第36話 包む風
オリバーはまだうまくできず、少し恥ずかしい。
でも、憧れの姿を目の前にして、いつか自分もああなりたい――と思う。
レオは悔しさを反発として表しつつ、負けたくないと思いを胸に。
ガイルはポーっと見とれながらも、次は自分もやりたいと思う。
―うまくいかない―
放課後。
立てかけたフラフープの前で、水球がゆらゆら揺れている。ぷかぷか揺れる水面。
授業で習った通り、表面には薄い膜。
触ると、ぴん、と張っている。
ノア先生が見本を見せる。
水球を浮かせ、
自分の風で、すっと押す。
水は歪まない。
ふわりと進み、真ん中を通った。
「おお……」
ガイルが小さく声をあげる。
オリバーは唇を噛む。
自分の風とは、何かが違う。
迷いがない。
……たぶん、最初から。
胸の奥が、少しだけ重くなる。
放課後、残って練習。
水球係と風係を交代する。
「いくぞ」
レオの水球を、オリバーが飛ばす。
びゅっ。
強すぎた。
水球がひしゃげ、途中で割れる。
「だから強えんだよ」
レオが眉を寄せる。
糸を通すようなやり方ではうまくいかない。
次はガイル。
「そーっとな、そーっと……」
ふわ。
弱すぎて落ちる。
「これは無理なのでは?ねえ。先生?」と呟く。
ノア先生はにっこりしている。
次はガイルの水球をレオが飛ばす。
「今度はどうだ…」
レオが食いしばって言う。
フラフープの方へ飛んでいく。が、フラフープの縁にあたって盛大に割れた。
「今のは入っただろ!」
「割れた水しぶきがな!」
……たくさん入ったよ。
三人とも、うまくいかない。
届きそうで届かない。
もうびしょぬれの濡れ鼠だ。
ほらな。
やっぱり。
オリバーの中で、授業の光景がよみがえる。
「無理しないでいいのですよ」
ノア先生の優しい言葉も、今は苦しい。
―思わぬお手本―
「レオ、何やってるの?」
声がした。
姉ちゃんだ。
失敗したところを、見られた。
恥ずかしかった。
見られたくなかった。
レオが顔をしかめる。
「練習だよ」
ノア先生が微笑む。
「お姉さん、よかったらやってみませんか?」
「え? ちょっとだけよ。失敗しても知らないからね」
水球はノア先生が作る。
姉ちゃんが、手をかざす。
伏せた目が、水球を見ている。
シュッ、と風が起こる。
強くない。
でも、水球のまわりを、ふわりと包むみたいに。
す、と進む。
そのまま、真ん中を通った。
ぱちぱち、と拍手。
ガイルが口を開ける。
「すげ……きれいだ……」
……本当に見惚れる。
ノア先生が尋ねる。
「コツは?」
姉ちゃんは肩をすくめる。
「んー。水球を風でくるむの。手でお椀を作るみたいに。それを、そのまま運ぶ感じ」
「へえええ……」
感嘆の声。
レオは腕を組む。
「……高学年なんだから、できて当たり前だろ」
声は少し硬い。悔しさと、少しうらやましさが混ざる。
姉ちゃんは気にせず手を振る。
「じゃ、がんばりなさいよ」
去っていく背中。
ガイルはぽーっと見送る。
「きれーだったなあ……」
……うん。そう思う。
レオが顔をそむける。
「……くそ。俺だって。」
そして、急に水球を出す。
「もう一回やるぞ。今の聞いただろ」
本気の目。
オリバーは、さっきの風を思い出す。
壊さないように。
逃がさないように。
包む。
シュッ、スーッ、ピタッ。
水球は揺れ、それでも割れず、風がそっと水球を追っていた。
結局、その日は成功しなかった。
水球は歪み、
風は揺れ、
フラフープは遠いまま。
でも。
布団に入って目を閉じると、
手でお椀を作る形が浮かぶ。
できないところを見られて、少しだけ悔しかった。
けれど、それよりも強く残っているのは、
かっこいい、だった。
強くじゃなくて。
うまく。
自分も、ああなりたい
そう思いながら眠りに落ちた。
眠りの中で、風はそっと包む形をしていた。




