妖怪課始動!
実はエスピトラメンバーはほとんど出ません。
詐欺とか言わないで。
桜の花が咲き盛る、4月。
警視庁の捜査一課に、一人の新米刑事が来た。
彼女の名前は迫噛 鋭乃。
事件を解決し、犯罪を抑制することに心血を注ぐ“刑事“という職に、彼女は幼い頃から憧れていた。
昔から正義感が強く、近所で有名ないたずらっ子を叱ったり、子供にぶつかりそうになった自転車の運転手に注意したりした。
―――噛みついたり、前に飛び出して停車させたりして「危ない。やりすぎだ」と親に怒られたけど。
でも、彼女はそれくらい“悪いこと“を見過ごせなかったし、許せないのだ。
基礎を身につける交番勤務が終わり、異動が決まった。
ついに、憧れだった刑事になれたのだ。
(私はこれから、世の犯罪を暴き、阻止する。そうして世の中をもっとずっと良くできる―――)
嬉しい気持ちが止まらない。でもしっかりしないと。
気持ちを切り替えようと、春の空気を胸いっぱい吸って、ゆっくり吐く。
「さて―――」
「君、何してんの?」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、50代くらいの少し頭の禿げた男がいた。
この人は確か、運場という刑事だ。
段ボール箱を脇で挟み、ビシッと敬礼を決める。
「おはようございます運場さん!今年から捜査一課に配属された、迫噛鋭乃と申します!まだまだ未熟なところがありますが、よろしくお願」
「え。迫噛って言った?君の配属先は一課じゃないよ?」
・・・・・・・・・え?
落雷を受けたような衝撃。
呆然として、その場に硬直してしまった。
「えっと。大丈夫か?とりあえず、君の配属先は―――て、動ける?え、聞いてる?おーい」
目の前で手を振るも、放心状態の鋭乃は微動だにしない。
「仕方ないなこりゃあ。今から君を動かすけど、セクハラだって訴えないでくれよ。おーい!誰か手伝ってくれー!新人を運ぶぞー」
人型パネルのようなスタイルで鋭乃は移動させられた。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
鋭乃は気づくと、ある部屋の前にいた。
(え?私はいつの間に、こんなところに?)
目の前には無機質な白い鉄の扉があった。
『妖怪課』
書かれているのは、そんな掠れた黒い文字だけ。
「妖怪課?」
初めて聞いた部署だ。警察学校にいた時も聞いたことがない。
「妖怪」
そこに書かれた人外の存在の総称を読み上げる。
鋭乃は妖怪の存在を知っていた。
なぜなら、昔から身の回りにいたからだ。
べとべとさんに帰り道に尾けられたり、川で遊ぶと河童が「一緒に遊ぼー」と誘ってきたり。
15歳の元旦には、金霊が家に入り込んで異常な額のお年玉をもらった、なんてこともあった。
ここまでの経験はほとんど害が出ていない。
だが、中には人に悪さを働く妖怪もいるだろう。
それの起こした事件を取り扱うのかもしれない。
『妖怪は一筋縄ではいかない』
それを知っているからこそ、そんな妖怪達の対応が嫌で、信じたくなかった。
(まさかここが私の配属先?そんな訳ないよね?)
汗を流し、嫌な予感を感じながらも。
間違いだろうと扉から離れようとした、その時。
「お前が今年から入った迫噛か?」
すぐ傍から男の声がした。
そちらを向くと、40代くらいの男がいた。
全く知らない刑事である。
「あの、お名前は?」
「課長である俺の名前知らないのかよ。どんな教育受けてきたのかねぇ?大体、その髪は何だ?後ろで結んでいるとはいえ、長すぎやしないか?お前は刑事だろうが。身だしなみには気をつけろ。あと顔が険しくて怖いな。そんなんじゃな、お前―――」
カチンときた。
何だこの男は。さっきからくどくど、細かく容姿のことばかり指摘してくる。
髪は背中の中心ほどの長さで、前髪ぱっつん。ついでに薄いナチュラルメイクで、ピアスはしてない。
顔が険しい―――は仕方ない。母の遺伝だ。
でも。少なくとも、容姿で世間から悪いイメージを持たれることはないはず。
何より!この男はまだ自分の問いに答えてない。
文句を言うなら、こっちの質問にも答えてほしい。
「すみませんが!名前を教えていただいてもよろしいでしょうか!?」
「話を遮るなよ。全く・・・・・・。俺は隅啄 毒太。いいか?す、み、つ、つ、どっ、た!覚えろよ?」
「分かりました」
「はぁ。こんな奴が新人かぁ。先が思いやられるぜ―――。ほら、入れ」
それだけ言うと隅啄という男は扉を開けた。
先が思いやられる?
