら?」
「私もあまりオリバー様のことは存じておりません。カスタル王国の話はなかなか耳に入ってこないですから。しかし、オリバー様が有名になったのは一年ほど前からのことだと聞き及んでおります」
一年前か。
『Another World』のクローズドβテストが始まったのはおよそ半年ほど前の四月からだ。プレイヤーがゲームにログインできたのは半年前以降からであり、必然的にオリバーさんが一般的なプレイヤーである線は消える。
ならオリバーさんはこの件に関わっていない?
いや、待てよ。
完全に否定するにはまだ早い。一年前にはすでに『Another World』の情報は一般に告知されていた。『Another World』の開発が発表されてずっと待ち焦がれていたので覚え間違えるはずもない。
プレイヤーは無理でも、もしオリバーさんがゲームの開発者ならば開発初期段階で例えば社内でのテスト、いわゆるα(アルファ)テストを行っているはずであり、この時期からこの世界に訪れることができていたと仮定すると、彼が一年以上前からこの世界で活動していてもおかしくはない。
むしろ俺がこの世界に行き来できるのもこのゲームの開発者の誰かが関わっていると考えたほうが自然である。
技術的な面では皆目見当もつかないが、もし異世界に行き来するための何かを仕込むのならば、ゲームのプログラムなどに直接手を加えるか、ゲームに必要な機械の仮想空間体感装置であるヴァルギアに手を加えるぐらいしかないからだ。
ゲームのプログラムに仕込むには開発関係者ぐらいしか触れられないし、俺が使っているヴァルギアはクローズドβ(ベータ)テストのテスターとして選ばれたとき、ゲームの運営会社から送られてきたものだ。ならば運営会社か開発会社によっていじられた可能性は充分に高い。もちろんヴァルギアの製品を開発した会社の可能性も否定はできないが。
「あとはそうですね。噂ですし、あまりオリバー様の悪口を言いたくはないのですが」
イレーヌさんが言葉にするのをためらっている。視線で続きを促した。
「その、オリバー様はいわゆる変人、変わったお方だと口さがない者たちが申しておりました」
何とも言い難い噂だ。
「それはオリバー様の珍しい戦い方のことを指しているのでしょうか?」
「いえ、申し訳ありません。何しろたまたま通りかかったときに耳に入った程度ですので真偽のほどはわかりません」
「それでもまったくひどい人たちですね。あの方は民を思い精力的に活動していらっしゃる素晴らしい方なのに。そんな陰口を叩くなんて」
アレクシア様は至極まっとうな怒りを露わにした。
少年を治療してきたときや魔物から住民を助けようとしたときのオリバーさんは間違いなく素晴らしい人物にしか見えなかった。彼に対する疑惑がなければ、アレクシア様と同じように彼のことは優れた人格者としか思わなかっただろう。
「そう言えば、オリバーさんの用事はなんだったんだ?」
「いえ、大したことではありませんよ。私が使う魔法や先生のことも尋ねられていました」
突然得体のしれない誰かが背後に忍び寄ったような恐怖を覚えた。
オリバーさんも俺のことを調べている?
一体どうして?
「ふうん、俺のことをね」
「ええ、オリバー様は先生の活躍はよくご存じのようですが、普段の先生のことを詳しくお知りになりたいということでしたので、私が先生と出会ったときのことをお話ししたのですが、……何かいけなかったでしょうか?」
平静を装って聞いてみたつもりだったが、やや責めるような口調になっていたらしい。アレクシア様がまずいことを口走ったのかと困惑している。
「いや、構わないよ。ごめんね。怖がらせてしまって。責めたつもりじゃないんだ」
俺は即座に謝った。もし少しでも遅れていたらアレクシア様の背後で剣呑な空気を漂わせているイレーヌさんによって物理的にひどい目に合わされそうだ。
オリバーさんが俺のことを調べている。俺を調べるために近づいたと言うことか?
しかし何を調べようとしているのだろう。
βテストのテスターに応募した際に氏名や住所などの個人情報が必須だったため、もしオリバーさんがゲーム運営関係者ならばわざわざこの世界で調べる必要がない。運営会社が管理しているユーザーの個人情報から調べれば見つかるはずだ。そもそもゲーム内で個人情報を明かすことなどあり得るはずもない。
ならばゲーム内でなければわからない、または直接会わなければわからないことを調べているということになる。
アレクシア様の話だと、この世界で一般に知られていることを調べているようだから、俺がこの世界でどういう影響を及ぼしているか、そして危険人物かどうかを調べているのかもしれない。
もしかするとオリバーさんにとって俺がこの世界に来たことは想定外の事だったのか。コミューンで有名になった俺のことを知り、その異常な行動からどんな人物か見極めに来たのではないか。
その可能性はあり得るかもしれない。ただこれはプレイヤーや異世界人や元凶といったものではなく、教会の関係者として調べている線もありそうだ。
ああ、ダメだ。考えれば考えるほど疑念が湧き上がってオリバーさんの正体を突き止めるどころか頭が混乱しそうになる。
「先生?」
アレクシア様が不思議そうに俺を眺めていた。すっかり彼女のことを忘れて長考してしまった。
「ごめん、アレクシア様。それとありがとう、イレーヌさん。おかげで少しオリバーさんのことがわかったよ」
話を切り上げて、部屋から出る。
証拠も何もない推論だけじゃやっぱり限界があるな。いろいろ疑ってかかってしまい、かえって想像が生み出した虚像に振り回されそうだ。
取りあえずオリバーさんは俺を調べているようだ。わからないならこちらからも注意深く相手の行動を見極めて目的を知るしかない。彼の前で不用意な発言は控えて警戒だけしておこう。
***
アレクシアは町に着いてから多忙な日々を送っていた。忙しいと言っても苦になるほどではない。ただ彼女にある不満と言えば、ケイオスと会える時間が少ないぐらいか。ケイオス本人も忙しいようでせわしない姿を何度か見かける程度だった。それを少しだけ残念に考えながら仕事に勤しむ。
そして今朝。いつものようにイレーヌに髪をとかしてもらっていると、鏡の中にいつもと違うイレーヌの表情が映っているのに気づいた。彼女は何かを言いたいが言うべきか迷っているような複雑な顔をしているのでアレクシアは気になって聞いてみた。
「イレーヌ? 何か話したいことでもあるの?」
「いえ、その」
あまりにも歯切れの悪い従者の姿に、アレクシアは振り返って続きを促した。
「どうしたの? そんなに話しづらいことなの?」
主に聞かれているにもかかわらず、余程話したくないのか喉元から出かかっていても言葉が出そうにない。だがアレクシアの無垢な瞳にとうとう観念して打ち明け始めた。
「先日、ケイオスがアレクシア様にオリバー様のことを詳しく聞いたことを覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、つい最近のことですから覚えています」
