78.カレーライスのちアップデート情報
意識が浮き上がる様に覚醒してくる。
『ライドシフト完了しました』
HMVRDからそんな声が聞こえてくる。頭を抑えていたものが緩んで外しやすくなる。
僕は息をふぃーと吐き、HMVRDを頭から外し手元に置く。
いやーVR凄いわ―。
あそこまで現実と区別がつかなくなってるとは驚きだ。
しばらく余韻に浸っていると、端末からララの声がしてくる。
『マスター、サキさまからメールが入ってるのです。これから行くのでよろしく〜なのです』
そう言われて壁の時計を見ると、午後5時前になっていた。おうふ。3時間近くVRルームで過ごしていたことになる。なんて時間泥棒。
慌ててキッチンに向かおうと立ち上がろうとするとが少しふらつく。
『マスター、軽いVR酔いなのです。深呼吸してなのです』
あー、急に動いたから脳がというか身体が慣れない状態だったのでバランスを崩したみたいだ。うん、これからは注意しておこう。
深呼吸をしてしばらくするとふらつきも治まってきたので、今度こそキッチンへと向かう。
冷蔵庫からウズラの卵の水煮と生卵を5つ取り出し、カレーを温めなおす為、コンロに火を着け弱火にする。そこへウズラの卵の水煮を6つ投入する。
次にボールを取り出し卵を5コ割り入れ、かき混ぜながらそこへコショウと牛乳とバターを少量入れてさらにかき混ぜて行く。
フライパンに少し多めにオリーブオイルを入れ、熱くなってきたら卵液を流しいれる。
じゅわわ~んという音と共にフライパンの中で卵液が踊る。
フライパンを回しながら揚げ焼きしていき、ある程度固まったら皿へと移して都合3枚程を作っていく。
カレーの様子を見てみると、くつくつと泡がぽこぽこ出てきていたので、焦げ付かないようにかき混ぜていく。
皿に移した卵揚げ焼きを半分に切り分け、唐揚げとトンカツは姉が来てから温めても間に合うだろうから、ひとまとめにしてレンジへ入れておく。
これで準備完了かな。
あっ、ビール買ってくるのを忘れてた。いかんなぁ、HMVRDについ夢中になっちゃったからな、今度から気を付けないといけないかも知れない。
高校の時の先生が、溺れるのと夢中になることは似ているようでまるで違う。君達は夢中になれる人間であることを願うと。
その当時はクラスの皆が何言ってんだ?こいつ、と僕も同様に思っていたのだが、今思い返すとなる程なぁと感慨深く思う。
たぶん依存と探求の違いなんじゃないかと僕なんかは思う。
それに頼り寄り掛かり縋りついてしまう、嫌な事を忘れる為とか、それしか考えたく思っていたくなくなるとか、そんな危うさがVRというものにはある気がした。
もちろん、セーフティーは充分に取ってあるのだろうけど。
ま、こんな事考えるのは僕限定だと思うけど、プレイするのはなるべく1日2、3時間にしておいた方がいい気がする。ゲームはいつもそんな位しかしてないしね。
出来るだけ溺れるより夢中になりたいものだ。
そんな事をつらつらと考えてると、ララが姉が来たことを知らせてくれる。
『マスター、サキさまが来たのです』
ララがそう言うやいなやドアがバッターンと開けられ姉の声が響いてきた。
「キっラくんっ、カっレ―――――っ!!」
靴を脱ぎ捨て居間へと入りペタコンと着座する。
電子レンジのスイッチを入れ、炊飯器のフタを開けてゴハンを掻き混ぜる。
間に合って良かったと少しだけ安堵する。
少し大振りの丸皿にゴハンをよそってカレーのスープだけをかけ、とろけるチーズをパララとまいて皿に置いていた揚げ卵焼きをぺたんと載せてまたスープ。
レンジで温めた唐揚げを乗っけて、カレーを具も入れドッポリとのせていく。まずは1杯目。
「はい、サキちゃんどうぞ………ってどうしたの?」
