79.管理人さん “フーちゃん3号”
翌朝、目が覚めると姉はすでにおらず、おでこにメモが載っかていた。
“カレー全部食べた。ごち”
起き抜けの頭でしばらくぼーっとしたいたが、メモを理解してガクリと肩を落とす。
僕、1杯しか食べてなかったんだけど………。まぁ喜んで食べてくれたということで良しとしよう。
さて、カレーが無くなったというのなら、今日の朝ゴハンは何を食べるかだな。
キッチンに向かい寸胴鍋を見てみると、確かに中のカレーはキレイに無くなっていた。
朝からカレーってけっこー重いと思うんだけど、まぁ姉だからなぁ~と独りごちる。鍋にこびり付いているカレーをこそいで容器へ移していくとそれなりの量になった。具は無いけど、これとベーコンエッグでも食べることにしよう。
その前にひと走りするため、ジャージに着替えてアパートを出て日課をこなすことにする。
走り終えた後、軽くシャワーを浴び朝食を取って空になった寸胴鍋や食器を洗い片付けて、その後コーヒーを入れてテレビを見ながらしばらく寛ぐ。
論文の方は出来上がって評価を貰っているので、後はデモ用のサンプル作りだけなんだけど、3Dプリンターの順番待ちでなかなか進まないのが現状だ。
さて、どうしようかと、首をひねっていると隅に片付けた座椅子の上のHMVRDが目に入る。
そういや、VRルームの作業についてガッコウではどうなってるか聞こうと思ってたんだ。
VR世界である程度の検証しておけば実機を作る時も試行錯誤の数も減るんじゃないだろうか。
何より材料費にとても優しい。
今日の予定としては、先生かゼミの子に聞いてVR環境がどうなってるか確認して、使えるのなら使わせてもらうことにしよう。
ちょっとだけわくわくして来た。
善は急げだ。僕はいつもの外出着に着替え早速ガッコウへと行くことにする。
駅までチャリに乗り漕ぎ出そうとすると、乗り心地に違和感を覚える。
何だろうと思いチャリを降りてタイヤを見てみると、タイヤの表面の溝がなくなってツルツルとなっていた。
「…………」
そういや、前にタイヤを交換してから1年半?位だったかな。2000kmは走ったことになる。もう交換の時期になっていたようだ。
現在はゴム製品もリサイクルできる様になって(タイヤの部分でもそれぞれものが違っている)、それなりに需要が出来つつあるらしい。
タイヤはチューブレスやアンチパンクタイプ等は出ているが、磨耗などで交換に至るのは昔から変わらない。
チャリのタイヤでも良いものはかなりお高い。僕は安全の為にも高いものを購入するので、その出費を考えると少し涙目になる。
「まぁ、しばらくは保ちそうだから後で良いかな」
僕は再度自転車にまたがり駅へと向かった。
駅から電車に乗り学校へ。
ゼミ室のドアを開け中に入ると、そこには誰も居らず物音ひとつしない。
いつもは必ず誰かがいるのになぁと思い作業室を覗いて見ると、そこにはゼミ生が死屍累々と横たわっていた。
何にこれ?バイオテロか!?いや、ないか。
近くにいたゼミ生に近寄って様子を伺う。あ、生きてる。
何かを掴むように手をプルプル震わせながら伸ばしている。
「はら………へっ…………」
ガクッ。
「…………」
僕は何を言うでなく、ガックリ肩を落とす。
はい、こちらは作業室にあるキッチンです。
只今、空腹でぶっ倒れていたゼミ生に絶賛料理中です。
全員の様子を確認した後、すぐ様近所のスーパーへ行き食料を購入。
すぐに舞い戻り、今現在調理中な訳なのだ。
今作業室にいるゼミ生達はカップ麺をズルズルとすすっている最中だ。
その前におにぎり、サンドイッチが彼等の胃袋へと消えて行っていた。
しめは定番のミートソーススバだ。
鍋はそれほど大きくないので、パスタを半分に折って沸騰したお湯に入れていく。
吹きこぼれない様に中弱火にして、隣にフライパンを置いて中へミートソース缶を3つと焼き鳥とつくね(ともに塩)を10本づつ串からはずして投入する。
ソースが温まりくつくつしてきたら少し味見をしてコショウとスライスチーズを2枚解し入れてかき混ぜていく。
よし!これでOKだ。
コンロの火を止め、トングを使ってパスタをフライパンの中へとドサリと入れて、ソースとパスタを絡めていく。
絡め終えたパスタを大皿へと盛って粉チーズをドパンと振り掛けていく。
出来上がったパスタを欠食児童のいるテーブルの中央へとドンと置く。
「「「「「ふおおおおおぉぉぉっっっ!!!いただきますぅっっ!!!!」」」」」
スープまで飲み干したカップめんの容器に、パスタを次々に入れて5人が競うように食べ始める。
ガツガツと食いまくる5人に何で倒れていたかを聞いてみる。
「大体ご飯も食べずに何やってたんだ?いくら忙しいからって食事抜きは良くないよ」
リスかハムスターかと思われる程口いっぱいにパスタを詰め込んだ5人は、抗議する様にバンバンとテーブルを叩く。えっ、何?