ケイオスがオリバーに興味を示したのが気になっていたのでアレクシアの印象にも残っていた。
「あれから私も気になって、オリバー様のことを調べたのです。そこでまたよからぬ噂が流れていまして」
「よからぬ噂? あの時はオリバー様が変人だという噂でしたよね」
オリバーの仕事ぶりはアレクシアも把握していたため、その時はいい加減な噂を流すものだと思った。
「今回はそれとは別です。いえ、ある意味同じなのかもしれません」
アレクシアはイレーヌの言葉の意味をはかりかね、胡乱な表情を浮かべた。
「ある意味同じ? それはどういうことです?」
「その噂はケイオスも絡んでおりまして」
「まあ、先生が? イレーヌ、もったいぶらずに話して頂戴」
「どうやらケイオスは私たち以外にもオリバー様のことを聞いて回っているようです。それだけではなくオリバー様が仕事されている最中にケイオスがじっと物陰からオリバー様の様子をうかがっているようなのです」
「それは、まあ」
ケイオスがオリバーに興味を持っていたことは知っていたが、まさか本人を遠くから眺めているだなんて。
もし噂が事実だとしたら、おそらく民衆から英雄と支持されている人物がどのような人物か同じ英雄の視点で見定めようとしているのではないだろうか。
しかし、いくら師でもそれは相手に失礼だ。教え子である自分があとでケイオスに注意しなければ、とアレクシアの心の中で使命感が燃え上がった。
「噂の真偽のほどはわかりませんが、周囲にそう思われていることもまた事実。先生のお耳に入れたほうがいいですね」
「そうですね。これ以上妙な噂が拡散してはいけませんし」
「しかし、それとオリバー様が変人である噂と同じだとどうつながるのです? どちらかと言えば、それは先生が言われる側のように思えるのですが」
話を締めくくろうとしていたイレーヌに、アレクシアは疑問を挟んだ。イレーヌはしまったという表情を浮かべる。その従者の反応はアレクシアにこの噂にはまだ続きがあると確信させた。
「ねえ、イレーヌ。きちんと話して。噂の内容は先生やオリバー様の名誉にもかかわることなのです。先生の行動を改めていただくにしても見当違いなことを言いたくはありません。噂の詳細は知っておきたいの」
「……はい、わかりました。でしたらお気を確かにお聞きください」
イレーヌは顔を真っ赤にしたまま、こほんとせきをした。
「その上、ケイオスがオリバー様を遠くから熱い視線を送っていることから、実はケイオスがオリバー様とその、特に仲良くしたいと思っているのではないかと」
「特に仲良くしたい? いいことではありませんか」
復興に勤しむ仲間として両者の仲が良好なことは悪いことではない。悪い噂につながるとはアレクシアには思えなかった。
一方、イレーヌは耳まで真っ赤にしながらどう説明するべきか悩んでいた。
アレクシアはどうやらイレーヌが言葉に込めたニュアンスが一切伝わっていないようである。一から説明しないとだめなのかとイレーヌは羞恥で顔が焼けそうだった。
もともとアレクシアはケイオスによって魔導師としての才能が開花するまでは、ヴァイクセル帝国の魔法学園で落ちこぼれと称された少女である。しかし学術的な知識だけは博識であったがゆえに妬まれ、同世代の友人がいなかった。
そのせいか魔法や歴史と言った学術的な面では博識なのに、どうも同世代が好むような話題に興味を示さず知識に偏りがあった。最近では自身の経験から恋愛にも興味を示すようにはなったものの、まだまだ純粋なままと言えよう。
イレーヌ自身もアレクシアよりは年上とはいえ年頃の乙女である。噂だとしてもこの世界でも特殊な恋愛事情を口にするのはさすがにためらわれた。それを純粋無垢なアレクシアに聞かせるのも背徳感にさいなまれる。
しかし、主であるアレクシアが望むのだ。ここは覚悟を決めるしかなかった。
「つまりですね。ケイオスが! オリバー様に! 恋をしているのではないかと! 周囲は思っているのです!」
イレーヌのやけくそになって出した大声がアレクシアの耳に入る。みるみるうちにアレクシアの表情が驚愕に変わっていく。
「先生が恋?」
「はい」
「相手がオリバー様?」
「はい、その通りです。気になる人の話を人から聞いて、その相手の仕事ぶりを見て熱い視線でじっと眺めている。それがまるで恋をする乙女のようだとまことしやかにささやかれているのです。両者が英雄と言われているからなおさら」
「でも、オリバー様は男性ですよ。先生も男性です。その恋なんておかしいじゃないですか」
アレクシア様は彼女の常識で持って反論した。彼女の知る恋愛とは異性同士が行うものである。恋人は男女がなるものであり、断じて同性同士が行うものではない。しかし、イレーヌが首を振った。
「アレクシア様、残念ながら恋愛という世界は広いのです。同性同士の恋愛も少数ですが存在するのです」
この手の話は昔からつきものである。しかし自分の身近に起きたことは無いので接する機会などないとイレーヌは思い込んでいた。
ここの住人たちは知らなくても支援物資の運搬に関わった者たちは彼が英雄であり、コミューンの女王やアレクシアと親しい関係であることを知っている。仕事で彼と関わることがあっても、やはり簡単には近づきにくい。
だからこそ、有名でこそあれ周囲はケイオスの行動から勝手に妄想を膨らませているのだろう。
まさか主の想い人にそんな噂が立つなんて。所詮噂の域に過ぎないが、それでもケイオスを見る目が変わってしまう。こんなことを主に報告しなければならないなんてイレーヌは夢にも思わなかった。
「そんなまさか」
アレクシアが絶望に暮れる。少女はまた一つ世界の深淵を知った。
「そこで話が戻るのですが、オリバー様が変人だという噂がありましたよね。もしかするとオリバー様もまたケイオスと同じ趣味を持っているのでは、という噂が流れています。それを裏付けるようにオリバー様もまたケイオスと同じようにケイオスのことを人から聞いているようなのです」
アレクシアの心の中に雷が落ちた。
「それは両想いということですか⁉」
イレーヌは重々しくうなずいた。アレクシアはがくりとひざまずき床に手をついた。
いったいいつケイオスがオリバーに思いを寄せるような出来事があったのか、とアレクシアは自問自答する。少なくともクレルモンからここに来るまでオリバーとケイオスは何度か顔を合わせ話していたが、そこまで深い仲のようには思えなかった。
だがここに来てから、二人の行動のすべてを把握しているわけでもなかった。アレクシアは多忙で、ケイオスもまた多忙であったため自身の護衛をしてくれている間ぐらいしか一緒にいることができない。
そのアレクシアの知らない間に、ケイオスとオリバーの仲が互いを意識するほどに進展していたということなのだろうか。
いや待て、私。と、先走りしそうになる思考を彼女の冷静な理性が引き留める。
今までイレーヌが話したことはあくまで噂であり、事実かどうかはわからない。もし事実だとしても有り得そうなことは、ケイオスがオリバーの情報を人から聞いていること、そしてオリバーの様子を観察していること、オリバーがケイオスの情報を人から聞いていることぐらいだろう。
