序章・第4話 同級生という特別
昼下がりの訓練場は、いつもより静かだった。
模擬戦の時間が終わり、生徒たちはそれぞれの場所へ散っていく。
その中で一人、剣を握ったまま立ち尽くしている少年がいた。
レオンだ。
「……はぁ」
息を吐きながら、剣を肩に担ぐ。
周囲から向けられる視線には、もう慣れていた。
――強い
――さすが首席候補
――あいつがいれば安心だ
そんな声は、聞こえなくても分かる。
だがそれは、どこか距離のある言葉だった。
「お疲れ様」
背後から、柔らかい声がかかる。
振り向くと、そこにはセリーナが立っていた。
「……見てたのか」
「うん。最後まで」
「恥ずかしいな」
「全然。むしろ、すごかった」
真っ直ぐな言葉。
嘘がない。
だからこそ、少しだけ戸惑う。
「強いね、レオン」
「……どうだろうな」
レオンは視線を逸らす。
その反応に、セリーナは少し首を傾げた。
「自信、ないの?」
「違う。……分からないだけだ」
「何が?」
少しだけ、間が空く。
レオンは考えるように空を見上げた。
「この強さが、何のためなのか」
その言葉は、思っていたよりも静かだった。
だが、確かに重みがあった。
「守るため、じゃないの?」
「そう思ってる。……いや、思いたい」
レオンの拳が、わずかに握られる。
「でも、たまに分からなくなるんだ」
「……」
「強くなればなるほど、守れるものが増えるのか、それとも――」
言葉が途中で止まる。
その続きを、レオン自身も言いたくなかった。
「それとも?」
「……いや、なんでもない」
話を切るように、レオンは軽く笑う。
だがその笑顔は、どこか作り物だった。
セリーナはそれを見逃さない。
「レオン」
「ん?」
「一人で抱え込まなくていいよ」
その言葉に、レオンは一瞬だけ目を見開く。
「私、巫女候補だけどさ」
「知ってる」
「でも、それ以前に――」
セリーナは、少しだけ言葉を選ぶ。
「同級生でしょ?」
その一言。
それだけで、空気が変わった。
「……同級生、か」
「うん」
「特別だな、それは」
「でしょ?」
セリーナが少しだけ笑う。
その笑顔は、どこか安心させるものだった。
「じゃあさ」
レオンは剣を地面に軽く突き立てる。
「一つ、頼みがある」
「なに?」
「もし俺が――」
一瞬、言葉が止まる。
だが今度は、最後まで言った。
「道を間違えそうになったら、止めてくれ」
セリーナは驚いたように目を瞬かせる。
だがすぐに、小さく頷いた。
「うん。絶対止める」
「……頼んだ」
風が、静かに吹き抜ける。
訓練場にはもうほとんど人がいない。
「じゃあさ、今度は私の番」
「ん?」
「私が迷ったら、助けて」
少しだけ照れたように、セリーナは言う。
「当たり前だろ」
即答だった。
「そっか」
「当然だ」
二人の間に、少しだけ沈黙が落ちる。
だがそれは、居心地の悪いものではない。
「……ねえ、レオン」
「なんだ?」
「この時間、好き」
ぽつりと、セリーナが呟く。
「何も背負ってない感じがして」
レオンは少しだけ考えてから、頷いた。
「俺もだ」
その言葉は、本音だった。
英雄でもない。
巫女でもない。
ただの、同級生。
それだけの時間。
――それが、どれだけ貴重なものか。
この時の二人は、まだ知らない。




