vsマジリン
(部屋に落ちてから、10分以上は経ってると思うんだけどなぁ―――)
ナルは一人、部屋でうろつき回っていた。
時に足踏みして、時にストレッチして。
それでもなんだか落ち着かない。
首を長くして待ち続けていると―――ドアが開いた。
「君がおれの対戦相手?」
入ってきたローブの人造妖怪に問う。
「いかにも。ワシの名はマジリン。妖術を使うのだ」
「敵に手の内明かしちゃっていいの?」
「構わんよ〜。若いもんにはチャンスをやらんと」
相手をナメている態度。卑しい笑み。
それらは、彼がロボットだと感じさせない。
(ふうん。ただの無機質なロボットじゃないんだ。人間味あるねぇ、こいつ)
人造妖怪としての高い出来に、少しだけ感心する。
「若いもんだからってナメたらだめだよ?おれ、手加減しないから」
不敵な笑みを浮かべてみせる。
「おぬしもな。油断するでないぞ。勝負はもう、始まっとるんじゃからな!」
マジリンは杖をナルに向けた。先から稲妻が飛び出す。
しかし、当たる直前で消失した。
小さなバリアを張っただけのことだ。
「じゃあ、こっちもいかせてもらうよ」
手を向け、氷塊を作り出し一気に飛ばした。
マジリンは余裕で躱した。
まあ。これは全然、想定の範囲内だ。
「ふぉふぉふぉ。使うのは氷を生み出す形式だな。ならば苦手なものは―――」
マジリンはそこまで言うと、杖をこちらに向けた。
「炎、じゃろうな」
先から轟々と燃える炎が飛び出してきた。
後ろに下がる。炎はナルには届かなかった。
射程は3mといったところか。
「ふむ。なかなかの身体能力」
「ある程度は鍛えてるんだよね」
「ふうむ。これならどうかな」
今度は杖から大量の尖った氷が飛び出した。
(同じ属性で?意味無いと思うけど―――)
疑問に思いつつ、ナルは左に避ける。
その先に行かせまいと、氷が飛んでくる。
仰け反り、直前で避ける。
奥に行こうとするも、氷が刺さっていて進めなかった。
(形式によって射程が変わるのか。氷とか杖から飛ばすタイプは長くて、炎とか杖から放出するタイプは短いって感じかな)
大体分かってきた。
3m以上離れて、安全圏から攻撃し続ければ、問題なさそうだ。
「今、『3m以上離れていれば大丈夫だ』とか思ったんじゃなかろうな」
ギクッとした。的中している。
「爪が甘いのぉ。それだけじゃないぞ〜?」
マジリンは指を鳴らした。
すると突き刺さっていた氷が炎の柱になった。
「は―――?」
目の前で起きていることが理解できず、ナルは身動きが取れなかった。
そして、轟々と燃える炎に包まれた。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
一方、ここは人質達のいる別室。
「それにしても遅いなぁ。剛くん、商談に来てくれないのかなぁ」
次郎がソファにもたれ、空を見つめながら呟いた。
「我々はなるべく早く帰って、研究所の復旧に努めたいのですがね〜」
カモッシーは床の上で転がりながら、ため息をついた。
「研究所の復旧?」
「あのね、少し前にちょっと怖いお客さん達が来て研究所で暴れていったんだよね」
「怖いお客さん」
「次郎さん。あれは客人ではなく、ただのゴロツキ共ですよ!」
カモッシーが横からツッコむ。
「あ。そういえば、オグがそんなこと言ってたような」
「え。もしかして11月、地上祭の時ですか?」
「ああ〜。そうだねぇ。地上祭の時期だね」
「知り合いの研究所って、次郎さんのところだったんだ―――」
ようやく分かった。宿主がいるからこそ、オグは連れて行きたくなかったのだ。
「なるほど―――」
「ん?ひなとくん、どうかした?」
「いえ。何も」
ちらっと時計に目をやる。
別室に来てから45分。まだまだ出られそうにない。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
「ふぉふぉふぉ!勝負あったのぅ、坊や―――」
そこでマジリンの言葉は途切れた。
炎が消え、現れた無傷のナルの姿を見て、唖然としているのだ。
「簡単なことさ。バリア張っただけ」
睨みつけながら、解説してやった。
「むぅ。思ったより骨のある奴だ」
「それはどうも」
無愛想に返事しながら、ナルは考えていた。
想定外だった。まさか【形式変換】ができるだなんて。
妖人族は妖術に特化しているが、大きな欠点がある。
“血統の形式以外の形式は使えないこと“だ。
ナルは氷を生み出す形式の血統である。ゆえに他の、炎を生み出す形式などは使えないのだ。
他の種族は修行さえすれば、色々な形式を使うことができる。
そこが妖人族が他種族に劣る点であろう。
(かなり古いデータを使ってるみたいだ。少なくとも80年は【形式変換】できる妖怪なんて確認されてないって言われてるし。本気だったんだな)
狒々川の集めたデータの古さや深さ、それを集めるまでの努力に感嘆する。
【形式変換】を使うには、修行を沢山積まなければならない。
複数の形式を得る必要があるからだ。
無理なことではないが、消費する妖力量が格段に増えるし、修行で命を落とす可能性もある。