英雄同士の大スキャンダルである。噂好きにはたまらない格好の獲物だ。きっと根も葉もない噂が背びれ尾びれをつけているだけに違いない。
「イレーヌ、あとで先生を呼んできて。先生によくない噂が立つのは看過できません。きっと何かの間違いに違いありませんから」
「かしこまりました」
片思いの相手だけではなく、師として尊敬している相手がいわれのない中傷に晒されているのは我慢できない。アレクシアがここまで噂を知った以上、引き下がることはないだろう。イレーヌは素直に彼女の命に従った。
昼過ぎ、イレーヌはちょうど手が空いたケイオスを呼んだ。アレクシアの部屋に彼が入室するとアレクシアは自然と顔をほころばせる。
「先生、お忙しいところお呼び立てして申し訳ありません」
「いや、気にしなくていいよ。で、アレクシア様。今日は何の用かな?」
まずいきなりケイオスに説教しても仕方がない。そう考えたアレクシアは噂の真相を確かめることにした。
「以前先生はオリバー様のことをお調べになっていたようですが、それは今も調べていらっしゃるのでしょうか。例えば他の人に聞いてみたとか」
「ああ、何人かに聞いてみた。けど、彼らが知っている情報はアレクシア様と似たり寄ったりかな。ここにいるのはヴァイクセル帝国の関係者かここの住人ぐらいしかいないからあまり彼のことを詳しく知っている人はいないようなんだよね」
ケイオスが他の人にオリバーのことを聞きまわっていることはどうやら事実のようだ。完全な根も葉もない噂ということではないらしい。
ケイオスが話を聞いた人たちの中にはケイオスとオリバーの噂を知っている人もいたかもしれないが、さすがに本人の前でそんな醜聞を打ち明けることはできない。だから、ケイオスはそんな噂が立っていることを全く知らないはずだ。
「で、では先生はオリバー様がお仕事をしている最中にじっと彼のことを眺めていたりするのですか?」
ケイオスは表情を崩さずにじっと考え込んでいる。ロズリーヌと話して以来、アレクシアはよく彼の表情や仕草を観察するようになった。もともと彼のことをよく眺めていたがケイオスはあまり表情が豊かな人間とは言えない。黙している彼がどう考えているのか知りたかった。
そうしてアレクシアが知ったのは彼があまり表情は動かさないものの、まったく変化がないのではなくあまりに微細で見落としがちになるということだった。初見ではひどく不愛想にしか見えないから初めて会う人には悪い印象を与えてしまうのかもしれないが、表情の微細な動きや仕草に着目すればある程度察することができる。
そうした経験を得たアレクシアの感想としては、おそらくケイオスはアレクシアの話を聞いて戸惑っているように思えた。
「気がつかなかったな。アレクシア様に言われて思い返してみると、無意識のうちに隠れてオリバーさんのことを見ていたかもしれない」
どうやらケイオスの戸惑いの原因は自分の過去の行動を振り返って無意識のうちにやってしまっていたことに今になって気がついたからのようだ。本人が意識的に行ったわけではないようだが、これもどうやら事実のようである。それをたまたま誰に目撃されてしまったのだろう。
そしてここからが本命だ。アレクシアは大きく息を吸い込んだ。
「それでですね。先生はどうしてオリバー様のことを調べたり、隠れて眺めたりしていたのです? いくら先生でも他人の噂を聞いて回ったり他人の行動を監視したりするような行動は褒められたものではないと愚考するのですが」
「それは……」
ケイオスは口ごもる。彼も指摘されてあまりほめられた行動ではないことを理解したのだろう。
しかし正直に本当のことを打ち明けるわけにもいかない。アレクシアをだますのは心苦しいが、自身の秘密に触れることであり、オリバーの正体をつかめていない。
「そうだな、悪かった。俺はオリバーさんのことが気になって仕方なかったんだ」
だからケイオスは真相を伏せたままアレクシアに回答する。
そのケイオスの判断はこの場に限って致命的な選択だったと言える。ただでさえアレクシアは妙な噂を聞いたところである。アレクシアの耳に入ったその言葉は当然のごとく意味が曲解されて伝わる結果になった。
「気になって仕方なかった⁉」
アレクシアは大声を上げて驚いた。
流れていた噂の半分は真実であり、ケイオスもそれを認めている。ケイオスの行動を誰かが目撃したために噂になったのだから、それが真実であるという可能性は十分に高く、アレクシアの想定の範囲内だった。
しかし、ケイオスがオリバーに好意を寄せていることを本人が口にしたわけでもないのだから、第三者がケイオスの行動から邪推した憶測に過ぎない。それなのにケイオスは肯定してしまったのである。まさか嘘から出た真とでもいうのだろうか。
アレクシアにとって由々しき事態である。ケイオスがオリバーのことを気になって仕方がないぐらい好きだというのなら祝福すべきなのか。
ケイオスから彼の恋愛観を聞いたことは無い。本人から直接聞くのはアレクシアにとってすごく恥ずかしいことだったからだ。
だから当然自分がケイオスの好みの女性に合致しているかどうかアレクシアにはわからない。自分の想いを伝えていないこともあって自分が選ばれないことや、他の女性が選ばれるかもしれないことさえ覚悟はしているつもりではあった。
しかし彼の相手がオリバーだとしたら話は別である。
つい先ほどイレーヌにそのような愛の形があると教えられたばかりなので、気持ちの整理がまだついていなかった。
真実の愛かどうかはともかくイレーヌが話すのをためらうような行為なのだ。周りかから見てもそれは異端であり、おそらくは受け入れられない想いなのだろう。
やはり嫌われてもケイオスを止めよう。自分の制止を振り切り、周囲の声にも負けずにその恋を貫くとしたならば、自分は涙をのんでそれを見守ろう。アレクシアは悲壮な決意したのである。
「先生、それはいけません! オリバー様のことを好きになるなんて! どうせ恋をするのならば女性を選ぶべきです!」
「……アレクシア様は何を言っているんだ?」
ここでようやくケイオスはアレクシアが何か誤解していることに気づいたのだった。
***
「先生、誤解して申し訳ありませんでした」
「いや、もう、うん。俺も悪かったよ」
なんとかアレクシア様の誤解を解いた。正直アレクシア様にそうした誤解をされたことが一番ショックだった。
俺ってそんな風に見えるのだろうか。そうだとしたらさすがに嫌だな。
「とにかく先生とオリバー様に変な噂が立っています。できるだけ周囲に誤解を与えないよう行動を慎んでください」
「はい」
俺がオリバーさんを無意識に監視していることについて周囲がおぞましい噂を立てているから、行動には細心の注意を払ったほうがいいとアレクシア様に忠告された。
クレルモンから離れて住人からの注目が薄かったから気にしていなかったが、どうやら俺のことを噂するほどには注目されていたらしい。やはり有名になったことの影響は目に見えなくても大きいようだ。
