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36話 私が薬を作ることで


 ティウル砦の医務室の横。

 そこは遺体の安置所となっていた。

 遺体は地面に直接横たえられ、隠すように布がかけられている。


 杏は両手を組んで、自分の額にあてる。

 これが、この地域での祈りの作法らしい。


 医務室の扉はほぼ燃え尽きて、石壁にも所々煤が付いている。

 一体何があったのだろうか。


 ティウル砦にいた医療班の人間は、杏とはあまり馴染みのない者達だった。

 接点がほとんどなく、また杏自身も、言動が荒い彼等のことを苦手に思い、あまり積極的に関わろうともしていなかった。

 そんな彼等だけれど、こんな形で死んで良いはずがない。


「技官様、お願いします」


 村人に声をかけられ、杏は立ち上がった。


 先程の急拵えの作業場に戻ると、負傷者の何人かは既にいなくなっていた。

 最初に渡した粉末の万能回復薬で治療を終えたのだろう。

 ディールとジークベルトの姿も消えている。

 残っている知り合いは、残りの負傷者を診ているクルトと、負傷者の中に紛れて仰向けに寝かされているレヴォだけだった。


 クルトは医者の家系の出身で、医療知識もある程度あるらしい。

 

 ここに来る時に頭に石が当たったレヴォは、先程から微動だにしない。

 最悪の事態が頭をよぎったが、その瞬間彼と目が合いこちらにヒラヒラと手を振ってくる。

 杏は思わず胸を撫で下ろし、手を振り返した。

 

 杏が大鍋の近くまで行くと、そこで作業していた女性に場所を譲られる。


「お湯、沸かしてあります」

「ありがとうございます。不死草は?」

「ここに。入れちゃいますね」

「お願いします」


 湯の上に浮かぶ不死草を柄の長いヘラで沈める。

 特に意味のない、完成品の効果には何も関係ない行為ではあるが、ついやってしまうのだ。

 数度ヘラを上下に動かして、魔力を込め始めた。


 一回目を作り終え、鍋から離れる。

 入れ替わるように、手にミトンをつけた女性二人が鍋に近づいてきて、火から下ろす。

 そこに、最初に杏が来る直前に鍋の近くにいた女性が来て、ミトン越しに鍋の持ち手を掴む。

 作業中に説明してもらったのだが、彼女は村で唯一魔導を使えるらしい。

 今は、万能回復薬を冷やしてもらっている。

 

 杏一人で冷却作業までする必要がある為、最悪、煮えたぎった万能回復薬を怪我人にかける事になると覚悟していたのだが、彼女がいてくれて本当に助かった。


 杏は場所を移し、もう一つの鍋と向き合う。

 鍋の湯は沸き、必要な量の不死草も用意してある。

 杏は不死草を鍋に入れ、魔力を流しながら言った。


「とても手際がいいですね。助かります」

「魔導士様が作るようなものは無理ですが、あたしらだって、不死草から薬を作りますからね。作業の手順なんかはわかりますよ」

「あっ、そうでした。なんか、上からすみません……」

「いえいえ、構いませんよ」


 そんな会話をしながら、作業を進めていく。


 そうしている間に、エドガー達が戻ったと思えば、万能回復薬を飲んですぐに戦いに行ってしまった。

 「もう大丈夫だ」と、戦いに行こうとするレヴォを、クルトが怒鳴って止めた。

 手伝ってくれる村人達のおかげて、思った以上のスピードで調薬が進み、余裕を持って作業できるようになった。


 負傷者の数は減り、合間の休憩時には村人達から丁寧な感謝の言葉をもらった。

 ドグ隊からももちろん感謝の言葉はあったが、どれも短く、怪我が治りさっさと戦場に戻ってしまう。

 仕方のないことだとわかってはいるが、どうしても比べてしまう。


「ありがとうございました。腕が使い物にならなくなるかと……。そんなことになったら今年の麦が収穫できねぇ」

「今度、孫が産まれるんです。これで、これで孫と会えます」


 そんな村人達の言葉に、杏は自分が怖い思いをしてきたかいがあったと、そう思った。

 半ば断れずに来てしまったようなものだが、それで良かったのだ。

 

 負傷者の治療に使う万能回復薬より、戦場に行く者に持たせる万能回復薬の量が多くなった。

 そして、また負傷者が増え出してしばらくした頃——。


「勝ったぞ!!!」


 と、ドグが満面の笑みでやってきた。

 右手には何かの小袋を持っている。


「村も取り返した。……畑は半分くらいダメにしちまった。……踏み荒らしただけだから、多少は何か採れるかもしれねぇが。……悪りぃな」


 その言葉に、村人達の顔が陰る。

 

「足りなくなる食料とか、そういう小難しい話は、上の連中がする。後始末が済むまでちょっと待っててくれ」


 その言葉に、一人の男が言った。


「いや、半分残っただけで、村に帰れるだけで充分だ。……ありがとうございます」

「おう。礼ならこのねぇちゃんに言ってくれや」


 と、ドグは顎で杏を指した。

 杏は慌てて首を振る。


「いえ、そんな……。もう充分いただきましたから」

「そうか? じゃあオレからだ」


 と、ドグは杏の近くの作業机の上に持っていた小袋を置く。

 その袋は薄汚く、所々血で汚れている。

 感謝の気持ちは嬉しいが、不衛生な物はここに置かないでほしい。


「あ、ありがとうございます。……なんですか、これ?」


 怪訝そうな顔を浮かべながら杏は袋を開け——。


「——っ!」


 全身の毛穴がぞくりと逆立つのを感じた。


 そこには、見慣れたものが大量に入っていた。

 見慣れているが、絶対に袋に入っているはずのないものだった。

 絶対にそれ単体で見る機会などないはずのものだった。


「な、なん、で……」


 杏はドグに尋ねたが、声がうまく出てこない。

 意味は、彼に伝わっただろうか。

 

「『なんで』って、本当は 首級持ってこようとしたんだが、流石に邪魔だろ? だから削いで持ってきた」


 そう言いながら、ドグは手刀を作り、自身の耳の付け根に当てて削ぎ落とすような動作をした。

 そしてニッカリと笑い、こう言った。


「アンタのおかげでこんだけ殺せた。ありがとな!」


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