争いが無くなった現代、妖怪達も過酷な努力をしてまで強くなろうとは考えない。
ゆえに現代の妖怪の多くは、形式を持っているか否か、そのどちらかだ。
ちなみに、先ほどバリアを張ったのは【結界術】と呼ばれる術である。
全ての妖怪が習得できるため、これは形式に分類されない。
【結界術】を習得すれば、車と衝突することも箪笥の角に小指をぶつけることもない。
そのためテルビーエでは、子供に身につけさせることが義務化されている。
マジリンを倒すために、まずナルが考えるべきことは。
(どうやって【形式変換】を突破するか―――)
氷を生み出す形式と【結界術】。
今のナルの手札はこれしか無い。
さて、どう切り抜けるか。
考えている最中、マジリンが仕掛ける。
また雷を放ってきた。同じようにバリアを張る。
するとバリアに当たる直前で、雷が尖った岩へと姿を変えた。
「っ―――!」
岩はバリアを突き破り、ナルの左肩を掠めた。
シャツが破れ、肉が抉られ、血が滴り落ちている。
ナルは妖怪としてはまだまだ未熟者だ。
バリアの一点に集中して攻撃されると、穴が空いてしまう。
それが物理的な攻撃なら尚更。
「むぅ〜未熟じゃのう。これだけで穴が空くとは。【結界術】もその程度なのか」
「くっ、うっ―――」
渦巻く苦しさと悔しさ。
唸り、左肩を押さえながら、マジリンを睨みつける。
するとマジリンが再び杖を構えた。
今度はナルの足元に。
「何をするつも―――うわ!」
杖の先から突風が飛び出し、ナルを跳ね飛ばした。
それだけでない。次は強風を巻き起こし、ナルの体を持ち上げる。
床から7mほどの高さまで来た時、急に風を止めた。
そうすれば当然、ナルの体は落下する。
(何でこんな中途半端な高さに―――)
疑問を抱いていると右肩に尖った氷が突き刺さった。
「がっ、あぐっ・・・・・・」
さらに、刺さった箇所から傷口が凍り始めている。
「ぐっ、うぐぅ・・・・・・」
体を捻り、患部が上を向くように向きを変える。
なんの慈悲もなく、床に叩きつけられる。
患部の衝突は免れたものの、とても痛い。
「ぐうぅ、あああああ―――!」
凍った傷口から、今まで経験したことのないほどの、激しい痛みを感じる。
立ち上がって反撃しなければならないのに。
立つことさえ、今はできない。
「ふぉふぉふぉ。床を意味なく転げって愉快愉快。芋虫みたいじゃのう」
マジリンの嘲笑なんか、耳に入らなかった。
それよりもナルは、打破する方法を考えている。
得意の氷は効かない。バリアも硬くない。
それにまだ、相手に一撃も与えられてない。
最終奥義も隠し球も持っていない。
あまりにも絶望的な状況だ。
早々に、詰みなのだろうか―――?
「くっ・・・・・・」
降参する選択肢が表れた、その時。
『強敵が目の前にいる時こそ、私の天賦の才が光る時。そんな時こそ、良いアイデアが閃くのだ。だから、私が挫けることなど決してない!』
そんな言葉が脳裏をよぎった。
自分に自信を持たせてくれた、何度も伝記を読んで覚えた、尊敬する彼のその言葉が。
「っ―――!そうだ!」
こんなところで諦めてたまるものか。
もし彼ならば、この状況をどのように打破するのか。
おそらく彼ならば、効かない形式よりも【結界術】を多用するだろう。
(結界、結界かぁ。う〜ん・・・・・・)
結界をどのように使えば打破できるか。
考えてみるが、どうも難しい。
再びナルに強風が吹いたが、今度は飛ばなかった。
足元を凍りつかせ、一時的に床から離れないようにしたのだ。
風が止むと同時に、こちらも術を解除する。
次は片手ほどの大きさの岩を、七つ飛ばしてきた。
左肩を押さえながら必死で避ける。
それでも顔や腹に何発か当たった。
先ほどより動きが遅くなって、きっと当てやすかろう。
(結界、結界、結界、結界―――)
痛みを感じていても、ナルはただ結界のことを考えていた。
一体どうすれば良いのだろうか。
『時に原点に戻ることも大事だ。進むばかりでは、いつか行き詰まる。過去や本質を知ることも、成功に繋がるのだよ。分かるかね?諸君』
再び彼の言葉が浮かんできた。
(結界の原点―――)
結界はそもそも、どのようにしてできるのか。
ふと、ナルの頭に浮かんだのは盛り塩だった。
人間社会では、人ならぬ者を入れないようにと清められた塩を四隅に置く。
それが目に見えぬ結界となり、悪霊は近づけなくなる。
(そうか。そういうことか)
結界の原点を辿り、己の認識を改めることができた。
(おれは今まで結界を物理的な“バリア“として捉えてたけど、本当はもっと曖昧で透明な“線“なんだ)
そう考え直すと―――ある妙案が浮かんだ。
こんなのやったこともないし、見たこともない。
だが、今はやるしかない。
覚悟を決め、ナルは真っ直ぐマジリンを見据えた。
(なんだ?何か企んでいる顔だな)
ナルの顔を見て、マジリンは何か感じ取った。
(何をしても無駄無駄。坊やの戦闘能力は、全て分析済みじゃからな)
「ふっ」
余裕を感じて鼻で笑う。
杖から30個ほどの小石を出現させ、ナル目がけて飛ばす。
ほとんど躱されてしまったが、一つが彼の腰を掠めた。
「ぐっ―――」
すると、手をこちらに向けてきた。
(反撃か―――!)