下手に行動をすると不名誉な噂まで流れてしまうのか。まあ今回は俺の行動も悪いところがあったからだけど、それでも噂している連中にはさすがにそれはないと叫びたい。
それにしても無意識のうちにオリバーさんのことを警戒しすぎて監視していたなんて。我ながら露骨だよなと呆れてしまう。相手にばれように注意していたのに周りがすぐに気づくぐらいしっかりと行動に表れているのだから。
しかし露骨に普段と違う俺の行動の変化に対して、オリバーさんが感づいていなかったのだろうか。まあオリバーさんと知り合ってそこまで友好を深めていないので気づかれていないだけかもしれないが。
オリバーさんの行動に変化はない。あれから彼から直接接することはなかった。相変わらず仕事ぶりで怪我人を治すために精力的に働いている。
はっきり言って聖人君子じゃないだろうか。変人という噂もあるけれど今回の噂のように何かの間違いに違いない。疑う自分が馬鹿らしくなるのと同時に緊張の糸が切れてしまいそうだった。
「ご理解いただけて何よりです。ですがここでの活動ももうお終いです。根も葉もない噂も立ち消えになるでしょう」
「そうなのか?」
「ええ、支援物資もおおよそ行き渡ったようですし、この町での私たちの役目はここで終わりです。復興の途中で私たちが離れてしまうのは一見薄情に見えるかもしれませんが、これ以上手伝うとなると本格的な復興を手伝うことになるので時間がかかりすぎてしまいます。まだ支援物資の届いていない地域もあるそうですし、支援物資を運搬する人手はまだまだ足りないのが現状なのです。私たちが最大限に人々の役に立つとすれば、無事に救援物資を運ぶこと。あとはここの住人たちと常駐する兵士たちに復興を任せるほかありません」
積極的に復興支援を手伝ったこともあって、もう少しだけここでの復興の様子を眺めていたかったがそういう事情なら仕方ない。
「いつこの町から出立するのかな」
「明日には出立します。オリバー様は教会の命で活動されていらっしゃるので、オリバー様の御予定を確認したところ、治療も一段落ついたそうでして私たちと一緒に帰還されるそうです」
ヴァイクセル帝国の命令で動くアレクシア様と教会の命令で動くオリバーさんは復興支援では互いに密接な関係ではあるけれど、命令系統が別でありあくまで協力関係に過ぎない。だから、アレクシア様から協力要請をしなければオリバーさんと別れる可能性もあった。
ここでオリバーさんがこの町に留まっていたのならば俺の単なる思い過ごしだったかもしれないが、着いてくるとなると予断を許さない。何事もなければいいのだけれど。
だが出立前にアレクシア様のところへヴァイクセル帝国の使者が訪れていた。どうやらアレクシア様に緊急の連絡が入ったようだ。さすがにヴァイクセル帝国の関係者ではない俺が傍にいるのはまずいので手持無沙汰のまま、リーアムたちと一緒にアレクシア様が戻るのを待つ。
「ケイオス氏、アレクシア様はいらっしゃいますか? 大変なことになりましたぞ」
アレクシア様がいなくなったタイミングを見計らったようにオリバーさんが訪れた。ちょっとだけ警戒するが、彼の言う大変なことも気になる。ヴァイクセル帝国の使者も慌てていたようだし、もしかするとそれに関係しているかもしれない。
「いや、今アレクシア様は席をはずしている。それにしても大変なことっていったい何が起きたんだ?」
「実は小生の所に教会の使いの者が来ましてな。近隣の町や村に魔物の群れが襲っているそうです。かなり強い魔物の様でして小生もその討伐に当たる予定なのです。おそらくアレクシア様もその話を伺っていることでしょう」
「それはまた吸血鬼が襲っているのか?」
オリバーさんは首を振った。
「いや、どうやら岩の人形のような魔物らしいですぞ。岩でできているためにかなり頑丈な魔物のようですな」
岩の人形? そんな特徴のある魔物と言えば思い当たる魔物は限られている。それってもしかして。
「ゴーレムじゃないか、それ。多分ストーンゴーレムだと思う」
「ゴーレム。なるほど。伝え聞く特徴に似ておるやもしれませんな。しかし、そうなると厄介ですぞ。もしそれが本当ならば、ますます邪神が復活した噂に信憑性が増したことになりますな」
「あのよ、ゴーレムってどんな魔物なんだ? 姿や名前ぐらいは伝承とかおとぎ話で出てくるから知っているけどよ。邪神とどんな関係あるんだ?」
ハボックが小声で聞く。こっちの世界じゃゲームと違ってゴーレムは架空の魔物に近い存在であまり実態は知っていないようだ。しかし、オリバーさんはゴーレムのことを詳しく知っているようで説明を始める。
「ゴーレムは邪神が創り出した魔物ですぞ。吸血鬼と同じで伝承に残っていますが現在では存在が確認されていない魔物ですな。岩や泥から作られ自立して動く人形の魔物であるため普通の魔物と違い子を成すことができないのです。つまり他の魔物とは違って自然と増えることは有り得ないのですぞ。ゴーレムは誰かが作ったことになり、伝承の通りならば邪神が作ったことになりますな。もちろんゴーレムを生み出す術が今でも伝承されていて別人が作った可能性も否定できませんが」
ゲームじゃ魔物は倒されても時間が経過すれば復活するが、それはあくまでゲームの話。動物みたいに生殖でもしない限り魔物が増えることはない。ならば作られた人形であり生殖機能のないゴーレムが自然発生することは有り得ない話か。
ヴイーヴルと同じように邪神がいた時代に作られたゴーレムが暴れているという可能性は否定できないが、偶然にしては何故今になって暴れだしたのかといった謎がある。それなら誰かがゴーレムを新しく作り出したほうが納得できた。
ゴーレムを作った首謀者が邪神かどうかはわからないが、一番怪しいのは吸血鬼騒動の首謀者だ。
しかし以前思ったように吸血鬼が暴れているときやヴァイクセルとコミューンが戦っているときにでもゴーレムが襲い掛かっていれば両国に甚大な被害があっただろうに、どうしてこのタイミングで襲ってきたのだろう。何か他に目的があるのだろうか。
いや、それよりも早くゴーレムを倒さないとせっかく復興しようとみんなが必死になっているのに、これじゃいつまで経っても復興なんてできなくなる。
「先生! オリバー様もいらっしゃったのですね! ちょうどよかった」
アレクシア様が戻ってきた。アレクシア様の表情を見る限り、どうやら使者も同じことを彼女に告げたのだろう。
「アレクシア様もお聞きになられましたか。ゴーレムが各地を襲っていることを」
「ええ、かなりの規模のようです。陛下から軍と合流して、魔物の討伐に当たるように命が下っております」
「小生たち神殿騎士団もヴァイクセル帝国軍に協力して討伐するようにと厳命されておりますぞ。アレクシア様、以前のように共に戦いましょう」
「教会の方々のお力があれば心強いですね。先生はどうされますか?」
少しの間とはいえこの町で復興を手伝ってきた。ここで出会った人たちの顔が頭の中にちらつく。
