第3章・第9話 止まりかけた流れ
静寂。
赤い警報灯だけが、
施設内部を照らしていた。
『……全部……
巫女の……せいだ……』
放送は途切れたまま、
再起動しない。
海兵達の間にも、
僅かな動揺が広がっていた。
レイオスが低く言う。
「中枢制御室だな」
ミレーナは静かに頷いた。
「……行きます」
アルも剣を握り直す。
「僕も行きます」
⸻
施設内部。
中枢区画へ続く通路。
水路横の蒼い光が、
赤い警報灯へ塗り潰されている。
妙だった。
静かすぎる。
アルは周囲を見る。
「……コラプトがいない」
レイオスも眉を寄せた。
「さっきので終わる訳ねぇよな」
その時だった。
通路奥。
人影が現れる。
海兵の一人が目を見開く。
「施設長……!?」
現れたのは、
大水流循環中枢の施設長だった。
だが。
様子がおかしい。
目の下は黒く染まり、
肌には侵食痕が浮かんでいる。
呼吸も荒い。
まるで、
深海へ沈み続けた人間のようだった。
ミレーナが前へ出る。
「施設長」
「ご無事だったのですね」
施設長はゆっくり顔を上げる。
そして。
ミレーナを見た。
「……無事?」
掠れた声。
「無事……だと……?」
空気が張り詰める。
レイオスが槍を構えた。
施設長は笑う。
乾いた笑いだった。
「止めるな」
「流れを止めるな」
「止まれば終わる」
ブツブツと繰り返す。
ミレーナの表情が曇る。
「施設長……」
施設長は壁へ手をついた。
震えている。
「維持しろと命じられた」
「崩壊させるなと」
「止めるなと……!」
叫び。
その瞬間。
黒い海水が噴き出した。
アルが即座に前へ出る。
「危ない!!」
轟音。
黒い水刃が床を抉る。
海兵達が後退した。
レイオスが舌打ちする。
「汚染されてやがる……!」
施設長が頭を押さえる。
「違う……」
「私は……」
「止める訳には……」
理性が残っている。
だが次の瞬間。
黒い侵食が首元まで広がった。
施設長の目が濁る。
「巫女が……」
「止めた……」
殺気。
アルが剣を構えた。
瞬間。
施設長が消える。
「っ!?」
速い。
次の瞬間。
黒水を纏った拳がアルへ迫る。
轟音。
剣で受け止める。
重い。
人間の力じゃない。
アルが押し込まれる。
「ぐっ……!!」
さらに。
黒水が槍のように変形する。
レイオスが割り込む。
槍撃。
激突。
「チッ!!」
だが。
施設長の動きは異様だった。
荒い。
滅茶苦茶。
なのに速い。
理性と暴走が混ざっている。
次の瞬間。
動きが止まる。
施設長が苦しそうに頭を抱えた。
「……違う……」
「私は……守ら……」
そこへ。
黒水が暴走する。
施設長自身を呑み込むように。
「止めろォォォォ!!」
絶叫。
黒水爆発。
ミレーナが即座に水壁を展開する。
轟音。
施設が揺れた。
アルが息を呑む。
「何だよ……
この力……」
ミレーナが歯を食いしばる。
「完全侵食前です……!」
「理性が残っているから、
余計に不安定なんです……!」
施設長が再び襲い掛かる。
だが。
今度は動きが噛み合っていない。
暴走。
停止。
混乱。
自分自身で動きを阻害している。
レイオスが槍を振るう。
「アル!!」
「今だ!!」
アルが踏み込む。
斬撃。
施設長の肩を裂く。
だが。
施設長は痛覚を無視して掴み掛かってくる。
「っ!!」
アルが吹き飛ばされる。
床へ叩き付けられた。
ミレーナが支援水流を飛ばす。
アルの体勢が戻る。
その瞬間。
施設長がミレーナを見る。
動きが止まった。
「……巫女」
掠れた声。
ミレーナは目を逸らさない。
施設長の瞳が揺れる。
「……助け……」
その瞬間だった。
黒い侵食が顔面まで到達する。
施設長が絶叫した。
「ガァァァァァァァァァ!!」
轟音。
施設全体へ黒水が拡散する。
警報灯が弾け飛んだ。
海兵達が叫ぶ。
「侵食濃度上昇!!」
「まずい!!
完全汚染へ移行します!!」
レイオスが顔を歪める。
「クソが……!」
施設長の身体が膨張していく。
黒い殻。
歪んだ腕。
海水と融合したような異形。
もう。
人間の面影が消え始めていた。
ミレーナが小さく呟く。
「……施設長……」
だが。
返事はない。
濁った瞳だけが、
三人を見ていた。
そして。
完全に黒へ染まる。