その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。
喉まで出かかったその一言を飲み込み、鋭乃は部屋に入った。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
入ると、二人の男女がいた。
男の方は髪を短く切り揃えている、爽やかイケメン。
女の方はふんわりボブで、眼鏡をかけている。
二人とも、20代くらいに見える。
「初めまして!僕は蛇腹 一。迫噛さんと同じ怪異係だよ。よろしくね」
一は太陽のような輝かしい笑顔で自己紹介した。
「私は裏在 浮雲。鋭乃ちゃんの一つ先輩なんだ。分からないことがあったら何でも聞いてね」
浮雲は柔らかい笑顔で握手してきた。
「あ。はい。よろしくお願いします・・・・・・」
まだ戸惑いながらも握手し返した。
(本当にここが私の職場になるんだ―――)
握手した瞬間にそれを実感し、ひどく落胆した。
クヨクヨしてても何にもならない。前に進まねば。
とりあえず仕事内容を聞こう。
「あの。私、この妖怪課が何をする部署なのか、知らないのですが」
「ここ。妖怪課は、妖怪が絡む事件や事故、妖怪の開発した道具の悪用を取り扱う部署だ」
(ああ・・・・・・やっぱり)
嫌な予感が的中して、思わず額を押さえる。
「そっかぁ、伝えられてなかったんだ。まあ、ここは『警視庁の墓場』って呼ばれてるくらいだし」
「は、墓場・・・・・・?」
何だその不吉な呼び名は。
「ここに来ると出世の道が絶たれるからだ」
隅啄が素っ気ない口調で答えた。
「ええ!?そうなんですか!?」
「ここに入ったらずっとヒラの刑事だ。残念でした」
「そんな・・・・・・」
ショックで顔を俯ける。
配属したばかりなのに、出世の道を断たれるなんて。
「元気出して、鋭乃ちゃん!私達と違って鋭乃ちゃんは特別だからここに入ったの!」
「ん?特別?」
「あれ。聞いてないの?鋭乃ちゃんは“桜眼の血統“なんだよ」
「おうがん・・・・・・?」
浮雲は手鏡を持ってきて、鋭乃に手渡した。
「ほら。鋭乃ちゃんは目が桜色でしょ?その血統の人は、妖怪との関わりが強くなるんだって。なんか引き寄せちゃうらしいよ。思い当たる節、無い?」
思い当たる。思い当たりすぎる。
「分家だけど鋭乃ちゃんにもその血が流れてるから。妖怪課の期待の新人として即決だったらしいよ」
「ははっ。なるほど」
乾いた笑いを漏らし、空を見つめる。
(クソがああああ―――!!)
人生で初めて先祖に強い恨みを持った瞬間だった。
突然、扉が開いた。
入ってきたのは―――何かだ。
顔が薄いピンクで、軍服のような物を着た、何か。
瞳はくりんと大きく、背の高さは中学生くらい。
脇にファイルや紙の束を抱えている。
ぽかんと呆気に取られて、それを見つめてしまう。
それは入ると、鋭乃と目を合わせた。
「君が迫噛鋭乃?」
透き通った、少女の声で尋ねてきた。
「え。あ、はい!」
反応が少し遅れてしまった。
「ボクはルナ。月下美人の木精なんだ。よろしく」
一人称はボク。胸が少し膨らんでいるから、おそらく女性だろう。
「は、はい。よろしくお願いします」
(妖怪、だよね・・・・・・)
突然の人外の登場に面食らいながらも、一礼した。
最初は驚いた。妖怪が公的な機関で働いていることに。
考えてみれば、こちらが取り扱うのは妖怪の事件。
餅は餅屋と言うように。人間よりも妖怪に詳しいであろう彼女を、味方につけた方が迅速に解決できる。
そういう考えがあったのだろう。
鋭乃はそう解釈した。
彼女が話した中で、気になることがあった。
「あ、あの。木精とは何ですか」
「植物に妖力が宿った結果、知能や能力を得た存在だよ。鋭乃は木精のこと見るの、初めて?」
「はい」
「ふ〜ん。そっか」
ルナはさほど興味もなさそうに言う。
彼女はソファに腰掛け、持ってきた資料を机に置いた。
「それは何ですか」
「ん。知り合いの妖怪から、行方不明者の捜索を頼まれてさ。これらは集めてきた資料」
「行方不明事件は一課で取り扱うのでは?」
「行方不明になった方も妖怪らしいんだよね。いつもはその人達だけで何とかしてるんだけど、今回はどうも手こずってるみたいでさ。妖怪課を頼ってきたんだよ」
「おい、ルナ。捜索を頼んできたのってまさか―――」
隅啄が目を見開き驚愕の表情で尋ねた、その時。
ノック音が三回鳴った。
「どうぞー」
ルナが返答すると、扉から女性が入ってきた。
灰髪の彼女は、黒いスーツを着ている。
「よく来てくれたね。オグさ―――」
「オグぅ、さあああ〜ん!!」
隅啄がオグと呼ばれた女性に近づいていった。
今まで見たことないくらい、嬉しそうに。
(え?ええ?)