姉の前にカレーを置くと、姉は目を見開き口をあんぐりと開けてHMVRDを凝視していた。
「あ、あ、あ、あ、あれ……、ど、ど、どうしたのぉ?」
錆付いた機械の様な動きをしてこちらを向いて、HMVRDを指差して聞いてきた。
あ、片付けるの忘れてた。
「うん、ミラさんがこの前の騒動のお詫びだって置いていったんだ。」
「うびゅう~、ミラかぁ~」
姉が右ひと差し指を眉間に押し当て唸っている。?何だろう。
まだ充電中なのでHMVRDをテレビの脇に置いて座椅子を元のところへと戻し、後は自分の分のカレーをよそいそれを持って居間へと向かう。
珍しいことに姉はまだ唸っていた。「あたしのお古を~」とか「新品だと~」とか漏らしている。
温かいうちに食べて欲しいので姉にひと声かける。
「サキちゃん、カレー冷めちゃうよ。ま、冷めても食べれるけどね」
「うおっぅ、いつの間に!うん、今はおいとこう。いただきますっ!!」
姉はスプーンを手に取りひと口食べると、後はひたすらカレーをパクパクと口に運ぶマシーンと化していった。
「はぐはぐっ………んっ。はぐはぐはぐ。ごくごくごく。はぐんぐはぐはぐ。ぷっはぁ~~~~~っ!キラくん、おかわりっ!!」
僕がまだ半分も食べてないうちに超大盛り唐揚げカレーを完食してしまう。ミラさん負けてるよ、これ。
差し出された皿を受け取りキッチンへ、今度も揚げ卵焼きチーズを載せてカレースープ、トンカツ、カレーを注いでいく。
出来上がった超大盛りカツカレーを姉の元へと持っていく。
「キラくんっ!水もお替りっ!!」
ほいほいっと。コップを受け取り冷蔵庫からウォーターポットを出してレモン水を注いでいく。姉の前に水を置いて、僕もカレーを食べ始める。
はぐはぐ、はぐはぐ、カレーをすくい食べ、トンカツを齧りレモン水をごくごく飲んでいく。
僕はゆっくりとカレーをひと匙ひと匙噛み締めながら食べていく。ウズラの卵うま。
シンプル・イズ・ベストなんて言う人もいるけど、僕は色々トッピングをする方が好みだ。
揚げ焼き卵焼きとチーズにカレーの辛さがマッチングして、なかなかいい出来となっている。うまうま。
ジャガイモもニンジンも程よく煮こまれホコホクでカレーと合っていて進む進む。何気に自画自賛。
僕がカレーを食べ終えると、姉が3杯目を要求してくる。
「キラくんっ!お替ありっっ!!」
再び差し出された皿と僕が食べ終えた皿を手に持ってキッチンへ3度。
シンクへ食べ終えた皿を入れ、もうひとつにゴハンとカレーを盛って姉の元へ。の前にウォーターポットも一緒に手に取り移動する。
姉は待ってる間にテレビを点けてそれを見ていた。ちょうど夕方の情報番組をやっていて、MCのカキザキ フミエさんが今日のピックアップを紹介していた。
姉の前にカレーを置くと、テレビを見ながらカレーを食べ始める。
『はい、今日のピックアップは間もなく追加発売される【アトラティース・ワンダラー】の話題です』
何やら件のゲームの話をカキザキさんが楽しそうに話している。
どうやら彼女もプレイヤーらしく、第2サークルエリアのボスにてこずってること等を面白おかしく説明している。
『このゲームってHMVRDと一体型なので、なかなか追加発売ってしないんですよね〜。今回の予約も抽選で販売だそうですが予約終了してるんですよね〜』
背景には【アトラティース・ワンダラー】のデモ映像が流されている。
『ソフトだけ売ってくれると嬉しんですけどね〜。それがちょっと残念なフミエでした。追加発売に伴って大型アップデートとイベントも予定しているらしいです。詳しくはゲームのサイトを見て下さいね。以上今日のピックアップでした。次は――――』
「ちっ、よっけいな話題を〜〜〜〜〜っ」
姉がカレーを口にしながら、テレビ画面を藪睨みする。