パスタを嚥下し終えたゼミ生の女子――――ホンゴウさんが眦を吊り上げて僕に文句を言ってきた。
「センパイがアレを作ってからフドウ教授の創作魂に火がついちゃったんです!センパイのせいなんですっ!!」
他の4人もうんうん頷いている。どうゆこと!?
詳しく話を聞いてみると、どうやら僕が学祭の時に出したロボットアームを見たせんせーが、それに触発されてシステムの見直しを始めたらしい。
関節ごとにサーボモーターと制御システムを組めばその分タイムラグが起きる。
本来のロボットといわれるものならば、それもたいした問題ではない。けど、せんせーが進めている搭乗型ロボットは、そのタイムラグがネックになってくるらしい。感覚の違いってけっこーくるものがあるようだ。慣れれば気にならなくなると思うけどなぁ。
おそらく、せんせーの提案に一も二もなく飛びついて作業し始めたのだろう。このロボ◯ち共めっ。
「だからって食事を取らないのは僕のせいじゃないよね。自己管理出来ないと社会に出た時大変だよ?」
「「「「「ぐっ!!(正論だけに何も言えねぇっ)」」」」」
「そうだぞ。私は1人でやってたのに、お前らが勝手に入って来たんだからな」
「「「「「きっ、教授っ!?」」」」」
いつの間にかテーブルに座り、パスタを山盛りに乗せてせんせーがパクパクと貪っている姿があった。いや、僕は気づいてたけどさ。
「んぐんぐ、いくら作業に集中してるといっても、健康管理はしっかりしないとダメだぞ。社会に出た時大変だぞ」
みんながアンタが言うな!と顔で訴えている。しかもそれさっき僕が言った台詞だ。
とは言っても、これは何とかしなくちゃいけない問題ではある。
何かの週刊誌の記事に“自分本位がある意味正義”なんて書いてあって、自分さえ良ければいいなんていう風潮らしいけど、うちのゼミ生は逆行というか、風上に向かっているというか………あれ?ロボ◯ちが自分本位でやってるのなら、正道を行ってるのか?(ちょっとこんがらがって来た)
いや、いくら何でも寝食を忘れて(寝てはいるか)取り組むのは、自分本位とは言わないだろう。
この手の管理をしてくれる人員って事務局から要請出来たんだけど、せんせーがいらないって断ったからいないんだよなぁ。
それだってゼミ内の管理であって、ゼミ生の世話をする事はないだろうし。う〜ん。
僕が腕を組み唸っていると、端末が振動してくる。
端末を取り出しホロウィンドウが現れ、ララからのメッセージが表示されている。
“ゼミの皆さんの管理をAIさんにお願いしては?なのです”
ララは普段人がいるときは、こうしてメッセージで話をしてくる。
ふむふむ、とりあえずゼミ室にいる人間、いやゼミ生の学内での生活管理をAIに任せるのはいいかもしれない。
ただどこまで任せればいいのか、あるいはどこまで管理できるのか。
僕の思考を読んだ様にララがまたメッセージをくれる。
“基礎設計はララがするので、後は先生にお任せなのです”
うん、そうだな。こういうのは責任者に丸投げするのが1番だ。
「先生、この状況を打開するのにAIの管理人を受け入れるってのはどうでしょうか?」
口の中いっぱいにパスタを頬張りせんせーがむしゃむしゃと飲み込んでから僕に聞いてくる。
「AI………って、そんな事が可能なのか?」
「たぶん……大丈夫だと思いますけど、とりあえずやってみません?」
僕はまずゼミ生の健康管理と食事を取ったかの確認を、教え知らせてくれるぐらいの事と思い説明する。
“マスター、組み上げが終わったのです”
そうララがメッセージを送ってくる。はっやっ!