鋭乃はあまりの変わりように戸惑った。
横から入られたルナは、呆れたように腰に手を当てた。
「毒太は相変わらずだね」
抱きつかんばかりに、手を広げて近づいて行った隅啄。
オグの前で止まると、跪いた。
「今日はどのようなご用件ですか」
「毒太くん。それ、どうにかならないんですか?恥ずかしいです」
「恥じるあなたも素敵だ!」
再び両手を広げ、彼女を称える隅啄。
はっきり言って気持ち悪い。
「ほら、毒太。オグさん困ってる。まずは座らせてあげなよ」
「分かってる。ささ、どうぞこちらへ」
ルナにはぞんざいな口調で返事した。
隅啄はどうやら、好きな人と嫌いな人の区別が激しいらしい。
オグは隅啄に誘導され、座った。
「鋭乃も座りなよ」
ルナは自分の隣を叩き、座るよう促した。
「では。失礼します」
鋭乃が座ると同時に、隅啄もオグの隣に座った。
見て分かる、ウキウキしてる。気持ち悪い。
隣のオグは明らかに困った表情をしている。
「じゃあ、本題に入ろうか」
ルナは無視して話を戻した。
「行方不明になっているのはナナシ。当時18歳の天邪鬼の混血の青年。東帯転送ポート傍のコンビニ裏で、防犯カメラに映ったのが最後。ここまでが分かってること」
ルナはファイルを開き、一通り報告した。
「その後、テルビーエでの目撃情報はありません。転送ポートの近くにいたことからも、人間社会にいる可能性が高いと思います」
オグがさらに付け加えた。
「鋭乃ちゃん、テルビーエって分かる?」
浮雲が横から小声で聞いてくれた。
「いえ。分かりません」
「まあ簡潔にまとめると。妖怪だけが暮らしている、異次元にある大陸だよ」
「へ、へぇ〜。そうなんですか・・・・・・」
一応返事はしたものの。
はっきり言って、あまりピンと来ていない。
「こっちも捜査してるんだけどさ。今のところ彼の目撃証言はゼロ。彼の妖力を感じとった話もない」
「隠れるのが上手いんでしょうね。変なことに巻き込まれていなければ、良いのですが―――」
オグとルナが二人だけで情報共有している。
置いていかれるわけにはいかない。
そう思い、鋭乃は自身の見解を述べる。
「隠れる必要があるということは、やましいことがあるのかもしれません!」
皆の反応はというと―――「え?」とでも言いたげな顔をしていた。
「え?」
想定外の反応に鋭乃は驚きを隠せない。
「あ。いや、あのね鋭乃ちゃん。多分ナナシくんは、鬼の姿のままで人前に現れるわけにはいかないと思ったんじゃないかな。それに混血の鬼は嫌われてるんだよね、鬼族の間では」
「そう、ですか」
「うん。それでつまり、本人はあまり見つけてほしくないんじゃないかな。行方をくらましたのも、何か事情があるんだろうし」
「それらを分かった上で、私達は捜索をしています」
「そう、だったんですね・・・・・・」
恥ずかしくなってうつむく。
行方不明になっているのが、“鬼“だということをすっかり忘れていた。
それによく知らないのに出しゃばり、恥をかいた。
未熟なのも良いところだ。
「ごめんね鋭乃ちゃん。まだあんまり妖怪のこと、詳しく説明してなかったね。てっきり知ってると思って」
浮雲が手を合わせて謝った。
すると、ルナが急に立ち上がりデスクについた。
パソコンを開き、何か作業を始めた。
「ルナ?」
「ああ、続けてていいよ。ボクはボクで先にやらなきゃいけないことに気づいて、行動したまでだよ」
「そうか。じゃあ俺がふひひっ、オグさんの向かいに―――って蛇腹!?」
「ルナさんの代わりに僕が、捜査のさらなる方針を話します!」
「こ、のぉ〜・・・・・・くっ、じゃあばらぁ」
とても小さく呻くように悔しさを吐き出す隅啄。
オグの前で格好悪く文句を垂れたくはないようだ。
「それで。今の捜査範囲は東京都のみに絞っているので、今週からは埼玉県とか神奈川県とか。少しずつ範囲を広げていきたいと思っています」
一方の蛇腹は完全無視。潔いほどに完璧に。
(なんか、チームワーク成ってないな―――)
心配要素がさらに増えた。
蛇腹の考えに、オグはうんうん頷いた。
「なるほど。ではこちらも知り合いにも協力してもらい、さらに広くなるべく深く捜索できるよう、行動してみます」
「では!その方向性でお願いします!」
オグはソファから立ち上がった。
「それでは。今日はこれで」
「オグさんこの後空いて「ません」・・・・・・」
聞いている途中に返事された隅啄は黙ってしまった。
オグはドアに手をかけ開いて―――手を止めた。
そして鋭乃の方を見た。
「私は駄目オーガスト。エスピトラという便利屋に就いています。あなたのお名前は?」
「え。あ、私は迫噛鋭乃と申します」
「鋭乃さんというのですね。これからよろしく」
最後にウインクして、オグは去っていった。
(あんなことするんだ・・・・・・)
突然のウインクに、呆気に取られた。
「終わったよ」
(ハッ・・・・・・!)
