20.その後
孤児院の裏庭に出ると、木の枝に小さなお客が来ていた。
六羽ほどの小鳥たちだ。
親鳥が子供たちを引き連れてやってきたらしい。
この秋に実った木の実をおいしそうについばんでいた。
僕はベンチに座って、それを見上げた。
風が心地よかった。
空には雲が筋となってたなびいている。
なんだか嘘のように平和だった。
ここ数日のことは夢だったんじゃないか。
そう勘違いしそうになる。
「中で休んでなくてもいいの?」
声に振り向くとルリハが立っていた。
まだ傷の癒えていない僕を気遣ってくれたらしい。
僕は首を振って笑った。
「少しは風に当たらないとね。気が滅入っちゃうよ」
「そう……ならいいけど」
そのまま所在なさげにする彼女に、僕は隣を勧めた。
ルリハはおずおずと腰かける。
孤児院に戻ってきてからの彼女はどこかぎこちない。
あんなことがあったのだから無理もないけれど。
「チビたちは?」
「遊び疲れて今は中で大人しくしてるわ」
「そういえばもう食事の時間だっけ。僕も手伝うよ」
「大丈夫。もうできてるから」
「そっか。さすが。早いね」
「ええ」
それから沈黙。
静かな時間が流れる。
あの日、僕が気を失った日。
目を覚ました僕は孤児院にいた。
不意に不安が襲ってきたけれど、僕の体は人間のままだった。
魔王の声もしない。
どうやら僕は解放されたようだった。
そして。
ルリハもまた戻ってきていた。
前と同じしわひとつないブラウスで。
ドレス姿に比べたら地味すぎる格好だけどドレスなんかよりもずっと彼女らしい装いだ。
僕は安心して、その時はそのままもう一度眠りに落ちてしまった。
見上げる視線の先で、小鳥たちは連れ立って飛び去って行った。
ルリハもベンチから腰を上げる。
「じゃあわたしは先に入ってるね。ジャクスも体が冷える前に中に戻りなさいよ」
「待って」
僕はルリハを見上げた。
視線は交わらなかった。
ルリハが微妙に目をそらしているからだ。
「……なに?」
「もう少し話がしたいよ」
そう言うと、彼女は困った顔をした。
とてもとても困った顔だ。
少し悲しそうにも見える。
ルリハがなにも答えないので、仕方なく僕の方が立ち上がった。
「ルリハ、ありがとう」
「やめて」
それはきっと、反射的に出た言葉だったのだろう。
言った彼女自身が動揺しているのでそれは分かる。
「あ……違うの。そうじゃなくて……」
尻すぼみになっていく声。
エプロンの前をぎゅっと握りしめて沈黙する。
僕は迷ったけれど、そのまま先を続けた。
「ルリハがあの時来てくれなきゃ僕は死んでた。本当に助かった」
「……」
「ここに戻ってきてくれたことにも感謝してる。チビたちもみんな待ってたんだ」
「……ごめんなさい」
「違うんだ、そういうつもりじゃない」
「でもわたしが馬鹿なことをしたせいでジャクスは痛い思いをしたしあの子たちにも寂しい思いをさせた」
「……そうだな。それは確かにそうだ」
「……」
「でもそう悪いことばかりでもなかったさ」
おかげで魔王にも会えたし戦うということはどういうことかを学ぶことができたんだから。
色々あったんだから単純にまとめることはできない。
それでも、それでもまあ無理やり話をくくるとすればそうだ、やっぱり楽しかった。
そう思う。
「単なる巡り合わせと言えばそれまでなんだけどさ。なかなか捨てたもんじゃなかったよ」
「でも……」
「いいんだって」
ルリハの方へ一歩踏み出す。
が、力が抜けてよろりと体勢を崩す。
駆け寄って支えてくれたルリハに僕は微笑んだ。
「こういう得もあるしね」
「ふざけないで」
「でもまあそれでも気が済まないっていうんなら、僕もいくつか言いたいことがあるよ」
真面目な顔で告げると、ルリハは急に不安そうな顔になった。
「……何?」
「まずは変な奴の誘いには引っかからないこと。特に孤児院の借金を肩代わりしてやるから自分の女になれなんて言う男にはね」
「……」
勇者は金銭面の問題に付け込み、脅してルリハを自分のものにした。
もちろんただの憶測だ。
ルリハは本当に好きになったから勇者についていった可能性だってある。
だけど、僕はもう信じたいものを信じる方法を知っていた。
だからそう信じた。
「それからもう一つ。僕のことももう少し信じてほしい」
「……え?」
「僕だって男だ。根性だってある。それなりには。苦しい時には頼ってよ。力になるからさ」
「……心配かけたくなかったもの」
「じゃあこれからでいい。僕は守られる弱者じゃない。この孤児院を一緒に守る家族だ。いいね?」
「分かったわ」
ためらいながらではあったけど、ルリハは確かにうなずいた。
「最後に一つ」
「まだあるの?」
「そう言わずに聞いてよ」
「うん。分かった」
「僕と結婚してほしい」
すっ、と。
息を吸う音がした。
ルリハはしばらく息を止めて、それからゆっくりと吐き出した。
「結、婚?」
「うん。結婚。と言ってもすぐにじゃないけどね」
「……すぐにじゃない?」
「指輪をなくしちゃってね。探しに行かなくちゃ」
魔王に初めて会った夜。
僕は指輪を投げ捨てた。
どこかに消えたあの指輪を、今度は自分の手で取り戻さなきゃならない。
「割と時間のいる作業になると思うからさ、返事はそのときってことで」
「ちょ、ちょっと待ってよ。わたしまだ心の準備が……」
「返事はまだいいって言ってるだろ。それとも嫌? 嫌だったら今断ってもらってもいいけど」
「嫌なわけないじゃない」
そう言ったルリハの表情がとても真剣なので、僕はふき出してしまった。
「なんで笑うのよ!」
「いや。やっぱりルリハは可愛いよ」
彼女は赤くなったけれど、それが怒ったせいなのか照れたせいなのかは分からなかった。
ただ、僕は思った。
幸せだなって。
◆◇◆
占い集団の祈祷により魔王の復活が予見され、王が勇者にさらなる支援を要請する日和。
つまり魔王はまだまだ滅びず元気にやっているらしい。
勇者も順調にハーレムの要員を増やし、相変わらず不遜にふるまっているようだ。
僕はと言えばいまだしがない下級警兵の身分。
それでもそれなりに幸せにはやっている。
「ジャクス! そっちはどう?」
「駄目だね、見つからない」
「真面目に探してる!? ものが小さいんだから精いっぱい探しなさいよ!」
「わーかってるって」
「その口調は分かってない!」
「あれがないと結婚できないもんな。分かってる分かってる」
「わ! わ! 往来で何恥ずかしいこと言ってんの!」
訂正。
それなりどころかすごく幸せだった。
こうして暮らしていけるなら、僕は他には何もいらない。
この時間を全力で守っていこうと思う。
それが、チート野郎をぶっ飛ばすよりももっと大切なことだから。
「あ! あった! ルリハ、見つけたよ。こっちこっち!」
空にかざした指輪が、かすかに輝いた。
(終)




