聖なる鳥と破られた約束
偉大なる御方とは誰なのか。なぜイグナは、その存在に仕えていたのか。
問いかけたいことがいくつも浮かんだ。
けれど、その前に私は声を上げた。
「当ててみせるわ! お姉ちゃん、光を安定させて!」
「無理よ。この水晶石に剣が当たると、魔術が霧散しちゃうの。シズカも光魔術を使いなさい」
「えっ? 私が?」
姉は当然のように言うけれど、私には無理難題にしか聞こえない。
「使ったことないの。まだ魔術を習い始めたばかりだから」
「魔術の初歩中の初歩よ。できるわ。それより、電灯の方が不思議に思わない? ほら、できるから!」
姉はすっかり、この世界の常識に馴染んでいる。
私にとっては、魔術を使うことの方がよほど不思議なのだけれど。
「でも、光魔術は……」
「シズカは魔術についての知識が足りないわね。闇魔術に対抗するのは神聖魔術よ。光はただの光。魔力が少しでもあれば、誰でも使えるのよ」
魔術は想像力だ。だから、光を思い浮かべるだけなら、誰にでもできるのだろう。
私は壁際に移動し、目を閉じて深く息を吐いた。それから、手のひらを開いて上に向ける。
光を思い浮かべる。暗闇を照らす、柔らかな光。
「光の精霊よ、顕現せよ」
……確か、こんな感じだったよな。
手のひらに、かすかな温もりが宿った。
次の瞬間、小さな光がふわりと浮かび上がる。
「やればできるじゃない!」
姉が嬉しそうに声を上げた。
「本当に……できた。また一つ、できることが増えたわ」
私は自分の手のひらを見つめた。
小さな光は、ふわふわと宙を漂い、薄暗い壁を照らしていく。
その光に照らされて、古びた壁画が浮かび上がった。
「何か描いてあると思ったんだ!」
壁画には、憂いを帯びた獣人族の少女が、椅子に腰掛けている姿が描かれていた。
その肩には、小さな鳥がとまっている。
少女の表情はどこか寂しげで、肩の鳥だけが、彼女に寄り添うように描かれていた。
壁画の色はすでに剥げ落ち、長い年月を経たことを物語っている。
「……これがイグナ。貴女なの?」
「ああ、そうだ。だが、ただの鳥ではない。聖なる鳥だ」
どこかで見たことのあるような鳥だった。尻尾は紅色だろうか。
転生前、隣人が飼っていたヨウムに似ている。賢い鳥だった。
じっと壁画を見つめていると、アカリから声がかかった。
「早く戻ってきて。作業を続けるわよ」
「あ、すぐ戻る」
私は姉のもとへ戻った。
それから、剣が数十回振り下ろされた。
何度も同じ箇所を狙い続け、ようやく水晶玉に亀裂が入った。
「これじゃあ、いつになることやら」
「少し休みましょう」
私の声を合図に、アカリは剣を下ろした。
そのとき、私は異変に気づいた。
ずっと水晶玉から扉に向かって流れ続けていた魔力の流れが、止まっている。
それと同時に、水晶玉の表面がスライムの身体に覆われ始めた。
次の瞬間、亀裂からスライムが噴き出した。
細い糸のように伸びた身体が天井に向かって吹き上がり、やがて床に、ぽつぽつと水滴を散らした。
「え? まずいかも……イグナ? 生きてる?」
けれど、私の問いかけに返事はなかった。
この水晶玉から出ることが望みだったとしても、それが命を断つことになるなんて……。
しかし、床に散らばったスライムの破片は、やがて一箇所に集まり始めた。
破片は再びスライムの形を取り、さらに姿を変えていく。
現れたのは、蒼いガラス細工の鳥の彫刻だった。
「ねえ、イグナ。返事をして!」
「……ああ。出してくれてありがとう。少し時間をくれ。体が馴染むまで」
私たちは部屋の隅に腰掛け、彫刻を眺めながら待った。
やがて、ガラス細工の鳥は剥製のような姿へと変わり、さらに、その目に光が宿った。
私の知っているヨウムは、胴体が灰色で尻尾が赤い。けれど、目の前の鳥は胴体が青く、尻尾は同じ赤色だった。
「まさかね……」
この世界に転生したのだから、そんなことがあっても不思議ではない。
「待たせたね。記憶も全て戻ったよ!」
「良かったわ。魔力が流れていないから焦ったわ」
「ああ、この水晶玉は魔力を強制的に吸い取ってしまうからね。土穿竜の餌にするために」
そう答えた次の瞬間、イグナは水晶玉に向かって飛び立った。
そして、爪で水晶玉を掴むと、粉々に砕いてしまった。
「へ?」
アカリと私は、そろって驚きの声を上げた。
「これくらい、造作もないことだ。忌々しい魔道具は、使えないようにしておかないとな」
気持ちはわかる。長い間、自分を閉じ込めていたものなのだから。私は非難しなかった。
「それは構わないけど。ところで、イグナ。貴女も魔力を抑えることができるのね?」
「もちろんだ」
「貴女もこの世界の理の外にいるってことよね。つまり、私たちと同じ異端者なのよね」
けれど、その問いにイグナは答えなかった。
身体の具合を確かめるように、翼を開いては閉じている。
わかりやすい。答えたくないことには、沈黙で答える。
「そんなことよりも、大切な話がある。アカリとシズカと交わした約束だが、反故にさせてもらうよ!」
「はぁ? それはルール違反よ! こんなに苦労したのに……」
アカリは怒りをあらわにし、イグナを睨みつけた。
「理由を聞いてほしい。納得してくれとは言わない。もちろん、アカリたちと大切な者には手を出さないから」
きっと、嫌だと言っても交渉が決裂するだけだろう。
「とりあえず、話を聞かせて」
そのために、私たちはここまで来たんだから。
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