ルナの声で気がついた。
デスクから立ち上がり、コピー機の傍に向かった。
「何してたんですかぁ」
「ちょっとね。資料を作ってたんだよ」
「へ〜」
浮雲とルナは仲が良いのか、距離が近い。
同性というのもあるのだろう。
「どんな資料ですかー!」
今度は蛇腹が近づいていった。
なんか、彼はずっと元気がいい。
「鋭乃が捜査に困らないよう、妖怪についてまとめた資料を作ったんだ。“妖怪入門編“って感じかな」
「え」
自分のために、資料を作ってくれていたのか。
漏れ出た声に反応して、三人は鋭乃の方を見た。
「ありがとうございます!ルナさん!」
とてもとても嬉しかった。
最初は妖怪課を見下していたけれど。自分の未熟さに気づき、どの立場でみていたのだと傲慢さにも気づいた。
そんな愚かな自分を歓迎してくれている。
そのことを感じて、感激した。
「あのさ鋭乃。ボク達はまだやることがあるけど、君は帰った方がいいよ」
「え。私も刑事ですよ。それにまだ定時じゃ―――」
「いや。ここからは妖怪のことをある程度知ってないと追いつけないよ。だから鋭乃は家に帰って、これを読んで覚えてきて。宿題ね」
ルナは資料をまとめて束にした物を、鋭乃に渡してきた。
「はい・・・・・・」
(宿題って―――)
なんか子供っぽく見られている気がする。
「うわー。結構あるね〜。頑張って覚えてね!」
「気をつけて、安全運転で帰ってね迫噛さん!」
もうお帰りムードである。
確かに、妖怪のことを知らなければ話にならない。
今日は帰って勉強しよう。
「それじゃあ、お疲れ様でした」
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
車で帰る途中。軽い空腹を感じた。
コンビニで何か買おうかな。
駐車場に車を停め、店内に入る。
スイーツを食べようかな。
(太る・・・・・・よねぇ)
目の前の最後の一個のシュークリームを見つめる。
手に取るか、取るまいか迷う。
(美味しそうだな〜。でも食べたら太る。う〜ん・・・・・・どうしよう?)
手を伸ばす縮めるを繰り返す。
(う〜ん・・・・・・買っちゃお)
やっと決心して買うことにした。
そのとき、隣にいた人と手がぶつかりそうになった。
「「あ。すみません!」」
隣の人と鋭乃は同時に謝った。
顔を上げて見たその人は、まるまる太った眼鏡の男性だった。
「あ。どうぞ」
彼は鋭乃に譲ってくれた。
「あ。いえいえ、どうぞ」
鋭乃も譲る。
「いえいえ、どうぞ」
「いえいえ」
互いに譲るのを繰り返すこと1分後。
「じゃんけんで決めますか?」
相手からの突然の提案。
「え」
「このままじゃ埒が明きませんし」
「そう、ですね」
初対面だが、じゃんけんをすることになってしまった。
「「じゃーんけーん、ポン!」」
鋭乃はグーで、相手はチョキ。鋭乃の勝利だ。
「勝っちゃった・・・・・・」
「じゃあ、これはあなたに」
男性はシュークリームを手渡してきた。
「ありがとうございます」
「あ。俺はプリンにしますよ。それじゃ」
男性は足早に去っていった。
会計を終え、車に戻った。
色々あった出勤初日だった。
「それじゃ帰るか。宿題もあるし」
車を走らせ、自宅へと向かっていった。
実は刑事についてあまり知りません。どこか間違ってたら教えてください。
本文中で時間があまり経ってないと思い、すぐに改稿しました。