もしゴーレムの襲撃を受けてしまったら、無事に逃げられたとしても町に被害が出てしまい、住人は路頭に迷うことになる。復興中のこの一帯で避難民を受け入れるだけの余裕のある町もないはずだ。まだ復興の途中なのにこれじゃ元も子もない。
「戦うよ。アレクシア様」
意外とすんなり答えが出た。自分でもびっくりするぐらいで、今発言したのは自分じゃないかのような気分になる。
もしかして心の奥底では英雄だと呼ばれていることを受け入れていて、英雄らしい行動をするように意識してしまっているのかな? そう自問自答しても答えは出なかった。
リーアムたちはどうするのだろう。俺の護衛として雇われているのだから俺について行くつもりだろうか。わざわざ危険な場所へ赴くのだから、彼らに断りを入れなきゃいけない。
「みんなはこのまま帰ってくれてもいい。いくらロズリーヌから護衛の依頼を受けているって言っても、さすがにこれは依頼の範疇を超えているんじゃないか?」
「気にしないでいいっすよ。俺らは単純に護衛の名目だけでケイオスと一緒にいるわけじゃないっすから。なあ、みんな」
「そうね、私も父さんのことで借りがあるし、ここで返しておかなきゃ女が廃るわ」
リーアムたちはどうやら俺と一緒に着いてきてくれるようだ。なんだか無性に嬉しかった。
「ケイオス氏の活躍が見られるのですな。それは実に興味深い。いや、このような事態なのに不謹慎ですが、高名なケイオス氏と轡を並べて戦えるなど胸が躍りますな」
「先生と一緒に戦うのは久しぶりです。魔物を退けて民を危機から救いましょう」
オリバーさんとアレクシア様はやる気のようだ。オリバーさんはともかく二次職であるアレクシア様がいるのはかなり心強い。
オリバーさんのこともあるし、ゴーレムの件は早く解決したいところだ。
町から出てすぐに軍隊と合流して、ゴーレムの被害のあった地域へと北上している。どうやら被害にあったのはコミューン北西部でも北に位置する町や村らしい。
ちなみに俺とリーアムたちは馬車の中にいて、アレクシア様やイレーヌさんが乗る馬に並走するような形だ。アレクシア様たちとは会話できる程度の距離を保っている。
オリバーさんは教会の騎士団を率いているのでこの場にはいない。
「また北か」
「そうですね。吸血鬼の一件も元を正せばコミューンの北西部から始まっていたようですし、何かあるのでしょうか」
思わず声に出していたようで、それをアレクシア様に聞かれてしまった。
吸血鬼もコミューンの北西部から始まっていたし、ヴイーヴルの話にも北の大地に住んでいた魔物が南下してきたそうだ。
「やっぱり北の大地で何かが起こっているのかな」
「北の大地。北の森林地帯や山脈を抜けた先にあるという邪神との決戦地。そこで魔物を率いていた邪神は人と神との戦いに敗れ封印されたのですね」
ゲームの設定ではそうなっている。そう言えばアレクシア様にはそのことを話した記憶があるな。
邪神は封印され、魂と肉体に分離された挙句、魂は二度とこの世界に干渉しないように異界に封印し、肉体は北の大地にある神殿に封印されている設定である。
「しかし以前お聞きした先生のお話ですと邪神は異界に魂を封印されたはずでは。北の大地にある神殿で封印されている肉体だけでは復活はできないでしょうし、もし邪神が復活したというのならば、その魂は再びこの世界に舞い戻って来たのでしょうか」
うーん、アレクシア様の疑問に汗が噴き出る。それはあくまでゲームの設定での話だからな。本当かどうかかなり怪しい。ああ、プレイヤーだと思っていた黒歴史をどうにかして消したい気分だ。
だが、もしこの世界の歴史と設定が同一ならば、邪神はどうやって復活したのだろう。
魂が再びこの世界に舞い戻ることなんてあるんだろうか。この世界に干渉しないように異界に魂を封印したって設定だったから、そう簡単に元の世界へ舞い戻れるとは到底思えないけど。追放された魂はどうなったんだろう。魂だけになっても活動できるのかな?
あれ、待てよ。プレイヤーである俺がこの世界に飛ばされるのも、邪神が封印されたような状態と似てないか。だってヴイーヴルの言ったようにこの体は作りものだろうし、魂だけこっちの世界に飛ばされている。封印とは少し違うような気もするが、一時的に現実世界から異世界に切り離されているのと似ているように思えた。
だとすると邪神が復活した理由と俺がこの世界に飛ばされる理由と何か関係があるのか?これは結構重要なことかもしれないぞ。
「というか、よくそんなことを知っているっすね。邪神のおとぎ話は有名だけど、封印の詳細なんて聞かされていないっすよ。大抵邪神が封印されてめでたしめでたしで話は終わるっすからね。異界に魂を封印されたなんて初めて知ったっすよ」
「北の森林地帯は魔物だらけで北の大地のことを知る人は一人もいないものね。北の大地に何があるかなんてみんな知らないんじゃないかしら」
「森林地帯をドラゴンで飛び越えてはいけないのか?」
「無理だと聞いていますね。空を飛ぶ魔物も生息しているそうですから普通のドラゴンでは太刀打ちできないそうです」
リーアムたちも邪神の伝説は知っているようだが、この世界で一般人に知られている邪神の伝説と俺の知っている設定とじゃ一部情報に齟齬があるようだ。
そうしたゲームの世界観を説明する設定やアイテムなどのフレーバーテキストもうかつに話すべきではなさそうだな。情報によってはここでは知られていないことも含まれているようだ。
ちなみに既に北の大地へ足を踏み入れたプレイヤーもいる。周辺の魔物はかなり強敵ぞろいのようだが、そこにはいわくつきの神殿以外何もないそうだ。おそらく現時点ではイベントが実装されておらず邪神なんてどこにもいない。今後その神殿を利用した新たなイベントが実装されるのではないかとプレイヤーの間では噂されている。
正式サービス開始直後に実施されたイベントの名称が「邪神の侵攻」というイベントであり邪神の存在はばっちりと示唆されているから、今さら邪神が出ないとは考えにくいけど、邪神ってどんな奴なんだろう。
ずっと北上してきたので北にある森林地帯が視界に入る。森林の上空は霧で覆われており、時折に岩肌らしきものをのぞかせていた。かなり高い山がそびえたっているのだろうが、全景をとらえることはできない。あの森林を超え、さらに山を越えれば北の大地に行ける。もしそこに邪神がいて原因がその邪神だとしたら、俺はどうすればいいのだろう。やっぱりそこも調べるべきかな。
いずれにしても北の大地へと続く森林地帯は単独で足を踏み入れるのは無茶もいいところだ。北の大地には魔物もいるようだし、実力がなきゃ調査なんて無理である。
せめて二次職になって、ギルドかパーティーのような多人数で行動できなければ踏破することはできない。それにゲームと一緒で何もなくて徒労に終わる可能性もあるのだから確信が持てるまでは北の大地に行って調査することは保留だな。
「それにしても結構北まで来たのに一向に見つからないな、ゴーレム」
「ですが、そろそろ襲われたと報告を受けた町に到着する予定です」
