序章・第3話 英雄候補
学園には、明確な“序列”があった。
実力。
成果。
そして――信頼。
そのすべてにおいて、頂点に立つ者がいる。
「レオン、頼む!」
声が飛ぶ。
訓練場の中央。
木製の剣を構えた少年が三人に囲まれていた。
その中心にいるのは、レオン。
「三対一とか、ずるくないか?」
軽く笑いながらそう言う。
だが、その声に焦りはない。
「勝てばいいんだろ?」
次の瞬間。
一人目が踏み込んだ。
正面からの直線的な斬撃。
迷いのない一撃だった。
だが――
「遅い」
レオンの身体が、ほんのわずかに横へ流れる。
最小限の動きで攻撃をかわし、すれ違いざまに剣を打ち込む。
「ぐっ――!」
相手の体勢が崩れる。
そのまま二人目が横から襲いかかる。
連携としては悪くない。
普通なら、ここで防御に回る。
だがレオンは違った。
「それも読めてる」
踏み込む。
逃げるのではなく、前へ。
相手の間合いに“入る”ことで、逆に動きを封じる。
一瞬の空白。
そこへ、迷いのない一撃。
「はい、二人目」
軽い音とともに、木剣が相手の手から弾かれた。
残るは一人。
「くそっ……!」
焦りが動きを鈍らせる。
レオンは一歩も動かない。
ただ、相手の出方を待つ。
耐えきれずに突っ込んできたその瞬間――
「終わり」
剣が止まる。
喉元寸前。
静寂。
「……参った」
最後の一人が力なく笑った。
それを見て、レオンは肩の力を抜く。
「いい連携だったよ。もう少しタイミング合ってたら危なかった」
「いやいや、余裕だったろ今の」
「そんなことないって」
そう言いながら、倒れた仲間に手を差し出す。
自然な動作だった。
勝者が、敗者を引き上げる。
その仕草に、周囲の空気が少し和らぐ。
「やっぱレオン強ぇな……」
「当たり前だろ。トップだぞ」
「今年の成人の義、あいつ確定じゃないか?」
「だろうな……」
小声のざわめきが広がる。
隠しているつもりでも、全部聞こえていた。
レオンは苦笑する。
「聞こえてるって」
「いや、別に隠してないし」
「まあな」
軽口が返ってくる。
それが心地よかった。
レオンは強い。
それは誰もが認めている。
だが、それだけではなかった。
「さっきの二人目のとこ、踏み込み良かったぞ」
「あ、ほんと?」
「ただ、そのあと少しだけ力入りすぎてた。あれで動きが止まってる」
「うわ、気づいてなかった……」
「次はそこ意識してみろ」
「おう!」
勝ったあとに、ちゃんと相手を見る。
否定ではなく、改善を教える。
だから、嫌われない。
むしろ――
「また頼むな、レオン」
「ああ、いつでも」
自然と人が集まる。
それが、レオンという存在だった。
「相変わらず人気者ね」
訓練場の端から、声がかかる。
振り向くと、一人の少女が立っていた。
整った立ち姿。
周囲と少し距離を置くような空気。
セリーナ。
「見てたのか?」
「ええ。暇だったから」
「暇って……」
「あなたが戦ってると、だいたい人が集まるもの」
淡々とした言い方。
感情はあまり見えない。
けれど、その視線はまっすぐレオンを捉えていた。
「で、どうだった?」
「……強いわね」
それだけ言って、少しだけ目を細める。
「でも」
「でも?」
「無駄が多い」
「厳しいな」
思わず笑う。
だがセリーナは真剣だった。
「もっと効率的に動けるはずよ。あなたなら」
「まあ、そこまで詰めなくても勝てるしな」
「それが油断になる」
ぴたりと言い切る。
その言葉に、レオンは少しだけ視線を外した。
「……そうかもな」
軽く受け流すつもりだった。
けれど、不思議とその言葉は残った。
「あなたは、守るために戦ってるの?」
唐突な問いだった。
「なんだよ急に」
「気になっただけ」
レオンは少し考える。
答えは、すぐに出た。
「そうだな」
迷いはない。
「強くなりたいわけじゃない。守れるなら、それでいい」
セリーナは黙って聞いていた。
「……そう」
それだけ言って、視線を外す。
ほんのわずかに。
何かを言いかけて、やめたように見えた。
風が吹く。
訓練場の砂が舞い上がる。
その中で、レオンはふと空を見上げた。
晴れている。
何も変わらない、いつもの空。
――のはずだった。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
色が、薄く見えた気がした。
「……?」
瞬きをする。
戻っている。
いつも通りの色。
気のせいだ。
そう思おうとする。
だが――
胸の奥に、あの感覚が蘇る。
祠。
台座。
あの“何か”。
「レオン?」
セリーナの声で、我に返る。
「どうしたの?」
「……いや」
首を振る。
「なんでもない」
言葉は自然に出た。
けれど、それは本当ではなかった。
その日も、いつも通り終わる。
訓練。
食事。
仲間との会話。
何も変わらない日常。
何も問題はない。
ただ一つ。
誰にも気づかれないまま。
レオンの内側で。
確実に、何かが“進行”していた。
そして。
人の届かない場所で。
“それ”は静かに観測を続けている。
適合率、上昇。
安定、確認。
器、良好。
感情は不要。
意思も不要。
ただ一つの目的のために。
「完成へ近づいている」