宣伝されると拙い事でもあるんだろうか、こんな放送がされるくらい人気があるのなら相当たくさんの人間がゲームを始めるんだろう。
追加販売の人数って何人ぐらいなのだろう。
「サキちゃん、今回の追加販売で何人くらいがゲーム始めるの?」
僕の質問にあぐあぐカレーを食べながら姉が答える。
「ん〜とねぇ、大体1万人かな。最近まで追加募集してなかったから情報出しただけであちこちからけっこー突き上げが酷くてねぇ」
1万人かぁ〜、多いのか少ないのかよく分からん。
でもあのプロロアの街にそんな人数がいっぺんに行ったら、収拾がつかないんじゃなかろうか。
「そんなにいっぺんに人が来たら大変じゃないの?冒険者ギルドだってそんなに広くなかったし」
「そこら辺は仮想世界の中だからいくらでも都合はつけられるんだけど、今回はログイン時間を1時間づつずらして5回に分けてやる予定みたい」
ふうん、それだと最初と後のほうで時間差が出来るから、なんか揉めそうだな。
「何かそれって揉めそうじゃない?始めの方に集中しそうな気がするんだけど………」
「うん、だから事前にログイン時間の希望取って抽選で順番決めて、後ろの方にはガチャチケ多めに配るようにしてるの」
ん?何か聞き慣れない言葉が出て来たぞ。
「サキちゃん、ガチャチケって何?」
姉が何言ってんの?こいつ的な顔で僕を見て溜め息を吐いた後教えてくれる。
「キラくんガチャガチャって知ってるでしょ?ゲーム内であれをやれることが出来るチケットのこと。レアじゃないけど、それなりのアイテムが手に入ったりするの」
へぇ〜なんか面白そう。スーパー帰りに偶についやっちゃうんだよね、あれ。
「そっか、じゃ僕は最後の方にログインしよっかな」
そんな風に僕が呟くと姉が何かに気付いたように聞いてきた。
「キラくん、何かあった?あぐあぐ」
相変わらず何気に鋭い。僕はVRル-ムで感じた事を正直に話してみる。
「なる。キラくん、もしかして精神内格錬やってる?」
唐突な姉の質問ではあるが、僕は首を縦に振りうんと答える。
「うん、毎朝走りこみした後でやってるよ」
精神内格錬はじーちゃんに教わった鍛錬法の一つで脳内で相手を想定して組み手を行うものだ。
僕はいつもじーちゃんと組み手をしてるけど、1度も勝ったことはない。(妄想なのに勝つビジョンが見えないのだ)
「そっか。あぐあぐ、んっ。フィードバックが強すぎなのかも。レセプターチューニングの設定を少し変えれば大丈夫だと思うよ。ララちゃん、お願いね」
『任せてなのです。サキさま』
何か姉とララの間で何かが決まったみたいだ。良く分からないけど悪い様な事にはならなさそうなので流しておこう。うん。
その間僕はコーヒーを入れ姉の様子を見ながら、テレビを見て寛ぐ。
「ごっちそーさまでしたっ!美味かった――――――――っ!!」
はい、さいこーの褒め言葉いただきました。
姉はゴロンと横になり、おなかをパンパン叩いてる。………なんだかなぁ。
食べ終えたお皿を片付けて洗ってからキッチンの掃除を終えると、姉がベッドのある部屋に向かうところに出くわす。
「…………」
「キラくん、あたしお風呂もらって寝るから、よろしく!」
右手で2本指を掲げ敬礼っぽい仕草をして姉は行ってしまった。
何か聞こうと思ってたんだけど、えーと何だった………あ、そうだ。
部屋から着替えを持って出て来た姉に確認をする。
「サキちゃん、このゲームって新規募集してなかったってさっきテレビで言ってたけど、ガモウさんのヤツって拙くなかったの?」
そうなのだ。僕はこのゲームがVRゲームだとは知らずにプレイしてたので、ガモウさんの頼みに安請け合いしてしまったのだけども、それが拙い事になったとしたら申し訳なく思ったのだ。