「アレクシア様! 前方に町を発見、合わせて街を囲むようにゴーレムの群れを確認しました! いかがいたしますか?」
アレクシア様の予定通り町は見つかったが、どうやらまだゴーレムがいるらしい。伝令がアレクシア様に指示を仰ぐ。
「全軍を持って町を取り返します。ゴーレムは体内にある核となる宝石を壊さなければ倒せません。まずは胴体を破壊し核を露出させ破壊するよう各部隊に通達。直ちに攻撃を開始しなさい」
きびきびとアレクシア様が指示に合わせ兵士たちが動き出す。
「よし、俺たちも稼ぎ時だな」
馬車の中で軽く柔軟しながらハボックが声を上げた。
「アレクシア様、俺たちはどうすればいい?」
俺の言葉にアレクシア様は逡巡する。
「先生にお願いするのは心苦しいのですが、ゴーレムがどれほど頑丈かはわかりません。岩でできたストーンゴーレムならばおそらく相当頑丈なはずです。核を露出させようにも兵士たちの攻撃では威力が足りず不十分かもしれません。先行して遠距離から魔法で攻撃して核を露出させるようにお願いできますか」
「わかった、先行する。アレクシア様も気をつけて」
「先生もご武運を!」
アレクシア様から離れ、馬車の速度を上げる。隊列の先頭を目指すとようやくゴーレムの姿が目に入った。
人よりは一回りほど大きいだろうか。ゴーレムの形はどれも個性的だった。
かろうじて四肢をもつ人型の人形。一つの大きな岩で構成されているのではなく、胴体を含めていくつかの岩がつぎはぎになっていて、苔が生えたような岩や歪な形の岩で構成されている。岩同士のつなぎ目を関節のように使っているので、人の関節とは異なる位置にあり、想定外の動きを披露していた。
ぐるぐると回すことができるようで駄々っ子が腕を振り回すように攻撃してくるゴーレムもいれば、胴体のつなぎ目を回転させてぐるぐるとラリアットしているゴーレムもいる。
ふざけた動きに見えるが真実はひどく恐ろしい攻撃だ。高速で岩をぶつけられるようなものである。個体によって不規則に動く岩の塊は動きを予測しづらい。
ただ元が岩で重たいからか、関節や遠心力を利用した攻撃は早いものの、移動自体はのろのろとしたものだ。うかつに近づかなければ容易に逃げ出すこともできる。
兵士たちは弓矢で遠巻きに応戦している。当たり所がよければもろそうな関節部分に当たり、腕や足が落ちて動きが鈍くなるようだ。そこから攻撃を重ねて身動きが取れなくなったゴーレムを各個撃破している様子である。
だがアレクシア様が懸念していたように致命的なダメージを受けているゴーレムは少ない。ヴァイクセル帝国軍にいる魔導師は少ないようだ。
「そろそろ降りて、俺たちも戦いに加わるっすよ」
リーアムの提案に頷き、馬車を止め降りる。馬車をしまうと同時にゴーレムたちへと向かった。
ゴーレムは無機物の魔物だ。毒のような状態異常は意味がない。ならば動きを封じる。
「『チェインバインド』!」
腕をドリルのように回転させていたストーンゴーレムを魔法の鎖で拘束する。それに合わせハボックとリーアムが接敵し、リーアムがゴーレムを切りつけた。
「痛っ、固え!」
「馬鹿野郎! それじゃ岩に剣を叩きつけているだけだ! 岩の隙間を狙え! 攻撃はまともに受けるなよ。すべてかわすんだ!」
思いのほか反動が大きかったようで、手をしびれさせたリーアムをハボックが叱責する。ハボックは器用にゴーレムの胴体にあった岩の隙間に斧の穂先を滑らせると、てこの原理で岩をはがした。鈍く光る宝石が露出する。あれが核だろう。
核が見えた瞬間、後方から矢が飛んだ。ネルの矢か。露出された核は脆く矢が当たったと同時に砕け散る。心臓の鼓動のように明滅していた核の光が消え去った。それを皮切りにして不可思議に動いていたゴーレムの体は、ただの岩の塊へと変貌しばらばらに崩れていく。まるで部位をつないでいた糸がずたずたに切られてしまい分解されてしまった人形のようだ。
「なるなる。そんな感じっすね。よっと」
今度はリーアムに襲い掛かってきたゴーレムの体の隙間に剣を突き刺した。
「畑に埋まった石を掘り返すなんて子供のころからやっていたことっすよ! 農民の息子を舐めんな!」
剣の柄をぐっと押し込んで岩をはがす。傍で戦っていた兵士が長槍で核を壊した。
うん、ゴーレムのレベルは俺たちより上だが、決して勝てないほどの差ではない。これなら十分に勝てる。だが。
「数が多いか」
ゴーレムの数は多い。町を襲っただけあってかなりの数のゴーレムがひしめき合っている。
「ケイオスさん、危ないわ!」
エミリアの声にはっとなってその場を飛びのいた。そこに岩が降ってくる。
腕を振り回していたゴーレムが、振り回した腕の遠心力を利用して自身の体の一部を切り離して攻撃してきたようだ。文字通り自分の身を削る攻撃で何度も使用できるものではないが、遠距離攻撃まで仕掛けてくるのかよ。
攻撃速度に関しては気を抜いてはいけない。こんなのがぶつかれば他の兵士もひとたまりもない。幸いまだ誰も当たってはいないようだが時間の問題だ。
やはり俺も直接攻撃に参加しなくては。幸いゴーレムはあまりにも奇抜な動きをするので全然生物といった感じがせず、殺すというよりも壊すと言った感覚で嫌悪感は無いに等しい。我ながら現金なものだ。しかしこいつらを倒さなきゃ、リーアムたちが傷つき、他の町が襲われる。
「リーアム、ハボック! 時間を稼いでくれ!」
「おうよ、任せろ!」
俺はインベントリからアイテムを取り出した。
「スキルリセット」
新たに買い直した「スキル還元の証」を破り捨て、自分の習得しているスキルを初期化し再設定する。ゴーレムに状態異常は効かないものが多い。ならゴーレムにも有効な『チェインバインド』だけを残し、威力が高く複数攻撃できるスキルを習得しなおす。
ハボックとリーアムは積極的に攻撃せずに距離を取っている。囮になってゴーレムの周りを絶えず動き続けることでゴーレムの注意をひきつけている。俺には一切注目していないようだ。それを確認して即座に詠唱に入る。
マジシャンはアタッカーとして優秀な職業である。特に複数の敵を相手にして広範囲に高い威力を発揮するという点において他の職業の追随を許さない。広範囲高火力。爆発的な火力こそが真骨頂だ。
だから唱えるべき魔法は一次職のマジシャンのスキルの中で最も強力な爆発魔法。
「『マナエクスプロージョン』」
この世界が異世界であることを認識して以降、初めて魔物を直接倒すために魔法を放った。
光球がゴーレムの胴体にぶつかると爆発を起こし、直撃を受けたゴーレムは核ごと壊れ、傍にいたゴーレムも爆風に押され尻餅をつく。血が流れず、人形のように壊れるゴーレムの姿に動揺はなかった。
くっ、まとめて倒すには威力が低かったか。ゴーレムのレベルは絶望的な差とはいかないまでも、俺よりも上だ。その上単純な防御力が高い。岩ももしかすると普通の岩よりも固い材質なのだろうか。そして体格が大きいのもあってこの魔法で確実に倒せるのは一匹が限界だろう。