ララが表示した別のウィンドウを見ると、どうやらAIのコア部分だけを組み上げただけで、姿や言葉遣いの設定等はまだしてない状態だ。
様々な設定項目が並んでいた。
それを見せる為、ホロウィンドウをせんせーの前に移動させる。
「せんせー、設定とかお願いします」
「うおっ!もうかよ。はえ〜よっ」
つくねをあぐあぐ食べていたせんせーが驚いたようにこっちを見る。うん、僕もそう思う。
次にホロウィンドウを見て、設定をいじりだす。そして少し考えた後、自分の端末を取り出しホロウィンドウを表示させ幾つかの3Dグラフィックを呼び出す。
その中のひとつをタップして、設定へと移していく。設定のプロフィール画面にそれが映し出される。
その姿はいかにもロボットというものだ。全体の下2/3は台形を逆さまにして左胸には丸いメーターがひとつ、右胸には幾つものスイッチボタンが上に4つ、下に3つ付けられている。
下の部分にはHu−03の文字。足と腕は球体関節に棒をつなげたような物。腕は“◯―◯―C”で、足が“◯―◯―□”とこんな感じだ。
上の1/3は顔のようで、横の長い立方体で上の方の両端に丸いモノアイが2つあり、中央には△の形の口がある。両側面にはアンテナの様な耳”]=◯”が付いている。
昔のSFとかアニメに出てきそうなフォルムだ。何となく初級クエストの教官のガンさんっぽい。あっちは面長だけど。
「よし、設定終了っと。これでいいのか?」
センセーがそう言って確認をしてくる。
「……………」
僕はそれを見て………、何も言えずしばらく沈黙していると、ララがおっけーをくれる。
“問題ないのです”
「……いいですよ。起動スタートして下さい」
「よし、起きろ!フーちゃん3号!!」
起動ボタンをせんせーがタップすると、さっきセンセーが入力したロボットがホロウィンドウ全面に表示される。
フーちゃん3号って………。たぶん、せんせーが考えたか作った3番目のロボットってことなんだろうけど。
『デェ―――――ガァ―――――スゥ――――ーッ!!』
幼い少女の声がしてくる。………第一声がこれか………。まぁ、せんせーそんな風に設定したけど、AIの基準がだんだんおかしくなってる気がするのは僕の考え過ぎだろうか。
だけどこれがフーちゃん3号の本当の姿ではなかったらしい。
「こら、ちゃんと顔を出さないか。フーちゃん3号」
せんせーにそう言われ、デガス〜と呟くとパカリと頭の部分が開いて後ろへと移動していく。
頭が完全に開ききると、そこには眠そうな目をしたかわいい顔の幼女の頭部があった。
「はい、みんなに自己紹介をしなさい。フーちゃん3号」
ロボットの胴体から頭を出しているその顔は、幼気な丸顔に耳に四角いヘッドホンみたいなのを着け、サラリとした藍色の髪をシニョンで左右に丸くまとめている。てっぺんに2本のアホ毛が揺れている。
見た目はデフォルメしたチュ◯リーといった感じだ。眠たげな眼が愛嬌を誘っている。
僕を含めてゼミ生が固唾を呑んで、組んだばかりのAIに無茶言うよなーと思いながら見守る。
『ワーシハ フーチャン3ゴーデガス。ミナサンヨロシクデガス』
腕を上に掲げてペコリとお辞儀するフーちゃん3号。
その愛らしい仕種に僕の胸の奥がきゅんと鳴った気がした。
それはゼミ生の皆も同様らしく、呆けたようにフーちゃん3号を見ていた。
その視線にフーちゃん3号は恥ずかしそうにパタリと頭を閉じてしまう。
『ハズカシイデガス。アンマリミナイデガス』
きゅきゅぅーん!!その破壊力に僕は思わず胸を押さえる。周りを見ると皆も胸を押さえ悶えている。女子も。
「教ぉ授っっ!この子は(いろんな意味で)危険ですっっ!!」
「なんだよ〜。いいだろ〜っ!こいつがうちの管理人な!!」
せんせーがそう決定したので管理人に決まったのだけど、サカエくんの言葉を聞いたフーちゃん3号が彼の前に移動して、悲しそうな声で聞いてきた。
『ワーシダメデガス?イラナイデガス………?』
チラと少しだけ頭を開け顔を覗かせてサカエくんを見やる。
「いいいいい、いや、い、いや、そんなこと無い。ほんっとに無いです。要ります、ひ、必要ですっ!!」
サカエくんは詰め寄られ慌ててさっきの言葉を否定する。ってかフーちゃん3号のAIおかしくないか?
通常のAIって学習しながら経験を積むものだと思ってたけど、すでに感情っぽいのがあるのは不自然じゃないのだろうか。
僕が頭の中で疑問符を幾つも付けていると、目の前に小さくホロウィンドウが出て来た。
ララよ!君は本当にエスパーか!?
“いまフーちゃん3号は学内サーバーにあるデータをアクティブに精査して学習しているのです”
え?でも起動してからまだ10分も経ってないはずなのに、そんな事がありえるのだろうか。
「…………」
サカエくんは顔を真っ赤にして首をぶんぶん横に振っている。他の4人も同じ様に首をブンブン振っている。何?この絵面……。
『ヨカッタデガス。デワ ミナサンノオナマエト ガクセイバンゴーヲ オシエテデガス』
「「「「「はいっ!!」」」」」
機嫌を直したフーちゃん3号の問いに元気に返事を返す5人。
せんせーは満足そうにウンウンと頷いている。
後に“学内”の管理人さんとして名を馳せる〈さんごーさん〉が誕生した瞬間だった。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
Pt&プクマありがとうございます