「ん?ああ、大丈夫大丈夫。何の問題もないよ。それにあたしもガモウさんにお世話になってたし、これで少しでも恩返しが出来るなら渡りに船って感じだから、気にしなくてもいいよ」
そんな姉の言葉に少しだけ僕は安堵する。そっか良かった。
姉がバスルームへ向かったので、僕は居間へと行きコーヒーを飲みながらまったりと過ごす。
テレビの中ではカキザキさんが明日の放送予定を伝えている。
そういや、アップデートのお知らせがWebサイトに出てるとか言ってたような。
「ララ、Webサイトのアップデート情報って分かる?」
『もちろんなのです。いま表示するのです』
端末のララがそう言ってホロウィンドウにアップデート情報を表示してくれる。
【アトラティース・ワンダラー】というタイトルが現れ、その下に様々な項目が並んで表示されている。
その中で1番上にある最新アップデート情報を選ぶと次のような事が書かれていた。
【最新アップデート情報】[New!!]
新規ユーザー募集に伴い下記のものを○月×日より導入します
・新規ユーザーに限り現実時間30日の間消費アイテム無制限購入可
・全てのNPCのAI搭載に伴うAIの強化、より人間らしいディティールに
好感度を設定 それによりイベントも変化
・NPCにもワンダラーが現る
互いに競うもよし、協力し合うもよし
・全ユーザーの希望者にナビゲート・スピリットの取得あり
希望しないユーザーには別のスピリットの取得の可能性あり
・新エリアの追加 ただしLv50以上のプレイヤーでないと入ることは出来ません
・〈職業〉システム導入
スキルの組み合わせにより職業が設定されます
また職業を選択するとパッケージングにより職業に適したスキルが組み合わ
されます
・新規ユーザーへEXP×2アップキャンペーン
○月×日より15日間新規ユーザーに限りEXPが2倍になります
(なおパーティープレイ時の現ユーザーメンパーは1.2倍のEXP)
「…………」
『思いっきり新規プレイヤーさんが巻き込まれる感いっぱいなのです』
まぁねぇ~、EXPアップとか、消費アイテム無制限購入とか、どう考えても現プレイヤーが取り込みをはかりかねなそうなのは、MMOをあまり知らない僕でも容易に想像できるものだ。
すっごい揉めそう。
そして前日と前々日はアップデート作業の為、ログイン出来なくなるとのことで、その前にキャラメイキング等は出来るらしいのでアップデート前にやって欲しい等と書いてある。
後は新規ユーザーは5回に分けてログイン時間を決めるので、事前にアカウントIDと希望時間を伝えて欲しい旨が記されてあった。
余談であるがこのWebサイトはユーザー専用のサイトらしく、アカウントIDを入力しないと詳しく見ることが出来ないそうな。(ララはまぁ………ねぇ)
なので、それをうっかり忘れていたカキザキさんは、たくさんの抗議のメールやら何やらと運営からもクレームが来て涙目で謝罪したとか。
メディアって大変だな。
姉がお風呂から上がってスウェットを着て居間を横切る。
「キラくん、おやすみ〜」
「おやすみ〜」
風邪を引いた頃から何やら気を付けるようにしたようだ。
さて、今日はVRルームで色々やったので、何だか疲れた気がする。
まだ時間は早いけど、お風呂に入って寝るとしよう。あ、その前にゴハンといで炊飯器に入れておこう。
ホロウィンドウを消して、着替えを取りにベッドのある部屋へ向かう。
姉はすでにベッドの上でくかーっと幸せそうに寝ていた。
「…………」
僕はベッドの脇に布団を敷いてからお風呂に入って寝ることにする。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます(T△T)ゞ