けれど尻餅をついたゴーレムを兵士たちが倒している。いくら人間の肉体と構造が微妙に違うと言っても、尻餅をついた状態で腕の可動域が狭くなってしまえばゴーレムでも反撃することは難しいらしい。爆風でも何でもいいからゴーレムを倒すか、体勢を崩せればいいようだ。
二撃目はそれを心掛けて胴体を狙わずに足元を狙う。足や足場さえ崩せば、元々歪な形のゴーレムは簡単に体勢を崩しやすい。とどめは全部リーアムたちや兵士に任せた。残念ながら今MPを回復させる手段が乏しい。マナポーションはあるが、数の多いゴーレムを魔法だけで倒すのはかなり厳しい状況だ。
これなら安全にゴーレムを倒せる。兵士たちにも被害は少ないはずだ。せっかく復興し始めた町を壊させるもんか。
「ケイオス氏! 援軍に来ましたぞ!」
後方に控えていたオリバーさんが教会の騎士団を引き連れて前線まで来ていた。アレクシア様も『アディション』で味方を強化し、イレーヌさんがゴーレムを吹き飛ばしながら既に戦闘に入っている。
いくらゴーレムが強いと言ってもレベルで見れば俺より少し上の程度。俺よりもずっとレベルの高い彼女たちからすれば大した相手じゃないだろう。まだ味方より数が上回っているゴーレムもじりじりと削られていく。多くの仲間が倒されているのにゴーレムたちには怯みはしない。岩の人形だから恐怖はないのかな。
ゴーレムが怯まない以上、逃走することはなさそうだ。つまりゴーレムに勝つにはゴーレムを全滅させなければいけない。全滅させるのは骨だが、アレクシア様たちがいる以上、もはや何の不安要素もない。
この戦いは勝てる。
一帯を轟音が支配した。まさか敵の増援か? この場にいたみんなが音のする方向へ一斉に顔を向けた。
音がした先には北の森林地帯しかない。もしかしてあの森林からここまで音が届いたのか? 森林は木々や霧に隠されて音の原因はわからなかった。だが森林から鳥の群れがこちらに飛んできている。
あの鳥は魔物で音の原因かもしれない。と思ったが、どうやら様子がおかしい。というのも、鳥は俺たちに向かって飛んでいるのではなく群れが散り散りになって飛んでいるからだ。まるで何かに驚かされた鳥の群れのように見えた。
つまり音の原因は別ということか? ゴーレムの動きに注意しながら、目を凝らして森林を注視する。
しばらく音が続くと霧が揺らいだ。
「は?」
ぬうっと岩の塊が霧の隙間から飛び出る。あまりにも非現実な光景に声が漏れた。リーアムたちや兵士たちも目撃したようで唖然としている。
ゴーレムは泥や岩でできた人形である。岩の大きさでゴーレムのサイズは変えることができるのだろう。しかしだ。
「だからって、これはないだろう」
理不尽だと独り言で訴える。ゆっくりと巨体を揺らしながら現れ出たのは周りのゴーレムが虫のように見えるほど馬鹿げた特大サイズの巨大ゴーレム。遠目から見てもはっきりと姿が見え、巨木が腰の高さもない時点で明らかに異常な大きさとわかるのだ。ミニチュアの中にいる怪獣みたいなサイズ比だ。もはや山が動いていると形容してもおかしくない。そもそもゴーレムで正しいのかさえ怪しい。
あんな巨大なゴーレムってゲームに登場するのか?
あんな馬鹿でかいサイズの魔物がいたらプレイヤーの間で絶対に騒ぎになっている。
だが記憶の中にそんなゴーレムの存在はなかった。見た目だけで判断するならばボスだったエルダートレントが雑魚に思えるレベルだ。おそらく圧倒的な外見相応の強さがあるのだろう。
ここが異世界である以上、ゲームとは違った魔物がいてもおかしくない。おかしくはないが、限度ってものがあるだろうが!
ゴーレムの性質はそのままなのか巨大ゴーレムも移動は遅い。だが着実にこちらに迫っている。周りにいる普通サイズのゴーレムを全滅させようとすれば、あの馬鹿げたサイズの巨大ゴーレムも相手にしなければならない。
指揮官はどうするつもりなのか。俺はアレクシア様とオリバーさんを見た。アレクシア様は驚きで未だ立ち直れていない様子だったが、オリバーさんは厳しそうな表情をしている。
「これはいけませんな。兵士たちの士気が見るからに落ちている」
兵士たちの顔を見るとみんな青ざめている。圧倒されるほどの魔物の巨体にみんなが飲まれたのだ。それでも恐慌しないだけましなのだろう。
「やはりあれもゴーレムなのでしょうか。しかし、もしそうなら核もあの体内にあるということに」
アレクシア様が言いたいことはわかる。ゴーレムと同じように胴体の中に核があるのだとしたら、どうやって露出させるかが問題だ。リーアムたちがやっているように剣をてこのようにして岩を取り除くなんてことはいくらなんでも無理である。
必然的に遠距離からの攻撃に頼るしかないが、矢でも魔法でも威力不足じゃないだろうか。
その巨大ゴーレムは怪力を駆使して巨木を引っこ抜いた。それをピッチングマシンのように腕だけ動かし放り投げる。
「来るぞ、避けろ!」
イレーヌさんの声に応じて兵士が逃げた。味方のゴーレムを巻き込んだ形の投擲だが、幸い投げた巨木は手前で失速して落ちたため誰にも被害はなかった。だが大質量の巨木が空から落ちてきたのだから、落下地点の土が周囲に降り注ぐ。まるで土砂降りの雨のようだ。ゴーレムは次の木を引っこ抜こうとしている。
「アレクシア様、ケイオス氏。ここは味方を撤退させて、あの巨大ゴーレムを小生たちで食い止めましょう。あの巨大ゴーレムがいる限り、ここで戦うのは危険すぎる。投擲は命中率が低そうですが、これだけの距離を苦も無く飛ばしているところを見ると、その分数を増やせます。この場にいては一方的にやられてしまいますぞ。一番危険なのは味方の撤退中に無防備な状態であの投擲を受けてしまうことです。ですが並の兵士に任せては太刀打ちできません。あの巨大ゴーレムは危険すぎる。味方が撤退するまで小生たちが引きつけましょう」
「わかりました、全軍撤退してください。殿は我々が努めます!」
オリバーさんの進言を受け、アレクシア様は即座に撤退を決断した。指揮官であるアレクシア様をこの場に残すことを兵士たちは渋ったが、あの巨大ゴーレム相手にして決死で挑んだとしても生半可な実力ではかえって足手まといだとアレクシア様に諭され、無念そうに後退していく。
「では、私たちは行きましょう。少しでも時間を稼がなければなりません」
この場に残ったのはアレクシア様、イレーヌさん、オリバーさん、それから俺とリーアムたち。そのメンバーで巨大ゴーレムに立ち向かった。
巨大ゴーレムが投げる巨木は徐々に正確性を増していっている。中には運が悪く巨木の下敷きになった兵士もいるが少数である。即時に撤退を考えなければ、おそらくもっと被害が拡大していただろう。オリバーさんの判断は正しかったようだ。
「しかし、あんな奴に攻撃が通用するのか」
「やってみなければわかりませんが、とにかく倒すことよりも注意を引くことに専念しましょうぞ。味方が引き揚げたら小生たちもすぐに撤退しましょう」
近づくにつれてゴーレムを見上げる顎の角度が上昇し、後頭部が背中に引っつくんじゃないかと思われるぐらいだ。近くまで寄ってかろうじてゴーレムの真上にちょこんと表示されている敵の名称とHPゲージが目に入る。どうやらゲームに存在しない敵にもこのシステムは有効らしい。
