後編
お母様視点です。
「貴女とこうしてゆっくりお茶会をするのも、久しぶりですね」
「ええ、お父様もお母様も国に携わる者としてお忙しいのに、こうしてお母様と二人きりのお茶会なんて贅沢でとても嬉しいですわ」
「私もですよ。半年前は、貴女が倒れてお茶会どころではありませんでしたからね。
…そういえば、あの時もこのチョコレートがありましたね」
私はテーブルの上に置いてあるカップに入ったホットチョコレートを眺めた。
あの時は心臓が止まるかと思った。大事な一人娘のシアが目の前で倒れたのだから。
すぐに駆けつけた主治医の診断は心因性のもの。
心因性?ストレス?あの子は何を隠していると言うの?
そうして3日後に起きた娘は別人になっていた。
いえ、別人では無いわね、仕草も表情も可愛い娘のもの。
違うのは心のあり方だった。
昔の娘は子供特有の傲慢さを持ち、あまりいい噂を聞かなかったけど子供のやること、と放置していた。
そして目覚めた娘は人が変わったかの様に、人を思いやり邸の使用人達を助け、1分1秒が惜しいと勉学にそして事業に取り組んだ。
このチョコレートもあの子のアイディア。チェロの実ではなく種からこんな風味豊かな物が採れるなんて、誰も想像すらしなかったことだろう。
シアが倒れてから二ヶ月後、執事のセバスから報告が上がった。
セバスは表向きは執事を勤めているが、裏では暗部を担っている。
夫と私の前に立ちこれまでの調査報告を読み上げた。
「先ずは、お嬢様の料理、数々の知識はどの国のどの書物にも存在しない事から、お嬢様は精霊の囁き人と推測致します」
「…あの子が?…」
精霊の囁き人はその名の通り精霊の声が聞こえる者を指します。
聞こえる者は大変珍しく、またそこからの情報は決して無視できないものが数多くあります。他国の事から自国の事、人間が知らない知識や知恵等。
だからこそ貴重で生まれに関係なく囁き人は国か神殿預かりになるのです。
「…可能性はあるな」
「はい。そしてお嬢様の件ですが、やはり変わられたのは眠りから目覚めた後からです。
使用人の中には熱の後遺症や入れ替わったのではないのかという噂も出ています」
「それはないわ。あの子は間違いなく私達の娘よ」
「はい、存じ上げております。
では何故、という事になるのですが1つ気になる証言があります。
最近入った新人メイドで、ローサと申します者がお嬢様が目覚められた夜の付き添いでした。
目覚められたその後、日常の会話をされていたようですが、ある話題でお嬢様が考え込まれた、と」
「…それは?」
「先月門番のデリルが、先々週はメイドのラミー、この両名が退職しております。
もともと期限付きの雇用でしたので退職には何の問題もありません。
この二人の話題でお嬢様は何か考え込まれたようです」
そして一息つくと瞳に暗い影を落とした。
「気になり再度綿密に調査したところ、彼等は王の手の者でした」
ーーーあの愚弟っ!!
「発端は婚約を嫌がった王子でしたが、子供のすること。我が公爵家の目をくぐり抜ける事は不可能でしょう。間違いなく王も絡んでいると。
…此度の件は私の落ち度でございます」
「お前には何の落ち度もない。
第一、王家と関わりない組合を二つも仲介して雇ったんだ。
落ち度があるとすれば採用した私だよ」
「貴方、セバスも話が進まないわ。
セバス、貴方の事ですもの、他の使用人も再度調査したのでしょう?」
「はい、他は全て白でした。」
…………つまりシアは知っていたという事?
王の手の者がいなくなった数日後に倒れた。それも心因性のもので。数年に渡り蓄積された疲労が出た、と見て間違いはないでしょう。
「……私はシアが王子を好きだと思っていました。
ですが違ったのですね。悪意を持って接する相手に好意など生まれるはずもないのに…。
あの子は愚かな娘を演じていたのですね。母である私にも気づかせないほどに………それ程、婚約は嫌だったのですね」
胸が張り裂けそうな程悲しくて。そしてそんなに頼りない親と思われていたのでしょうか?
シアの為なら婚約の一つや二つ簡単に破棄してみせたのに。
「それは違うだろう?
心配をかけたくない気持ちもあっただろうが、この際恋愛感情は関係無い。
シアは貴族で結婚は義務だ。何事もなければそのまま婚姻しただろう。
しかし王子は間違えた、義務を放棄し、シアを否定したと同じ事だ。そしてシアも自分を偽り王子を試したのだろう。
これはあの子自身の問題だ」
……そうですね。
自分で行動して、自分一人で決めて、今と一緒です。
私は見守ることしかできません。
「しかし何故このような手間暇を掛けたのでしょうか?破棄したいのなら王の一言で済むものを」
「おそらく次代の王である王子のお手並み拝見が半分と当家への嫌がらせかな?
他に情報取集できれば儲けた程度の。
それにしても随分と時間がかかっているがね。慎重なのか手際が悪いのか」
「成る程、では手の者を引き上げさせた、と言う事は調査が終了したと見て間違いはないでしょう」
「そうだね、その2人は嬉々として報告していただろうね。
…今まで演じていたシアを、ね。
ところでセバス、今の我が妻は昔の様な目をしているとは思わないかい?」
セバスは私の方を向くと懐かしむように目を細めた。
「ええ、奥様が昔“苛烈姫”、と言われていた頃の目ですね」
ーー苛烈姫とは私が昔、並みいる政敵らを容赦無く失脚させ没落まで追い込んだ事からついた通り名です。
平凡な愚弟は、昔から何かと比べられる事が多かった姉である私に、かなりのコンプレックスがあったようです。
今回の件も私に対する嫌がらせ程度のつもりだったのでしょうが、そうはいきません。
あの王子はシアに任せるとして、愚弟と王妃も、かしら?苛烈姫の名前を思い出させてあげなくては。
私は同じ目をしているであろう二人に向かい、笑顔で応えた。
セバスからの報告で、王妃は肌荒れが目立ち始め、愚弟は髪の生え際が2センチ後退したらしい。
私達の裏工作がジワジワと効いてきたらしく、笑いが止まらない。
そこへシアが話しかけてきました。
「今度リナがチョコレートケーキの試食に此方に来るそうです。兄のマシュー様もご一緒に」
親戚のマシューは表では大人しく目立たない次男という評価だが、本来の顔はあのセバスが一目置くほどの情報収集に特化した油断ならない人物だ。
最近、シアの様子を伺っているらしく、今回の訪問も唯の興味なのかそれとも…。
「まあ、マシューも?珍しいわね。………その時は私も試食に参加してもいいかしら?」
何の思惑があるにせよ、場合によっては、婿候補に加えても良い。
勿論選ぶのはシアだが。
「!本当ですか?頑張って作りますね」
「ええ、楽しみにしているわ」
何にせよ楽しみなことだ。