序章・第17話 帰郷と違和感
村は、変わっていなかった。
木の匂い。
土の感触。
風の音。
すべてが、あの頃のままだった。
「……久しぶりだな」
アルトゥスは小さく呟く。
その声は、自分に向けたものだった。
隣にはセリーナ。
その少し後ろを、クウが跳ねるようについてくる。
「ここが、あなたの村」
「はい」
短く答える。
だが。
その一言に、わずかな重さがあった。
村の入口。
見慣れた景色。
見慣れた家々。
見慣れた人影。
だが――
「……」
何かが違う。
人の数はいる。
動きもある。
だが。
どこか、静かすぎる。
「……妙ですね」
セリーナが小さく言う。
アルトゥスも同じ違和感を抱いていた。
「……はい」
村人の一人がこちらに気づく。
目が合う。
その瞬間。
わずかに表情が変わる。
驚き。
そして――
戸惑い。
「……アルトゥス、か?」
「はい。戻りました」
男は一歩近づく。
だが。
どこか歯切れが悪い。
「……そうか」
沈黙が落ちる。
普通なら。
もっと、言葉があるはずだった。
帰ってきた者に対して。
だが。
それがない。
アルトゥスは一歩踏み込む。
「……何か、あったんですか」
男は答えない。
視線を逸らす。
そして。
小さく息を吐く。
「……中で聞け」
その一言だけを残して、去っていく。
アルトゥスとセリーナは視線を交わす。
言葉はない。
だが。
同じ結論に至っていた。
「……行きましょう」
「はい」
二人は歩き出す。
村の奥へ。
家へ向かう。
見慣れた道。
だが。
空気だけが違う。
重い。
何かを押し殺しているような空気。
扉の前に立つ。
アルトゥスは、わずかに手を止める。
そして。
開ける。
「……ただいま」
中に入る。
そこにいたのは――
母親だった。
一瞬。
時間が止まる。
そして。
次の瞬間。
「アル……!」
駆け寄ってくる。
抱きしめられる。
強く。
「無事で……よかった……」
震える声。
安堵。
だが。
それだけではない。
「……母さん」
アルトゥスは静かに言う。
「……兄さんは?」
その瞬間。
空気が変わる。
母親の動きが止まる。
腕の力が、わずかに強くなる。
そして。
ゆっくりと離れる。
目が、揺れている。
「……レオンは」
言葉が続かない。
その代わりに。
視線が下がる。
それだけで。
十分だった。
「……いつからだ」
母親は答える。
「……帰ってきたの」
「あなたが学園に行った、少し後」
アルトゥスの拳が、わずかに握られる。
「……それで」
「そのまま……いなくなったの」
沈黙。
音が消える。
何もかもが遠くなる。
「……どこ行ったんだ」
「分からない」
母親の声が震える。
「でも」
その一言で、空気が変わる。
「最後に見た人がいるの」
「……誰だ」
「……祠に入るところを見たって」
その瞬間。
アルトゥスの中で、何かが繋がる。
記憶。
幼い頃。
触れてはいけない場所。
「……あそこか」
「ええ」
セリーナが一歩前に出る。
「祠はどこにありますか」
母親が指差す。
村の奥。
森の方。
「……あそこよ」
アルトゥスは振り返る。
もう行くつもりだった。
だが――
「……行く」
その一言を口にした瞬間。
「だめ!」
母親の声が響く。
空気が止まる。
「行かないで……」
震えている。
恐怖で。
「レオンも……行って……帰ってこなかったの……!」
アルトゥスの足が止まる。
母親は一歩近づく。
必死に。
「お願い……アルまでいなくならないで……」
その言葉は重い。
逃げ場がないほどに。
アルトゥスは目を閉じる。
一瞬だけ。
迷いがよぎる。
だが――
目を開ける。
「……母さん」
静かに言う。
「俺は戻ってくる」
母親の目が揺れる。
「……でも……」
「兄さんを、放っておけない」
はっきりとした声。
「絶対に」
一歩、前に出る。
「必ず戻る」
母親は言葉を失う。
その代わりに。
涙がこぼれる。
「……約束する」
その一言で。
すべてが決まる。
長い沈黙の後。
母親は、ゆっくりと頷く。
「……絶対に、帰ってきて」
アルトゥスは頷く。
「……ああ」
短い返事。
だが。
それだけで十分だった。
クウが、ぴょんと跳ねる。
まるで導くように。
アルトゥスは振り返らない。
セリーナと共に歩き出す。
森へ。
あの場所へ。
すべてが始まった場所へ。