マウンテンゴーレム。それがこの巨大ゴーレムの名称か。まんまだな。
ゴーレムの頭部らしきものは見えたが、はっきりした顔の形は取っていない。目なんてあるのかはわからないが、少なくとも敵が近づいてきたことに気づいているようだ。
マウンテンゴーレムは巨木の投擲をやめて、俺たちを踏みつけようとする。巨体を支える足だけにその広さも尋常なものではない。時折腕を振り下ろすので視界外からの攻撃は厄介極まりない。
この時点でマウンテンゴーレムの注意をひきつけ、味方の撤退を支援する目的は達成できてはいる。しかしそれを避けるだけでも全速力で駆け抜けなければ避けられないのだから一苦労だ。巨大な分、攻撃範囲は広いとは予想していたけれど、実際目の当たりにすると迫力が違い過ぎる。腕を振り回すだけで暴風が吹き荒れていた。
まずは相手が動き出す前に俺が先制攻撃する。
「『マナエクスプロージョン』」
迷いなくさっきのゴーレムと同じ要領で足元を狙った。
「やったか⁉」
爆発する足を見てハボックが叫んだ。爆発による煙が晴れると、マウンテンゴーレムの足はほぼ無傷に見えた。畜生、これじゃ大して効果がない。
「先生、合わせます!」
アレクシア様が『アディション』を詠唱してくれた。アレクシア様の能力が高ければ高いほど攻撃スキルを強化するこのスキルはかなり強力なスキルである。その状態で『マナエクスプロージョン』をマウンテンゴーレムに再び放つ。
さっきよりも激しい爆発がマウンテンゴーレムの足元を襲う。だが。
「たったこれだけ……」
放った魔法はほんの少し岩を削っただけで終わった。いくら放ったのが一次職のスキルであるとはいえ、一次職では最強クラスの威力のスキルで二次職のスキルの支援があってこの程度の威力しかないとなると、本格的に通常の雑魚の魔物とは考えにくい。明らかにマウンテンゴーレムはボスクラスの強敵だ。
「ケイオスの魔法でもダメか、ならば」
イレーヌさんが危険を顧みず暴風の中をすり抜けて、マウンテンゴーレムに肉薄する。愛用のレイピアでは効果が薄いと判断したのか、マウンテンゴーレムの足を蹴り飛ばすが、大質量すぎたせいか、動きはすれども体勢を崩すほどでもない。あまり効果がなかったことでイレーヌさんは舌打ちした。
今度はオリバーさんが仕掛ける。オリバーさんはイレーヌさんほどの速さはない。だからかわすのもぎりぎりだ。見ているこちらがハラハラする。だがオリバーさんは着実に攻撃のパターンを読んで直撃は避けていた。
「『チェインバインド』!」
魔法の鎖でマウンテンゴーレムを縛り付けオリバーさんの攻撃を支援しようとしたが、魔法の鎖は即座に断ち切られた。普通のゴーレムとは違い、マウンテンゴーレムには「麻痺」の耐性があるようだ。
マウンテンゴーレムが拳を地面に叩きつけた。オリバーさんはマウンテンゴーレムの手の甲を殴りそらす。そのタイミングで一気にマウンテンゴーレムの懐まで走ると、今度は拳を光らせ、足首を狙って強力な一撃を叩き込んだ。おそらく軽い連撃は効かないと見て、一撃に賭けたのだろう。
「これも効かないとは。このゴーレム、かなり頑丈ですな。ん?」
苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を見せたオリバーさん。かなり激しい音がしたのに一番脆そうな足首でさえ効果がない。
そのままマウンテンゴーレムが体勢を立て直し、すぐさまオリバーさんに反撃するが、攻撃が効かないと見るやすぐにオリバーさんは退避する。
撤退支援のために俺とアレクシア様、ネルの三人で遠距離から攻撃するが、弾かれ効かず、注意をひきつけることさえできない始末であった。だが即座に判断して行動に移したオリバーさんは逃げ切ることに成功した。
「いやはや真正面から戦えば、手の打ちようがありませんな」
汗だくのオリバーさんはそうぼやいた。みんなもこのマウンテンゴーレムの強さは十分に思い知ったはずだ。このメンバーでは一番強いであろうイレーヌさんやオリバーさんが倒せない。アレクシア様も強いが、攻撃範囲が狭くゴーレムの中に飛び込むには危険すぎる。そんな相手をどうやって倒すべきなのか。攻略の糸口すら見つからない。
「ですが一つだけ、さっき接近した時にたまたま視認したのですが一つだけ勝てるかもしれない方法があるかもしれませんぞ」
オリバーさんはマウンテンゴーレムの胴体に指をさした。
「ゴーレムの胴を見てくだされ。隙間が見えませぬか。しかも淡く光っているように見えますぞ」
言われてみれば確かに指をさした先の右の胴には、岩と岩が重なり合ってできた小さな隙間があった。小さいと言ってもマウンテンゴーレムのサイズ比によるもので、人がもぐりこめるぐらいの大きさの隙間である。そんな岩の隙間なのに、岩の影ができるどころかほんの少し光が漏れている。
「もしかするとあそこから核にたどり着けるやもしれませんぞ」
そうか。あの隙間が核の宝石に続いていれば逆転の可能性はある。ただ問題は。
「だが、どうやってあそこまで行くんだ?」
そう、その一言に尽きる。
マウンテンゴーレムの胴体など、ビル何階分の高さで表現されるほどの高さにある場所だ。そこまで行く梯子もなければロープもない。マウンテンゴーレムが倒れれば別だが、そもそも倒れないから困っている。
仮にそこまでよじ登ることができたとしても難易度は高く自殺行為と言っていい。動き続ける右腕をかいくぐって登らなければならないのだ。よじ登る間ほとんど自由に身動きなんて取れないだろうし、そこで胴体によじ登った人間をマウンテンゴーレムが叩き落としたら目も当てられない。
同様の理由で遠距離からその隙間に向けて攻撃するのも困難だ。当てにくい上にそもそもその隙間に攻撃して核に当たるかどうか微妙だ。
動きを止められればいいが、『チェインバインド』で動きを阻害することは不可能だった。もう打つ手がない。
「仕方ありません。悔しいですが、これ以上時間をかけても私たちでは敵わないでしょう。どうやら味方の撤退も終わりそうです。私たちも撤退して一度対策を練りましょう。ここにいてはいいようにやられてしまうだけです」
「そうですな。無念ですが雪辱は次の機会に取っておきましょう。各自ゴーレムの攻撃を避けるため散らばって逃げますぞ」
アレクシア様とオリバーさんの意見が一致した。みんなで一斉に走って逃げる。マウンテンゴーレムも逃げる俺たちに投擲で攻撃をしてくるが、結局のところ散らばって逃げたせいか狙いを絞り切れなかったようで攻撃が命中することは無かった。
俺は逃げ際にもう一度背後を振り返った。
マウンテンゴーレムはゆっくりと俺たちを追いかけてきている。マウンテンゴーレムの動く速度と俺たちが走る速度には差がある。決してマウンテンゴーレムは追いつけないだろう。その姿を俺は目に焼きつけていた。
どうあっても戦況を引っくり返せない悔しさが胸を締めつける。
この世界に来て、初めて完敗と呼べる敗北だった。