杖を構える。
ナルの手から氷が精製される。が、それはマジリンを避けて通る、スロープのような物だった。
ナルがそれに乗り、マジリンの後ろへ滑り込んで来た。
背後からの攻撃か―――
振り返ると同時に、杖から炎の玉を5つ生み出し、一気にナルにぶつける。
相性の悪い炎で攻撃の無効化を図ったのだが―――
(攻撃してきていない・・・・・・?)
ナルは後ろに移動しただけで、攻撃していなかった。
炎の玉を飛ばされたナルは、即座にバリアを張り、直撃を免れた。
(どういうつもりだ?妖力切れが近いのか?)
それなら辻褄の合う話だが。
今度は、薄い板状の氷を大量に生み出す。
その数、数千枚。これは避けきれないだろう。
「行け」
命じると同時に氷は一斉にナルに迫る。
ナルはバリアを張らずに走り始めた。
(馬鹿め。この氷の速度は時速30Km。いくら鍛えておっても逃れられんわい)
マジリンの想定通り。氷の板がザクザクと、ナルの体を切っていく。
同じ氷だが、今度は切り裂く痛み。
「ぐっ、うっ―――」
苦しそうな声を上げながらも、ナルは走り続ける。
全身が紅に染まり、ズタズタになっても走り続ける。
最後の一枚は、彼の両足のアキレス腱を切った。
「がっ―――」
立てなくなり、床に波打つように倒れ込んだ。
「ふぉふぉふぉ。さぁて、そろそろ終わりにするとしようかのぉ〜」
ゆっくりナルに近づく。
「点はもう、十分なほどある―――」
「は?」
ナルがぽつりと放った、謎の一言。
(点?点とは何の点だ?十分なほどある?点がか?)
マジリンは攻撃を忘れ、考え込んでしまった。
その間にナルは体を起こし、足を伸ばして座る姿勢になった。
「・・・・・・・どういう意味だね?」
一分ほど考えたが分からなかった。
「知りたい?だったら口で教えるより、体に叩き込んだ方がいいだろうねぇ!」
そう大声で答えたかと思えば、ナルは床に手をつけた。
その瞬間、彼の血痕が光り始めた。
「!」
振り返ると。そこかしこに散らばった、彼の全ての血痕が、光っているのが見えた。
「まさか―――」
風を使って飛ぼうとしたが、時すでに遅し。
マジリンの体を貫いて、複雑な結界が作られた。
「ガッ―――」
『バッテリー損傷 起動停止』
胸に斜めにザックリ入った結界により、バッテリーが破壊された。
起動停止し、マジリンの意識は途切れた。
「はあ、はあ。ぐっ、はあ―――」
しっかり息を吸って、酸素を全身に送り込む。
(やった。成功した―――)
未知で初めて実行した戦法が、上手くいった。
ほぅと、安堵のため息を漏らす。
途中から攻撃せず逃げ回っていたのは、部屋全体に満遍なく、自身の血痕をつけるためだ。
血痕に妖力を割り振り、それを“点“とする。そして、それぞれを繋ぐ結界―――“線“を引く。
その線の通る場所にマジリンを誘い込めば、結界により体を分断される、という寸法だ。
(ああ・・・・・・ダメだ。意識が―――)
ナルは今、全身に傷を負っている。
鋼鉄の体を貫ける硬い結界を作るため、残りの妖力もほとんど使ってしまった。
アドレナリンで何とかなっていたが、それも限界かもしれない。
ナルの意識が遠のくと同時に、彼の体が静かに倒れた。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
「こんなにボロボロになっても戦うとは。見上げた奴だなぁ、このナルってのは」
そう呟くと、剛は煎茶を啜った。
「輪尾―――はオキミの手当てしてるんだったな。じゃあ、剛力里。ナルを運んでくれ」
「は、はい。ただいま―――」
逞しい体つきとは裏腹に、弱々しい声で返事したのはゴリラの妖の剛力里。
入社して2年目の若造である。
「むぅ。ここまでで二戦二敗、もう後がないか。頼んだぞ―――斬之助」
画面を切り替え、祈る思いで見つめた。
ナルの尊敬する“彼“は、また先で説明する予定です。
ちなみに実在した偉人とかではないです。妖怪です。
あまりにもバカすぎるミスをしたので、改稿しました。




